藤真のバスケ   作:ドラマ・ドラマ

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26.藤真と不屈の男

三井寿のフォームは、美しい――と、誰もが口にする。だが、ただ美しいだけの射手など世に溢れている。三井が異彩を放つ理由は、そのフォームの内部で密やかに構築された“論理の骨格”にあった。

 

頭上よりわずかに五センチ高く、ボールを掲げる。その瞬間、三井の身体はひどく静かに見える。だが、実際にはそこから落差のある深いディップが潜んでいた。股関節へ吸い込まれるようにボールが沈む。膝の位置に触れそうなほど低く――異端。そう言われて当然だった。

 

「ディップは危険だ。ボールが奪われる」

 

「モーションが遅い。ブロックを招く」

 

常識と呼ばれる指導者の言葉。しかし三井は、一年前の藤真率いる埼玉県選抜の3P攻勢に撃ち抜かれて以来、その“当然”に疑いを抱き始めていた。

 

魚住が弱点を削り、牧が総合力を高めたように、自分はどうするべきか――。三井の結論は、ただひとつ。

 

“長所を極限まで尖らせる。それ以外に俺の進む道はない。”

 

器用に弱点を補い合う性格ではない。できることを、誰よりもできるようにする方が、自分には似合っている。その信念が、彼のフォームを変え始めた。

 

◆◆◆

 

体育館の隅で、三井は軽く息を切らしながら黙々とシュート練習を続けていた。周囲には、試合形式の練習を終えて戻ってきた選手たちの声が反響する。だが三井は視界にも入れない。

 

――ディップは危険、か。

 

ボールを膝近くまで沈めながら、三井は眉をわずかに寄せた。もし自分がディフェンスなら、この瞬間にカットを狙うだろうか?否。ボール保持者の手に触れる危険。ファウルのリスク。一瞬の動きに合わせてクリーンに叩くなど、ほぼ不可能だ。ならば“危険”とは誰の視点の話なのか。これまで聞いてきた指導は、本当に正しいのか。疑問が深まるほど、三井の動作は洗練されていく。ディップは一瞬。その一瞬に、全身の連動と加速が宿り、むしろモーションは短く、鋭くなる。

 

――これでいい。いや、これじゃなきゃ届かない。

 

胸の内に、確信のような熱が灯る。

 

「三井、教えた通りにやれ」

 

「そのディップでは試合では使わんぞ」

 

叱責は日常だった。練習試合では、相手校の監督の前で公開説教すら受けた。だが三井は、それらを屈辱と感じながらも、決して心を折らなかった。

 

――結果で黙らせる。

 

それだけを灯りにして、闇のような練習を続けた。一日に500本のスリー。フォームの試行錯誤、リズムの調整、肩の脱力……膨大な反復の末、夏のある日。ついに、三井はそれを“掴んだ”。

 

◆◆◆

 

ボールを深く落とす。その瞬間、股関節、腹斜筋、肩甲帯――全身のバネが連動し、“下から上”へと一気に押し上げる推進力が生まれる。

 

ロングレンジが、以前よりもはるかに軽い。指先がボールを離れる瞬間、空気を切る音が確かに違う。

 

――これだ。このために、全部あったんだ。

 

三井はこの感覚のことを誰にも話さなかった。だが内心は震えていた。自分が“本物のシューター”に近づいている実感に。

 

 

試合のパスが乱雑なのは当たり前。高すぎる、低すぎる、速すぎる、遅すぎる――。そのすべてが当たり前。だが一度、ディップで“リセット”すれば、どのパスでも必ず自分の射点へ戻せる。肩を落とし、余計な力を抜き、身体を整える――その一連の動きが三井に“平常”をもたらす。

 

クラッチの場面で、雑踏の中で、相手の歓声の渦中でも、ディップがあるかぎり、リズムは狂わない。

 

干され続けた春。だが秋、三井は県ベスト4の原動力となり、ついに選抜候補に名を連ね、選考会では6本中6本の3Pシュートを沈めた。

 

牧と魚住のオフェンスを広げ、神奈川選抜のチームの重心を前に押し出す存在になっていた。努力が才能を超えたというより、努力が才能を“呼び覚ました”といった方が正確だった。

 

◆◆◆

 

選抜戦初日。体育館に足を踏み入れた瞬間、三井は自分の身体が“噛み合っている”のを悟った。体のバランスも、指先の感覚も、手首の返りも、すべてが整っている。リングが手前に感じる日――射手にとって、それは特別な日だ。藤真の前で、三井は最初の3Pを沈めた。ほとんど同じリズムで、二本目も沈める。三本目はストップからのステップバックであったがそれでも、まるでリングに吸い込まれるように決まった。

 

「おおおおおーっ!!」

 

「三連続3P!!?」

 

「誰だ、あの7番は!?」

 

神奈川のリードはあっという間に14−6。ベンチの牧が肩で笑い、魚住が拳を固める。対する藤真は、眉一つ動かさず三井を見つめていた。観察しながら、静かに結論を下す。

 

――組織にタレントが噛み合った瞬間は、こうも恐ろしいか。いいね、ミッチー。今日は当たりの日って訳ね。

 

それでも彼は、前を向いた。下を向くような男ではない。むしろ、燃え上がるように視線を鋭くする。

 

―――“絶好調のシューター”を、どう抑えるか。ここからが俺の仕事だ。

 

前半を34−23のスコアで折り返す。埼玉県選抜は押されたまま、後半へ向かっていった。

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