藤真のバスケ   作:ドラマ・ドラマ

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44.藤真と追想

夕食後のミーティングも終え、牧たちと部屋で対戦校のスカウティング映像を確認していた。その最中、突然ドアがノックされ、監督が険しい表情で姿を見せる。

 

「藤真、至急ロビーへ。お母さんから電話だ」

 

それだけを告げられ、内容は知らされなかった。試合前日の激励だろうか――そんな淡い期待と共に受話器を取った瞬間、世界の色が静かに反転した。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

翌日の地元紙には小さな事故記事が載った。

 

――1日午後6時半ごろ、埼玉県○○市の国道△△号で、同市会社員□□容疑者(59)運転の乗用車が対向車線にはみ出し、同県●●市の自営業■■さん(34)の乗用車と正面衝突。■■さんは胸部を強打し死亡。県警は□□容疑者を現行犯逮捕し、容疑を自動車運転過失致死に切り替えて捜査中――

 

見通しの良い緩やかなカーブでの、逃げ場のない事故だった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

藤真は、蒼白となった叔父の顔を見つめていた。冷たく沈んだ室内に、抑えきれない嗚咽が重く響く。母が席を外し、父がそっと肩に手を添えると、世界は音すら奪われた二人だけの空間となった。眠っているだけ――その幻想を捨てきれないまま、藤真はそっと語り始める。

 

「……叔父さん。俺、ようやく全国に行けたよ」

「昔言ってたよな、“志を同じにする仲間を見つけろ”って……その仲間に、今の俺は囲まれてる」

 

中学で何度も相対した怪物のような同級生。塾帰りに挨拶を交わした黒縁メガネの少年。いまや同じユニフォームを着て戦っている。そのことを、まるでいつものように、肩の力を抜いた調子で叔父に語っていく。

 

「……今日は静かだね。喋ってくれないとさ……叔父さんの声、忘れちゃうよ」

 

落ち着いた低音で諭すように話す叔父の声。怒鳴らず、慌てず、いつも導いてくれた――その声が二度と聞けない現実が、胸をひりつかせる。

 

「全国行ったらご馳走するって言ってたよな。今度は叔父さんの好きな物、食べに行こうよ。東京のホテルのケーキバイキング、楽しみにしてるって言ってたじゃん」

 

甘いものを好み、いつもデザートを頼んでは、頼むとしぶしぶ一口分けてくれた。あの優しい甘さを、藤真は決して忘れない。

 

「そうだ、もうすぐ俺の誕生日だよ。毎年さ、叔父さんのプレゼント楽しみだったんだ。去年くれた小説……あれ、本当に面白かった」

 

高校を退学し、ニューヨークで彷徨う主人公の孤独。その物語に叔父は救われたのだと語っていた。“崖から落ちそうだったから”――藤真がアメリカ留学に向かう時、同行した理由を、小説の一節を借りて笑った叔父。あの時の背中は、誰よりも大きく見えた。

 

「俺さ、感謝してるんだ。夢の話をしても笑わなかった、大人が二人目だったから」

 

「NBAのファイナルに立てたら……叔父さんのお陰ですって絶対言うよ。結婚式のスピーチも頼んでたのにな」

 

夢を笑わず、支え、信じ続けてくれた。人生で最も近い場所で寄り添ってくれた親友のような叔父。その叔父に活躍を見せることが、藤真の原動力だった。

 

もう二度と届かないと知りながら、藤真は言う。

 

「……そろそろ行くよ。今まで、本当にありがとう」

 

目を伏せ、深く一礼し、振り返らずに歩き出す。心は崩れそうなほど痛む。それでも、前へ進むと決めた。

 

――忘れない。迷わない。

 

そう固く誓いながら。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

8月3日、インターハイ二回戦。藤真がどれほど見渡しても、いつもスタンドにいた人影はない。それでも藤真は心に刻んだ。“この試合を叔父に捧げる”。

 

その想いが、プレーに異様な迫力を宿らせた。バスケIQの高さ、読み切るディフェンス、ムダのないドライブ。外も中も支配し、判断の全てが研ぎ澄まされていた。

 

3P、ミドル、フローター、アシスト。34得点、12アシスト、10リバウンド、3スティール――圧巻のトリプルダブル。ハイライト映像は藤真で埋め尽くされ、雑誌も絶賛した。

 

だが当の本人は、試合内容をほとんど覚えていない。ただ一つ――34点目を決めた直後の光景だけが、鮮明に焼き付いている。

 

ふとスタンドを見上げると、サングラスをかけた男が、苦笑いを浮かべて頷いた。瞬きをした瞬間、もうそこには居なかった。

 

それでも、藤真は確かに見た。そして、その光景を一生胸に抱いて生きていく。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

大浴場で瞼の熱を洗い流し、ロビーのソファに身を預けて外をぼんやり眺めていると、背後から声がした。

 

「……座るぞ」

 

牧と花形が並んで腰を下ろし、藤真と向かい合う。

 

「……牧はさ。バスケット、好きか?」

 

突然の問いに、牧は困惑を浮かべた表情で藤真を見つめる。だが、藤真の真剣さを悟り、まっすぐ答えた。

 

「……好きじゃなきゃ続けてない」

 

「そっか。花形は?」

 

「無論だ」

 

当たり前のはずの質問。その意図が掴めず、二人は小さな不安を胸に宿す。

 

「ごめん。変なこと聞いたね。でも……もう大丈夫だから」

 

進学のたびに失敗し、孤立し、何度も挫けかけた過去。それでも支えられ、戻って来られたバスケットの場所。そして今、志を同じくする仲間と共に、全国の舞台に立っている。

 

藤真は短く息を整え、静かに、しかし揺るぎなく告げた。

 

「――全国制覇しよう」

 

牧と花形が視線を交わし、力強く頷く。

 

「当たり前だ」「当然だ」

 

想いをひとつにした海南は、その勢いのままベスト4へ進出。準決勝の相手は、昨年の王者――山王工業。

 

全国の頂が、いよいよ視界に入った。

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