藤真のバスケ   作:ドラマ・ドラマ

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52.藤真と流川

海南は一切の逡巡なく、ボックスワンへ移行した。

 

ペイント周辺に4人でゾーンを組み、残る1人がマンツーマンでキーとなる選手を抑える。

その“ワン”に――よりにもよって――桜木花道を指名したのは、単なる奇策ではない。

 

桜木の爆発力と、まだ未完成な攻撃の引き出しの少なさ。その両面を、藤真は最も正確に把握していた。ローポストで桜木がボールを受ける。だが彼の選択肢は限られている。ゴール下へ踏み込めば、ダンクかパワーレイアップ。一歩でも外へ出されれば、プレーの幅は急激に狭まる。

 

桜木が力任せに押し込もうと踏み出した瞬間――藤真は正面ではなく、進行方向の内側へ身体を滑り込ませた。横方向の力を利用した、見事なポジション取り。勢いは殺され、重心は前へ流れ、軌道が歪む。

 

笛が鳴り、オフェンスチャージが宣告される。

 

「ふんぬぅっ‼」

 

怒声が響くが、次の局面でも藤真は動じない。リバウンドの場面。桜木はキャッチ後、無意識にボールを一度下げる癖がある。その一瞬――“間”。藤真はそこへ迷いなく手を差し入れ、ボールを叩き落とした。

 

「ああっ、ホケツに取られた⁉」

 

会場にどよめきと笑いが走る。だが現実は冷酷だった。リングから離れた瞬間、桜木はまだ粗削りなプレーヤーに戻る。

 

「喰らえっ‼」

 

悪い流れを断ち切ろうと、桜木が豪快に踏み切る。しかし空中で――牧がボールを持つ腕を狙って、強烈な接触を図る。笛が鳴り、ファウルとなる。だが、桜木の得たフリースロー二本は――どちらもリングに嫌われた。

 

海南は、ボックスワンの狙い通りに感情とリズムを削り取っていく。勢いは止まり、焦りが生まれ、判断が遅れる。流れは、完全に海南へ傾いていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

藤真が、ボールサイドでフラット気味のスクリーンを宮城にセットした。流川は自然に牧へスイッチし、マッチアップは宮城vs藤真へと移行する。

 

次の瞬間、藤真は宮城の体の外側をすり抜けるように動きながら、ハンドオフの体でボールを引き取る。ボールが手に収まった時点で、すでにトップスピードへの準備は終わっていた。

 

――速ぇ⁉

 

初動の一歩で、宮城の反応が半拍遅れる。藤真の右足が鋭く床を捉え、低い重心のままペイントへ侵入する。待ち構えるのは赤木。湘北の要塞が、完璧な間合いで跳び上がる。

 

だが――藤真は空中で負けなかった。

 

踏み切り直前、肩の角度を半歩だけずらす。密着の瞬間、赤木の胸に“押す”のではなく、短く預けるように力を伝える。体格差のある相手ほど効く、重心を崩すためのコンタクト。赤木の軸が、わずかに浮く。その“ずれ”で十分だった。藤真は体を流しながら、柔らかなタッチでボールを放つ。ネットが揺れ、同時に笛が鳴った。バスケットカウントとなり、海南ベンチが一斉に立ち上がる。

 

――何だと……?

 

赤木の表情に、隠しきれない動揺が走る。スピードで宮城を置き去りにし、フィニッシュで自分に当たり負けしない――昨年までの藤真には、確かになかった強さだ。

 

「あの宮城を一歩で抜いて、センターの赤木とも当たり負けしない……」

 

観客席がざわつく。高頭は扇子を静かに揺らし、小さく頷いた。

 

――リハビリで“戻した”んじゃない。“造り直した”な。

 

冬から春。藤真は自分の弱点――フィニッシュ時のパワー不足を徹底的に見直した。単なる筋量増加ではない。初動の爆発力、接地時間の短縮、脱力と緊張の切り替え。縄跳び一つとっても、接地の瞬間だけ出力を最大化し、滞空では力を抜くという感覚を叩き込んだ。ウェイトも同様だった。可動域を殺さない負荷設定、初動負荷の研究、血流と酸素供給の最適化。力強さと“しなり”を両立させるための試行錯誤は、数え切れない。藤真は、ただの努力家ではない。考え、修正し、再構築するタイプの天才だった。ラストイヤーにすべてを懸ける覚悟が、今、プレーとして現れている。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

次の局面。藤真は、桜木がドリブルを強く床に突く瞬間を見逃さなかった。ボールが床を叩く――その“一拍”。藤真は自分の重心を合わせ、足裏で床を捉え、下から押し返す。桜木の眉間に皺が寄る。

 

――……押せねぇ? なんでだ?

 

明らかに自分より細い身体。それなのに、前へ進めない。

 

「おい……花道がパワーで止められてるぞ」「あんな体で、どこにあの粘りが……」

 

観客席のざわめきと、桜木軍団の困惑が重なる。晴子でさえ、理由を言葉にできない。

 

「一回戻せ、花道‼」

 

宮城の声でキックアウト。だがそのパスは、清田に完全に読まれていた。

 

「しまっ――!」

 

清田がパスカット。そのまま速攻へ。またも桜木起点のミスから、点差が広がる。

 

――クソ……クソ……!

 

歯を食いしばる桜木。その横で、赤木は別の“違和感”に囚われていた。

 

――……藤真健司。やはり、この男が全国の前に立ちふさがるか。

 

桜木がドリブルで床に力を預ける瞬間、藤真はほんのわずか――下から体を差し込んでいた。見えないほど自然な接触。だがそれで、重心が浮き、力が逃げる。

 

――……パワーではなく、身体操作とタイミングであの桜木に押し負けないとは。

 

相手の癖、リズム、体重移動。それらを読み切り、1番から4番まで対応できる守備力。赤木は、ただ舌を巻くしかなかった。

 

――この男がいる海南に……俺たちは……。

 

胸に浮かびかけた言葉を振り払う前に――

 

「チャージドタイムアウト! 湘北‼」

 

前半残り6分10秒。スコアは湘北24-39海南。藤真が立て続けにミドルを沈めた直後、安西監督は早めに手を打った。海南の“シックスマン”。藤真健司の存在は、もはや流れそのものだった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

湘北が桜木をベンチへ下げる。その瞬間を見逃さず、海南も即座に反応した。武藤と清田が同時に呼び戻される。

 

「出てきたーーっ‼」「花形だ‼」「なんてデケェチームだ……‼」「神‼」

 

会場がどよめく。海南ベンチは騒がない。ただ、空気が一段引き締まった。満を持して送り出されたのは、正センターと純血のシューター。高頭はここを“勝負どころ”と見切った。

 

PG牧、SG神、SF藤真、PF高砂、C花形

 

サイズ、外角、判断力、フィジカル、そして経験。海南が持つ要素を最も高い次元で噛み合わせた、限りなく完成形に近い布陣だった。

 

「さぁ……行ってこい」

 

智将からの短い一言。それだけで選手達には十分だった。

 

「おぉッ‼」

 

覇気をまとい、海南の5人がコートへ歩み出る。対照的に、湘北ベンチの空気は重い。流川を除き、どこか表情が沈んでいた。

 

「……ん? なんだよゴリたち。急にお通夜みたいじゃねーか?」

 

観客席で桜木軍団の高宮が首を傾げる。

 

「……うん。今出てきた海南のメンバーね。実は――」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「――去年のウィンターカップで、湘北が大差で沈んだ時の“あの5人”よ」

 

記者席で、相田が静かに語り出す。

 

「あの時はまだ海南の3年が残っていたけど、実質的に主軸だったのはこの5人。連携、機動力、インサイドとアウトサイドのバランス、判断の速さ……全部が揃っていたわ」

 

相田は一拍置き、続けた。

 

「そして、あの試合は――怪我で長期離脱していたエースの復帰戦でもあった」

 

「……怪我明けで活躍出来たんですか?」

 

新人記者の中村が懐疑的な目を相田に向ける。

 

「ええ。不安視されていた分を、全部ねじ伏せるような出来だった。海南にとっては“予想以上”の出来栄え。でも湘北にとっては……完全な悪夢となったわ」

 

「そんなに差が……?」

 

「前半だけ見れば、むしろ湘北が良かったわ。三井の3P、宮城のトランジション、赤木のインサイド。完成度は昨年夏の陵南戦よりも明らかに高かった」

 

相田は小さく息を吐く。

 

「でも後半――神が当たり出し、満を持してエースが投入され、そこに今コートに立っている“この5人”が揃った瞬間、流れが一気に変わった」

 

「……どうなったんです?」

 

「―――30点差。あっという間の出来事だったわ」

 

中村は言葉を失う。

 

「彼らは一度流れを掴むと、離さない。セットでもトランジションでも精度が落ちないし、何より――」

 

相田は視線をコートへ向けた。

 

「運動量が最後まで落ちない」

 

「……体力は底なし、ってことですか?」

 

「そう。バスケットは“走り切ったチーム”が勝つ競技。海南の練習量は全国でも異質よ。特に今の3年は、ポジション争いが熾烈だった世代。その結果、世間じゃ“海南史上最強の黄金世代”なんて呼ばれてる」

 

相田はメモを閉じる。

 

「このチームでレギュラーを張るということは――」

 

「全国でもトップ層、ってことですか」

 

「ええ。実際、全日本候補が3人。全国制覇を経験した主力も残っている。今年のIH優勝候補は、山王か海南。戦前の予想は、ほぼその二択と言われているわ」

 

中村は唾を飲み込む。

 

「……じゃあ今の湘北には、かなり厳しい状況だと?」

 

「勝負に“絶対”は無い。でも、この5人が出てきた以上、形勢は相当厳しいわ。それと――」

 

相田は意味深に付け加える。

 

「藤真と花形を、最初から使わなかったこと。海南ほど層が厚ければ、“探り”や“調整”は十分あり得る。彼らの最終目標は、決勝リーグの先……全国制覇だから」

 

視線を戻すと、湘北の一年エースが手を挙げ、ボールを要求していた。

 

――湘北に勝機があるとすれば。それは、新戦力の“彼”がどこまで通用するか。

 

流川の手にボールが収まる。正面に立つのは、海南の司令塔・藤真健司。スーパールーキー vs. 不遇の天才。コートの空気が、もう一段張り詰めた。

 

「いつでもどうぞ。ピカピカの一年生エースくん」

 

藤真の軽口に、流川は深く息を吐く。

 

「……どいつもこいつも、よく喋る」

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