藤真のバスケ   作:ドラマ・ドラマ

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56.藤真と国体メンバー

人選としては、順当。だが、こうして改めて名が並ぶと、その一つ一つが重圧のような存在感を放っていた。海南大附属高校・体育館。取材で訪れた相田は、手渡された名簿を胸の高さで持ち、ゆっくりと視線を落とす。薄い紙に記された十五の名前。そのどれもが、神奈川県高校バスケットボールの歴史を語るうえで欠かせない存在だった。

 

国体バスケットボール競技・高校男子。神奈川県代表――それは、県内四強の“核”のみを抽出した、純度の高い精鋭編成である。

 

04.牧 紳一  (海南3年/187cm/PG)

05.藤真健司  (海南3年/186cm/PG)

06.花形 透  (海南3年/201cm/C)

07.三井 寿  (湘北3年/184cm/SG)

08.高砂一馬  (海南3年/192cm/C)

09.長谷川一志 (翔陽3年/190cm/PF)

10.神 宗一郎 (海南2年/190cm/SG)

11.宮城リョータ(湘北2年/168cm/PG)

12.仙道 彰  (陵南2年/191cm/SF)

13.福田吉兆  (陵南2年/189cm/PF)

14.清田信長  (海南1年/179cm/SF)

15.流川 楓  (湘北1年/188cm/SF)

 

高頭 力(監督)

田岡茂一(アシスタントコーチ)

 

相田は小さく息を吸い、名簿から顔を上げた。体育館に満ちる空気が、わずかに張り詰めているのを肌で感じる。

 

―――それでも、これが“完全形”ではない。

 

胸の内でそう呟きながら、紙の端を指先でなぞる。赤木剛憲、魚住純、桜木花道――この三人が揃っていれば、インサイドの厚みは別次元になる。想像するだけで、取材者としての血が騒いだ。そして、とりわけ思い浮かぶのは“彼”だった。山王工業を崩壊寸前まで追い込んだ、あの一年生。異常とも言える身体能力と、未完成ゆえの危うさを併せ持つ存在。

 

―――全国区のビッグマン相手に、どう戦うのか。見届ける責任があるわね。

 

視線の先では、すでに選抜メンバーが集まり始めていた。この場ではライバルでも敵でもない。ただ神奈川を背負う者として、同じユニフォームに袖を通す存在。それでも、各校の主軸同士が集えば、空気が穏やかであるはずがなかった。合同練習開始まで、残りわずか。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「「チューーーッス!!」」

 

張りのある声が、体育館の床を震わせた。湘北の三人――三井、宮城、流川が一礼して姿を現す。

 

「おお、威勢がいいな。湘北は」

 

高頭監督が扇子を軽く振り、穏やかに笑う。海南の一年生が三人を更衣室へと案内した。宮城は歩きながら、周囲を忙しなく見回していた。トレーニング器具、壁の標語、戦術用のモニター。全国常連校・海南の設備は、すべてが彼にとって学びの対象だった。一方の流川は、その後ろで欠伸を一つ噛み殺している。更衣室に入ると、すでに一人、ユニフォーム姿の長身が立っていた。

 

「お、アンタ……翔陽の……」

 

宮城の声に――長谷川が静かに振り返る。

 

「……長谷川だ」

 

「ああ、そうだ。これから一緒だな。よろしく」

 

差し出された右手。しかし、長谷川は動かない。数秒の沈黙。

 

「……馴れ合うつもりはない。まして、俺たちを倒したチームとはな」

 

低く抑えた声を残し、長谷川は視線を切って更衣室を後にした。

 

「……何だよアイツ。夏の時もオレに噛みついてきてたな」

 

三井が小さく舌打ちし、宮城は苦笑いで肩をすくめる。

 

「まあ……いろいろあるんじゃないンすか」

 

流川はその横で、まるで無関心とでも言うように欠伸を一つ。ほどなくして、陵南の二人――仙道と福田が入ってくる。

 

「よう、湘北」

 

仙道の声は相変わらず柔らかく、場の空気をわずかに緩めた。宮城と握手を交わし、続いて三井とも。そして、流川の前へ――

 

「……ヨロシク」

 

差し出された手は、応えられなかった。流川は視線も向けず、そのまま更衣室を出ていく。

 

「悪い。ウチの後輩が」

 

宮城が頭を下げると、仙道は軽く笑った。

 

「いいよ。ああいうヤツだって、分かってる」

 

福田は無言のまま二人を見ていた。宮城が手を差し出すが、福田は小さく首を横に振る。陵南は湘北に敗れ、全国を逃した。その傷は、まだ生々しい。夏の体育館には不釣り合いな、冷えた沈黙が流れた。やがて宮城は息を吐き、三井と視線を交わす。互いに軽く肩をすくめ、その場を離れた。敵としてぶつかり合った者たちが、県代表として同じフロアに立つ。この先に待つのは、全国屈指の強豪――そして“頂点”。険しい道程であることは、誰もが分かっている。それでも、この十二人ならば――。神奈川選抜チームは、静かに、だが確かに動き出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

フロア中央。薄く塗られたワックスの匂いが、わずかに立ち上っている。スニーカーが床を叩く音はまだまばらで、体育館にはどこか“間”が残っていた。その静けさを破るように、高頭と田岡が前へ歩み出る。

 

「今回、神奈川選抜の指揮を執ることになった、高頭だ。……短い期間だが、力を貸してもらう」

 

落ち着いた低音。選手たちの返事が天井に吸い込まれ、遅れて反響して戻ってくる。

 

「……アシスタントコーチの田岡だ」

 

田岡は一拍置き、ゆっくりと視線を巡らせた。海南、翔陽、湘北、陵南――それぞれの看板を背負ってきた主力たち。個々の闘志が、熱を帯びた空気として漂っている。

 

「普段は互いに敵だ。だが――ここではそれを忘れてほしい。国体を獲るためにな」

 

短く揃った返答。従順というより、腹を決めた音だった。その奥に、微かな緊張と反発が混じっていることを、二人の指揮官は見逃さない。だが表情には出さない。ベンチに立つ者もまた、試合前から駆け引きを始めている。田岡が一歩前に出る。

 

「今年は、県内四校の中核が揃った。激戦区・神奈川の――名実ともに“代表”だ」

 

その言葉に、選手たちの背筋がわずかに伸びる。しかし次の瞬間、高頭が静かに田岡を制し、前へ出た。

 

「だがな。そんなお前たちにも弱点はある。混成チームが必ず直面する問題――」

 

間を置かず、田岡が言葉を継ぐ。

 

「敵を知り、己を知れ。まずは“自分たちのチーム”を理解することだ。つまり――」

 

今度は高頭が一歩踏み込み、言い切った。

 

「――連携だ。ここを引き上げるのが最優先になる」

 

その瞬間、牧が静かに頷いた。腕を組み、視線は一点を捉えたまま動かない。

 

「……確かに。今年は初めて組む顔ばかりだな」

 

言葉に重みがあった。牧の経験は単なる在籍年数ではない。勝ち続けるチームを率いてきた時間、その積み重ねがにじみ出ている。隣で藤真が続ける。

 

「全体練習の時間も限られている。ならば、選択と集中。最低限の約束事を共有して……あとは、それぞれが力を出し切る」

 

だが藤真の横顔には、わずかな陰りがあった。

 

「……ただ、それだけで通用するほど、全国は甘くない」

 

牧が目を細める。藤真は、その表情だけで意図を察した。

 

「……インサイド、だね。赤木も魚住もいない。あの二人がいれば、話は変わっていたけど」

 

呟きは、床に落ちて消える。分かっている。贅沢な悩みだ。それでも――そこが今年の神奈川選抜の現実的な課題であることは否定できなかった。二人の視線が交差したところで、高頭が再び前に出て場を引き締める。

 

「……話を戻そう。コーチ陣で協議した結果、大会までは――徹底して実戦形式を重視する」

 

空気が一段、張り詰めた。

 

「個々のコンディション調整は各自に任せる。その上でだ。他校の選手とも積極的に話せ。いいか、コミュニケーションも立派な“戦力”だ」

 

整った返事が返る。田岡が頷き、締めくくった。

 

「一時間後からゲーム形式に入る。それまでに十分身体を温めておけ。……以上、解散」

 

号令とともに、選手たちはそれぞれの持ち場へ散っていく。歩みはまだぎこちない。だが、少しずつ同じ方向を向き始めている気配があった。再び体育館に静寂が落ちる。それは嵐の前の、束の間の“静けさ”のように感じられた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

一時間後。体育館の中央に置かれたホワイトボードの前へ、12名の選手が静かに集まった。記された名前は、AとB――二つの枠に分けられている。

 

A:牧、三井、神、流川、仙道、花形

B:藤真、宮城、清田、長谷川、福田、高砂

 

白線が引くような沈黙を裂き、高頭が前に出る。

 

「チーム分けは、あくまで暫定だ」

 

声は落ち着いているが、どこか底に力があった。

 

「まずはこの二つでゲームを行う。調子、相性、連携……すべて見せてもらう。そこで得たものをもとに、編成は何度でも入れ替える。最終的なスタメンは――大会直前に決める」

 

田岡が、反対側で静かに言葉を継ぐ。

 

「積極的なプレーで出たミスは叱らん。むしろ推奨する。だが――」

 

言葉の奥がわずかに重くなった。

 

「消極的なプレー、怠慢。これには厳しいペナルティを課す。覚悟しておけ。……それから、もしも喧嘩沙汰を起こすようなことがあれば――」

 

そこで一拍、間が落ちる。選手たちの背に、微かだが緊張が走った。

 

高頭が淡く笑う。

 

「……その先は、知らない方がいい」

 

田岡も表情を変えずに続ける。

 

「課されたときに理解するだろう」

 

その二人の口ぶりに、選手たちは言葉を失う。海南の一年生がゼッケンを配り歩くと、白と赤の布が手元へ落ちてきた。Aは白、Bは赤。それだけのことが、なぜか重さを帯びて見えた。

 

「十分後にゲームを始める」

 

高頭が静かに告げる。

 

「今日、我々は口を出さん。両チームとも、自分たちで話し合え。それもまた必要な“連携”だ」

 

選手たちは散り、各ベンチに集まった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

Aチームのベンチでは、牧がすでに全体を見渡していた。

まるで当たり前のように、キャプテンの中心へ座る。

 

「三井は2番、流川は3番。仙道は4番だ。神は途中から出す。……作戦は、いまは作らない」

 

その声は揺れない。

 

「まずは自由にやる。そこから課題を拾う。今はそれでいい」

 

チームの空気を読むことに長けた仙道が、短く頷く。三井は黙ったまま、靴紐を固く締め直し、流川は表情一つ変えずゼッケンを整えていた。花形は深く息を吐き、静かに立ち上がる。余計な言葉は要らなかった。このメンバーはただ、前へ歩く。

 

一方、Bチームのベンチでは、藤真がメンバー表を見ながら冷静に考えていた。だが、その眉間はかすかに寄っている。

 

「……最初、誰を外すかだけど」

 

沈黙が落ちる。誰も視線を逸らさない。

 

「外れてもいい、って人は……いないか」

 

静寂。藤真はため息を小さく飲み込む。

 

「じゃあ……互いに、外れるべきだと思う人を指さしてくれ」

 

だが、そこで空気が割れた。沈んだものがざらついて浮かび上がる。ライバル、わだかまり――胸の底に沈めていたものが顔を出し、各々が別の選手を指していた。

 

藤真の表情が、ほんのわずか苦笑に染まる。

 

――無理だ。これでは喧嘩になる。

 

その判断は早かった。結局、決めた方法はもっとも公平で、もっとも潔いものだった。じゃんけん。勝ち残った五人が先発――敗れたのは宮城。コート脇で腕を組んだ宮城が、ほんの少しだけ視線を落とした。だが、次の瞬間には切り替えるように顔を上げる。赤いゼッケンが、コート上に五つ並ぶ。それぞれの視線が、真ん中へ向かって集束していく。

 

沈黙がコートを覆い、靴底がフロアをかすめる音だけが響く。ホイッスルの鳴る前の、あの重い間。混成チーム――神奈川代表の初めての“戦い”が、今まさに始まろうとしていた。

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