藤真のバスケ   作:ドラマ・ドラマ

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43.藤真と切り込み隊長

「―――後半、行きます」

 

静寂を切り裂くように審判の笛が鳴り、ボールが高く放り上げられた。ジャンプボールは赤木が叩き、湘北が最初のポゼッションを得る。だが――その瞬間だった。

 

ルーズになった落下点へ、藤真が横合いから一気に踏み込み、ボールをかすめ取る。偶然ではない。ジャンプボール後の初動、その“受け”の位置まで織り込み済みの読みであった。

 

サウスポーは着地と同時にハンドオフ。クロスステップでディフェンスをずらし、中央レーンを全速で走る牧へ、バウンド一つ分の完璧なリードパス。“帝王”牧は迷わず、そのまま身体を預けるようにレイアップを決める。後半開始、わずか数秒で海南がスコアを動かした。ジャンプボールすら、海南のオフェンスの一部と印象付ける動き。その徹底ぶりに、湘北の空気が一瞬揺れる。

 

「ドンマイ! 取り返すぞ!」「オッケー!」

 

三井と宮城が声を掛け合い、エンドラインから再開。だが、次の瞬間――

 

「宮城、気をつけ――」

 

言い終わる前に、牧と藤真が前線から一気に距離を詰めた。角度を切り、利き手側を消し、逃げ場を塞ぐ完璧なダブルチーム。

 

「プレスだ!」「フルコートかよ……!」

 

湘北ベンチの表情が変わる。海南は後半開始から、フルコートのゾーンプレスに切り替えてきた。前半の疲労。合宿終盤の蓄積。――そんな兆しは一切ない。むしろ、この後半こそが“本番”であるかのような出力だった。

 

「宮城、早く出せ!」「いてッ‼押してるぞ、コノヤローっ!」

 

だが笛は鳴らない。プレッシャーが強すぎて、判断が半拍遅れた。その隙を見逃さず藤真がスティールする。即座に牧へ短いバウンドパスが渡る。三井が必死にブロックに跳ぶが、牧は一切怯まず体をぶつけながら、リングへと強引に押し込む。バスケットカウントが成立し、フリースローも沈め、3点プレイとなる。そこからも、海南は勢いを緩めない。

 

藤真は両腕を広げ、エンドライン沿いでパスコースを限定。湘北は5秒を意識しながら、どうにか宮城が受ける。しかし、次の瞬間。再び“怪物と神童”の檻が閉じた。

 

「くっ……!」「止めるな宮城! つなげ!」

 

三井の声は届かない。宮城は焦り、無理に縦へ踏み込むが、無情にもオフェンスチャージがコールされる。サイズ差のある相手に正面から当たり、完全にリズムを失っていた。本来の武器であるスピードも視野も、今は機能していない。

 

――まだ甘いな。

 

牧は倒れた藤真を起こしながら、湘北のPGを静かに評価する。目の前の小柄な選手は、かつて火花を散らした因縁の相手―――今自身の手を握るチームメイトの藤真とは比べものにならないと確信していた。スローインからの海南は、冷徹だった。スクリーンで三井を外し、藤真がノーマークでペイントへスリップ。

 

赤木がヘルプに出た、その一瞬。藤真はジャンプせず、柔らかくボールを浮かせる。フローター気味のアリウープを演出すると、花形が空中でキャッチし、そのまま叩き込む。

 

「来たぁぁ‼」「アリウープだ‼」

 

海南ベンチが爆発する。湘北は、声すら出ない。後半に入って、まだ一度も安定してフロントコートに運べていない。完全に飲み込まれていた。牧は宮城より低く構え、細かくステップを刻む。守りながら、主導権を奪っている――そう錯覚させる圧力。

 

「ちくしょう……!」

 

感情が前に出た瞬間、それは海南にとって“餌”になる。苦し紛れのロブパスを、海南が読み切ってインターセプト。そのまま3対2のアウトナンバーが形成され、最後は藤真が確実にレイアップを決める。湘北は3人で運ぼうとするも、パスコースが見えない。ロングパスを狙った刹那、花形が先に反応。

 

再び速攻。湘北の“精神の軸”が、音を立てて軋み始める。海南のゾーンプレスは、体力より先に平常心を削っていく。判断が遅れ、迷いが増え、自信が失われる。安西監督が立ち上がる、その直前。藤真が三井のわずかな重心の乱れを逃さず、一気にドライブ。

 

赤木のブロックに合わせ、身体を当てながら――ボールを完璧にコントロールし、バックボードに沈める。大黒柱・牧のお株を奪うような――華麗なるバスケットカウントが成立する。

 

「チャージドタイムアウト! 湘北!」

 

後半開始から、わずか2分半。1点リードしていた湘北は、気づけば二桁ビハインド。それは嵐の様であった。王者・海南が、本気で試合を支配しに来た証だった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

タイムアウト明け。海南は牧と藤真を一度ベンチに下げ、高砂と神をコートへ送り出す。だが、強度は落ちない。むしろそれは――選手層の厚さを誇示するかのような、さらなるギアアップだった。

 

神は完全に波に乗っていた。後半だけでスリー5本、いずれもノーマークを逃さないクイックリリース。キャッチから迷いのない射出で、湘北のローテーションを一歩ずつ遅らせていく。

 

高砂はインサイドで役割を完遂する。赤木の初動を体で止め、先にポジションを奪う。ブロックで流れを切り、攻めではシンプルなフックを高確率で沈める。何より徹底したボックスアウト――赤木にセカンドチャンスを一切与えなかった。

 

宮城がフローターで点を返し、速攻で必死に食らいつく。だが、それも点差を詰めるには至らない。海南は無理に走らず、確実にミスマッチとリズムの良い選択肢を積み重ねていく。

 

そして試合は――インターハイ予選1位・海南大附属が、県ベスト8の湘北を圧倒する形で幕を閉じた。練習試合でありながら、力関係は明確だった。

 

「ありがとうございました。全国前に、課題がはっきりしました」

 

「こちらこそ。全国での健闘を期待していますよ」

 

互いに礼を交わす監督たち。その傍らで、三井が藤真に歩み寄る。

 

「疲れてるのに、あえてオールコートプレスとは……絶対お前の発案だろ」

 

「さあ、どうかな。でも――全国を狙うなら、今日みたいに動揺してたら冬は越えられないよ」

 

「ちっ……絶対勝ち上がってやる。覚悟しとけ」

 

「うん。その方が、ウチも張り合いがある。怪我だけは気をつけてね」

 

余裕を崩さない藤真に、三井は歯噛みしながらも手を振って去っていった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

翌日。自主練のため体育館に入った藤真は、休養日のはずの神が、すでに黙々とシューティングを続けているのを見つける。

 

「……本当に真面目だね」

 

そう感心していると、花形、高砂、武藤、宮益――同級生たちが次々と姿を現す。昨日の内容に、誰一人として満足していなかった。

 

「牧は?」と聞くと、「サーフィンしてから来るとさ」と、いかにも牧らしい答えが花形から返ってくる。

 

その光景に、藤真の胸の奥で、ふと中学時代の記憶がよみがえった。練習をさぼる同級生。個人練習を笑われた日々。バッシュを隠され、心まで歪みかけたあの時間。

 

――志を同じにする仲間を見つけろ。

 

叔父の言葉に背中を押され、留学を決めた日の感触が、鮮明に甦る。

 

「……今は、本当に恵まれてるな」

 

小さく呟き、藤真もボールを手に取る。誰に促されるでもなく、仲間たちと並び、静かにリングへ向かっていった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

数日後――1991年8月。静岡・浜松。真夏の陽射しの下、全国の強豪が集い、頂点を争うインターハイが幕を開けた。

 

8月2日。海南大附属はシード校として二回戦からの登場となり、選手たちは前日、体育館のスタンドで一回戦の試合を静かに見つめていた。対戦相手の動き、癖、ローテーション。誰もが全国の舞台を意識し、言葉少なに視線を走らせている。

 

だが――そこに、藤真健司の姿はなかった。

 

前夜。海南が宿泊していたホテルの一室に、一本の電話が入った。受話器の向こうから伝えられたのは、母の声と――叔父の訃報だった。

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