藤真のバスケ   作:ドラマ・ドラマ

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31.藤真と試合観戦(後半②)

体育館を満たす熱気は、もう観客のざわめきではなく、10人の中学生が放つ気迫そのものだった。神奈川県選抜が、ついにディフェンスを2-3からマンツーマンへと切り替える。

 

牧が仙道を、三井が沢北を、魚住が花形を捕まえた。足音が床に吸い付く。踏み込み、ずれ、寄り、弾く。それぞれの呼吸が研ぎ澄まされ、互いの胸と胸の距離が縮まっていく。ベンチの選手たちは総立ちになり、声を張り上げた。

 

「ディーフェンス‼ ディーフェンス‼」

 

―――これが“神奈川”の本当の守りか。

 

東京都選抜の監督が、わずかに喉を鳴らして笑う。

 

―――だが……ウチのダブルエースは止まらんよ。

 

花形が仙道へ視線を送る。仙道が軽く顎を動かし、それを合図にした。花形がトップからボールを受けると、あえてゆったりとドリブルする。魚住をペイント外――3Pライン付近まで釣り出すための“遅延”。距離が縮まる。巨大な影が覆う。魚住がたまらず一歩詰めた瞬間――。仙道が鋭くスクリーンへ入った。

 

「……ッ!」

 

スクリーンを“壁”にして仙道が抜け、花形からバウンドパスが通る。

 

「打点が高い!」

 

仙道が、ヘルプに跳んだDFの上から静かにシュートを放つ。ボールが吸い込まれるように落ち、7点差を作った。観客席がどよめく。だが神奈川のベンチは、一層声を荒げた。

 

「慌てるな! まだ時間はある‼」

 

「ここを止めるぞ! ディフェンス‼」

 

―――俺が止める。俺達が止める。

 

三井は沢北を前に苦しんでいた。沢北は、最初の数秒で“強度”が変わる。序盤とは別人のような、鋭い一歩目、読み、コース消し。そのすべてが三井を追い込んでいた。

 

「三井!」

 

助け舟のように牧がスクリーンに入る。スイッチが起きた――沢北が牧に、仙道が三井に付く。牧が手を挙げる。パスが入る。“怪物”と“天才”。この一瞬が、試合の支配権を争う。沢北が構えた瞬間、牧の肩がわずかに揺れる。

 

「甘い――!」

 

一歩。いや、半歩。その差が生む切れ味。牧が沢北の前を“裂く”ように抜けた。

 

「速いッ!」

 

花形が助けに跳ぶ。腕を最大まで伸ばす。だが――届かない。

 

「ピ―――」

 

笛が鳴る瞬間、牧の放ったボールはリングに触れ、ゆっくりと落ちてネットへ沈む。バスケットカウント。牧が振り向きざまに沢北を一瞥して、口角をわずかに上げた。観客席が揺れた。花形は手を挙げながら、苦笑いのような表情を浮かべる。

 

―――……スキなどなかったはずだ。よく、あの沢北を抜いたな。

 

点差は4点。―――残り2分 東京都69-65神奈川。空気が、さらに重くなる。

 

◆◆◆

 

【残り1分42秒】

 

三井が、沢北のドライブを読んで――チャージングを奪った。仙道に4つ目のファウルがつく。倒れた三井の手を、牧が引き上げる。

 

「ナイスだ、三井」

 

三井は肩で息をしながら笑った。

 

「これで……あいつらも4つだな」

 

牧の瞳が一瞬だけ鋭さを増す。

 

「あぁ。流れは来てる」

 

神奈川は連携のギアをもう一段あげた。牧→三井→牧と一度ボールを往復させ、左サイドでFとPFがスタックを作る。一瞬の“間”。次の瞬間、牧が逆サイドへノールックでパスを飛ばす。三井がリングへ走り込む。魚住が第一スクリーンを、フォワードが第二スクリーンをかける。ゴール下の狭い空間に6人が密集した。沢北の足が0.2秒遅れた。

 

―――ダブルスクリーン!

 

コーナーで完全にフリーの三井が受け、迷いなく放つ。

 

ネットの揺れに呼応する様に、体育館が激しく震える。

 

「1点差ぁーー‼」

 

―――これが、藤真を倒した神奈川……そして三井寿。“神奈川№1シューター”か。

 

東京都選抜は最後のタイムアウトを取った。

 

◆◆◆

 

【残り1分20秒】

 

再開後、牧が沢北を、三井は仙道をマークする。沢北が受けると、わずかに目線をそらし――今度は牧を“ぶち抜いた”。

 

インサイドに切り込み、小さなフェイントを二つ。ダブルクラッチ。だがその瞬間――魚住が読み切っていた。巨大な影が覆う。

 

「――ッ!」

 

魚住が執念でブロック。牧が拾い、速攻に入ると3対2の形が出来る。

 

三井はコーナーへ。牧のパスが飛ぶ。ディフェンスが跳んだ瞬間、三井の身体が“後ろへ滑る”。ポンプフェイクからのステップバック。呼吸を整え、静かに放つ。高い弧。落ちる音さえ聞こえないほどの静寂。ネットが震える。

 

―――残り58秒。東京都69-71神奈川。逆転。

 

観客は叫び、床は揺れ、空気は熱で震えた。だが次の瞬間、仙道が一人でボールを運び、迷いなく突き抜けた。牧と魚住のブロックの間を縫うような、あの独特の“緩さ”と“精度”で。

 

―――残り50秒 71-71。

 

藤真は息を呑む。

 

―――凄い……相手が強ければ強い程、引き上げられるタイプか。

 

その時だった。

 

「ピィィッ」

 

審判の笛。倒れているのは三井だった。疲労の限界。神奈川は“矢”を一本失った。

 

◆◆◆

 

【残り50秒】

 

牧はボールを運ぶ――はずだった。

 

仙道と沢北のダブルチーム。牧はわずかにバランスを崩し、スティールされる。沢北が走る。牧が追う。二人の“高速の追跡戦”。最初にボールに触れたのは沢北――だが跳んだ瞬間、背後から牧が叩き落とした。

 

「うらあっ‼」

 

沢北は笑った。

 

―――……面白れぇ。

 

試合時間残り28秒。71-71の同点であった。

 

◆◆◆

 

東京都選抜がセットを敷く。神奈川が初めて見せたのは――トライアングル・ツー。

 

牧が沢北を、三井に代わって入ったDF巧者が仙道を徹底マーク。ゾーンの三角が中央を固める。花形がトップでボールを受け、ローポストの二人へ合図。魚住がハイポストに構え、腕を広げる。花形は背を向け、体を当てながらポストプレーへ入る。

 

―――来る……ッ!

 

花形は腰の下で脚を入れ替え――左足、右足とターン。ゴールから離れるように跳び、空中で身体を捻る。

 

―――フェイダウェイだとっ!

 

空中での“静止”。重力を無視したような滞空。放たれたボールはスピンの回転を保ち、笛と同時にリングへ落ちた。バスケットカウント。

 

―――残り5秒 東京都74-71神奈川。

 

最後の攻撃、牧の3Pはファウルを得られず、時間は零へ沈んだ。神奈川は埼玉へのリベンジを果たしたが、2回戦敗退。彼らはコートに立ったまま、静かに天井を見つめた。汗の雫が一つ、床に落ちた音だけが、やけに大きく響いていた。

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