ゼロの伝説LOM(ルイズが異世界から帰還後) 作:hobby32
さて、聞き込みをしていたミス・ロングビルを案内役に、一行は出発した。幌なし馬車の御者も彼女が務めることとなった。
幌なし馬車で出発する前に、わずかな隙をついて、ルイズは、才人に耳打ちをした。
「魔法楽器を使う可能性はとても高い」
「理由は省くけど、ミス・ロングビルから目を離さないで」
と、短く伝えた。
才人は後の情報の方にけっこう驚いたようであったが、しかし、真剣な顔つきで頷いた。
それから、才人は言う。
「ルイズ、さっきはありがとな。俺のことを人数に含めてくれて」
ルイズは、笑顔で返す。
「どういたしまして!」
馬車は、出発した後ーー突如として、人懐っこいルイズとなった。
「キュルケ~!」
けっこう揺れる馬車の上をバランス良く動いて、ルイズは、またもやキュルケの豊満な胸に飛び込んできた。
「何よ、あなた、また突然に」
キュルケは、呆れながらルイズを見る。さすがにもう慣れた。
「一緒に来てくれて、ありがとうね~! わたし1人じゃ寂しかったから~」
同じく見慣れていた光景として見ていた才人は、あれ、と思う。魔法楽器の存在を知られたくないから、キュルケとタバサの同行は厄介ではなかったのか?
「はあ、まったく、あなたのせいで、あたしまで付いて行かなきゃいけなくなったじゃない」
「ん? おや? おやおやおやおや? そんなにわたしのこと心配してくれた? わたし、嬉しい!」
「違うわよ! ヴァリエール家が行って、ツェルプストー家が行かないなんてあり得ないからよ」
「でも、今はわたしたち、一時休戦ってことでいいよね?」
「まあ、それはこんな所で戦うわけにはいかないから、構わないけど」
すると、ルイズは大声ではしゃぐ。
「やった~! サイト、あなた、キュルケの部屋に行かなくてよくなったわ!」
「え? あ、そうなのか?」
突然名前を呼ばれてビックリする才人。
キュルケは、慌てる。
「ミス・ヴァリエール! そういう意味で言ったわけじゃ!」
「え~、だって、わたしたちが戦っていることって、あのゲームくらいしかないもの。それも、ロープを切断して、サイトに抱きつくまでが勝利条件だったわよね? サイトに抱きついてないから、あなたはまだ勝っていない。その段階で一時休戦をしたんだから、ミス・ツェルプストー、わたしが再戦を申し出ないかぎり、無期限延期ってことで」
キュルケは、唇を強くかむ。
「覚えてなさいよ、あんた」
ルイズは、無邪気にうなずく。
「うん、何でも覚えてる!」
次に、ルイズは、本を読んでいるタバサの隣に腰かけた。近づくと、タバサは本にしおりを挟んで閉じた。こんなことは、珍しいことである。
ルイズは、さっそく笑顔のまま訊く。
「頭なでていい?」
手を上げるルイズを、
「だめ」
タバサは短く拒絶した。
ルイズは手を下げる。
「あら、残念。あなたはどんな魔法を使うの?」
「氷と風」
タバサは、ルイズの目をじっと見つめながら答えた。
「そっか~、珍しいタイプね」
タバサが逆に訊く。
「あなたは、戦ったことがあるの?」
「わたしが? いいえ。この世界のどこに、わたしなんかと戦う人がいるもんですか」
才人は、ミス・ロングビルから目を離さないようにしながら、ルイズが、絶妙にウソをついていないことに感心した。キュルケとの昨晩のあれは、戦いの内に入らないのだろう。
タバサは、そう、と言って、また本を開いて、目を伏せる。
ルイズは、じゃあね~、と挨拶して元の才人の隣の席に戻る。ミス・ロングビルから一番離れた場所に。要するに、有事の際に、最も自分の力を発揮しやすい遠距離に。
なお、才人には特に何も言わなかった。あの俊敏さがあればゴーレムに対する攻撃を避けることは可能だと思ったからだ。その間に、自分が、闇の力で敵を浮かび上がらせるブラックウィンド、暗黒魔球で敵を吸い込んで地面に叩きつけるダークスフィア、敵をグルグルと上空で舞い上がらせるサイクロンリーフを使えば良い。あの大きさからして時間はかかるかもしれないが、勝つことはできるだろう。
あとは、場所次第で多少戦い方が変わるが、しかし一度ゴーレムの姿を目撃できたおかげで、対策をあらかじめ練られるというのは大きい。ファ・ディールでは、たいていの場合、相手のことを知らず、出たとこ勝負で、敵の大きさ、場所、攻撃の種類を、その場で見極めながら戦うことが普通だったのだから。
ルイズは、キュルケとタバサに魔法楽器が露見してしまうのは、もはや仕方がないと、覚悟していた。ハッキリ言って、自分の爆発魔法も含めて、あの巨大なゴーレム相手に、杖で以て、相性が良い存在はこの中にはいない。タバサが、よほど巨大な氷柱(つらら)でも出してくれるなら良いが、そうでもなければ、攻撃力という点でどうしても劣る。
別に才人の剣がどうとか、キュルケの火の魔法がどうとか、見てはいないがタバサの氷と風の魔法がどうとか、言うつもりはない。単に相性の問題に過ぎない。
あの世界でイヤというほど実感したのは、戦闘というのは、強いとか弱いよりも、相性の問題に過ぎないということだ。ルイズは、挟み撃ち、飛び道具を多用する敵、素早い敵などが苦手だった。
アーウィンよりも、その手下のオオカミの方が、すばしっこくて、遠距離攻撃も持っていて、ルイズたちは、苦戦した。だが、ルイズたち相手にほとんど何もできなかったアーウィンは、あのオオカミ型のモンスターを簡単にねじ伏せて、従えられるのだろう。
そう考えると、敵が強い弱いというよりも、敵との相性が良いか悪いかで判断できる。ルイズたちはアーウィンとは相性が良く、あのオオカミ型のモンスターとは相性が悪かった、と端的に言うことができる。
今回も、あの巨大なゴーレムには、ハルケギニアの魔法では、なかなかと相性が良い魔法が思いつかない。猛烈な火炎で燃やすとか、巨大なゴーレムを吹き飛ばす強風を放てるとか、強烈な激流で押し流せるとか、……まあ、滅多にいない実力者ばかりが求められる。教師陣が恐れをなして誰も付いてこなかったのは、当然、合理的な考えと言える。
たまたま魔法楽器を使えるわたし以外、正直あんなのと戦うのは、蛮勇と呼ぶに等しい。魔法楽器を持っていなければ、わたしだって役に立たないだろう。あの爆発魔法が使えるのは、結局ごくごく限定的な状況に過ぎないのだから。
しかし、蛮勇だからこそ。
誰一人ケガ人なく帰還させたいと、ルイズは思うのであるが。
それで今、露見したときに備えて無邪気に接したのである。少しでも、魔法楽器の存在が明らかになった時、自分の異端視が緩和されるように、秘密を隠してくれるように。
一番前に座っていたキュルケが、ミス・ロングビルに話しかける。
ミス・ロングビルは答えた。
「私は、貴族の名前を捨てた人間ですから、オスマン氏の好意で、秘書をやらせていただいていますが」
それきり、彼女は口をつぐんだ。
馬車は深い森へと入ってゆく。昼でも薄暗くて、不気味であり、徐々に道幅も狭くなってゆく。
ミス・ロングビルが言う。
「ここから先は、歩きましょう」
それで5人が馬車から降りる。
小道を進んでいくと、急に開けた場所に出た。森の中の空き地といった雰囲気であり、魔法学院の中庭くらいの大きさがある。真ん中には、くだんの廃屋がある。以前は木こり小屋だったのか、完全にボロボロの炭焼き用の窯と、壁板の外れた物置があった。
5人は森の影に身を隠して、廃屋を見つめた。
ミス・ロングビルが言う。
「あの中にいると聞きました」
人のいる気配は全くなかった。才人は、鋭い眼差しで彼女を見つめる。
5人は、相談を始める。中にいるのなら、奇襲が持ってこいである。
ここでタバサが作戦を提案する。
偵察兼オトリが小屋まで近づいて中の様子を確かめる。中にフーケがいるなら、これを挑発して外に出す。小屋の中にゴーレムを生み出すほどの土はない。外でない限り、あの土ゴーレムは作れまい。
それから、フーケが外に出たところを、魔法で集中砲火を浴びせるというものであった。
ルイズは、声を潜めつつ手を上げる。
「なら、わたしがその偵察兼オトリをやるわ」
キュルケが呆れる。
「ルイズ、どう考えたって、あなたよりサイトの方が速いでしょ」
「だいじょうぶ。わたし、足には自信があるから」
これは事実である。何度モンスターから距離をとるべく命がけで走ったことか。
「じゃあ行ってみて」
と、タバサは、フーケが居るときの合図と、居ないときの合図を伝えて、ルイズは頷いた。
すると、確かにキュルケが目を丸くするほどの速さで、ルイズは、小屋へと走って近づいた。意外な特技だなとキュルケは思ったが、でもゼロのルイズの称号は外れまい、とも思った。
ルイズは窓に近づいて、ホコリの積もったテーブルと、朽ち果てた椅子を見て、やっぱり、ワナかと思った。しかし、これ見よがしに、大きなチェストを見つけた。人のいる様子はない。隠れられる場所も、滞在していた形跡もない。
ルイズは外に出て、バッテンマークをつくって、フーケがいないことを皆に知らせた。
すると、全員が慎重に出てきた。
まず、タバサがドアを開けて、中へと入った。他の人も続こうとしたが、ミス・ロングビルは、辺りを見回りに行ってきます、と言ったので、才人は、それなら俺も行きますよ、と言ったが、ルイズが叫んで止める。
「サイト! あなたもこっちに来て!」
「いいのかよ!」
「ええ。ミス・ロングビルを信じましょう」
ルイズとしては、才人が単独でゴーレムに襲われる方が心配だった。ゴーレムが完成したら逃げられるだろうが、その前に土が盛り上がって転倒でもさせられたら、たまったもんじゃない。
犠牲なく済ませるには、ここで彼女か、彼女の仲間のフーケをおびき寄せてゴーレムを作らせた方がいい。
「キュルケ、外で見張ってて」
「わかったわよ」
それから、ルイズたちは、小屋の中の探索を始めた。
すると、あの大きなチェストの中から、タバサがすぐさま『破壊の杖』を見つけ出した。
「破壊の杖」
とタバサが掲げて、ルイズが持ってうなずく。
「確かに、宝物庫を見学したときに見たのと同じね」
この時、ルイズは、ティアマットによって変身させられたラルクと、ティアマットの城にいた似たような形のモンスターを思い出された。
あの時、あのモンスターたちは、こんな丸い形の怪しい穴を自分に向けてきた気がする。
それから、ものすごい勢いで辺りが炎上するモノが発射されたような……。
「お、おい。それが破壊の杖なのか!」
才人が目を丸くして叫ぶ。
「サイト、何か知っているの?」
ルイズは、才人に見せる。
「ああ、これは……」
しかし、タバサが口を挟む。
「撤収」
3人は、すぐに小屋を出る。
出てきた3人を見て、キュルケがすぐに安堵の表情を浮かべる。
「あれ、もう『破壊の杖』を回収できたの」
この時、ルイズが叫ぶ。
「キュルケ、後ろ!」
すると、巨大なゴーレムが土で盛り上がって、できあがるところであった。そして、地響きを上げながらゆっくりと近づいてくる。
タバサは、すぐさま自らの身の丈より大きな杖を振り、大きな竜巻をゴーレムに叩きつけた。
しかし、ゴーレムの体を軽く削っただけである。
今度は、ゴーレムの体が火炎に包まれる。キュルケの魔法だろう。だが、ゴーレムは、全く動じなかった。
「ダメよ、こんなの!」
キュルケの悲鳴に近い叫び声に、
「撤退」
タバサの声が呼応する。タバサは、口笛を吹いて、自らの使い魔ウィンドドラゴンを呼ぶ。
「乗って」
すると、タバサ、キュルケ、サイト、『破壊の杖』を持ったルイズの順番でウィンドドラゴンに乗った。
ウィンドドラゴンは、上空へと舞い上がる。しかし、その時、ゴーレムが巨大な土の塊を投げつけてきて、ウィンドドラゴンに命中してしまう。
ウィンドドラゴンは空中で大いにバランスを崩した。3人は何とかウィンドドラゴンの背びれに掴まって大きな揺れに耐えたが、『破壊の杖』を持っていたルイズだけは、背びれをつかめず、振り落とされてしまった。ルイズは、背中から、悲鳴を上げることなく、落下してゆく。
才人がすぐさま、「ルイズ!!」と叫んで、自らも飛び降りてゆく。
キュルケとタバサは、慌てて杖を2人に向ける。
『レビテーション』の魔法で、キュルケはルイズの、タバサは才人の落下速度を緩める。
しかし、2人にゴーレムが近づいてくるのは、防げなかった。
ルイズは、どっちかが『レビテーション』の魔法をかけてくれると思っていたので、自由落下の状態でも大して慌てなかった。『破壊の杖』を落とさないことに集中した。
だが、
「ルイズぅぅぅぅぅ!!」
同じく、ゆっくりとだが、落下してきた才人には、度肝を抜かれた。
「サイト、どうして?」
ゴーレムの地響きが轟くなか、百戦錬磨のルイズでさえ、思わず目を丸くして訊いてしまった。
「お前だけ行かせるわけにもいかねぇだろ!!」
才人の叫び声は、ルイズにとって、意味がわからなかった。
才人は、『レビテーション』を、落下の衝撃を和らげる魔法を知らないはずである。さらに、自分が魔法楽器で戦えることも知っている。なのに、どうして、才人までやって来たのか……?
しかし、近づいてくるゴーレムを見て、ゆっくり考えているも余裕もないことを悟る。
ルイズは、観念したかのように言う。
「……使うわ」
しかし、魔法楽器を、という意味を汲み取った才人が、瞬時に止めた。
「待て、その必要はない! 俺がその『破壊の杖』を使って何とかする!」
そして、才人は、ルイズの腕の中から、『破壊の杖』をひったくった。
才人の顔は自信満々であった。ルイズは、この前のギーシュと戦ったような虚勢ではなさそうだと確信する。
サイトは、目にも止まらぬ速さで、『破壊の杖』をガチャガチャと動かしてゆく。なぜ自分でもこんなことができるのかよくわからないまま、サイトは、破壊の杖を肩にかけて、ゴーレムに照準を合わせる。
ルイズは、鉄巨人ラルクとゼノアと戦った経験から、発射と共に『破壊の杖』から反動で何かよくわからないものが、飛び出してくるものと思い、才人から距離をとった。
ルイズが距離をとったことを確認した才人は、ゴーレムを十分引きつけると、トリガーを引いた。
すると、白煙を吹き出しながら、弾が飛んでゆき、ゴーレムの体に突き刺さる。
すると、凄まじい音と共にゴーレムの上半身がバラバラに砕け散った。
下半身だけとなったゴーレムは、地響きを立てることなく、倒れ伏した。
ルイズは、その破壊力に目を見張った。さすがに、これほどの威力を持つモノは見たことがなかった。
それからすぐに、『破壊の杖』を地面に落とした才人に小声で訊ねる。
「あの爆発、1回きり?」
どうも破壊の杖の構造上、ルイズにはそう見えたのだが。
「そうだ」
才人は、頷いた。
あとは、ルイズと才人にとって、緊張感なき茶番となる。
風竜から降り立ったキュルケとタバサ含めて、自らをフーケだと皆に打ち明けたミス・ロングビルは、破壊の杖を拾い上げて脅し、ルイズたちに杖と剣を投げさせた上で、発砲しようとしたが、もう弾は出てこない。
慌てふためくフーケのお腹に、サイトが拾ったデルフリンガーの柄をのめり込ませて気絶させ、フーケ捕縛と相成った。
気絶したフーケを見て、ルイズは、ふぅ、といつものように安堵のため息を漏らした。
それから帰って、学院長のオスマンに報告すると、ロングビル採用の経緯が実にスケベなものだと判明し、捜索隊の4人は呆れた。ルイズは、ポキールでも、トートでも、賢人たちの誰かが少なくとも、学院長の座におさまってくれないかなと思った。三桁も年を超している方々ならば、こんなことにはならなかったのに。
その後、オスマンは、慌てて4人をねぎらい、フーケは、城に引き渡され、『破壊の杖』が宝物庫に戻ったことを告げた。
それから、オスマンは言う。
「君たち3人の、『シュヴァリエ』の爵位申請を、宮廷出しておいた。追って沙汰があるがあるじゃろう。まあ、ミス・タバサには精霊勲章の授与の申請じゃがな。……怒らんでくれよ、ミス・ヴァリエール。君の使い魔は貴族じゃないからの」
「別に、わたしは構いません。ただ、これはサイトに爵位を申請して欲しい趣旨からの発言ではございませんが、今回の事件で最も貢献したのは、ヒラガ・サイトです。これだけはお伝えしておきます」
ルイズは、それだけ言って頭を下げた。さらに、魔法楽器の存在を覆い隠してくれたのも、全て才人のおかげだ。
「ああ。きちんと心に留めておこう」
オスマンは、重々しく頷いた。
ルイズとしては、いずれ才人は、元の世界に帰るんだから、爵位は無用なものだと思った。ついでに、タバサのシルフィードを除けば、あとは全然役に立っていない。完全に使い魔たちの功績を三人が独占した形となっている。まあ、自分は役に立たなくて正解なのであるが。
とはいえ、キュルケとタバサの2人が、どんな爵位や勲章を授けられても何とも思わない。妨害しようとも思わない。自分に関しても別に爵位は要らないのだが、持ってて損はないのでもらっておく。いつかは、役に立つかもしれないし。才人の。
「俺も別に興味はないです。ルイズの言葉だけで十分です」
と、才人もあっさりと言った。本当にこの世界では十分価値のある爵位に、興味なさげであった。まあ、元の世界に戻れば一銭の価値もないものだから、当然であろうが。
そして、オスマンは、手を叩いた。
「さあ、今日は『フリッグの舞踏会』じゃ。『破壊の杖』も返還されたことだし、予定通り執行しよう。今日の舞踏会の主役は君たちじゃからな!」
キュルケとタバサは、扉へと向かう。
ルイズは、才人を促して外に出ようとしたが、才人から「ルイズ、少し残っててくれないか」と言われて立ち止まった。どうやらオスマンに用事があるようである。
オスマンは、才人を真剣な眼差しを向ける。
「何か知りたいことでもあるようじゃな。君に爵位は授けられないが、できる限り力になろう」
「あの『破壊の杖』は、俺が元いた世界にあった武器です」
「元いた世界とは?」
「俺はここの世界の人間じゃない。このルイズの魔法でこっちの世界にやって来たんです。でも、もう、ルイズを恨んではいない。この世界で、俺のためにできる限りのことをしてくれている。帰るための手段も頑張って探してくれている。だけど、俺はもっと帰る手がかりを知りたい。あの『破壊の杖』は、どうしてここにあるんですか?」
もっと自分を恨んで然るべきなのにな、本当にお人好しなんだから、とルイズは思った。
オスマンは、重厚な声で答える。
「あの杖をくれたのは、私の命の恩人じゃ。今から30年前の話じゃ」
「その人はどうなったんです?」
「死んでしまった。30年前に、森を歩いていた私を、ワイバーンから救ってくれてな。彼は2本『破壊の杖』を持っていた。その内の一本で、私をワイバーンから助けてくれた。じゃが、すぐに倒れてしまった。重たい怪我を負っていたんじゃ。私は彼を学院に運んで看護したが、だが、結局……」
しばらく、3人は押し黙る。オスマンは続ける。
「私は、彼が使った一本を彼の墓に埋めて、もう一本を『破壊の杖』と呼んで、宝物庫に入れたのじゃ。形見としてな。彼はベッドの上で、息絶えるまで言っていたよ。『元の世界に帰りたい』とな」
「どうやってその人はこっちの世界に来たんですか?」
「わからん。それは言っておらんかったからな。私も調べてみたが、わからんかった」
「そう、ですか……」
才人は無念で、強く唇をかむ。初めて見つけた手がかりは、すぐに消失してしまったのである。
「ああ、サイト。ごめんね」
ルイズは、彼のパーカーを背中から引っ張った。とある事情で、泣くことはできないが、申し訳なさでいっぱいであった。
「………………」
才人は、そんなルイズを振り返る。
まだ、話を全て聞き終えたわけではないが、本当に自らの力で異世界を踏破した少女。完全なる孤立無援ではなかったが、それでも異世界人はたった一人という状態で、ここよりもはるかに戦闘の多い世界を、だいぶ痛い想いをしながら生き延びた少女。
たしかに、この少女のようにうまく事が進むかはわからない。アーティファクトみたいな明確な手がかりもない。
だけど、こうして手がかりがつかめるだけ、まだマシではないか。それになんと言っても、異世界を踏破した人間が側にいることほど、心強いことはない。
なら、もう少し自分も踏ん張らなくてはなるまい。我慢しなければなるまい。この少女に申し訳なさを覚えさせるべきではない。
俺がこの世界で戦ったのは、たった2回。それに対して、この少女は、もはや自分でも数えきれないほど、この時点で戦っている。元の世界ではなく、異世界で死に絶える危険を何度も切り抜けてきている。それと比べれば……何だ、どうってことないではないか。この程度で落ち込むなんて、俺も小っちゃいもんだ。
サイトは笑顔で、ルイズの頭を撫でる。
「大丈夫。お前が側にいるなら、いつか俺も帰れるって信じている。だから、そんな落ちこむな」
うん……と言って、ルイズは、サイトから離れる。しかし、簡単には表情が晴れないようである。やっぱり責任感の強い女の子なんだと、改めて思う。
しばらく2人を憐れみの目で見つめていたオスマンだが、才人の左手をつかんで、そのルーンを見つめる。
「おぬしのこのルーン……」
「ああ、これも聞きたかった。この文字が光ると、どういうわけか、武器を自在に使えるようになるんです」
「こっちは、知っているよ。ガンダールヴの印じゃ。伝説の使い魔の印じゃよ」
「そうなんですか、オールド・オスマン?」
ルイズが目を丸くする。
「ああ。その伝説の使い魔は、様々な『武器』を使いこなしたそうじゃ。『破壊の杖』を扱えたのもそのためじゃろう」
ルイズが、訊ねる。
「オールド・オスマン、どうやってその情報を?」
「ミスタ・コルベールが『始祖ブリミルの使い魔たち』を持ってきたんじゃ。『フェニアのライブラリー』から」
ルイズは、すぐさま頭を下げる。
「どうか、わたしに、『フェニアのライブラリー』に入る許可を与えてはくださいませんか?」
「それは、構わぬが……。しかし、危険な本もあるから、必ず司書を同行させるように。……ただ、望みの情報が見つかるかはわからぬぞ?」
「ありがとうございます! わたし、精いっぱい頑張ります!」
ルイズは、再び頭を下げた。
才人としては、そんな少女の姿を見ると、果たしてこの世界に来てはいけなかったのか、と逆に思ってしまった。
彼女の言うように、異世界同士を行き来できればいいのに、と少なくとも思った。
アルヴィーズの食堂の上の階の、広大なホールにて、舞踏会が行われていた。
あの後、ルイズは、『フェニアのライブラリー』ーー何でも教師のみが閲覧を許される区画に入れる許可書をオスマンにしたためてもらうと、さっそく図書館に飛んでいってしまった。
パーティーには、ちゃんと行くから、ご飯でも食べて待ってて、と言われた。人懐っこいルイズの声であった。
それで言われたとおり、パーティー会場に行ってみたが、周りの連中はみんな気合い入れて着飾っているのに、自分は普段着な才人は何だか居心地が悪かった。
それで、中に入りづらくて、シエスタが気を利かせて持ってきてくれた肉料理とワインのビンとグラスをバルコニーにおいて、バルコニーの柵に立てかけていた抜き身のデルフリンガーとだべっていた。
先ほど、キュルケが後で一緒に踊りましょと言ってくれたが、彼女の周りにはたくさんの男がいて、いつになるのかわからない。
黒のドレスに身を包んだタバサは、テーブルの上の料理を一心不乱に食べていた。
その内にホールの豪華な扉が開いて、ルイズが登場した。呼び出しの衛士が叫ぶ。
「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~り~~~!」
才人は、絶句した。ルイズは長い桃色の髪をまとめ上げて、白く輝くパーティードレスに身を包んでいたからである。肘まで伸びる白い手袋まで着用し、胸元の開いたドレスは、ルイズの小顔を、煌めかせていた。
主役が全員現れたことで、繊細な音楽が流れ始めた。
ルイズには、その煌めく美しさに驚いた男たちが、ダンスを申し込んでいた。ゼロのルイズのからかっていたことなど、棚に上げて。
ルイズは、そんな男たちの誘いを笑顔で断ってから、才人の姿を見つけると、一目散にピューッと駆けつけてきた。ファ・ディールで磨かれた見事な脚力で以て。
「えへへ。サイト、お相手いないの?」
この美しいドレスで、天使の微笑みで以て笑いかけてくるのは、反則だと、才人は思った。
「いると思うか、この俺に」
キュルケに誘われたのは言わずに、才人は目を泳がせながら言った。
「そう。じゃあ一緒に踊ろ♪」
なんとルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの野郎、このタイミングでウィンクまでしてきやがった。才人の心臓は破裂寸前である。
才人は、恐る恐るルイズの手を取って、2人でホールへと向かう。
「踊ったことなんてねぇよ」
「わたしに合わせればだいじょうぶ」
才人は、ぎこちなく、ルイズの動きを真似て、踊り始めた。
踊りながら、ルイズは訊ねてくる。
「ところで才人」
「なんだよ」
何だかぶっきらぼうになって訊く才人。慣れた足取りでルイズは、ステップを踏む。
「どうして、わたしがタバサのウィンドドラゴンから落ちたとき、あなたまで落ちて来たの? ちゃんと背びれに掴まってたわよね、あなたは」
「……あ~」
この状況でとても困ったことを訊くルイズであった。
「うん?」
ルイズは、踊りながら首をかしげる。
「そうだな、俺はお前の使い魔だからってことで」
2人の様子を見ていたデルフリンガーは、「おでれーた!」を連発してから、こう叫んだ。
「主人のダンスの相手をつとめる使い魔なんて初めてだぜ!」