優勝を果たした埼玉県選抜は、年度の切り替わりとともに静かに解散した。春の空気は淡く、わずかに湿り気を帯びている。選抜メンバーはそれぞれの中学へ戻り、次に顔を合わせるときは、“チームメイト”ではなく“対戦相手”としてコートに立つことになる。夏の総体――県代表の座を懸けた、避けられない分岐点であった。
◆◆◆
中学二年生となった藤真は、副キャプテンとして、そしてエースとして、自らの背に過剰なほどの責任を負いながら夏を迎えた。だが、結果は県ベスト4。勝利の手応えより、届かなかった距離の方が鮮烈に胸へ刻まれる。三年生が抜け、新体制が発足する。藤真はキャプテンとなったが、秋の新人戦でも結果は県ベスト8止まり。敗退そのものよりも、敗因の“構造”が彼を深く消耗させていく。
藤真が個人として成長しているのは誰の目にも明白であった。判断の速度、キックアウトの精度、フロアバランスの読み。昨年より一段高い場所でゲームを俯瞰できるようになっていた。しかし、チームはそんな成長著しい“神童”に追随できなかった。
入部当初10名近くいた同級生は、今や3名に減り、そのうち一人は初心者で、もう一人は膝の故障からマネージャーへ回っていた。チームで最も背の高い選手で176cmであり、インサイドの守備は常に背伸びを強いられ、リバウンドは毎回“運動量”で誤魔化すしかない。一・二年生合わせて9名――5対5のスクリメージすら成立しない。
藤真が掲げる「頭を使うバスケット」は、“土台”を欠いたままだった。
◆◆◆
夏以降、藤真に対するディフェンスは常に過剰だった。牧や山王工業の一ノ倉ほどの圧迫ではないにせよ、“ボールを持たせない”という一点だけに特化した守備が当たり前になった。
エースキラーは次々に交代し、体力の消耗を計算に入れず、ただ藤真の一挙手一投足だけを潰すために投入される。
キャッチ前のディナイ、ラインのカット、ボールを持たれればすぐにダブル、遅れればトリプル。他の選手に得点を許しても構わない――藤真だけは封じる。そんな露骨なゲームプランが、試合のたびに繰り返された。
藤真は一人で突破し続け、勝つための解答を毎試合ひねり出した。だが、その背中に積もる疲労はとっくに限界を超えていた。
―――ジョーダンもピッペンを得るまで優勝には届かなかった。俺にも、依って立つ“柱”が必要ってことか。
藤真が、そんな弱音に似た願望を胸に抱くようになったのは必然であった。
◆◆◆
秋、負の連鎖は加速する。素人監督は、夏以降はほぼ采配放棄してしまう。タイムアウトの判断、交代、作戦、練習メニュー――
「クラスが学級崩壊気味で、忙しくて部活に顔出せないの。ミニバスはやってたけど、練習辛くて、中学から美術部に入っちゃったし。ゴメンね、キャプテン。試合の日には引率するけど、作戦とか分かんないから、あとお願いね」
お願いの一言で、すべて藤真の肩へ乗せられた。監督は、保護者から夏の大会で強い批判を受けたことで萎縮し、さらには自身のクラスでいじめ問題が発生したことで完全に余力を失っていた。二学期以降、日曜の練習は消え、平日の練習も偶に“顔を出す”だけの名目に変わる。
体育館の使用権も激減した。部員数が少ないこと、新人監督の発言力の弱さ。古株の体育教師が顧問を務めるバレー部や熱意と実績を持つOGが始動する全国常連のチア部に優先権を奪われ、男子バスケ部は体育館の“空きスペースの使用”すら困難となっていた。シュート感覚を整える時間すら、以前より大幅に削られてしまっていた。
さらに、部員たちの“素顔”が春の昇級を境に露呈する。内申点だけが目的の初心者。“最後の思い出”としてのんびりやりたい三年生。自己評価だけが肥大した不真面目なフォワード。藤真への嫉妬心から、どんな状況でもボールを返さないセンター。
どの要素も“小さな綻び”だった。だが、それらが一斉に噴出した時、チームは纏まりを失い、藤真は孤立した。陰口は日を追うごとに増える。
「個人成績だけ良ければ満足してるんだろ」
「県選抜で調子に乗ってる」
「偉そうな先輩」
「NBAを目指すとか正直寒いよな」
藤真は、相手を見返すためでも、称賛のためでもなく、ただ“勝ちたい”だけだった。だが、チームはそれを許さなかった。
県選抜の選考会へは再び一人だけ招待され、当然のように二年連続でメンバー入りした。そして、キャプテンのいないその日の部活は当然の様に“休み”となった。藤真がいない日は、練習をしない。いつの間にか出来上がっていた不文律。それを望んだのは部員たちであり、監督にとっても部活が無い方が時間を割かれずに、怪我や事故の責任も無くなる為、気も楽だった。
県選抜の練習に行けば行くほど、学校のチームは遠ざかり、藤真は静かに疲弊していった。
後年、藤真は語る。
“この時期が、一番きつかった”と。
◆◆◆
限界は、静かに滲み出すもの。
ある日の帰り、送迎してくれた叔父に、藤真は初めて胸の内を打ち明けた。押し込めていたものが堰を切るように溢れ、言葉にならない感情まで零れ落ちた。
「……そっか。話してくれてありがとな。辛かったな」
叔父の声は、普段の軽薄さも豪放さもなく、ただ穏やかで、揺るがなかった。
「俺からの言えることは一つ、“嫌な相手とは距離を置け”。どうせお互い理解なんてできやしない。それを“前提”にしないと、人間関係は壊れるぜ」
車は踏切の手前で止まる。外の風景がゆっくりと沈黙に満たされていく。
「“話せば分かる”。なーんてな、ありゃ子どもを管理するための理想論だぜ。 分かり合えないことなんて、生きてりゃはどこにでもあるこっちゃ。歯車が合わないのに無理に噛み合わせれば壊れるだけだろ?それは人も同じだ」
叔父の声は低く、どこか痛みを滲ませていた。
「合わない人間と無理に仲良くする必要なんてない。キャプテンだから、なーんて理由で背負う必要もないんだぜ。辛かったら、降りちまえばいい。やりたい奴にやらせとけ。やりたい奴がいなかったら?誰もやらなければいい。それでしまいだ」
外を走り抜ける列車の音だけが、しばらく二人を包む。
「やれ友達を作れだの、みんなと仲良くしろだの、大人は子どもに言うけどな。はっきり言って大人でも出来ない事を子どもに押し付けんなって話だぜ。そういう大人の“理想”を子どもに無理やり押し付けるから、おかしなことになってくんだろ。いーか、大人の言葉に縛られるな。自分が何をしたいか、自分が一番分かってはずだ。その自分自身の言葉によーく耳を傾けてみろ。きっとそれが、お前にとっての答えだ。友達なんてのは所詮、大人の綺麗ごとで出来た“幻想”よ。アイツらはただのクラスメイト、ただのチームメイト、ただの顔見知りを“友達”なんて大層なもんで括りやがる」
叔父がいつになく真剣な表情を見せる。
「俺が家を飛び出して、毎晩別な女の家に世話になって、フラフラしてる時に救ってくれたのは、友達とか言われてた奴等なんかじゃなかったよ。ソイツはガキの頃から、しょっちゅう喧嘩ばっかしてた間柄の奴でな。けど、どうしようもないクズの俺を本当に心配してくれて、悪い道に行きそうな時に叱ってくれて見捨てず支えてくれてよ。ある時、ソイツに聞いたんだ。なんで、そこまでしてくれんのかってな」
間をおいて、ゆっくりと呟く。
「“仲間”じゃねーかって、言ってくれてよ。そん時は思わず、笑っちまったけどよ。ソイツがバイク事故で亡くなった今んなって、ようやく分かったんだ」
叔父が優しい眼差しで語りかける。
「辛い時、必要なのは友達じゃねぇと俺は思う。損得勘定を抜きにして本音をぶつけられる対等な関係。つまり“志を同じにできる仲間”ってやつだな。仲良しごっこじゃなくて、同じ方向を向ける人間ってコトよ」
藤真は静かに息を吸った。胸の奥で固まっていた何かが、少しほどけていく。
「どんなに親しくても所詮は他人だ。100%自分を理解してくれる奴なんていない。もし仮にそんな奴がいたら、それは他人じゃなくて、自分そのものか自分の分身だ。“友達”なんて“幻想”を追い求めず、志を同じにする“仲間”を見つけろ。そんで友達も他人、仲間も他人だ。人はどこまで行っても他人で、それが当然だと受け入れれば気持ちは楽になる。要はそれを意識した上で、過剰な期待は持たずに、信頼関係を築いていくってのが他人と上手に付き合う方法なんじゃねぇかと俺は思う。はなから他人を信用するなって言ってるんじゃあねぇ。親しくなっても他人なんだということを意識した上で、他人との距離感測って信頼感みたいなものを作っていかなきゃならねぇって話さ。絶望の終着点かって?違うね。―――これは希望の出発点だ」
叔父の言葉は、無遠慮でも、無責任でもなく、ただ“救い”としてそこにあった。車は再び動き出し、エンジンの低い唸りが身体に響く。
「だから――もう泣くな」
藤真は目元を拭い、小さく頷く。涙の跡が乾く前に、叔父の声が柔らかく重なる。
「さて、真面目な話をしたせいかやけに腹が減るな。よっしゃ、肉食いたくなってきた。付き合え、健司。特別にカッコ良くて素敵な叔父さんが今日は奢ってやる」
―――ありがとう。ずっと、俺の味方でいてくれて。
「それを言うなら、今日“も”じゃない?」
「ふっ、そりゃそうか。そうだ、こっから近くて、肉の美味い店に心当たりあってよ。そこの店の女将さんが、スゲェ色っぽくてよ。ありゃ、絶対俺に気があるぜ」
―――感謝は、いつか必ず形にするから。
目標のあの舞台で。藤真は心の奥で、静かにそう誓った。