藤真のバスケ   作:ドラマ・ドラマ

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18.藤真と親善試合の分析

神奈川県選抜を下した埼玉県選抜は、実業団の試合を視察したのち、大型バスへと乗り込んだ。出発して二十分。緊張の糸が切れたように、いくつかの席から寝息が聞こえ始める。往路とは対照的に、復路の車内には静寂が満ちていた。

 

藤真は一人、窓外を流れる高速道路の灯を追いながら、今日の試合を分析し直していた。勝敗は、本当に紙一重だった――そう考えざるを得なかった。

 

牧へのチャージング判定。センターのブロックに対するファウル判定。バックファイヤーを狙った際の接触の扱い。

 

どれか一つでも違う方向に傾いていれば、展開はまるで変わっていた。牧のチャージングが自身のファウルと判断されていたら、あの試合は埼玉がリズムを取り戻せないまま終わっていた可能性もある。

 

審判の主観が入り込む局面――所謂「ホームタウンディシジョン」が発生しなかったことも、勝利要因の一つだった。バスケットは接触競技である以上、審判の判断が得点差や流れを左右することは避けられない。それは国内戦でも、まして国際試合ならなおさらだ。藤真の脳裏には、海外試合での判定の傾きと、それにどう適応すべきかという国際基準の“厳しさ”が浮かんでいた。

 

――審判と争って得られるものは何もない。変えられない部分を嘆くのではなく、その状況の中で最善を尽くすこと。判定に揺さぶられず、冷静でいること。それが選手の力量であり、精神力の一部だ。

 

さらに、今日の試合では戦術面での課題も明確になった。

 

とりわけ後半、神奈川が仕掛けてきたゾーンプレスからゾーンディフェンスへの“連続移行”。プレッシャーのベクトルを縦から横へ、横から縦へと滑らかに変化させる構造は、初見で対応するには難易度が高かった。

 

埼玉はタイムアウトを使えたからこそ立て直せたが、あれを残りタイムアウトゼロの状況で受けていたら――恐らく試合は崩れていただろう。

 

必要なのは、慌てずにまずフォーメーションの狙いを見極めること。次に相手の陣形変化の“基点”となる選手を特定し、そこを起点に逆利用すること。

 

戦術とは万能ではない。必ず強みと弱点、発動条件が存在する。それを整理し、試合中に即時対応できる段階までチームに落とし込む――その課題が藤真の意識に重く残った。

 

――中学に戻ったら、ゾーンプレスからゾーンへ直接移行する“トランジション型ディフェンス”を導入してみるか。

 

メリットとデメリット、選手の適性。その全てをノートに書き付けながら、藤真は静かに思考を深めていく。

 

試合中は無心だったが、今になってようやく、自身が“藤真健司”であるという事実の実感がゆっくりと胸に広がる。

 

牧との対峙。序盤のあの制圧力。ヘッジの角度、レーンの切断、身体の配置ひとつで攻撃の選択肢を削っていく圧迫感。だが中盤以降、藤真はその“牧の読みと瞬発力”を逆手に取り、戦術の上で上回った。終盤の主導権は明らかに埼玉にあり、チームは確かな意図をもってスコアを積み、勝利にたどり着いた。

 

実業団の関係者が口々に「藤真」を評していたのも耳に入っている。だが埼玉県選抜の勝利の要因―――その結論は一つだった。

 

――勝てた最大の理由は、俺が“牧を知っていた”ことだ。

 

スコアは76—66。なお手応えと呼ぶには十分すぎる内容だった。牧は最後まで集中を切らさず、ファウル管理下でも動きを落とさなかった。次に相対するとき、さらに強い牧が待っている。それだけは確信していた。

 

試合後の握手。あの異様な握力。宣戦布告とも取れる静かな眼差し。あれで終わりではない。むしろ始まりだ。藤真の胸に浮かぶ緊張と期待は、まだ消えない。前の席から総監督が振り返り、声をかけてきた。

 

「藤真、少し休め。着いたら起こすから、今は眠るといい」

 

総監督はロッカールームで、自らの采配――特に序盤に藤真をスタメン起用しなかった判断と、苦しい時間帯を彼に頼り切ったことを率直に反省していた。その上で、短い時間で状況を読み、戦術を組み立て、チームをまとめあげた藤真を高く評価していた。

 

だが藤真は、それを自らの手柄とは思っていない。勝利は、全員が得たものだ。そう言い切る藤真の姿勢に、監督も選手たちも信頼を深めていた。

 

ふと、監督が思い出したように口を開いた。

 

「ところで、応援席にいたあの熱心な女性は藤真の――」

 

藤真は短く答えた。

 

「……知りません。赤の他人です」

 

藤真と同じ髪色に美形な顔立ち、どう考えても血縁者であることが見て取れる訳だが、当の本人は否定している為、監督は困惑していた。藤真は微妙な間を感じながらも、それ以上言わず、毛布を肩にかけた。今日はもう、余分な言葉を使うべきではない。判断すべき課題は十分に整理した。あとは休息だけだ。

 

藤真は静かに目を閉じ、深い呼吸とともに意識を落としていった。次に牧と相対するその日のために――藤真は更にバスケット選手としての実力をつける必要性を感じながら。

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