藤真のバスケ   作:ドラマ・ドラマ

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48.藤真と河田

タイムアウト明け、山王は迷いなく切り札を呼び起こす。深津-河田のホットライン。幾度となく勝敗を分けてきた十八番のピック&ロール。今日だけでも再三叩き込まれている形だが、分かっていても止めきれない。深津の間合いの取り方、ディフェンダーを縛るドリブルの角度操作。そして河田がスクリーンからロールへ移行する際の身体の入れ方――完成度が段違いだった。海南はまたも対応が遅れ、失点。点差は8まで縮まる。

 

後半に入っても二年生コンビの勢いは衰えない。とりわけ河田は、接触を厭わないランとフィニッシュで存在感を増し続け、疲労の影すら見せなかった。

 

―――……ここで一度、替えるしかないか。

 

高頭は静かに立ち上がり、オフィシャルに交代を告げる。海南インサイドの要・花形。しかし彼は、これまで一度も経験したことのない“枯渇”を覚えていた。脚が止まったわけでも、息が上がったわけでもない。心の芯を削られるような消耗だった。

 

小・中・高と、長い手足と判断力、柔らかなシュートタッチを武器にエリートの道を歩んできた技巧派センター・花形。だが河田雅史という存在は、明確に次元が違った。魚住や赤木といった強者と渡り合ってきた花形ですら、“同じ土俵にいない”と悟らされるほどの圧――その重さに、心が折れかけていた。

 

「……悪い、藤真」

 

「いい。ここまで十分やってくれた。あとは任せて」

 

ベンチへ下がる花形の胸に渦巻くのは悔しさと、交代に一瞬安堵してしまった自分への嫌悪。その揺らぎを噛み殺すように、タオルを握る拳に力を込める。

 

―――藤真……お前なら、どうやってあの怪物を止める?

 

轟く声援の中、花形はただコートを見つめることしかできなかった。

 

「任せてくれ、か……」

 

河田と藤真が向かい合う。二人を包む空気だけが、はっきりと重さを増していく。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「リバンッ‼」

 

―――ッ!

 

リバウンドの最高到達点は藤真に分があった。だが、着地の瞬間、河田が体格と腕力で主導権を奪う。ボールを一度下げた、その刹那――藤真がスティールに飛ぶ。

しかし、すでに読まれていた。

 

―――ちっ……この男、死角がない。

 

深津が即座に中継し、セーフティを外して走っていた沢北がフィニッシュ。速攻のレイアップで6点差。一方、牧は深津のプレッシャーを受けながらもボールを失わず、何とかフロントコートへ運ぶ。セットに入ると、海南は5人全員がアウトサイドに広がる“5アウト型エイトオフェンス”へ。花形不在で落ちたインサイドの強度を、運動量とスペーシングで補う選択だった。

 

藤真が八の字を描くように走り、河田がそのすべてを先読みして潰しにかかる。

 

―――体幹がまったく崩れない。軸が強いから、どの局面でもシュートモーションが安定する。精度が高いということは、再現性が高いということだ……。極限のプレッシャー下でも、練習と同じ動作を出せる“精神の芯”。……こいつ、圧を楽しんでいる。

 

執念のディナイも、藤真の運動量には一歩及ばない。ついに藤真へボールが入る。1on1。河田の視界から、余計な情報が消える。正面――ただ一人、闘志を燃やす左利きだけ。フェイク一つ。河田は微動だにしない。完全に“待つ”構え。

 

―――ここでパスはない。必ず仕掛けてくる。……この“獣”のような目。こいつはそういう男だ。

 

アウトサイドもドライブも同時に消す構え。その次の瞬間――藤真の重心が、わずかに沈んだ。捉えた、と思った刹那。視界の端で、藤真が“横”にいる。一歩。その一歩が、速すぎた。二歩目で、すでに河田の背後。

 

「……なっ?」

 

河田がバランスを崩し、尻餅をつく。藤真は減速せず、そのまま跳躍。紫電のような初速を帯びたドライブから、カバーの上を叩き切るワンハンドダンク。会場が爆発する。

 

「スゲェェェ‼」「河田が抜かれたァァ‼」「はやっ……‼」

 

バスケットカウント。衝撃に凍りつく観客。床に座り込んだ河田は、すぐには立てない。

 

―――今の……何だ?見失った?いや、見ていたはずだ。あの瞬間、奴は……軸足を引いた。そこから……消えた?一歩であの加速。これが、アメリカで“閃光”と呼ばれた男か。……底が見えねぇ。

 

堂本は悟っていた。

 

―――ノッている時の沢北より、速い。

 

フリースローも沈め、点差は再び9。その光景を見ながら、牧の脳裏にある記憶が蘇る。藤真が海南に来た初日。体育館での1on1。ジュースを賭け――完敗。藤真が教えた“膝抜き”。軸足の沈みと上体の倒しを同時に行い、一瞬で初速を引き出す独自理論。あれは、生半可な反復では身につかない。

 

―――天才、神童……そんな言葉で片づけられる努力じゃない。

 

後年、高頭が「歴代で最も練習した選手」と断言した理由。藤真健司の技術は、膨大な積み重ねの“結晶”であり――今、そのすべてが、全国最高峰の舞台で解き放たれていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

山王のオフェンス。マッチアップは藤真が沢北、牧が河田。深津はトップでボールを保持し、意図的にテンポを落とす。

 

―――この落ち着き……。とてもビハインドとは思えんな。

 

牧の冷静な分析に対して、普段通りの視野の広さでコートを見渡しながら深津はディフェンスの間合いを測ると、ショットクロック終盤に選んだのはまさかの3Pであった。無駄のないフォームから放たれたボールが、完璧な回転でネットを揺らす。6点差。山王応援席の熱が、一気に戻る。

 

「押せ押せ山王‼」「行けぇ山王‼」

 

その声に呼応するように、山王のディフェンス強度が跳ね上がる。パスコースを切られた海南はリズムを失い、痛恨のターンオーバー。拾ったのは沢北。一気のトランジション。迷いなくフィニッシュし、点差は4。

 

「チャージドタイムアウト、海南!」

 

残り5分。高頭は迷わずカードを切る。花形と神をコートへ戻し、開幕時の布陣に回帰。総力戦―――いや、事実上の決勝であった。互いの持てるすべてをぶつけ合う時間帯。この一戦は、もはや一試合ではない。語り継がれる“伝説”が生まれる条件は、すでに揃っていた。

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