ただ煌々と   作:一般擬人化天然痘

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エピローグ:燃え滓

 

 

 

「驕り、か」

 

 衝突した熱は祓魔師の身体を害することなく、代わりに穿たれた男は崩れ去る。

 激情のまま燃える炎は不浄を焼く炎と混ざり合い、他者の身体を奪い取った(亡霊)を解いていく。立つ為の足は波が打ち付けられた砂城のように崩れて翼のない天狗は地面に叩きつけられた。

 勝ったのは市倉八尋だった、”加護”による生命力の消耗を医霊器具で補い、残された一枚の形代を最後の一矢に注ぎ込むことで相手の全霊を打ち負かしたのだ。

 

「……私は、貴方と一度お話ししたかったんです。八尋さん」

 

「何を……」

 

 そうして第四隊長の全てが灰になる寸前、その身体のように吹けば飛ぶような微かな声量で心の内が染み出した。

 

「燃えない私の為に泣いてくれる誰かなど居ません、燃えない貴方の為に泣いてくれる誰かもいません」

 

「そうしてくれる誰かは既に焼け落ちてしまった、そうでしょう?」

 

 碌なことがなかったのかもしれない。

 思い出せる良かった出来事はいつだって最悪な形になっていったのだから。

 自分で掘った穴に祖父を埋め、骨となって誰とも見分けのつかなくなった両親と妹の遺骸を初めて目にした時に悲しみと空虚さで真っ黒に塗り潰された心を理解してくれるだろうと思った。

 

「目が眩まないように瞼を閉じても、一時だけ貴方を慰める言葉から逃れるため耳を塞いでも、不要な言葉を口にしない為に口を縫い付けても……」

 

「結局私達の価値などそれしか残らないじゃないですか。燃料となる為の、ただ煌々と燃え光る為だけ手繰り糸が常に付き纏うんです」

 

 過ちを正す為に自分の手で終わらせようとして、全力でその手を伸ばしてもどうしようもないことがあったという真っ黒な無力感を理解してくれるだろうと思った。

 

「麗しき"舞い散る神"も、尊き"日向う神"も、"なきめの神"も"糸くくりの神"も……先生閣下も結局のところ私達だけの悲しみに寄り添ってくれることなどない」

 

 先生閣下は、ミワシ部隊の指導者たる烏有先生はきっと私の為だけに涙を流すことはないだろうと。だからこそ切望してしまった、自分と同じ暗く、暗く、どこまでも暗い感傷を抱いていることを市倉八尋という他人に期待していたのだと。

 

「私達は、最期にはたった独りで死んでいくんです……そうでしょう?」

 

 そうでなければ誰かに対する自我の叫びも、自己の発露もない、消炭色の生き方を望む筈もないと。

 

「黙って聞いてれば好き放題言ってくれやがりますね」

 

 呪詛犯罪者のその期待(諦観)は呆気なく切り捨てられる。

 

「それは、あたしのじゃありません」

 

 それは日向直毘人の死に方(生き方)であって、市倉八尋の生き方(死に方)ではなかった。

 自身の無能さによる後悔も、他人の規範で自我の境界を溶かすのも。彼だけが持つ在り方でしかない。

至極真っ当で当然のことだ。

 

「だからあたしに誰かさんを重ねて勝手に哀れむのはやめてください、そういうの気色悪いです」

 

 つまるところ男は勝手に目が曇って、勝手に勘違いをしていただけだったのだ。

 そこにいる少女が決して自分のようなものには成り果てることはないのにも関わらず、そうなることを願ってしまっていただけのこと。

 

「──────ああ、そうか」

 

 それを聞いて、自身では掴むこともできず手放すことだけは決まっていたその血の繋がりを幻視していたことに漸く気が付く。

 それでも既に過ぎ去った何かを感じたのは本当だったと、ここにいない誰かに想いを馳せた。

 

「あなたは、私ではない。あなたは……おれの……」

 

 最期に伸ばした手は誰にも届かず、燃え滓と同じ色になった天狗面だけを遺して男は灰となり死んでいた。

 それが"日向直毘人"という存在の終わりを意味することはまだないが、少なくともこの場に置いて一旦の区切りとなる。

 

「……」

 

 市倉八尋はただそれを見送っていた、彼女が何を思っていたかは語る必要もないだろう。

 この世界には悲劇などありふれているのだから。

 

 

 

 

 

 あぁ、本当に碌でもない。

 

『父さん』

 

『直毘人か、こんな時間にどうした?』

 

『……聞きたいことがあって』

 

 日蝕のあった日だった。

 自分に二人目の妹が生まれたことにただ年相応にはしゃいでいれば良かったのに、私は気が付いてしまった。

 家族の皆が暗い顔をしていたことに。

 それをただ不思議に思った私は寝る前に父の寝室を訪れ、問うた。

 

『どうして、みんな辛そうなんだよ。瀬織の時はあんまり覚えてないけどこんなじゃなかっただろ?』

 

 その問いに父は……必死に言葉を選んで、誠実に答えてくれたのだと思う。

 でもその日の私にとっては、生まれたばかりの妹を殺すことに納得などできるはずもなかった。

 わかっている、誰かの抱いたそのような躊躇があの惨劇に繋がったのだから。

 神に捧げる生贄ですらない、危険物の処分こそあの夏祭りの正体。ただ、自身の血縁がその危険物に含まれてしまっただけ。

 父も母も悲しんでいた、それでも我が子を助けようとしなかったのは家の役割があったから。

 

『直毘人、特にお前は生きて受け継がなきゃいけない』

 

『なんで?』

 

『八十の兄で、瀬織の兄で、日向の長男だからだ』

 

 その日から私は家族とどう接すればいいかわからなくなった。

 村ぐるみの夏祭り、彼岸返しの執り行われる日に村にいたくないからと無理を言って村の外にある祖父の家に泊まりにいった。

 

 そして、不完全な儀式の結果として住民で生き残ったのは私だけになった。

 誰にも責任はない、今の私はそう思っている。

 私の両親にも、自分の子を生かそうとした夫婦にも、生き残ってしまった子供にも。

 でも、もし、私が彼女達の代わりになれたのならどれほど良かっただろうか。

 瀬織も八十も、元気に育ってくれたのなら。

 瀬織は物静かな子供だった、本を読むと喜んでくれたし成長すれば大人しくも綺麗な女性になっただろう。

 八十はたくさん泣いてたくさん笑う子供だった、少し生意気なところがあったから、溢れる生命力の赴くまま動く活発な女性になったかもしれない。

 でも、それらは失われた。

 あの頃を覚えているのは私だけになってしまった。

 

『おれが生きていれば良いなら……』

 

「私は、そうしましょう」

 

 役割があるならそうしよう。

 生きて、生きるだけでもそう願われたならそうしなければ。

 

「どれほどの時間を浪費しようとも最後には報いが来るのならば、断ち切らずに眺めていよう」

 

「だって、ほら、生きているでしょう? 私とヒノは」

 

 いつか殺すものを見て私は望む。

 

「だからせめて、いつ終わらせるのかだけは私が決めたい」

 

「過ちが消えないのなら、せめて生者の今は明るいほうがいい」

 

「死者に報いることなどできないのだから」

 

「……良い考えだと、思いませんか」

 

 おてんとうさまは、日向う神は何も答えてはくれない。

 






これにてただ煌々と完結!!
突然発生した妄言に付き合ってくださった方々には全霊の感謝を!!!!!
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