藤真のバスケ   作:ドラマ・ドラマ

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49.藤真とファウルトラブル

残り時間が削られるごとに、会場の空気は確実に温度を上げていく。興奮と緊張が混ざり合い、やがて“圧”としか言い表せない重たい熱量へと変質していた。

 

「海南‼」「海南‼」「海南‼」

 

海南大附属がこの試合で提示しているのは、単なる勝敗を超えた“新しいバスケット”の可能性だった。スピード、スペーシング、3Pを軸にした合理的な攻撃。王朝・山王を打ち倒し、次代の旗手が生まれる瞬間を見届けたい――その期待が、黄色い大声援となってコートへ流れ込む。

 

「山王‼」「山王‼」「山王‼」

 

だが、伝統と歴史を背負う山王工業の支持も揺るがない。逆転を信じる想いを声に託し、喉が潰れるほどのボリュームで選手を鼓舞する。完全に二分された声援が巨大な体育館に反響し、床と空気を震わせた。

 

シード校同士の激突は、いよいよ息を呑む最終局面へ。海南はスピードとアウトサイドを最優先にした攻撃特化の布陣へ移行。一方の山王は、サイズとリバウンドを軸に据えた守備重視の構成に切り替える。

 

フィジカルで主導権を握り、ポゼッションを増やす。セカンドチャンスを量産し、相手のリズムを削る――王者らしい割り切りだった。

 

河田は激しいコンタクトを厭わず、インサイドを文字通り“破壊”する。花形は身体を張ったチップアウトとハードスクリーンで流れをつなぎ、長身と技巧で最低限の仕事を積み重ねる。牧は一瞬のズレを逃さないドライブで加点し、深津は緩急と間合いでオフェンス全体をコントロールする。

 

互いに譲らぬ一進一退。点差は4のまま動かず、残り3分を切った。―――山王64、海南68。静まり返る一瞬の間。海南が、セットオフェンスに入ろうとしていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

牧のドライブにディフェンスが収縮する。視界が開いた瞬間、迷いのないキックアウト――ボールは花形へ。ミドルレンジでキャッチした花形は、わずかな間を置き、今大会ここまで温存してきた“奥の手”を解放した。2メートルのサイズ、高い打点、そして柔らかなタッチ。そこから繰り出されるのは、片足で跳ね上がるフェイダウェイジャンパー。必死に腕を伸ばすディフェンダー。しかし、指先は影すら捉えられない。

 

―――高いっ‼

 

片足フェイドで空間を作り、ブロックの届かない“死角”から打ち抜く、技巧派センターの真骨頂。シュートは迷いなく沈み、スコアは64-70。海南が再び6点のリードを奪う。残り2分35秒。

 

―――山王がどれほど堅牢でも、花形の“この一手”だけは触れない。

 

ペリメーターで完結した美しいシュートに、山王ベンチが思わず目を見張る。対照的に、高頭は小さく拳を握り締めた。全国の強豪と渡り合うため、藤真の助言を受けながら花形が密かに磨いてきた片足フェイド。決して高確率とは言えないが、ここ一番で放つには十分な“切り札”だった。その武器が、最高の局面で火を噴いた。

 

―――精度は完璧じゃない。それでも……よう決めた。この時間帯で打つ度胸は、並じゃない。

 

藤真の読み通り、残り時間、点差、そして想定外のムーブが重なり、山王サイドにはわずかな動揺が走り始めていた。ただ一人、司令塔・深津一成を除いて。彼だけは、冷気すら纏うような落ち着きを失っていない。

 

「スクリーンっ‼」

 

割れんばかりの歓声が藤真の聴覚を削る。河田のスクリーンを正確な角度で使い、藤真を一瞬剥がした沢北が、クイックでボールを射出した。

 

「速ぇ‼」「クイックだ‼」「スリー‼」

 

海南のサウスポーを思わせる、無駄を削ぎ落とした高速モーション。放たれた3Pは鋭く、高く、そして美しい放物線を描き――リングの真芯を撃ち抜く。ボールが乾いた音を立てて弾み、エンドラインへ転がる頃。スコアは67―70。残り、2分10秒。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

牧が正面からドライブを仕掛ける。だが深津は一歩も下がらない。腰を低く保ち、執拗にバックファイアを狙い続ける。牧は肘でスペースを確保しながら前へ出る。合法の範囲で身体を当て、何とか突破口を作るが、度重なる接触で―――ついにチームファウルが規定数に到達。海南はボーナス。2本のフリースロー。牧は深く息を整え、淡々と2本を沈めた。スコアは再び5点差。

 

―――山王67-72海南。残り1分47秒。

 

「行け行け山王‼」「押せ押せ山王‼」

 

山王は迷いなくボールを深津に預ける。泰然自若の司令塔がハンドサインを切ると、コート上の4人が一斉に連動し、セットが動き出した。深津が右サイド、ベースライン方向へドライブ。同時に逆サイドでは、河田がショートコーナーからウイングへ上がる沢北にバックスクリーンをかける。

 

―――ハンマーアクション……!

 

沢北がキャッチ&シュート。だがボールはリングに嫌われる。しかし、終わりではない。外れた瞬間を逃さず、河田が花形ごとペイント内へ強引に押し込み、空中でボールをもぎ取る。着地と同時に、押し戻すようなパワーフィニッシュ。69-72。残り1分20秒。終盤に入り、山王のディフェンスは明確にギアを上げた。河田が藤真を直接マークし、その背後で沢北が花形へスイッチ。約15センチのサイズ差を、運動量と接触強度で埋めにかかる。花形のリポストは前で潰され、パスラインも遮断。苦しい状況の中、牧が強引にドライブでねじ込むが、笛は鳴らない。それでも得点は成立。

 

―――山王69-74海南。残り57秒。

 

海南は守備の最終段階へ移行する。エントリーパスすら許さない強烈なディナイ。山王のオフェンスは、次第に深津対牧の1on1へと収束していった。

 

―――やらせるか。

 

牧の下半身は、すでに限界に近い。それでも交代を拒み、ここまで戦い抜いてきた。残っているのは、技術でも体力でもない。意志だけだ。

 

「―――点、取るベシ」

 

その声だけが、轟音に包まれた館内で、不思議なほどはっきりと牧の耳に届いた。黒子に徹してきた男が、勝負を引き受ける覚悟を示す声。深津がゆっくりとシュートフォームへ入る。牧には、その一連の動作がスローモーションのように映った。

 

―――まずい。

 

牧のシュートチェックは、僅かに間に合わなかった。この試合、初めて選択された深津のプルアップスリー。牧は完全には対応し切れなかった。

 

「ピーーッ‼」

 

ボールはリングを外れた。だが、笛が鳴る。3本のフリースロー。極度の疲労が、牧の判断を一瞬だけ鈍らせていた。両チームともにファウルは累積―――ここから先は、1つの判断ミスが試合を決める領域だった。藤真が素早く円陣を組み、短く言い切る。

 

「忘れろ」

 

その一声を見て、高頭は最後のタイムアウトを取らなかった。藤真の統率力を信じ、残り時間と点差だけを冷静に確認する。

 

―――山王69-74海南。残り42秒。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

深津は一度、長く息を吐いた。視線をリングへ固定し、静かにフリースローラインに立つ。

 

―――1本目。

 

無駄のないフォームから放たれたボールが、音もなくネットを揺らす。山王応援席が大きくうねった。

 

―――2本目。

 

同じリズム、同じ軌道。再び成功。歓声はさらに膨れ上がり、館内の温度が一段上がる。71-74。3点差。

 

そして―――3本目。

 

リリースは悪くない。だが、わずかにショート。ボールはリングの内側を舐め、外へと弾かれた。跳ね上がった瞬間、空気が張り裂ける。誰よりも早く反応したのは沢北だった。一歩目の初速で前に出ると、空中でボールを掴み取り、そのまま身体を反転。

 

―――ドンッ‼

 

叩き込まれたワンハンドダンク。衝撃が床を伝い、体育館全体が爆発する。山王73-74海南。

 

花形が即座にエンドラインから藤真へボールを託す。だが、その刹那。前線から、深津と沢北が一気に襲いかかる。読みの鋭さ、詰める角度、完璧な連動。一瞬の迷いすら許さない圧力。王者・山王工業の代名詞―――ゾーンプレスが、ここで牙を剥いた。残り38秒。流れは完全に山王へ傾きつつある。彼らは迷いなく、乾坤一擲の“総仕上げ”へと動き出していた。

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