青い空、白い雲、照らす太陽。ロサンゼルスの街は全てが日本とは違っていた。タクシーのドライバーは陽気に話しかけ、街を行き交う人々は大きく、歩くたびに独特な匂いが漂う。ネオンの看板は刺激的な配色で光り続け、どこを見ても目が離せなかった。
―――これがアメリカか……来て良かった。
膝にサポーターを巻きつつ、藤真は嬉しさで体が浮くような気分になった。ホテルに着くと、母が流暢にフロントとやり取りする。
―――さすが翻訳家だ。母が頼もしく見えるのは今までになかった感覚だ。
代わりに同行した叔父は、サングラスをかけて美女ウォッチに余念がない。小学生の藤真を相手に肩越しに「オイ健司、あの子のクビレ見たか。流石ガイジンだぜ。その上のパイオツもビーチボールみたいだったぜ……」と言われても、内心は苦笑い。
―――叔父さん、俺恥ずかしいよ。
◆◆◆
NBAファイナルの会場は熱気で包まれていた。レイカーズvsセルティックスの第5戦。互いに2勝2敗で並び、シリーズの流れを決める重要な一戦だ。藤真はバルコニー席からではなく、コートに近い座席で観戦できる。
目の前で憧れの選手たちが縦横無尽にコートを駆け回る。マジック・ジョンソンがボールを持つと、観客は息を飲む。藤真の目は自然とプレーの分析に向いた。
―――まず、マジックの位置取り。ピックアンドロールに入る瞬間の肩の角度、味方とのアイコンタクト……あ、あれがトリガーだ。
ジャバーがペイント内でボールを受ける。藤真はコート全体の動きを頭に描きながら考える。
―――カリームはセンターでも、単独でポストアップするよりも、マジックとのワンツーでスペースを作った方が効率が良いと……そういうことね。
更に試合は白熱する。
―――おお、バードのスクリーン回避の動きも見逃せない。ディフェンスのギャップを瞬時に計算してる……なるほど、だからマクヘイルのカットがスムーズに入るんだ。
藤真はボール保持者だけでなく、味方とディフェンスの位置関係、スペースの変化、カットやスクリーンのタイミングを全て頭に描き、ノートに記録するかのように理解していく。
―――あのパスはただのアシストじゃない。マジックが意図的にディフェンスを引き寄せて作った“2秒の空間”を使った計算されたアシストだ。
彼の目は自然とチーム戦術のパターン分析に移る。
レイカーズのカウンター攻撃の起点、セルティックスのヘルプディフェンスとカウンター時の穴、シュートセレクションとスクリーンの連動など。
すべてを頭の中で再現し、膝のサポーターの重さを忘れるほど熱中する。
―――こういう局面で俺なら左利きのドライブで、あのディフェンスを崩す……いや、右手でフェイクを入れてスクリーンを使えば……
試合中、藤真は身体の負荷を避けつつ、戦術シミュレーションを繰り返していた。ジャンプやダッシュはしないが、頭の中で全速力で動き回っている。
◆◆◆
ジャバーのダンク、マジックのアシスト、バードのクロスコートパス。
―――それぞれが単独技術じゃなく、チーム戦術の一部として最適化されている。俺もこの感覚を再現できれば……膝に負担をかけずに戦術理解だけで試合に貢献できるはずだ。
試合終了後、藤真は決意を固める。
―――怪我が治ったら、絶対に戦術でチームを支えられる選手になる。右手も左手も両方使えるプレーヤーになって、あの舞台で通用する戦術眼を手に入れる。
叔父が横で熱く語る。
「いやぁ、正直バスケはよく分からんが、凄い試合だったな。正に死闘と呼ぶに相応しい試合だったんじゃないか?なぁ、健司?」
―――叔父さん、それも観察ポイントだよ。素人目線で何を熱心に見ているかも、時に戦術分析には役立つんだ。
藤真は帰国後、個人練習に没頭する。右手・左手両方でのシュート・ドリブル練習、膝に負担をかけない体幹・筋トレ、戦術ノート作成、選手の動き分析、チーム戦術の立案サポートなどなど。
試合に出ずとも、頭の中でコートを動き回り続ける藤真の戦術IQは急速に成長した。
桜のつぼみが膨らむ頃、藤真は小学6年生に。身長は150cmを超え、怪我からの復帰も近かった。膝の痛みが完全に消え、頭の中にはNBAの選手たちの動きが鮮明に焼き付いている。
―――あの舞台に立つ。今度はコート上で、俺の目で、俺の判断で動くんだ。
藤真が飛翔する時は、もう間もなくと迫っていた。