後半が始まる。神奈川県選抜の攻撃では牧が再びキックアウトから三井へパスを飛ばす。ボールを受けた三井は、わずかな逡巡すら見せない。つま先にためた力を、脚から膝、肩から手首へとひとつの川の流れのように通し、反動を途切れさせず放つ。
3ポイントラインよりさらに一歩――いや、一メートルは後ろの地点からの超ロングレンジ。ディープスリーが、鋭い放物線を描いてリングを射抜いた。
牧は息を飲む。
―――三井……やはりコイツは生粋のシューターだな。
三井のフォームは、状況に応じて流れるようなワンモーションと、頂点で止めるツーモーションを自在に切り替える。肩から手にかけて一度も淀みを作らず放つフローの動き。あるいは、いったん頭上で静止してから頂点で撃ち下ろすチャージ。
どちらも数えきれぬ反復練習と、リズムの理解、体幹連動のコントロールがなければ成立しない“高度な二刀流”だ。三井はそれを、まるで呼吸のように使い分けてみせた。
スコアは 37対23。差が開いたことで、魚住も三井も、そしてベンチの監督でさえ「勝利」を現実のものと捉え始めていた。3分後には20点差。そこからスタメンを休ませる――そんな青写真まで、脳裏に描きかけていた。
だが牧は、一つだけ喉元に刺さるような違和感を覚えていた。
―――いや……まだ早い。あいつの目は、まだ終わっちゃいない。むしろ――燃えてやがる。
藤真の眼光は、追い詰められた者のものではなかった。むしろ、やっと自分のテリトリーへ辿り着いた者の目。逆境を糧に、そこから捲り上げるための“確信”を宿した光だった。
―――この男の真価はここからだ。苦境から一気に潮流を変えてくる……そういう男だ。
神奈川は前半、オーソドックスなマンツーマンで埼玉の攻撃を23点に封じた。しかし牧にはずっと引っかかっていた。藤真の“らしくなさ”――妙な静けさ。妙な余裕。そして、後半の入りでついに確信した。
「……最初から後半に全てを賭けるつもりだったのか」
藤真は肩をすくめ、挑発にも似た笑みを浮かべる。
「“神奈川の怪物”に勝つには、それしかない。――覚悟しな」
次の瞬間、牧の前から藤真の姿が消えた。怪物対神童の初対決で見せた意趣返しとも取れる藤真のチェンジ・オブ・ペース。肩を入れて抜きにかかる素振りから、滑るようなスライドステップへ移行し、密着状態を断ち切ると一気に飛び退いて3ポイントラインの外へ。そのまま放った3Pは、直線的な弾道でバックボードを叩き、吸い込まれた。
―――……技が増えてやがる。けど、次はやらん。
そう思った矢先。牧が魚住からのパスを受けようと動いた瞬間――パスコースを読んだ藤真に、コーナー付近でボールをさらわれた。
「っ……!」
藤真はそのままスウィッシュで決める。一気に 37対29。点差は8。牧は奥歯を噛みしめた。
―――油断した……!
次のポゼッション、牧はボール出しにまわり、コート全体を俯瞰する。しかし、すぐに異変に気づく。
―――これは……オールコートマンツー? いや、違う……ゾーンプレスだ!
1列目に藤真。2列目と3列目が横一線に並び、ボールサイドに寄せるような形。その配置だけで、牧には“未知の圧”が伝わってきた。
藤真が先頭でプレッシャーをかけ、サイドラインへ誘導。パスを受けた三井には、藤真と2線目の二人が同時に襲いかかる。ダブルチーム――。コフィンコーナーへ追い込まれた三井は、逃げ場を失い、藤真にボールを奪われた。
そこからの展開は早かった。藤真はドライブのフェイクから一歩引き、3Pライン外へ。
放たれたバンクショットが簡単に決まる。再びスコアは 37対32。ついに5点差となる。
神奈川の監督は、流れを止めるため即座にタイムアウトを取った。ベンチに戻ると、監督は重い声で切り出した。
「……埼玉のディフェンスは“1-2-2ゾーンプレス”だ。知識としては理解しているが、私も初めて体験する。しかも、日本ではほぼ使われていない」
牧は視線を相手ベンチへ送る。タオルを頭にかぶせ、肩を上下させながら息を整える藤真の姿。その姿に、牧は背筋が粟立った。
――あいつ、本気だ。しかも……これだけのプレスを冬の間、練習してきたってのか。
藤真が、自分の中学時代に実現できなかった戦術――高い運動能力と判断力、そして膨大な習熟を必要とする1-2-2ゾーンプレス。参考資料もほとんどない“魔境の戦術”に、自ら道を開いたのだ。型にはまれば、攻撃を窒息させるディフェンス。だが、体力消耗と研究されるリスクは高い。それを理解しながら、藤真はさらなる手を胸中で温めていた。
◇◇◇
牧は静かに息を吐く。
―――……返しに来やがったか。昔、俺達があいつにやったことを。
藤真はクールに見えて、コートではだれよりも熱い。得点力、分析力、判断力、胆力、対応力――全てが超一級。万能型のオールラウンダー。しかし牧は知っている。その藤真にも“唯一の弱点”があることを。
それは――ワンマンで背負う形を、あまりに長く続けすぎたこと。藤真は単独でチームの潮流を変えられる。だがその分、精神的・肉体的負荷が蓄積する。極限に達した瞬間、もう一度流れが自分達に傾く――牧はそう読んでいた。
コートに戻ると、埼玉は再び1-2-2プレスを敷く。そして、フロントコートに運ばれても陣形を1-2-2ゾーンへと移行させた。
「藤真、頼む!」
「任せろ!」
神奈川のシュートが外れ、埼玉のセンターがリバウンドを掴む。即座に藤真へと渡ると、ピック&ロールで牧を背中に封じ、“ジェイル”で揺さぶりながらゴールへ向かう。ヘルプに出た魚住の腕を、ふわりと浮かせたフローターが越えていく。
スコアは3点差。魚住は悔しさにボールを叩きつけた。
「落ち着け、魚住」
牧は静かに声をかける。表情は、これ以上なく冷静だった。
―――味方はお前を頼る。お前はその期待に必ず応える。――だが、それは同時に、疲労を積み上げる行為でもある。限界点は必ず来る。その瞬間……流れは再び俺達に転がる。
牧の視線は鋭く藤真を射抜いていた。その目は、反撃の機を、ただひたすらに待っていた。