藤真のバスケ   作:ドラマ・ドラマ

23 / 74
23.藤真と決勝

埼玉選抜が体育館に到着すると、選手たちは声を一切発さず、淡々とルーティンを積み重ねていった。長距離移動の硬直を抜くために入念なストレッチを施し、腸腰筋の伸張と股関節の可動域を丁寧に確認する。

 

動的ストレッチの後は軽めのサーキット。アジリティラダーで神経系を起こし、ショートスプリントで脚を温め、最後にシュートタッチを確かめる。全員が同じ呼吸で動き、無駄が一つもない。勝負の前に静けさを作るチームは強い――その空気が、すでに彼らの周囲に満ちていた。

 

準備を終えると、メインアリーナへ向かった。自分たちの試合の前に行われている三位決定戦――神奈川と茨城の一戦を観戦するためであった。

 

◆◆◆

 

前半、魚住が痛恨の4ファウルを喫してベンチへ下がると、昨日の痙攣の影響を微塵も感じさせない牧が、孤軍奮闘を始めていた。

 

牧は、己の肉体そのものを戦術化できる稀有な選手である。1on1の起点にしてフィニッシャーであり、接触局面での“制圧力”をスコアリングの根幹に置く。しかし、その牧を正面から止める茨城のPGがいた。

 

その選手は、牧のリズムを完璧に分解していた。ディナイの角度、フォローのステップ、重心の落とし方。「抜かれてから追う」のではなく、「抜くために牧が使う一点目のステップ」を先に潰す守備だった。

 

ミートした瞬間にパスコースを一つ消し、ボールを動かすたびにオン・ザ・ラインでギャップを奪い続ける。プレッシャーの密度は高いのに、無駄なファウルを誘う乱暴さがない。

 

――プロ顔負けの“タイトネス”だった。

 

攻撃面でも、寸分の狂いもないコートビジョンを持つ。ギャップを一段ずつ崩し、最も危険なスポットへ確実にパスを通す。牧ほど豪腕ではないが、ゲームメイクの緻密さは群を抜いていた。

 

「しつけぇ……なんだあのディフェンス」

 

「牧以外のガードなら、もう二回は取られてるな」

 

埼玉選抜の選手が、息を呑んだ声で呟く。藤真は、その日本語の“癖”に微かな既視感を覚えながら、静かに試合の推移を追っていた。

 

試合はハーフタイムからしばらく、完全にシーソーゲームの様相を呈する。後半、魚住が戻るとインサイドの負担は劇的に改善され、牧はわずかに呼吸を取り戻した。結果、神奈川が辛くも2点差で勝利を手にする。

 

◆◆◆

 

試合が終わると、藤真は気になっていた茨城のPGのもとへ足を運んだ。ベンチの荷物をまとめている姿は、どこか見覚えのある佇まいだった。

 

――既視感。以前にも、こんな瞬間があった気がする。

 

「あの……ナイスゲーム」

 

言葉を選びかねたまま絞り出した一言だった。選手が顔を上げる。その表情を見た瞬間、違和感が確信へ変わる。

 

「っごめん!忙しいのに……さっきの試合、凄かったから。 惜しかったけど、……いや、いい試合だった」

 

「そうけ?」

 

短い返事。それは、淡々としているのに妙に耳に残った。藤真は、気まずさに押されるようにその場を離れた。だが、胸の奥にははっきりとした引っ掛かりが残っていた。練習へ戻った後、パンフレットの選手名簿を開く。そこに記された名前を見た瞬間、藤真は息を呑む。

 

深津 一成――

 

―――坊主じゃないのかよ。いや、待て。“ピョン”の前は“ベシ”で、その前が“だべ”ってコト⁉。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

決勝、相手は東京都選抜。

 

藤真はこの試合で、自身の可能性をすべて解放していた。3Pを7本、計42得点。単なる大量得点ではない。ボールスクリーンの拒否、モーションの再構築、外角重心のフロアバランス操作――その全てを藤真の判断力で統御した。

 

5アウトの形を保ちながら、東京都のパックラインを外から解体し続ける。ディフェンスのローテを一瞬早く読み、“空くスペースではなく、これから空くスペース”へ投げるタイミングパス。その精度が、東京の守備を後手に回らせ続けた。

 

結果、埼玉選抜が優勝。藤真は得点王とMVPを同時に受賞した。

 

取材陣の問いに藤真は淡々と、しかし誠実に言葉を返す。だが、この日の出来事の影響は、藤真自身予想だにしない方向へと進んでいく。

 

◆◆◆

 

関東の指導者たちは、藤真の“外角を核にした攻撃思想”に戦慄すら覚えていた。

 

これまで中学では、3Pはアクセントであり、成功率の低さから主軸になり得なかった。しかし藤真の登場により、その前提が覆される。3Pを“主武装”とする得点構造が一気に広まり、翌年には試投数が大会全体で跳ね上がっていく。

 

藤真の精度、判断、スピード。その三点を軸にした“外から試合を支配する思想”は、関東全体のバスケット構造すら変えようとしていた。

 

◆◆◆

 

観客席のあちこちで、少年たちがその姿に心を揺さぶられていた。

 

神奈川――武石中の一年生は、牧が敗れた相手に対し強烈な対抗心を燃やす。去年県選抜に選ばれなかった悔しさを抱きつつ、あの異様な破壊力を持つアウトサイドに勝つため、自身の3Pを極限まで磨き上げることを誓った。

 

東京――父とともに観戦していた少年。ミニバスがなかったため中学からバスケを始める予定だった少年は、藤真の姿に心を奪われた。“来年の都道府県対抗でMVPを獲る。そして藤真に勝つ”その目標だけが胸の奥に燃えていた。

 

さらに、釣りが趣味でバスケを続けるか迷っていた少年は――藤真の試合だけは、最後まで瞬きを忘れるほど見入っていた。やがてぽつりと、「面白れぇ」と呟き、中学でもバスケを続ける未来を決定づけた。

 

それぞれの胸に、異なる火が灯った。不思議なほど穏やかな春風が吹く中、1988年4月――藤真は中学二年生となり、その身長は171cmに達していた。

 

彼の背中を追いかける者。彼を倒すことを誓う者。彼に憧れ、未来を変える者。

 

藤真の存在は、既に一つの“基準”になりつつあった。関東のバスケットは、この日を境に静かに動き始めていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。