藤真のバスケ   作:ドラマ・ドラマ

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59.藤真と国体1回戦

1992年秋。第47回国民体育大会――県体育館のメインアリーナ。朝の冷えた空気に、観客のざわめきが層のように重なっていく。その中心へ向かうように、神奈川選抜がゆっくりとフロアへ姿を現した。

 

最初に気づいた観客たちの声が、まるで水面に落ちた一粒の石を取り巻く波紋のように、静かに、しかし確実に広がっていく。

 

「おおおおお……っ‼」「出てきた……‼」「神奈川選抜だ‼」

 

その期待の中心にいるのは――インターハイ二連覇、海南大附属。牧、藤真、花形……誰もが知る世代トップの逸材たち。

 

「海南だ‼」「牧だ‼」「藤真くーんっ‼」「花形もいるぞ‼」「本物だ……!」

 

だが、今日の会場には、もう一人の男の名前が強い熱を帯びていた。

 

名門・山王工業のエース沢北と真っ向から渡り合い、インターハイの風景を変えた一年生。その直後、全日本ジュニアにも選ばれた新星。

 

「あの15番……あれ流川だろ」「そうだ、山王戦のあいつだ‼湘北の流川楓‼」「神奈川に流川までいるのかよ……」「全日本クラスが四人……!化け物揃いじゃねぇか……!」

 

どよめきが高まり、若い女性たちの歓声が一段と鋭くなる。流川本人は、聞いていても聞いていないような無表情のまま。隣では宮城が「いいねぇ」と機嫌よく笑い、清田はスタンドの黄色い歓声に肩を揺らしていた。福田は「……ふっ」と笑みを漏らす。

 

「一応言っとくけど……女性ファンの大半はフッキーじゃなくて、流川と藤真さんが目当てだからね」

 

神の無表情な一言に、福田は目に見えてダメージを受けたような顔をする。そのまま、無表情の流川と涼やかに立つ藤真へと、焼けつくような羨望の視線を投げる。

 

「ルカワも……全国区だな」

 

「花道がいたら絶対騒いでるぜ」

 

「……ああ。間違いねぇ」

 

ふと晴子は思う。――桜木くん、来年はここに立てるかな?

 

応援席の最前列には桜木軍団、晴子、そして「炎の男三っちゃん」と染め抜いた旗を振りながら三井を応援する不良たちの姿があった。観客席の熱気と、静かに燃える視線。その全てが混ざり合う。そして――試合開始の時が迫る。センターサークルに並ぶ神奈川のスターティングメンバーは、牧・神・流川・仙道・花形。

 

「藤真は……出ないのか?」「エース温存ってことか?」「おいおい、なんで出ねぇんだよ……怪我か?」

 

期待していた観客の一部が落胆と苛立ちを混ぜた声を上げる。心ない野次に、桜木軍団がむっと眉をひそめ、高砂が不安そうに藤真を見る。当の藤真は、ただ静かに微笑むだけだった。

ベンチにも、言葉にできない思いが満ちていた。三井は余裕の笑みを浮かべながら、内心では炎のような焦りを押し隠している。福田は平静を装うが、その横顔に滲む悔しさは隠しきれない。全国未経験の長谷川は、ぎこちなく唇を噛む。宮城は、あからさまに機嫌が悪い。

 

「……ったく、神奈川No.1ガードはオレなんだけどな」

 

清田は拳を膝に押しつけるようにして震わせていた。

 

「ルカワ……‼ 全日本ジュニアに選ばれたからって調子に乗りやがって……‼」

 

それぞれの胸に、火がある。だが藤真は、ただ静かに微笑んでいた。高頭監督は扇子を軽くあおいで言う。

 

「作戦はさっき通達した通りだ。牧を中心にフリーオフェンス。ディフェンスはマンツー。走れ、点を取れ。――それだけだ」

 

牧が、不敵に唇を吊り上げる。

 

――さて。誰が一番点を獲るんだろうな。

 

センターラインを挟んで、神奈川と愛媛が向かい合う。静寂と熱気が、一瞬で張り詰める。いよいよ――神奈川選抜の戦いが始まる。

 

◇◇◇

 

夏の総体を制した海南大付属の主軸メンバーに、同じ総体で“王者・山王工業”を破った立役者──湘北の流川楓。タレントの充実した布陣に観衆の視線が集中する中、神奈川選抜の秋の初陣は、昨年、大阪代表のエースキラーに負傷させられた男の復活から幕を開けることになった。

 

ティップオフ。センタージャンプは、読みと踏み切りの巧さで定評のある花形が完勝。神奈川のファーストポゼッションが始まる。司令塔・牧は右拳を胸の前に立てて、セットを指示した。

 

「さあ、一本目決めるぞ!」

 

「オウッ!」

 

観客席では、赤木と魚住、二人の巨漢が横並びで試合を見つめていた。屈強な体格から、周囲の観客が誰もが「OBか」と勝手に納得していく。新幹線で偶然隣席となり、会場まで同じタクシーに乗る羽目になった二人は、無言のまま試合に集中していた。

 

「……やはりジャンプボールは花形だな」

 

「全国でも、奴を上回るセンターは河田ぐらいだろう」

 

互いに“俺以外は”と内心で思いながら、重い視線をフロアへ注ぐ。その瞬間、流川がウイングでボールを受け、会場は一気に温度を上げた。

 

「キャーッ‼」「流川だ、いきなり1on1か!?」

 

しかし──流川は観衆の予想に反して、ドライブのフェイクから弱サイド側へのロブパスを選択する。パスはディフェンスラインの頭上を越え、高い弧を描きながらリング下へと落ちていった。その軌道を読み切っていたのは仙道。助走からのステップでヘルプDFの寄せを空中で外しながら、そのまま右手で叩き込む。

 

「おおおーーっ!!」「アリウープだと!?」「誰だあの12番は!?」

 

神奈川の先制点は、観客の度肝を抜くロブトランジションからのアリウープだった。

 

「よしっ、ナイスだ仙道!」

 

牧の声が響く。会場の熱がまだ落ち着かぬ中、フェイスガードの愛媛PGにインバウンドされたボールへ仙道が素早く寄る。愛媛PGは左手でチョップステップを踏んで体勢を作ろうとするが──仙道が背後からハンドチェックを一切使わずにボールだけを叩き落とす“クリーン・スティール”。

 

「おおっ!」「バックファイヤーだ!!」「ノーファウルで奪ったぞ!」

 

球を奪った仙道が、少年のように屈託なく笑う。

 

「さあ、行こうか」

 

トランジション開始。仙道はスピードではなく緩急の変化と体の角度でディフェンスの重心を揺さぶりながら前進していく。ベースライン側へ誘導しようと愛媛は2人でスイッチに入るが──仙道はあえて2枚の間に飛び込み、空中で身体をひねりながら**二段階の滞空でブロックのタイミングを外す“ダブルクラッチ”**を完成させた。

 

「なっ!?」「抜けねぇだろ普通‼」

 

愛媛ベンチからも驚愕の声が漏れる。スコアは4-0。アリウープ→スティール→ダブルクラッチと、仙道の流れが完全に試合を支配していた。

 

「すげぇ……また上手くなってる」「ほんとに……仙道さんって……」

 

洋平と晴子が思わず息を呑む。だが仙道は攻守で止まらない。続く愛媛のオフェンス。仙道はオンボールで相手ウイングを受け、ファーストステップを誘い込んでからのリジェクト・ブロック──ボールだけをクリーンに叩き落とした。

 

「また12番だ!!」「今度はブロック!?」「何者なんだよあいつ!!」

 

こぼれ球を牧が拾い、そのままロングパス。前線を走る流川がディフェンスのセーフティをワンステップで突破し、右手のワンハンド・トマホーク気味のダンクでフィニッシュ。スコア6-0。わずか1分足らずで神奈川が完全に流れを奪う。

 

「流川だ!」「湘北の15番!!」「ブロックも仙道!!」

 

仙道が流川へ軽く親指を立てると、流川は短く返す。

 

「フン……当然だ」

 

神奈川は攻守の切り替え、意思疎通、個の打開力、全てで愛媛を圧倒していた。

 

◆◆◆

 

愛媛は、神奈川の“レベルの違う”ディフェンスにまるで形を作れずにいた。フロアには絶え間なく声が飛ぶ。

 

「ディフェンス! 足、動かせっ!」「4、オッケー!」「スクリーン来るぞ――スイッチ‼」

 

牧が全体を束ねるようにコールを出し、仙道はマークマンの呼吸にまで合わせるタイト。神と花形は、ラインを消しながら細かくコミュニケーションを重ね、愛媛のオフェンスを寸断していく。苦し紛れに出されたパスに、牧が前へ飛び込む。読み切ったインターセプト。

 

「仙道っ‼」

 

牧は奪った瞬間に顔を上げ、最も速く前へ走り出していた仙道へ正確なリードパスを通す。トランジションの一瞬。守備の綻びが最も大きく生まれる

“隙”

を逃さず、一気に押し上げる。仙道がボールを受けた瞬間、観客の空気が変わる。

 

「また12番だ‼」「来るぞっ‼」

 

仙道は流れを殺さず、そのままシュートモーションへ。ディフェンスが戻りきる前、ラインの1メートル外――いわゆる“プルアップ・トランジションスリー”を放つ。リリースは短く、迷いがない。神奈川9―0愛媛。

 

「うわああーーっ‼」「今度はスリーだぁ‼」「速攻でスリーなんて反則だろっ⁉」「どこからでも打ちやがる……!」

 

スタンドから自然と“仙道コール”が生まれる。会場全体の視線が、たったひとりのスウィングマンへと集中していた。

 

「ビビーーー‼」

 

たまらず、愛媛がタイムアウトを要求。一度、両チームがベンチへ下がる。仙道のスーパープレーにざわつくコートサイドで、高頭が肩をすくめながら言う。

 

「まったく派手な奴だ……また上手くなったんじゃないか? なぁ、牧」

 

「えぇ。味方にいると本当に頼もしいですよ」

 

田岡は満面の笑みを浮かべつつも、仙道本人にはあえて厳しめの一言を投げる。

 

――素直に褒めてやればいいのに。

 

高頭が心の中で突っ込むが、言葉にはしないまま、他の選手たちも仙道を労う。タイムアウト明けも、神奈川の集中は揺るがない。圧倒的な守備がさらにギアを上げ、愛媛の攻撃をほとんどシュートまで行かせない。ようやく放たれた愛媛の3Pは、花形が冷静に弾き返す。そのままアウトレットを牧が受け取り、神へ展開し、最後は仙道へ。

 

「速い、速い、速い‼」「あっという間に2対1だっ‼」

 

仙道が左手で軽くボールを揺らしながら、ディフェンスへ真っ直ぐ向かう。止めに来た相手と激しく接触――しかし仙道は体勢を崩しながらも腕を伸ばし、シュートをねじ込んだ。バスケットカウント。ワンスロー。

 

「オイオイオイっ⁉

ファウルした意味ねーじゃねぇか‼」「すげぇぞ、あのツンツン頭‼」「神奈川、全開だ‼」

 

フリースローも確実に沈め、点差は12へ。開始3分で、愛媛はいまだ無得点――完全なワンサイドゲームだった。

 

「くそっ……!」「とにかく1本決めるぞ!」

 

しかし、ようやく打ったシュートも花形が再びブロック。

 

「花形っ‼」「高えっ‼」

 

攻守交代、愛媛はここでディフェンスをボックスワンに切り替える。仙道を徹底して潰す形だ。

 

「うお、12番にベッタリついてる‼」「仙道封じかっ⁉」

 

だが牧は慌てない。ボールをキックアウトし、待っていた神へ。牧―神のホットライン。神のフォームは微塵もブレず、3Pはリングの中心を射抜く。

 

「うおおおおーーっ‼」「神だ‼」「出た、得意のスリーっ‼」

 

愛媛もフォーメーションを使い、ベースラインからのセットを展開。バックスクリーン→カッティング→逆サイドのポップアウト→45度のシューターへ。綺麗な3パスが通り、SFの3Pが入る。神奈川12-3愛媛。

 

「ようやくっ‼」「ここからだぞ愛媛‼」

 

しかし、神奈川はすぐに応じる。ボックスワンの弱点――外角の揺さぶりを突き、牧→花形→流川へ。わずか2秒ほどのグッドボールムーブ。最後は流川の2Pが吸い込まれ、再び点差を押し戻す。神奈川15-3。

 

「キャーっ‼」「いいぞ流川っ‼」

 

愛媛も同じムーブで対抗し、コーナー3Pで返す。点差は15-6。そのタイミングで、神奈川ベンチが動いた。

 

「交代、白・神奈川!」

 

一気に3枚替え。牧に代わり藤真。神と三井が入れ替わり、さらに仙道に代わって清田が投入される。勢いよく立ち上がる清田。一方、ベンチの宮城と福田は浮かない顔だった。――新たな布陣。PG藤真、SG三井、SF清田、PF流川、C花形。“海南と湘北が混ざり合った”、バランスの良いラインナップが再びコートに並ぶ。

 

◇◇◇

 

試合は、なおも神奈川のワンサイドで進んでいく。

 

「ナイスパス‼」

 

交代で入った藤真が、まるで相手の動きを一歩先から眺めているような落ち着いたゲームメイクを続ける。周囲を活かし、フロアを整理し、パスひとつでリズムを変える指揮者のように。

 

「ナイッシュー‼!」

 

そのリズムに乗り、清田・三井・流川が次々と得点を重ねる。三井はスクリーンを巧みに使い、ミートからの3Pを連発。流川はインサイドのフィニッシュで柔と剛を使い分け、清田は爆発力あるドライブからプルアップで沈める。そして花形は――相手ビッグマンの体重移動を見切り、片足フェイダウェイを滑らかに放つ。

 

「強えぞ、神奈川‼」「圧倒的だっ‼」「藤真以外の4人がノビノビやってるやがる……!」

 

前半終了。スコアは神奈川46―22愛媛。攻守ともにクオリティは落ちず、むしろハイペースで積み重なっていく。オフェンスの爆発力、ディフェンスの組織力――両面で愛媛を大きく引き離していた。

 

――後半。宮城、三井、長谷川、福田、高砂の5人がコートへ。中心となるのは、ミドルから仕掛ける福田、外角で存在感を放つ三井、運動量で崩す長谷川。

 

神奈川は、フルメンバーチェンジでもプレーの質を落とさない。むしろベンチメンバーがフレッシュに加速することで、試合のテンポはさらに上がっていく。愛媛は個人技、連携、セットプレーを織り交ぜながら応戦するも、ローテーションのスピード、リムプロテクト、リバウンドの強度――どれも神奈川に届かない。時間だけが、淡々と神奈川の優勢を刻んでいく。

 

やがて――

 

「ピッ‼‼」

 

試合終了のホイッスル。会場は割れんばかりの拍手に包まれる。

 

スコアボードには、圧倒的な数字が刻まれた。神奈川121―52愛媛。どのポジションからでも点を取れる破壊力。交代しても落ちない強度。守備の連携、リム周りの制圧力。神奈川選抜という“層の厚さ”を、全国へ知らしめる試合となった。

 

そして次戦――準々決勝の相手は、陵南にも湘北にも因縁深い、あの大阪代表であった。

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