藤真のバスケ   作:ドラマ・ドラマ

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42.藤真と宮城

宮城リョータが「藤真健司」という名を強く意識するようになったのは、数年前のことだった。

 

地元の体育館で行われた、実業団チームのエキシビションマッチ。その前座として組まれていた試合を、たまたま時間つぶしに観に行ったに過ぎない。だがその日、会場にいたバスケット関係者――そして宮城自身の中に、ひとつの名前が深く刻まれることになる。

 

劣勢の展開で投入された、小柄な左利きのポイントガード。コート上では最もサイズに恵まれないはずの選手が、試合の流れを一変させていった。

 

声を張り上げてディフェンスを統率し、味方を前へ押し出す。ミスマッチを恐れず、身体を差し込み、角度を作ってペイントへ侵入する。オールコートプレスに対しても、ドリブルの高さとスピードを自在に変え、数的不利を作らせない。ヘルプのタイミングを正確に読み切り、オフェンスチャージを引き出す判断力。

 

そして決定的だったのは、ゴール下。ブロックを避けるために一瞬で利き手を切り替え、右で放ったフィニッシュ。身体を当てながらも体勢を崩さず、バスケットカウントを奪ったあのプレーで、宮城は思わず立ち上がっていた。

 

――あのPGは、自分で点を取る以上に「試合を勝たせている」。

 

小さな背中が、確かにチームを前へ運んでいた。身長へのコンプレックスを抱えていた少年にとって、その光景は強烈だった。年齢差も、わずか一つ。届かない存在ではない。そう思えた瞬間だった。

 

――一年、本気でやれば。いつか、同じコートに立てるかもしれない。

 

その日から、宮城の中で藤真健司は「憧れ」ではなく、明確な目標になった。中学に進学すると、宮城は藤真のプレーを徹底的に研究し始めた。ドリブルのリズム、視線の配り方、声の出し方。なかでも強く意識したのが、パスの使い分けだった。しかし、簡単にはいかない。形だけを真似ても精度が伴わず、通ったパスにも味方から不満が出る。そこで宮城は、初めて気づく。パスとは、単なる技術ではない。

 

ディフェンスの配置を読み、味方の次の動作を予測し、テンポと間合いを設計する行為。パスは、試合を組み立てるための“意思表示”であり、同時に信頼の証でもある。視野、判断、タイミング、ステップ、スピード。そして――味方を信じて託す覚悟。

 

その本質を理解してから、宮城のアシストは変わり始めた。一本一本のパスに、明確な意図が宿る。練習でさえ、ゲームの延長として考えるようになっていた。藤真の背中を追いながら、宮城は少しずつ、ポイントガードとしての輪郭を手に入れていった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

しかし一年生の秋、宮城は県選抜の一次リストにすら名を連ねなかった。サイズか、経験値か、あるいは単純な完成度の差か――理由は告げられない。選考とは常にそういうものだ。残ったのは「呼ばれなかった」という事実だけだった。

 

悔しさを抱えたまま、宮城はヤスを誘い、都道府県対抗戦を観に行った。そこで彼は、かつて自分の進む道を照らした存在と再会する。神奈川選抜の司令塔としてコートに立つ藤真健司。相手は全国屈指の強豪。マッチアップも、ローテーションも、強度は高校生の域を超えていた。

 

藤真は一人で試合を制御しようとしていた。テンポを落とし、スペーシングを作り、無理な速攻を止め、必要な場面では自らペイントへ切り込む。だが消耗は明らかだった。終盤、激しい接触の直後に倒れ込み、立ち上がれなくなる。

 

担架で運ばれていく背中を見た瞬間、宮城の視界が滲んだ。胸にあった感情は、憧れではなかった。尊敬――そして、覚悟だった。試合後、藤真が海外へ渡るという噂を耳にする。部内の軋轢、孤立、いじめ――真偽不明の話はいくつもあった。だが確かなのは、その試合を最後に、藤真健司が表舞台から姿を消したという事実だけだった。胸に空白が生まれる。だが同時に、宮城の中で一本の軸が定まった。

 

――追いつく。追い越す。そして、同じコートで正面から勝つ。

 

その思いは、迷いなく胸の中心に落ちてきた。まるで、欠けていたピースが正しい場所に収まったかのように。

 

「あの人を超えて、俺が一番のポイントガードになる」

 

それは誇張でも虚勢でもない。宮城リョータを前へ進ませ続ける、静かで確かな原動力となった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

藤真健司との差は何か。宮城は感情を排し、自分を選手として分解した。

 

ハンドリング。パッシング。オンボールディフェンス。フットワークとスピード。どれも劣ってはいない。少なくとも致命的な開きはない。

 

――それでも、コーチの立場なら、迷わず「藤真」を選ぶ。

 

決定的な違いは一つだけだった。スコアリング能力。距離を取れば確率の高いアウトサイド。詰めれば鋭いドライブ。ヘルプが寄れば、即座に逆サイドを見通す視野。相手ディフェンスにとって、これほど選択肢を奪えないガードはいない。藤真は“守らせない”ポイントガードだった。

 

自分にはそれが足りない。ならば――変わるしかない。

 

宮城は一度、自身のスタイルを壊した。「まず味方を見る」パスファーストを脇に置き、最初にリングを捉える思考へ切り替える。シュートを攻撃の起点に据える。点も取れるPGになるために。

 

フローター。プルアップジャンパー。弱点だったフリースローも、数を決めて向き合った。何千本、何万本。感覚が崩れても、やめなかった。

 

中学二年で選考落ち。だが中学三年の夏、その積み重ねが形になる。初速の鋭いドライブ。精度の上がったアウトサイド。得点を警戒されれば、ディフェンスは収縮し、パスレーンが開く。攻めが成立することで、アシストの質も上がった。宮城はついに、神奈川で上位クラスと呼ばれるポイントガードへ成長する。

 

陵南を含む強豪から声もかかった。だが迷いはなかった。

 

――あの人のように。安西先生の下で、PGとして完成したい。

 

その一心で、湘北を選んだ。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

そして夏のインターハイ予選、陵南戦。宮城は、自分が持つすべてを詰め込んだゲームプランで臨んだ。ドリブルウィーブ。ズームアクション。ホークセットから三井のスポットアップ、赤木のポスト。湘北の特性を最大化し、陵南を土俵際まで追い込む。

 

結果は敗戦。だが、確信があった。

 

――やっと、同じ舞台に立てる。

 

そして今日。ついに藤真健司との初対戦。疲労が色濃い海南を、藤真のゲームメイクがつなぎ止めていた。無駄を削ぎ落とした動き。必要最小限で最大効率を生む判断。正確無比なパスと、流れを断ち切るスリー。宮城は、胸の奥が熱くなるのを抑えられなかった。

 

――やっぱり、あんたは凄いよ……藤真さん。

 

前半終了。湘北は1点リード。宮城は間違いなく、前半のキーマンだった。

 

「俺たち……海南に勝ってるぞ」「信じられねえ……」

 

ざわつくベンチを横目に、副キャプテンの赤木は静かに水を飲み、相手ベンチを見る。

 

――このまま終わるはずがない。あの男が、黙っているはずがない。

 

後半。“帝王”牧がギアを上げる。海南が、真の強度を解放する。試合は――ここからが本番だった。

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