藤真のバスケ   作:ドラマ・ドラマ

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ミニバス編
1.藤真となる


小学生の頃の夢は、NBA選手。

中学生の頃の夢は、日本代表。

高校生の頃の夢は、実業団の選手。

大学生の頃の夢は、週二くらいで草野球ならぬ草バスケ。

 

進学するたびに夢のスケールが少しずつ縮んでいったことに、いつ気づいたのか。あれは確か、ドライブの上手い相手からチャージングを取ろうとして派手に転び、腰を強打したあの日だろうか。あれっきり腰痛持ちになり、まともに走るのも億劫になった。

 

それとも整骨院の先生に「ハンマートゥという先天的な変形があるから、どうしても疲れやすいし全力を出しづらい」と指摘された時かもしれない。スポーツ選手としての将来が暗く閉ざされたようで、随分と落ち込んだ。

 

あるいは、身長が高校一年の173cmでぴたりと止まったあの瞬間か。小学生の頃は長身を買われてセンターを任されたものだが、気づけばガードしかやらせてもらえなくなり、ひねくれていた。体格に頼ったポストプレーしかしてこなかったせいで、ガードとしての基礎が何も身についていなかったのだ。

 

今にして思えば、基礎をもっと磨いておけばポジションが変わっても活躍できたのだろう。しかし当時の自分は腐り、身長の伸びが止まった途端、未来まで止まったように思い込んで、部活をサボりがちになった。

 

いずれにせよ、下方修正されていく夢を抱えながらも、大学まではバスケを続けていた。そして社会人となった今の夢は……。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「あ〜、ダルい」

 

いつの頃からか口癖になった言葉を吐きながら改札を抜ける。駅前のコンビニに寄り、いつものラインナップをいつも通り購入し、アパートへ帰る。この店に通い続けて十年近く、店員から変なあだ名の一つでも付けられていそうだ。

 

―――引っ越してきた頃は、まだバスケ続けてたのにな。

 

玄関先から見える光景は朝と変わらない。シンクには食器が溜まり、廊下には薄いホコリが漂い、開け放したドアの奥では室内干しの洗濯物が乾き切っている。

 

―――彼女欲しいな。

 

買ったものを冷蔵庫に詰めながら、生活力の無さを埋めてくれる誰かをあてもなく思い描く。そしてふと、冷蔵庫の向かいにある洗面台の鏡に映る自分を見る。

 

―――この面じゃ無理か。いや、問題はそれだけじゃないか。

 

太ってしまった身体。ズボラな性格。課金とギャンブルで貯金もなく、生活はいつもギリギリ。電気が止められたことも一度や二度じゃない。

 

―――仕事は辞めたい。でも辞めても次がすぐ見つかるわけじゃないし……。もう若くもないし。どうすりゃいいんだか。

 

気を紛らわせようとレンチンした弁当を机に置き、テレビをつける。観るのは見逃し配信のNBAだ。

 

バスケを辞めて以来、NBAから離れていたが、ここ数年で日本人が海外で活躍するようになり、彼らのハイライトだけが唯一の楽しみになった。

 

―――まさか日本人がNBAドラフトされて、しかも名門チームのスタメンとか。昔じゃ考えられん。

 

プロがいなかった時代に青春を捧げた自分にとって、その光景は誇らしくもあり、同時に羨ましくもあった。

憧れはいつしか羨望へ変わり、やがて諦めに落ち着く。箸を動かしていると虚しさが込み上げ、弁当は味を失ってただ腹を満たすだけのものになる。

 

―――あー……久々に来たな、これ。今日は大波だ……。

 

定期的にやってくる、浜辺に押し寄せるような寂しさと不安、自己嫌悪の波。それは夜の深さとともに重くなる。

 

「何してんだろ……俺」

 

思わず漏れた声は、自分をさらに惨めにさせた。後悔と挫折の泥に沈んでいくうち、気づけば時計は零時を回っていた。

 

―――ヤバい、明日は早番だ。寝なきゃ。

 

弁当の容器をゴミ袋へ放り込み、コップをシンクの空いている隙間へ滑り込ませ、浴室へ。シャワーを浴びながら少し泣き、何も考えたくないと思いながら水を止める。歯を磨き、ベッドに潜り込む。だが眠る前の悪癖がひょっこり顔を出す。

 

―――寝る前に読む漫画が至福なんだよな。

 

スマホをスクロールしていると、ふと昔読んだ名作のコーナーで指が止まる。バスケを始めるきっかけになった、自分のバイブル。原点にして頂点の漫画。

 

―――そうだ。これを読んで、俺は………。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「ケンちゃ〜ん、起きなさ〜い」

 

遠くで誰かが呼ぶ声がする。枕元にあるはずのスマホを探すが見当たらない。

 

―――ベッドの下か?

 

聴き慣れないアラームが鳴り響き、音のする方向に手を伸ばして止める。時刻は6時30分。洒落た目覚まし時計のボタンを押し込み、ようやく静寂が戻る。

 

「……ん?」

 

そこで身体の異変に気づく。胸やけも、だるさも、腰痛もない。視界は妙にクリアで、世界がくっきりと見える。

 

―――手……なんか変じゃないか?

 

左手を見る。指は短く、手のひらも小さい。それでいて——。

 

―――うわ、スベスベ……めちゃくちゃ綺麗じゃん。

 

しみも皺もない、絹のような肌。裏返して眺めているところへ、若い女性がドアをノックして入ってくる。

 

「もう、ケンちゃん。起きてるなら返事してよ」

 

見覚えのない女性がテキパキとカーテンを開け、ゴミをまとめ始める。

 

―――誰?てか、ケンちゃんって俺のこと!?

 

混乱したままベッドを降り、そばの姿見を覗き込む。そこに映っていたのは——。

 

―――お、おい……誰だこの美少年は!?

 

茶髪のサラサラヘアー、整った目鼻立ち、白く艶やかな肌。自分とは似ても似つかない、漫画から抜け出したような少年。

 

―――いや待て……どっかで見覚えがあるような……。

 

「どうしたの、鏡ばっかり見ちゃって。大丈夫よ、ママに似て今日もとっても可愛いわよ」

 

女性の言葉に、思考が一瞬固まる。

 

―――まま……?……MAMAって……ママってこと!?

 

「今日からミニバスの練習に参加するんでしょ?昨日から楽しみにしてたじゃない」

 

そう言って荷物を手渡してくる。その荷物に括られた球体に目が奪われた。網の中にあるのは、5号サイズの小学生用バスケットボール。某スポーツメーカーのロゴの下に、大きく印字された名前。

 

【藤真健司】

 

どうやら俺は、藤真健司という左利きの美少年ミニバスプレーヤーになったらしい。

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