神奈川代表・陵南高校は初戦を危なげなく突破し、続く二回戦で大阪の強豪・豊玉高校と激突した。インターハイ常連校の豊玉に対し、序盤から仙道が“ゲームを読む力”と“ミスマッチの活用”を遺憾なく発揮。相手のディフェンスローテーションの遅れを突いて、前半だけで20得点を叩き出す。
だが、豊玉のエース南が仙道に肘を入れてインテンショナルを取られたあたりから流れが崩れた。精神的支柱を欠いた陵南は、そこから一気に失速。ゲームは荒れ、魚住はペイント内のフィジカルコンタクトで苦しみ、早くも4ファウル。福田も実戦経験の浅さから判断が遅れ、攻守にわずかな遅れが累積していく。豊玉のハイテンポなトランジションオフェンスに対応しきれず、点差は徐々に開く。
後半に入っても主導権は戻らず、88-65。陵南は二回戦で散ることとなった。
ベスト8を賭けた試合では、豊玉が地元・静岡の常誠高校に延長の末に競り負ける。勢いを得た常誠であったが、豊玉のエースキラーによってチームのスコアラーが負傷した影響は大きく、結果“愛知の星”を擁する愛和学院に大敗を喫する。ベスト4に勝ち残ったのは、愛和学院(愛知)、博多商大附属(福岡)、海南大附属(神奈川)、そして絶対王者・山王工業「秋田)となった。
準決勝前夜。宿舎の一室で、王者・山王は対戦相手の映像チェックを行っていた。
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「まずは、自分がマッチアップする相手を徹底的に見ろ」
監督・堂本がリモコンを操作する。
「得意な角度、苦手なエリア、足の運び、読み癖。コートに立つ前に“相手を解剖する”つもりで研究しておけ」
画面にはインターハイ予選の海南の映像。
「牧紳一。186㎝83㎏。神奈川大会で平均24.7得点、10.7アシスト、7.3リバウンド、1.4スティールを記録している」
山王の選手たちがざわめく。ガードとして異例の総合力。“スコアリングPG”でありながら“フロアジェネラル”としての機能も兼ね備える選手は全国でも稀だ。
「一年で全日本候補にも選ばれてる。攻守の要、海南の大黒柱だな」
河田が言う。
「弱点はねぇのか?」
野辺の問いに、沢北が静かに口を開いた。
「もう見つけた」
「言ってみ、沢北」
「まずスロースターター気味ですね。序盤はリズムを探る傾向が強い。なら、前半で仕掛けてリードを取り切ってしまえば良い。前半で相手の主力を消耗させておけば、後半の爆発力も抑えられる。あとは、オフェンス面はドライブの破壊力が厄介だけど、外のジャンプショットの精度には波があるのもウィークポイントかと。下がった位置でレーンを塞いでしまって、ペネトレイトの起点を潰せばいい。オフェンスチャージを取りに行けば、かなり手を縛れるんじゃないですか。まぁ、もっと手っ取り早い方法ありますけど」
「手っ取り早い方法?」
河田の問いに沢北が薄く笑い、続けて言う。
「……そもそもボールを持たせなければいい。ハンドラーとして機能しなければ、バスケットカウントもキックアウトも生まれません」
堂本の目が鋭く光った。
「――一ノ倉。明日お前をスタメンで使う」
山王の“スッポン”と呼ばれる密着ディフェンダー、一ノ倉が頷く。
「前半は一ノ倉の猛追で牧にボールを持たせない。後半は深津が距離でコントロールする。二段構えで海南の司令塔を封じていこう」
続いて監督の視線は花形透の映像に移る。
「長身C(センター)の花形透。“柔のセンター”と呼ばれ、フェイダウェイ、アウトサイド、IQの高いプレイメイクが持ち味だ。3Pも打てる。インサイドでのショットブロックも県2位とゴール下の要として、チームを支える優秀なプレイヤーだ」
沢北が手を挙げた。
「ん?なんだ、沢北。もう弱点を見つけたのか?」
堂本が驚きつつも、自信家の1年生エースに発言するよう促す。
「中学の東京都選抜で一緒でしたけど、センターとしての完成度は河田さんの方が上です。花形さんはスマートなスキルはありますが、接触プレイを嫌う癖が昔からありました。外のシュートも、基本的にノンプレッシャーの時しか撃ちません。河田さんならフィジカルで押し切れる。要注意はフェイダウェイだけですね」
「なら……任せたぞ、河田」
「はい」
監督からの信頼に短い言葉で応える。そして、次の映像に切り替わると山王工業の選手達の目の色が変わる。
雑誌の特集でも一際大きく取り上げられていた。藤真健司。左利きながら、左右どちらからでもシュートを放てる器用さと多彩なアタックレンジからの入りだしたら止まらない3Pの連続性。当たり前のように更新されるトリプルダブルの連続試合記録。クイックネスや広い視野。タフなディフェンス力と全てが高い次元にまとまっていた。今高校バスケ界で“NBAに最も近い男”と呼ばれていた。
真剣な様子で映像を見つめる選手たちに向かって堂本が口を開いた。
「アメリカでは“フラッシュ”と呼ばれていたらしい。瞬間的な加速、クイックシュート、高速の方向転換。“見えた瞬間には抜かれている”タイプの選手だ」
沢北は静かに呟いた。
「弱点は………あります」
「ほう、言ってみろ」
「あれだけのオールラウンダーに見えて、連携パターンが限定されてます。特に花形さんとのピック&ロール以外は、ほとんど単独かワンパスで完結している。花形さんを河田さんで抑えれば、藤真さんは1on1しか残りません。それなら、自分が対応できます」
堂本は短く笑った。
「よし。沢北、お前がぶつかれ。好きにやれ」
沢北は不敵に頷く。
「それと……もう一つ弱点があります」
「もう一つ?」
沢北は食い入るように映像を見つめた。
「―――もう一つは……」
続く弱点は、長い間を置くとようやく話し始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方、海南の宿舎。
山王の映像を見終えた選手たちは、その完成度に息を呑んだ。
「明日は山王戦だ。これまでで最強の相手だ。どう戦う?何か意見はある者はいるか」
沈黙を破ったのは藤真だった。
「監督、よろしいでしょうか」
「山王を倒す策でもあるのか?」
「策というより“前提”ですね。どれだけ強かろうと相手は同じ高校生。また、勝負に絶対はありません。ですが、あの“伝家の宝刀”――1-2-1-1のゾーンプレスを越えない限り、試合は始まりません。個々の選手の分析はその後で良いかと」
「では、あのゾーンプレスをどう突破する?」
「1-2-1-1なら経験があります。自分と牧で必ず突破します。任せてください」
監督は藤真と牧を見据える。
「よし、明日はお前達二人に任せる。やれるな?」
高頭の問いに牧は大きく頷き、藤真は強い声音で答えた。
「――必ず」
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「これより、山王工業対・海南大附属の試合を開始します!」
アナウンスと同時に、会場の空気が一段階、張り詰めた。
山王はいつもの勝負強度を示す布陣――ポイントに深津、ウイングに一ノ倉、エース沢北、そしてインサイドの要・河田。一方の海南は、不動の二年生トリオを軸に、シューターとして急成長中の一年・神をSGで先発起用。スペーシングと判断力で勝負する構えだった。
ジャンプボールが弾かれ、ボールは海南へ。ゲームの立ち上がりから、視線が一点に集まる。藤真健司と沢北栄治。早くも日本最高峰同士が、正面で噛み合った。海南の初手は明確だった。藤真のアイソレーション。
ボールサイドへ味方を寄せ、弱サイドを大きく空ける。ヘルプの距離を意図的に引き延ばし、1on1の空間を作り出す配置――山王の組織的な守備を、あえて個の局面へ引きずり込む選択だった。
呼吸が合った、その一瞬。藤真は低い姿勢から、股下を通すワンドリブル。次の瞬間、最短距離を選び取るように一気に踏み込む。沢北の反応は速い。だが、ヘルプローテーションが完成する前に、藤真はすでに踏み切っていた。
――右手一本。
リングの真下、完全に空いたコースへ叩き込むワンハンドダンク。会場が一拍遅れて爆発する。王者・山王に突き刺した、試合開始直後の先制打。流れを読む司令塔が、あえて力で示した宣言だった。
――日本一?ならば、その看板ごと、最初から叩き潰す。
藤真は、最初からトップギアだった。視線の先にあるのは、ただひとつ。全国制覇――それ以外は、何ひとつ見えていなかった。