原作の藤真が翔陽高校3年時の身長178cmは体重66kgであった。日本人男性の平均身長は約170cm。数字だけ見れば“平均よりは高い”。だが、バスケットボールの世界では話が違う。
―――178cm。一般的には十分高い。でも、バスケでは……全然ちっちゃい。
アメリカのNBA選手の平均身長は約200cm。2mの巨人たちがゴール下――ペイントエリアを支配し、跳躍して、走り、ぶつかり合う。五つのポジションのうち一番小柄なPGですら“平均191cm”だ。
日本では十分デカい身長が、NBAでは「背の低い選手」に分類されるという現実。
PGはスピードとパスが生命線の役割ゆえ、昔は小柄な選手も多かった。しかし、レイカーズのマジック・ジョンソンはPGでありながら206cm。さらに現代は198cmのルカ・ドンチッチ、211cmのヤニス・アデトクンボら“超大型PG”が当たり前にのさばる時代。
―――身長は、できるなら1cmでも伸ばしたい。
NBAに行く夢を叶えるためなら、細かいことも全部拾っていく。“練習・食事・睡眠”――スポーツ選手の三大要素を徹底する。
―――今日の努力が、明日の俺を作る。信じてやるしかない。
後悔だらけだった前の人生。だからこそ、藤真は夜9時には布団に入り、成長に全振りした生活を続けていた。
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「ヘルプ、ヘルプ!」「ディナイ!コース消せ!」「スクリーン! スイッチ!」
バッシュの音と掛け声が体育館に反響する。インタビューのあと、監督のご好意で練習見学を続けさせてもらえることになった。
整列して挨拶。素早い準備。テキパキと始まるアップ。中盤になるとボール練習になり、活気が一気に上がる。
その中で――タブレットを構えたコーチが、リプレイ映像をスローで見せながら説明していた。
―――アンビリーバブルね。ここまでやるの、ミニバスよ?
「あのタブレットも、彼が一昨年寄贈してくれましてね」と監督。
「NBAのオフェンスを0.5倍速で研究したり、選手個々のデータを数値化したり……。まあ、使うのは選手と若いコーチが主ですが。私はいまだにホワイトボード派でして」
―――全国制覇するチームは、やっぱりやることが違うわね。
ふと、体育館の壁に掲げられた横断幕が目に入る。
「あれは?」と思わず質問すると、監督は少し懐かしそうに笑った。
「ああ、あれは“彼”がキャプテンになった時に作った横断幕ですよ。今もチームスローガンとして掲げているんです」
文字はこう記されていた。
『誠心誠意』
―――バスケの横断幕としては珍しい。でも……“彼”なら分かる気がする。
迷いなく、真摯に、真っすぐに。
彼のバスケに向き合う姿勢そのものを象徴する言葉。
―――なるほど。ますます彼の活躍から目が離せないわね。
「要チェックやわ」
週刊バスケットボール記者・相田弥生は、取材に来て正解だったと心から思った。
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チームに所属して一年が経った頃。藤真は上級生に混ざり、ゲーム形式の練習でスタメンを任されるまでに成長していた。
コーチの方針で、小学4年までは公式戦には出さない。それでも彼はすでに“チームの中心”だった。
同学年の子たちが基礎練習を続ける横で、藤真はPGとしてゲームメイクを担当するようになる。
―――ようやく、“遅いバスケ”が浸透してきたか。
日本では速攻こそ正義。走って、走って、走って勝つ。だが藤真は、あえて“ゆっくり攻める”ディレイオフェンスを提案した。
最初は当然、理解されない。だがコーチの「面白いな」の一言で風向きが変わり、少しずつチーム全体が受け入れていった。
―――速攻が強い? それは“選択肢のひとつ”でしかない。
その考えは、サッカーのポゼッションにも似ている――と藤真は感じていた。
細かいパスでボールを保持し、相手の陣形を崩して得点する。FCバルセロナやスペイン代表が世界を魅了した“美しいサッカー”。だがその戦術は哲学が伴ってこそで、真似だけしても失敗する。
―――流行りだけ真似して中身がないと、タピオカや白いたい焼きみたいにすぐ消える。
ゆっくり攻めるディレイオフェンスは、相手の速攻を封じ、身体能力差を消すための“戦略”だ。勝つための論理がある。
最初こそ半信半疑だったチームメイトも、藤真のいるチームだけが勝ち続けると――次第に理解し、信じるようになった。
その頃にはもう藤真は――地元で“神童”と呼ばれる存在になっていた。