藤真のバスケ   作:ドラマ・ドラマ

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70.藤真と大学バスケ

夜気はどこか乾き、砂漠から吹き抜ける風の匂いを含んでいた。アメリカ西海岸の大学街―――その中心に佇む古いアリーナは、試合開始まで一時間もあるというのに、すでに観客のざわめきが熱を帯びていた。

 

コート中央。同じボールをバウンドさせる二つの影が向かい合う。藤真健司と流川楓。日本から海を越えた二人が、今度はNCAAの舞台で再び交差しようとしていた。

 

藤真は名門バスケ部の三年生となり、ポイントガードとして、試合の機微を読む確かな判断力と多彩なパスセンス、そして圧倒的なスピードを武器にハンドラーの役割を担い、レギュラーとして確かな居場所を築きつつあった。

 

NCAAでは、サイズと接触強度が求められるため、日本にいた頃の“巧さ”だけでは通用しない。それでも藤真は―――いや、だからこそ―――苦しみを糧に進化していた。

 

ウェイトルームに籠り、柔軟性としなやかさをキープしつつ、藤真の身体は高校時代よりも厚みを増し、筋量を着実に増やしていった。特に磨いたのは、接触でブレない下半身の安定性。ピック後の“二段読み”(ヘッジとリカバリー両方を同時に読む能力)やアメリカサイズのビッグマンを相手にしたフィニッシュの角度。その積み重ねは、確かに彼を変えていた。

 

一方の流川は、渡米初年度ながら破格の待遇で奨学金プログラムで加入した逸材。その得点能力はすでに噂となり、現地コーチからは皮肉混じりに「ネクストジョーダンの卵」と呼ばれていた。

 

ハンドリング、ステップワーク、フィニッシュの選択肢。どれを取っても、大学一年生が見せるスキルレベルを遥かに超えていた。だが本人は周囲の評価には興味を示さない。バスケが上手くなりたい―――それだけが流川を突き動かす原動力であった。

 

照明が二人の影を浮かび上がらせた瞬間、わずかに視線が交差した―――その刹那、アリーナのざわめきがすっと収束する。観客の一人が、思わず呟く。

 

「……なんだか、空気がヒリついてるな」

 

目の肥えた関係者ですら説明できない緊張が、そこにあった。

 

―――ようやくの対戦か。湘北対海南のインターハイ予選が確か3年前。さて、あれからどのぐらい実力をつけてきたか、楽しみだね。

 

異国の地での初対戦。日本人対決は両者圧倒的な存在感を醸し出していた。両者の共通点として、日本での実績を引っさげてバスケの本場に挑戦し、ともにチームに実力を認められ、スターティングメンバーに名を連ねている。そして、どちらも日本では得られなかった経験と強さを手にしていた。

 

人種差別、過小評価、いわれのない誹謗中傷。痛みを噛みしめ、言葉ではなく実力でそれらを全てを覆し、練習や試合で他を圧倒し続けたことで、ようやくレギュラーという地位を築く事が出来た。

 

実力主義。スポーツにおけるその単純な真実を、異国の地で思い知り、体現することで二人は今この場に立っていた。

 

◆◆◆

 

ジャンプボール争いを制し、最初のボールが藤真の手に渡る。

 

日本人サウスポーは一拍置き、いつもの“無音の間”をつくる。張りつめた静寂が、コートを満たした。視界の先には流川。ポジションはゴールライン手前のハーフスペース―――渡米後に磨かれた“狩場”であった。

 

藤真は迷わずサイドピック&ロールを要請。ディフェンスはハードショウ。藤真はショウの裏側を取る理想的なアングルでスプリットを仕掛けた。

 

流川のチームのベンチに座るコーチが思わず唸る。

 

―――ケンジ・フジマ。ここ1年で評価を上げてきた日本人選手。成る程、スプリットの精度はNCAAでもトップレベルだな。

 

だが、その先には既に流川がいた。スクリーンの読み、ヘルプの一歩―――その速さは“異様”としか言いようがない。藤真はステップバックでミドルを選択。しかし、流川の跳躍が軌道に触れそうな高さまで迫り、わずかに外れた。リバウンドは流川と同じユニフォームを着る209㎝のセンターがもぎ取る。

 

ボールが流川に渡った瞬間、アリーナがざわついた。マッチアップする藤真は対戦相手を観察する。歩幅は日本にいた頃より明らかに大きい。ヘジテーション、スネークドライブ、ゼロステップ。

 

試合前のミーティングでは対戦校のスカウティングレポートにおいて流川が使う洗練されたリムアタックは、そのどれもが“驚異”という一言で表されていた。

 

―――速いっ‼

 

藤真がブロックを狙った瞬間、流川は空中で軌道を変え、逆手のフィンガーロールへ切り替えた。藤真の指先がわずかに触れたが、流川はねじ込み先取点を上げる。その瞬間、アリーナが震えた。

 

しかし、藤真は揺れない。

 

次のポゼッション。流川が藤真につくと、藤真はあえてローポストへ流れる。日本ではほとんど見せなかった“ガードのポストメイク”であった。

 

観客がざわめく。藤真は背を預け、わずかに重心を当てる。流川の重心が沈む―――その瞬間を待つ。訪れた刹那。藤真は外側へのスピンからラインを割り、懐にボールを抱えて浮かせるようなレイアップ。逆サイドから伸びてきた209㎝のビッグマンの長い腕を、ギリギリでかわした。

 

ネットが揺れ、同点となる。

 

―――……にゃろう。

 

声にこそ出さないが互いが肌で感じていた―――“前”とは違うということを。そこからは日本人選手によるハイレベルなハイライトの応酬が異国に刻まれる。試合は、次第に二人の“劇場”の様相を描く。

 

◇◇◇

 

流川がハンドオフからのスプリットドライブを繰り出せば、藤真はアンダー封じの高速プルアップ3Pを放つ。流川のトランジションからのユーロステップで210㎝を超える藤真チームのツインタワーからリムをこじ開ける。直後に藤真がピック拒否(リジェクト)からのフローティングショットを鮮やかに決めると、その状況にアリーナの解説者が思わず叫ぶ。

 

「日本から来た二人の若者が、NCAAでここまでやるなんて……信じられない!」

 

終盤―――フロアは異様な程の静寂が訪れていた。残り1分―――65–65。アリーナは息を呑む。トップでボールを受ける藤真の眼前には流川。その目には闘志が宿り、絶対に負けないという“覚悟”が見える。

 

―――終盤まで、スタミナ切れを起こさないとは。“死ぬほど”やってきたって訳ね。

 

感慨深さはボールの感触に溶けていき、藤真はただ試合に勝つことだけに集中する。ピックが来ると藤真は一度利用する素振りを見せ、瞬間的にリジェクトする。一瞬、流川の足が半歩、横にずれる。

 

その“間”を藤真は逃さなかった―――プルアップによって放たれたボールが静寂のフロアに弧を描く。ネットが揺れ、スコアボードに68–65が記録される。その後、流川も意地のレイアップで1点差に迫ったが、試合は68–67で終了した。

 

試合後、藤真のもとに流川が来ると、一言挨拶をする。

 

「……あざッス」

 

藤真は微笑む。

 

「負けても挨拶は出来るようになったんだ。成長したね、流川」

 

藤真が“利き手”を差し出し、流川もそれに応え、握手する。ライトが二人の影を伸ばす。異国の夜に、日本の若者の影が静かに交差する。その影は、いつか目標とする場所へ届くのかもしれないという想いを抱かせるように、真っ直ぐに体育館の天井へと伸びていった。

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