藤真のバスケ   作:ドラマ・ドラマ

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64.藤真と愛知の星

後半開始直後、諸星がトップから鋭くギアを上げ、ペイントへ切り裂くようにカットインした。身体を寄せた高砂の重心を一瞬だけずらし、そのわずかな“間”を逃さずにフィニッシュへ持ち込む。接触の衝撃を利用してボールを浮かせた瞬間、ホイッスルが響いた。

 

「プッシング‼ 白8番・高砂! バスケットカウント、ワンスロー‼」

 

諸星は短く、しかし確実なガッツポーズで応えた。

 

「すげぇッ!」「“愛知の星”キレてるぞ!」「やっぱ諸星だ、勝負強ぇ!」

 

そのスキルは明白だった。両手の独立性が極めて高いハンドリング。狭いスペースでも速度を落とさないクイックネス。そして、衝突前提の“ボディコンタクト・ドリブル”でディフェンスラインを抉る。諸星は神奈川のインサイド陣へ計算ずくで負荷をかけ、確実にファウルを積み上げていく。

 

これで高砂は3つ目。花形と並び、すでに警戒レベルは臨界点にある。オフィシャルテーブルの表示を確認した牧は、口の奥で苦味を噛み潰した。

 

―――狙ってきたか。ウチのビッグマンが崩れれば、ゴール下は“あいつ”の無法地帯になる。

 

スコアは神奈川35—27愛知。後半立ち上がり、神奈川は牧と仙道を温存し、火力と制圧力の再編に踏み切った。PG藤真、SG神、SF長谷川、PF流川、C高砂。ペリメーターの決定力とウイングの守備強度を一気に引き上げる布陣だ。

 

続く神奈川のオフェンス。神の放った3Pはわずかにリングを叩き、リバウンド争いへ雪崩れ込む。長谷川、流川、高砂──三人が同時に跳び込むも、その上から巨塊がねじ伏せた。

 

森重が、ただ腕を伸ばしただけのような動きで、全員をまとめて剥がし取るようにボールをもぎ取った。

 

「ナイスリバン、森重!」「インサイドの覇王!」「何人飛んでこようが関係ねぇ!」

 

再びペイントが揺らぎ始める。自分を一度“止められた”という深い挫折は、今や冷たい怒気へ変わっていた。その感情は重力のような圧で周囲に伝播し、コートの空気を歪ませる。

 

「オオオオオオオォォォっ‼」

 

愛知の怪物がこれまでのうっ憤を晴らす様にコート上で大きく吠える。愛知代表の反撃の幕が上がる。

 

◇◇◇

 

神奈川は守備の形を即座に組み替えた。神・高砂・流川・長谷川の4枚でペイント周辺を封鎖し、藤真が諸星にマンツーマンで噛み付く──ボックスワン。インサイドで暴威を振るう怪物を“高さの壁”で抑え込み、外では諸星の3Pとアシストを遮断する、極めて明確な狙いを持つディフェンスである。

 

「神奈川のボックスワンだっ!」「中を4人で抑える気だ!」「藤真を見ろ、動きが異常だぞ!」「諸星、全然ボール触れねぇ!」

 

ボールは仕方なく森重へ。ローポストでの背負いから、巨体がじりじりと高砂の重心を削り取り、強引に“面”を奪う。エントリーパスが通った瞬間、流川と高砂が同時に寄ってダブルチームを形成した。

 

「囲んだぞ!」「これ抜けねぇだろ!」「戻せ、戻せ!」

 

だが次の刹那、空気が裂けた。密着しながら森重が描いたのは、小さく、鋭い円。身体を密着させたまま、軸足周りに高速回転する異常なスピン。

 

「上手いッ!」「いや、それより……」「速いッ!」

 

一歩で抜き去り、エンドライン側へ踏み込む。次の瞬間、リングが唸った。豪雷のようなダンクが炸裂し、カバーに来た長谷川がまともに吹き飛ばされる。

 

「うおおおおおっ‼」「化け物だッ!」「これだよ!これっ!」「神奈川の壁を力で壊しやがった!」

 

ディフェンスを背負いながら、逆足で相手の押圧を受け止め、接触の瞬間に反転してエンドラインへえぐり込む──森重のスピンムーブは、インターハイ級の強豪でさえ攻略不能と言われた、彼の決定的な“必殺”。

 

だが、その直後。

 

「いつまでぶら下がってるんだ!審判‼」

 

高頭監督の声が響く。

 

「テクニカルファウル! 青15番・森重!」

 

リングにぶら下がったままの森重が、露骨に不満げな顔で着地した。これでファウルは三つ目となる。倒れ込んだ長谷川へ、藤真が手を差し伸べる。

 

「大丈夫か⁉」

 

「……問題ない。次は──“止める”。」

 

長谷川は藤真の手を借りず、静かに立ち上がった。その眼差しは前だけを向き、そこに迷いは一切ない。

 

合同練習から大会に至る短い期間で、藤真は十分に知っていた。―――監督不在のチームで、主将として、エースとして、全部背負ってきた男だ。

 

「分かった。やってやろうぜ……一志。」

 

藤真は拳で長谷川の胸を軽く叩き、初めて下の名前で呼んだ。予想外の呼び方に、一瞬だけ長谷川の表情が揺れたが──なぜか、不思議と“しっくり”来た。

 

「……ああ。やってやる。」

 

スコアは神奈川35–29愛知。愛知が6点差まで迫り、会場の空気が揺らぐ。だが、苦く、痛く、積み上げてきたものが必ず力になると信じてきた翔陽のキャプテンは、静かに集中を一点に収束させていった。

 

◆◆◆

 

「オフェンスチャージング! 青15番・森重!」

 

―――ッ!

 

「うおおおおおっ‼森重、4つ目ぇぇぇ‼」「これは痛い!愛知、どうする!」

 

怪物と恐れられたセンターが、ゴール下で呆然と立ち尽くす。その前で、少々誇張気味に吹っ飛んだ長谷川が、今度は藤真の手を掴んで立ち上がった。

 

「ナイスだ、一志。よく“踏ん張った”」

 

森重の4ファウル目に、愛知ベンチは動かない。観客席の河田が腕を組んだまま、大きく頷く。

 

「そりゃあ当然だ。ここで森重を下げられる訳がねぇ。インサイドの主導権を握ってる奴を引っ込めたら……一気に崩壊だ。相手の弱みに付け込めないチームが、インターハイ二連覇なんざできるかよ」

 

愛知には“代わり”がいない。分かっていても打つ手がない状況で、深津が静かに言葉を継ぐ。

 

「ここはエースに託すしかないピョンね。でも……相手が藤真というのは、ちと分が悪いピョン」

 

深津の視線の先――神奈川のサウスポーは、一瞬で試合を変えてみせた。諸星を高速ドライブで振り切り、ヘルプに入った森重を小馬鹿にするかのように、肩越しのノールックパス。まるで“そこにいたこと自体”を見抜いていたかのようなタイミングで、カットインしてきた流川へ通す。次の瞬間、流川が叩き込む豪快なダンク。

 

「なんだ今のプレー!?」「ボールが消えたぞ!?」「あんなパス、反則みたいだろ!」

 

続く愛知の攻撃。だが、4ファウルを背負った森重は強引に攻め込めない。そして諸星には、藤真が執拗なまでの“ハードワーク”でまとわりつく。

 

愛知は自慢の二枚看板が沈黙し、外でパスを回すしかなくなっていた。観客席の松本が口笛を鳴らす。

 

「いやはや……完全に封じてるぜ。ディフェンスの強度、去年の比じゃねぇぞ」

 

その直後、藤真が諸星のターンオーバーを誘う見事な読みを披露。さらにオフェンスでも走り続ける。

 

45度――ジャブステップ、シュートフェイク、そしてレッグスルーからのターン。わずか数秒で諸星を引き剥がし、最後は滑らかなフェイダウェイでジャンパーを沈めた。会場を揺らす喝采の中、秋田の河田は冷静にその意図を見抜いていた。

 

―――藤真、ヘルプに森重が寄ってるのを確認してから、あえてジャンパーを選んだな。

しかも、ブロックに行くか迷う絶妙な距離で撃ちやがる。仮に飛ばれても届かねぇようにフェイダウェイで。……あの判断力、普通じゃねぇ。誰もそんなこと気づかんだろうがな。

 

河田は息を吐き、ぽつりと呟く。

 

「……この試合、勝負あったな」

 

後半開始から5分。神奈川のリードは気づけば15点に拡大していた。神奈川48-33愛知。試合の流れは、完全に藤真の掌の上にあった。

 

◆◆◆

 

国体準決勝。残り時間は3分を切った。愛知のスモールフォワードが渾身のジャンパーを沈め、スコアボードに「60」が灯る。

 

「ビビーーーーッ‼」

 

神奈川がここでタイムアウト。スタンドでは、秋田代表の面々がそろって腰を上げた。

 

「ここまで観れば、十分ピョン」

 

松本、野辺、河田が無言で頷き、主将の後に続いて席を離れる。準決勝の趨勢は、既に“見えた”という判断だった。

 

タイムアウト明け――神奈川はメンバーを再編成し、PG宮城、SG清田、SF三井、PF流川 C福田の布陣でコートに戻る。

 

対する愛知は、アウトサイド中心のオフェンスに切り替え、テンポを上げる構え。だが神奈川の狙いはただ一つ。

 

怪物=森重がいないインサイドを突く。

 

宮城が抜群のスピードでディフェンスのギャップに滑り込み、清田へ正確なアリウープパス。清田が豪快に叩き込んでみせる。

 

続く三井は、シュートフェイクでDFの重心を揺らし、ペイントへ一歩で侵入。ヘルプが寄ったその瞬間、逆サイドへ弾くようなバウンドパス。福田がそのままゴール下で押し込む。

 

さらに――清田がディフェンスに囲まれ、迷いながらもパスコースを探す中。

 

「出せ、どあほう」

 

鋭い一言に、清田が舌打ちしつつボールを放る。受けた流川は、一瞬でギアを上げ、爆発的な跳躍から“滞空で押し込む”強烈なダンク。

 

会場が割れんばかりに沸き立つ。

 

愛知も意地を見せる。諸星が執念の連続3Pを沈めるが――既に点差は大きく開き過ぎていた。そして―――

 

「試合終了ーーーー‼」

 

神奈川 97-69 愛知。

 

名朋工業・森重は無念の5ファウル退場。愛和学院・諸星は孤軍奮闘したものの、大差を覆すには至らなかった。

 

こうして――秋の国体決勝は、神奈川選抜 vs 秋田選抜。大会の頂点を決めるにふさわしい“最終カード”が姿を現した。

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