環境庁境界対策課のある一室。
人々を脅かす存在である界異と日々対峙する境対課の構成員にとってその部屋は様々な思いを抱く場所だろう。
そこは祓魔師に作戦内容を伝達する謂わばブリーフィングルーム、作戦によっては死を言い渡されるも同然の場所にかなりの数の人間が今集まっていた。
「妙な反応っすか?」
「私は占術班からそう聞いてるね。なんでもノイズが挟まってるみたいな感じらしいけど」
話しているのは第一祓魔隊第八班のリーダー、周りからは第八班長とだけ呼ばれる少年と見間違うほど若々しい男と星園三郎という神祇部から送られてきたという西洋人のような顔立ちの金髪の男だった。
「聞けば第四班長が単身で”リンカーンの象”を祓った時も似たような反応だったらしい。あの時は四号級の出現が予測されて現場に向かった彼女は現地に待ち構えていたミワシ部隊第四隊長と交戦した」
星園が伝えきいたことを口にする中、自分の隣にいるネットミーム汚染者がギクッと音をたてるような震え方をしているのを横目に市倉八尋は静かにその話を聞いていた。
「そのあと事前に予測されていた四号級界異……”ロックの怪、或いはリンカーンの象”も出現した、っすか」
「ウン、本人から聞いてたみたいだね。それで今回は一号級界異の群れの出現が予測されている、出てくるのは精々黒百足あたりだろうけど不安要素もあるから過剰気味でも第八班の面々を集めたわけだ。理解してくれたかな……他に質問は?」
少しの間、静かさが部屋を満たすと彼はため息をついてから笑みを浮かべる。
「これは個人的……そう、ごく個人的な星占いの結果だから話半分で聞いてほしいんだけどね。市倉君はこの場にいるよね?」
「あたしですか?」
名乗りを挙げると彼は敢えて不安を煽るような口調でこう言った。
「君も妙なのに目をつけられているみたいでね、気をつけた方がいい。今日あることによっては長引くかも」
星園に言われた言葉を反芻しながら階段を上る。
街には界異の姿形どころか気配すら全く感じられず……代わりに、彼女が足を踏み入れた廃ビルの中は冬だというのに異様な熱気に包まれていた。
階段を一つ、また一つと踏みしめるごとに1℃ずつ気温が上がっているように錯覚するほどのそれは、足を進ませる理由にしかならない。一歩上がる度に弓を握る力も比例する。
辿り着いた最上階、そこに立つ影を見て咄嗟に弓を引き絞る、が……
「やっとお会いできましたね。市倉八尋さん」
……そこには天狗がいた。
正確には、全身を覆うほどの灰色の外套の下に80年ほど前に日本の公的機関から姿を消した旧日本軍の軍服、軍帽を身にまとった天狗面の男だった。
外套の左胸部分には白い狼が描かれたワッペンが縫い付けられておりその下には燃え滾る炎を宿らせた十束ほどの剣を右手に覗かせ、そのワッペンの狼と凶器と同じ緋色の双眼が絶えず八尋を射貫いている。
そして、そういった恰好する呪詛犯罪者集団がいることを彼女は知っている。
「まさかミワシ部隊……!」
「おや、我々を存じていらっしゃるのですか」
それは犯罪スレスレの問題行動で有名な同僚が禁域指定されている旧八咫ノ川市に無断で侵入した時に接触したという旧軍の亡霊達、戦後間もなくから現代まで活動を続けているという比較的名の知られた呪詛犯罪者達の集まりである。
日本兵らしい(発言者が発言者である故にあまり鵜吞みにはできないが)連中、と聞いていたが……事前のブリーフィングと合わせて考えれば彼は恐らく。
「そうか、貴方のご友人が第八隊長殿と面識があるのでしたね。私も彼女のことは知っていますよ」
実は私も彼女のファンなんです、などと平坦な感情で嘯く天狗からは奇妙なことに害意や敵意といったものを感じられない。
だがその前にいる彼女にとっては、もっと得体のしれない何かがその面の裏から見つめているように感じられた。
「自己紹介をしましょう。私は日向直毘人、我らが総隊長たるお方からミワシ部隊第四隊長としての任を預かっている者です」
「ご丁寧にどうも……?」
「早速要件を伝えますが貴方を攫いに来ました」
「はぁ?」
一人の人間への誘拐宣言であるにも関わず、非常にあっさりと第四隊長を名乗ったはそう言い放った。
大抵の生き物は自身が持つ理解の範疇を超えるモノに対して動きを止めるだろう、困惑した表情を隠し切れない市倉八尋は今まさにそういう状態に陥ってしまっている。
「見る目がないんじゃねーですか?」
何秒かの硬直の後に元より低い自己評価と一種の反抗心によって絞り出された言葉は彼女にとっては至極真っ当なものだった。
事実として市倉八尋には身体的・霊的資質が欠けている、それを抜きにして利用しようとしても一筋縄ではいかないのは確かなこと。
しかし、それは
「暫く貴方のことを観察していてようやく確信を得た今日という日に出会えたのはとても嬉しいのです」
「暫く観察してたって……」
思えばここ何日か誰かの視線を感じることが度々あった、その時は気のせいだと切り捨てたがずっと監視されていたということなのだろう。
「何が、目的ですか」
「もしや私が貴方を人質にすると考えているのですか? そんなこと将来の同志にするはずがないでしょう」
呆れた様子を見せたかと思えば地面を蹴る音が二つ重なって聞こえて、瞬く間もなく彼女の眼前に迫った目の前のソレは堰を切ったように語り出す。
「貴方は私の同族だ、同胞だ、同類だ、私そのものだ。貴方を放っておくことなど出来ない、貴方が私と共に来てくれるならば私は」
第四隊長が息が詰まるような必死さが混じる声色で語りきる前に閃光がその場を満たした。
投げられたのはAM10、境対課職員に配備される浄化フラッシュバンは彼の動きを拘束し、起爆者たる八尋がその場から離脱するのに充分な効果を発揮する。
「閃光弾。なるほど、私と共に行く気はないようですね」
残された悲しむ一人と一室の間でしばしの静寂が過ぎたのち、目元を押さえていた手を放して窓際に寄った彼はビルの下を見下ろす。
曇り空の下、少し薄暗い街路だけがそこにはあった。
「少し手荒な方法になりますが……私には貴方が必要ですから、その体に傷をつけることをお許しください」
そして剣で窓を割り、天狗は身を空に投げ出した。
スペシャルサンクス&私が謝らなければならない方々
クサリさん(市倉八尋)
マキアンさん(第八班長)
浜地さん(ネットミーム汚染者こと鵠別供花)
ありがとうございます!そして書くの遅くてごめんなさい!!