藤真のバスケ   作:ドラマ・ドラマ

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71.藤真とPG対決

NCAA DIVISION I — EAST COAST CONFERENCE

 

アメリカ・ワシントン州。全米TOP25常連の名門――SQ大学。そのホームコートである約5,000席のフィールドハウスは、開場からまだ30分も経たないうちに学生や地元ファンで埋まり、90年代NCAAらしい“生音の熱気”が空気を揺らしていた。

 

今日の対戦カードは、開幕前から全米各地のプレビュー記事で取り上げられた注目の一戦。両校ともバックコートの完成度が高く、序盤の勢力図を占う試合として注目されている。

 

◆ SQ大学(SQU Condors)

 

PG:Kenji Fujima – 188cm/Jr.

メディアから“J-Court Vision”と呼ばれる司令塔。北西部(Northwest Region)アシストランキング2位。ハーフコートオフェンスの構築力、試合のテンポを“読む”能力は世代でもトップクラス。1980年代末〜90年代初頭の“ポジショナル志向”が色濃く残る北西部のバスケットボール文化において、最も“頭脳で試合を支配する”タイプのポイントガードと評価されている。

 

◆ RC大学(RCU Falcons)

 

PG:Ryota Miyagi – 172cm/So.

“Northeastern Lightning”の異名を持つ快足ガード。全米でも指折りの俊敏性と、90年代NCAAならではの縦に速いトランジションを武器に、相手守備を切り裂くアタッカー。

 ディーププレスにも動じず、初動の一歩で相手を置き去りにするスピードは、今季リーグ最大の脅威と評されている。

 

ブラスバンドのリズムが跳ね、チアがコールを重ねる。5,000人のフィールドハウスが、まもなく中央に立つ二人のPGを迎え入れようとしていた。

 

◆◆◆

 

試合前ウォームアップ。

 

宮城はボールハンドリングのリズムの合間、コート中央をゆっくり歩く、整った顔立ちの男に目を向けた。

 

藤真健司。

 

あの日、前座試合で見上げた“神童”。高校でも自分を翻弄した冷徹なゲームメイカー。だがその藤真は、いまアメリカで――「コーチングもできるPG」として評価を高めている。

 

宮城は小さく息を吐く。

 

―――……ようやく、同じ土俵だ。

 

隣でストレッチしていたSFが、ニヤリと笑った。

 

「ヘイ、リョータ。今日の相手は“アジアの至宝”と呼ばれる男だぞ?緊張してんのか?」

 

「バカ言え。……楽しみすぎて手ぇ震えてんだよ」

 

「ハッ。怖くて震えてんのかと思ったぜ」

 

チームメイトの言葉は半分当たっていた。だが、小柄なPGの言も虚勢ではなかった。宮城の胸は、久々に“挑戦前の熱”で満たされていた。

 

◆◆◆

 

ジャンプボールは藤真擁するコンドルズ(SQ大)が奪う。藤真はハイポストに立つPFへセーフティなエントリーパスを送り、自らはショートコーナーへスライドする。そこから即座にDFの視線を外す鋭いバックカットの動きを見せる。リターンパスを受けた瞬間、宮城の反応より早く、藤真の体はすでにリング下へ潜り込んでいた。

 

―――速い……。動き出し”も“読み”も。

 

藤真はあえてシュートの気配を見せた体勢のまま、右手一本でノールックのキックアウトパスを放つ。

 

コーナーに立つシューターは、ディフェンスが寄るより先に完璧なキャッチアンドシュートのリズムで放つ。0–3。

 

「……クソ、最初からこれかよ」

 

だが宮城の口元は、悔しさよりもむしろ高揚に近い笑みを浮かべていた。

 

高校の頃よりさらに精密になった藤真の“支配力”。その完璧さが、逆に宮城の血を熱くさせる。

 

―――上等だよ、藤真さん……。“№1ガード”の座、今度こそオレのもんだ。

 

◆◆◆

 

ファルコンズ(RC大)のオフェンス。宮城がトップでボールを受けた瞬間、コンドルズ(SQ大)はコート全体を覆うように2-2-1のハイブリッドゾーンプレスへ移行した。前線の2枚がボールの進行方向を限定し、後衛の2枚がパスレーンを細かく刈り取る――高校時代、海南が見せた形にきわめて近い。

 

―――……早速仕掛けてきやがった。けど、もう“あの時”の俺じゃねぇ。

 

宮城は ハーフライン手前でわざと減速した。その一瞬の変化で、コンドルズ(SQ大)の1stラインはフットワークを縦に切り替える。そして藤真が距離を詰めようと前へ踏み込んだ、その瞬間――宮城は左手一本、身体をひねりもしない“気配の消えた角度”でバックドアを狙って走り込んだSGへタップパスを届けた。

 

パスが通った瞬間、アリーナがざわめく。――あの一拍の“間”でハーフコートのテンポを凍らせるような宮城特有のディレイ。NCAAで場数を踏んだ宮城が体得した“速度の逆利用”だった。

 

「ナイスパス、リョータ!」

 

SGがそのままレイアップを沈め、2–3。藤真は走り戻りながら、目だけで宮城を射抜くように細めた。

 

―――……速さだけじゃない。“止める技”まで身につけたか。流川といい、宮城といい。見ない間にどんどん成長してきている。

 

宮城は顎をわずかに上げ、昔と変わらない挑発気味の笑みを浮かべた。

 

「アンタ相手に、まっすぐ行って勝てるわけないからな」

 

それは挑発であり、宣戦布告であり――“日本のPG対決”が本格的に加速する合図でもあった。

 

◆◆◆

 

戦術の応酬は、すでに単なる大学バスケの域を超えていた。コートに立つ二人のPG――藤真健司と宮城リョータ。その読み合いは、ゲームのリズムそのものを左右する“指揮官同士の戦争”に変わりつつあった。

 

前半7分が過ぎた。互いにターンオーバーゼロ。流れを断ち切る笛もほとんど入らず、ハイテンポの攻防が途切れない。

 

藤真率いるコンドルズ(SQ大)は、ホーンズアライメントからトップのアドバンスP&Rへ派生させ、ストロングサイドにシューターを高密度で配置した上で、その裏で弱サイドを“意図的に孤立”させ、宮城のヘルプローテを誘発する。そこから宮城がワンステップ動けば、藤真は即座にボール逆転→ワイドオープンのスリーと、ゲームメイクの完成度は、まるでプロのセットプレーをそのまま移植したかのようだ。

 

一方、宮城のいるファルコンズ(RC大)は、フルコートで“ギャップを突く”アタックを仕掛け、最初のラインを縦に分断していく。リムランナーを先行させてからのセカンダリーブレイクで1on1勝負へ持ち込み、同時にPFがダイブしてスペースを吸収することで、ディフェンスが一瞬遅れたところを宮城のスピードで“破壊”するという戦略で対抗する。

 

藤真が空間を支配するタイプなら、宮城は時間を支配するタイプ。同じPGでも、アプローチがまったく異なる展開を見せる。解説席の元NBAコーチが思わず声を上げた。

 

「――両チームを仕切っている日本人ガードの二人だが…。異常事態だな。完全にNCAAのトップティアだな」

 

その言葉に、会場のざわめきがさらに熱を帯びていく。異国の地で、日本人PG二人が――確かにゲームの中心にいた。

 

◆◆◆

 

前半残り4分。藤真が、ようやく“仕掛け”を明確に切り出した。

 

スコアはファルコンズ(RC大)31–34コンドルズ(SQ大)。宮城が右45度でリズムよくドリブルを刻む。藤真はあえてプレッシャーを掛けず、1メートル下がった位置でラインを固定する──文字どおりの“誘い”。

 

―――……行ける!

 

宮城はその“わずかな空白”を見逃さず、右レーンへ鋭くアタックする。だが、その次の拍子──トップに残っていたセンターが、まるでタイミングを合わせていたかのように ハードショウで前へ跳ねる。

 

「っ……!」

 

読まれていた。完全に。宮城は慌てて体勢を立て直し、逃げのスイングパスを選択する。しかし、パスラインに入るより早く──

 

藤真が横から腕を差し込み、接触ゼロの“教本通り”のスティールをもぎ取った。会場が一気に沸騰する。

 

藤真はそのまま3対1の速攻をコントロール。左手だけでコースを切り、最後はコーナーへ走ったシューターに片手で スルーパスを“通した”。

 

放たれたボールは、美しい放物線の末にリングを射抜く。31–37。

 

宮城は奥歯を噛みしめた。

 

―――クソっ!……アンタ、どこまでスゲェんだ。まだこんなに“上”なのかよ)

 

藤真は歩み寄り、声を張らずに告げる。

 

「高校の時と変わらないね。リズムを上げると、“判断”は雑になる」

 

挑発ではない。淡々とした分析で事実の指摘。宮城は舌で唇を湿らせ、睨み上げる。

 

「……言ってくれるじゃねぇか、“フラッシュ”さんよ」

 

◆◆◆

 

ハーフタイム。ファルコンズ(RC大)38–41コンドルズ(SQ大)。

 

ロッカールームに戻ると同時に、ヘッドコーチが白板を小気味よく叩いた。乾いた音が空気を締める。

 

「リョータ。後半も、主導権はお前に預ける。あのサウスポーの日本人がつくる“静の間”に呑まれるな。むしろ──お前の“動き”であいつのリズムを崩せ」

 

宮城は短く、しかし重みのあるうなずきを返す。

 

―――……あの日、海南に押し潰された俺とは違う。“間”を読むのは“神童”と呼ばれたアンタだけの特権じゃねぇんだぜ。

 

◆◆◆

 

後半開始直後、宮城はまるでスイッチを切り替えるように“戦術”を変えた。あえて──ペースを落とす。ファルコンズ(RC大)の面々が戸惑いを隠せない。

 

「リョータ? 走らねぇのか?」

 

宮城は視線を前に向けたまま、短く答える。

 

「走るのは、“ここじゃない時間”だ」

 

その言葉の意味は、チームメイトにもまだ分からない。ただ宮城は、藤真が“読み”を入れてくる瞬間をじっと待っていた。

 

そして──コンドルズ(SQ大)がホーンズのセットアップに入りかけた、その刹那。宮城が爆発した。弱サイドからペリメーターへ、弾丸のように飛び出す。パスラインを“先に”潰す、プレ・スイッチを敢行する。

 

藤真の視線に、わずかだが確かな“迷い”が生まれる。

 

「……っ!」

 

その一拍を、宮城は逃さなかった。“時間差チャージング・トラップ”が発動する。藤真のパスがわずかに浮いた瞬間、ファルコンズ(RC大)のSFがステップインしてパスコースへ身体を差し込み、クリーンにカットを成功する。

 

会場全体が揺れるほどのざわめき。即座に速攻へ移行。宮城は誰よりも速くレーンを走り抜け、左→右のヘジテーションからの切れ味抜群のクロスオーバーを決め、そのままレイアップを沈める。44 – 43。

 

スタンドが爆発する。

 

「Miyagi! Miyagi! Miyagi!」

 

藤真は静かに息を整え、細めた視線の奥でわずかに表情を緩めた。

 

――ここまで辿り着くのに、どれほどの積み重ねがあったことか。本当に……大した男だよ、宮城リョータ。

 

身長差という“絶対条件”を意に介さず、むしろ武器に変えるように攻め続けるその姿勢。公称172㎝──自分と同じ国で育った小さなガードが、いまやNCAAの舞台で同じ土俵で戦っている。藤真は、心の奥で静かに賛辞を送った。

 

◆◆◆

 

残り3分。コート上の空気は、完全にPG同士の“最終決戦”へと収束していた。コンドルズ(SQ大)68 – 67ファルコンズ(RC大)。

 

藤真がトップでボールを保持し、宮城が真正面から正対する。視線が交差した瞬間、5,000人のざわめきがスッと引き、アリーナが“静”に包まれた。

 

藤真が縦へのドライブを匂わせる。宮城は一歩も引かない。読み切っている。さらに藤真が横へステップし、タフなミドルのジャンパーへ入る動作。宮城は反応を遅らせたまま、右足をピボットにごく短い半歩を踏み込み、リリースの瞬間だけ指先でスナップを触る。わずかなブレ。その差で、ボールはショート。リング手前に落ちた。リバウンドはファルコンズ(RC大)。宮城が即座に走路へ飛び出す。

 

――最後は、スピード勝負だ。

 

藤真が戻りながら叫ぶ。

 

「スイッチ!弱サイド寄れ!」

 

だが宮城はトップスピードを維持したまま、あえてペイントに突っ込む“偽アタック”。空中で体をひねり、ボディターンからのバックビハインド・ドロップパス。走り込んだPFがそのまま叩き込む。

 

68 – 69。ついにファルコンズ(RC大)が試合をひっくり返す。

 

藤真はコート全体を一瞥し、ほんの一瞬だけ──誇らしげに笑った。

 

「……成長したな、本当に」

 

そしてクライマックス。コンドルズ(SQ大)70–69ファルコンズ(RC大)。残り11秒、ファルコンズ(RC大)ボール。宮城がトップで受け、藤真がまっすぐ正対する。観客の息が止まった。

 

「行くぜ……藤真さんよ」

 

「……受けて立つよ。“リョータ”」

 

宮城は右へ小さくステップ。フェイク。藤真は微動だにしない。次に左へスピードを乗せてドライブ。藤真は半歩だけ寄せる。――読んでいる。しかし動かない。その“静”が逆に罠。

 

―――誘ってる……なら、こっちも合わせる。

 

宮城は右足で鋭くストップし、一瞬で距離を創るステップバック。藤真が長い腕を伸ばす。その瞬間──宮城はさらに重心を落とし直し、床すれすれの角度でボールを抜く異常な低さのリップスルーを行う。

 

からの、後方へ逃がしながらのハイアーチ・フローター。ボールが、ゆっくりと天井へ舞い上がる。アリーナが凍りつく。次の瞬間、“シュッ”というネットの揺れる音だけが響いた。

 

―――残り0.9秒。

 

◆◆◆

 

試合終了のブザーが甲高く割れ、スコアボードには無情な数字が灯る。

 

ECU Falcons 71 ― 70 SQU Condors

 

歓声とどよめきが渦巻くなか、宮城は膝に手をつき、荒い呼吸を整えた。汗がしたたり落ちるフロアの上で、彼の肩がわずかに震える。試合終了まで走り切り、ぶつかり合い、読み合い、すべてを使い切った選手の姿だった。

 

そこへ、ゆっくりと歩み寄る影があった。藤真がライトの逆光を背負いながら、静かに右手を差し出す。

 

宮城が顔を上げた。疲労の奥に浮かぶ表情は、悔しさよりも――むしろ“高揚”に近かった。

 

「……上手くなったね、宮城」

 

淡々とした声。けれど、その響きには確かな評価があった。宮城は唇をゆるめ、言う。

 

「アンタが目標だからな。そりゃ上手くもなるさ」

 

――前座試合から追ってきた姿。ガキの頃からずっと、オレの“PGの基準”はあんたなんだよ。

 

言葉にはしなかったが、その視線がすべてを物語っていた。二人の手がしっかりと結ばれる。ハンドシェイクは短く、だが重い。コート中央、ライトの真下で――NCAAの舞台にふさわしい、潔い一瞬だった。

 

藤真は軽く肩を揺らし、微笑む。

 

「応援してるよ。高さが物を言う世界で小柄な選手でも活躍出来るって証明しよう」

 

この時、藤真はマグジー・ボーグスがNBAで奮闘する姿を宮城に重ねていた。NCAAディビジョンIの大学からリクルートされたマグジー・ボーグスは、ノースカロライナ大やデューク大などが所属するアトランティック・コースト・カンファレンス(ACC)のウェイク・フォレスト大への進学を決断し、2年生時からレギュラーになると、4年生時には平均14.8点、9.5アシスト、3.8リバウンド、2.4スティールを記録し、アシストとスティールはACCでトップの数字だった。1986年にはアメリカ代表に選ばれ、世界選手権(現FIBAワールドカップ)で金メダルを獲得している。1987年のNBAドラフトでは、1巡目12位でワシントン・ブレッツ(現ウィザーズ)に指名され、160cmながら14シーズンのNBAキャリアを構築した。日本人でも173cmの河村勇輝や167cmの富樫勇樹が日本代表として活躍しているのを藤真は“知っていた”。

 

宮城も、負けじと笑って返した。

 

「小さくてもハートの強さじゃ、7フッターにも負けませんよ。……次は、“神奈川№1PG”じゃなくて――“全米大学№1PG”争いを懸けて勝負っす」

 

周囲の拍手が、二人の周囲へ波紋のように広がった。応援席のファンも、チアリーダーも、関係者も――まるでこの瞬間を祝福するかのように立ち上がる。アリーナの拍手が波のように広がり、90年代のフィールドハウス特有の天井を震わせる生音の歓声が二人を包み込む。

 

海を越えて辿り着いた新たな舞台。二人の物語は、ここからまた次の章へ進む。

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