前半残り5分54秒。スコアは湘北26-39海南。13点差。だが、その数字以上に重くのしかかる“王者の圧”が、湘北の選手たちの動きを鈍らせていた。
「――ねぇ、鬼キャプテン。ちょっとあのルーキーと“遊ばせて”もらっていい?」
自陣へ戻る途中に藤真が、半ば冗談めかして牧に声をかける。
「“鬼”は余計だ、副主将。……点差もある。好きにやれ。ただし怪我だけはするなよ。貧弱でも一応海南のレギュラーだからな」
「はいはい。ベテランは無理しないで。若手に任せて、のんびり回復しててよ」
次のポゼッション。牧から強めのパスを受け取った瞬間、藤真と流川の1on1が自然に始まった。ベンチの武藤が、目を細める。
「久しぶりだな。ああいう藤真を見るのは」
清田が身を乗り出す。
「完全に“スイッチ”入ってますよね」
武藤は頷いた。
「普段はゲームメイクを最優先にして、点は必要な分しか取りに行かない。だが本気になった藤真は、海南でも屈指のスコアラーだ。オフボールも含めて、点を取るための動きが一段階変わる」
「じゃあ、最初からガンガン行けばいいじゃないッスか」
「それじゃ意味がない」
即座に切り捨てる。
「藤真にとって“得点”は目的じゃない。数ある選択肢の一つだ。状況を読み、最も効率のいい解を選ぶ。それがあいつのスタイルだ。派手さより確実性、個よりチーム――だが今回は、似た匂いのする一年に刺激されたんだろう」
藤真は、スティール、ルーズボールへの反応、パスコースへのディフレクション。スタッツに残りにくい部分で、確実にチームへ流れを呼び込んでいく。その総合力こそが、海南で特別視される理由だった。清田が感心したように呟く。
「自己中なプレーしないし、天狗にもならない。後輩にもちゃんと教えるし……」
「“仏の藤真”だな」
武藤が苦笑する。
「ただし――牧が相手の時だけは別だ」
海南名物、主将と副主将の意地の張り合い。二人が競り合うだけで、練習の強度が一段階跳ね上がる。海南が“走り切れるチーム”であり続ける理由は、こうした日常の積み重ねにあった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
藤真の放つ熱量が、対峙する流川へとそのまま伝わる。胸の奥で、闘争心が静かに、しかし確実に燃え上がっていく。
――コイツ……本物か。
高校デビュー戦。仙道ですら流川を軽く受け止め、余力を残して去っていった。その仙道が、帰り際に残した言葉を忘れてはいない。
《……海南の“あの人”は、こんなもんじゃない。負けたくないなら、死ぬ気でやれ》
三井も言った。
《日本一? 今は間違いなく“あいつ”だ》
彩子は黙って一本のビデオを差し出した。
《流川。去年の海南戦。特に“彼”を見なさい》
宮城は現実的だった。
《1on1を仕掛けたら、絶対に逃げないな。むしろ、喜んで受けてくるぜ》
木暮は短く背中を押した。
《勝ってこい。湘北のエース》
赤木は苦笑混じりに。
《自信だけは、失うなよ》
安西は一言だけ残した。
《頼みますよ、流川くん》
積み重なった声が、ひとつの結論へと収束する。
「――ぶっ潰す」
藤真が薄く笑う。
「やれるものなら、いつでもどうぞ」
軽い口調とは裏腹に、視線だけは完全に獲物を捉えていた。藤真のリバースへ、赤木が跳ぶ。その瞬間を、流川は読み切っていた。
――今だ。
赤木のブロックでボールが弾ける。
「よし!」
三井が回収し、即座に宮城へ。フロアを切り裂くように走る流川へ、宮城が股下を通すバウンドパス。
――もらった。
流川、ワンハンドダンク。11点差。湘北ベンチが一気に息を吹き返す。
◆◆◆
次のポゼッション。牧のドライブから生まれたエクストラパスを受けた藤真は、流川のクローズアウトを逆利用する。ワンテンポの間――そこから一気にカウンタードライブ。赤木の前で踏み切り、強引に叩き込む。
「キャーッ!」「藤真ー‼」
会場が揺れた。だが、流川も即座に応じる。神のパスコースを読み切ってスティール。ワンドリブル、迷いなく3P。再び10点差。
「……ちっ」
桜木と清田が、同時に舌打ちした。流川は藤真にフェイスガード。牧は宮城を突破しかけるが、その背後から宮城の手が伸びる。
――抜かせねぇ。
ボールが弾け、牧のターンオーバー。
「宮城!」
木暮を経由し、走り込む三井へハンドオフ。神のディフェンスを、木暮のスクリーンが確実に削る。三井のシュート――こぼれたボールに、流川がタップで押し込む。湘北33―41海南。連動した攻撃に、会場がどよめいた。
しかし藤真は、さらにギアを上げる。リバウンドを自ら回収し、コースト・トゥ・コースト。接触を受けながらもねじ込み、バスケットカウント。流川も引かない。赤木のスクリーン、宮城の正確なキックアウト。役割が明確な攻撃で、確実に点を積み重ねる。
――なるほど。“個”だけじゃない。チームとして完成度が上がっている。
湘北は、冬の惨敗以降「6秒以内にフィニッシュ」を徹底。三井・宮城・赤木が軸となり、ルーキーエースを支える形が固まっていた。安西は目を細める。
――君たちは、確実に強くなっています。
スコアは湘北40―49海南。9点差。前半終了のブザーが、静かに鳴り響いた。