藤真のバスケ   作:ドラマ・ドラマ

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30.藤真と試合観戦(後半①)

後半のブザーが鳴り終わった瞬間、神奈川県選抜は静かに配置を組み替えた。ベンチからの指示を待つでもなく、誰かが声を上げるでもない。だが、自然と選手たちの動きが変わる。前半とは空気そのものが違った。守備はハーフコートマンツーマンから、2-3ゾーンへ。その移行は滑らかで、まるでずっと前からその形を準備していたような統一された張りつめた線を作る。

 

ペイントエリアに重心を置いた守備。上段の牧と三井が翼のように左右へ揺れ、下段の魚住が中央で動かずに構える。その高さ、その存在感は、ゾーンの要として十分すぎるほどだった。―――魚住を外へ出さない。それが、このゾーンディフェンスの核心だった。

 

ゾーンの“壁”は、相手の1on1の侵入角度を限定し、パスコースを読みやすくする。特に2-3はインサイドに人を残すため、ドライブを最も嫌うはずの相手に対し、ペイントを閉ざす効果を発揮する。 沢北も仙道も、前半はその身体能力でディフェンスラインを破壊していた。だが後半、彼らが踏み込む先には、三井を抜いた瞬間に現れる高さと質量の壁が待つ。

 

実際、沢北は三井の一歩外側から鋭い一対一を仕掛けた。肩でリズムを作り、揺さぶり、次の瞬間にはトップギア。三井が反応し、掠めるように抜かれたが、その奥に魚住が立ちはだかる。

 

衝突音。沢北の眉間がわずかに歪み、魚住は一歩も引かない。

 

「……チャージング」

 

レフェリーの笛が、静寂の中を裂いた。コートの空気がわずかに震える。その瞬間、ベンチからひとり微笑む者がいた。藤真―――目の奥がわずかに細められ、筆記用具を滑らせる。

 

―――学習している……。試合の中で、だ。

 

ただ強いだけの存在ではない。己の敗北を糧にし、すぐに次の手を仕込んでくる厄介な連中。その“成長速度”こそが、神奈川の真価だった。藤真はノートに評価を書き込んだ。表情に浮かぶのは警戒心ではなく、期待だった。

 

◆◆◆

 

オフェンスでは速攻を主体とする構造は変えない。だが、セットオフェンスに入ると牧の姿勢が違った。相手の接触を受ける角度、タイミング――そのどれもが前半より明らかに鋭い。

 

―――……ここで、あの親善試合が活きるとはな。

 

牧は過去の敗北から得た技術を、まるで武器のように精密に扱っていた。ファウルを誘いながらシュートをねじ込み、得点と相手の戦力削りを同時に進めていく。そして守備に戻れば、2-3のローに構える味方と連携し、両ウィングのドライブに合わせて身体を差し込み、再びチャージングを誘う。

 

模倣。分析。創意工夫。その全てを、牧は試合の最中に積み上げていく。敗北を知る“怪物”は、ついに全国屈指のPGへと進化していた。

 

◆◆◆

 

後半に入り、三井の姿が変わった。前半、爪の治療の影響かタッチが乱れていた指先が、本来の感覚を取り戻す。ひとつ、またひとつと放たれる三井の3Pは、弾道を描くたびに神奈川ベンチの空気を引き締めていく。

 

そして三本目―――ネットだけが揺れる静かな音。会場の空気が一気に波立つ。

 

差が縮まる。点差はついに5。三井は振り返り、観客席に向かって拳を突き出した。その席には、埼玉県選抜の面々が座っていた。

 

―――怪我は心配いらない……か。らしいな、ミッチー。

 

牧が短く息を吐いた。同じチームでありながら、その背中に感じる熱は頼もしかった。

 

◆◆◆

 

神奈川は4アウト1インの布陣に入り、魚住のローポストからエントリーを開始した。バックスクリーン。それに合わせて三井が動き、牧がズレを作り、外と内が連動する。藤真がペンを止める。

 

―――今度はUCLAカットか……。“動きの中で判断する”フォーメーションだ。

 

UCLAカットは単純な構造を持つがゆえに、要求される技術は高い。一つのパスを起点にガードがカットし、センターはハイポストへ上がり、フォワードは1on1へ派生する。全員が“次の動き”を読み合うため、流れを止めることなく攻撃が多角的に展開される。連動は読みづらいほど滑らかで、神奈川の持つハードワークの色と極めて相性が良い。

 

―――……よく練られている。藤真に勝ったチーム、か。

 

花形がタイムアウト中、冷静に呟いた。対藤真へのこだわりは強い。だが、それに打ち勝った相手――神奈川――を軽視はしない。

 

―――だが勝つのは俺たちだ。理由は――。

 

◆◆◆

 

「―――おい、仙道。いつまで寝てんだ。後半だぞ」

 

監督の低い叱責がベンチに響く。仙道はレモンを噛んだまま、気の抜けた返事をした。だが、ブザーが鳴った瞬間に表情がわずかに変わる。

 

「……分かってますよ。点、取りに行けばいいんですよね」

 

仙道特有の静かな熱が、その一言に宿っていた。コートに戻った仙道は、最初のポゼッションで結果を出す。2-3の“弱い箇所”――ローポストの外側に位置するPFのカバー範囲――そこを的確に突く。手を伸ばしてくるディフェンスにあえて接触し、シュートをねじ込む。バスケットカウント。

 

―――……ゾーンは、オフェンスがマッチアップを選べるからな。

 

藤真の心中が静かに呟く。神奈川のゾーンの“穴”。仙道は迷わずそこを刺した。ワンスローを沈めると、今度は沢北が三井へタイトに寄る。身体の寄せ方、重心の移し方―――そのどれもが前半とは段違いだった。三井は即座に理解した。

 

―――本性……出してきたって訳か。

 

東京都選抜ベンチで監督は深く息を吐いた。

 

「やれやれ……ようやく試合に集中しだしたか」

 

スロースターター。天才ゆえに、心が乗らないと本気を出さない。だが、神奈川の反攻により二人は覚醒した。監督は口元をわずかに緩める。

 

―――流して勝てる相手じゃない。前半で気づけ。それが“今の選手”か……。

 

◆◆◆

 

三井がフレアスクリーンを使い、コーナー前へ滑るように出る。スペースを作り、スクリーンの角度でディフェンスの体勢を崩し、その一瞬で3Pへ移る。理想的な動線。だが、沢北はさらに上を行く。次のオフェンス、沢北は三井の“真似”とも言える動きで、ボールから遠ざかるようにカットしながら身体のバランスを整え、クイックシュートを放つ。滑らかで、速い。一切の無駄がない動きで点差がまた離れていく。

 

「……真似しやがって」

 

三井が低く呟いた。牧が短く応じる。

 

「気にするな。中に魚住がいる」

 

神奈川には、外の三井と牧。そして内の魚住。互いに違う強さを持つ“逸材”が三人いる。東京都選抜の監督は静かに腕を組み、空気の重さを楽しむように呟いた。

 

「だが――勝つのはこっちだ。うちにも"天才"がいる。それも二人も、だ」

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