指輪の悪魔と持ち腐れの魔法使い   作:ケツアゴ

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指輪の悪魔と持ち腐れの魔法使い 14

「今日も公務お疲れ様様です、皆様。美しい私を眺めて癒されて下さい。ああ、御礼は結構! このアーサー、国と民の為に勤しむ皆様を尊敬しておりますので!」

 

 城の廊下、本来ならば背筋を伸ばし表情を引き締めて歩むべきその場所で今日もアーサーは自分に酔いつつ笑顔を振り撒く。

 

 声を掛けられたのは掃除や給仕を行うメイドや庭師、本来アーサーの立場なら声など掛けない筈だ。実際、その様な者も居るのだ。

 上辺だけの取り繕った物でも皮肉めいた慇懃無礼な物でもなく、心からの笑顔と言葉だと相手に伝わっているから笑顔が返って来ていた。

 

「善い方なんですけれどね」

 

「ああ、凄く善い方なんだけれどな」

 

 尚、評価は此処でも同じだ。善良で優秀だが自己陶酔が少しウザい、嫌われてはおらず寧ろ好かれてはいるものの、アーサーへの評価は基本的にそんな物だ。

 

 何なら実の弟にも似た感じの評価をされているのだが自分の美しさと有能さを信じて疑わない彼には伝わる筈もなく、今日も締まりのない表情を浮かべ軽やかな足取りで進む……筈だった。

 

「……おっと」

 

 曲がり角の先から聞こえてきた靴と杖を突く音が彼の耳に届いた瞬間、酔いから覚めた様に彼の顔が引き締まる。但し、それは敬意を払い浮かれた表情を消すべき相手に向ける物ではないのは目を見れば明らかだ。

 

 油断ならない相手、隙を晒さぬ様に普段の顔を封じ込め警戒する相手、それが角の向こうからやって来るのを察した表情だ。

 雰囲気も変わり、瞳には剣呑な雰囲気が漂う。普段の彼しか知らなければ性格が真逆の双子とでも思うだろう彼が立ち止まり待ち構えていると相手が姿を見せた。

 

 

「あら、お久し振りね、アーサー。元気そうで何よりだわ」

 

 現れたのは年齢不詳の女性。帽子から覗く髪は金糸を思わせる色艶で青みを帯びた瞳を持つ整った顔で人の良さそうな笑みを浮かべている。

 

 身長程の長い柄をした杖の先には黄金のグリフォンの装飾が施され、法衣の背中には虹色に輝く孔雀が刺繍によって描かれる。供回りらしき数人の僧侶を引き連れた彼女からはアーサーへの友好的な感情が向けられている様に見えるのだが、反対にアーサーは一切その様な感情は向けていない様子だ。

 

「どうもお元気そうで何よりです、グラニア大司教。本日は姫様にご用の日でしたね。お忙しい身であらせられる御身を足止めしてはならないでしょう。では、私はこれで」

 

 大司教、つまり地区の教会を纏める役職である司教の代表を示す称号だ。宗教と政治が完全に一体化している訳ではないこの国でも大司教ともなれば城に招かれ王族相手に教鞭を取る事もある。

 

 今回もそれで訪れ、帰る所に出会してしまった事を察したアーサーは心の奥で不運を嘆いていた。但し顔には一切出さずに。

 

 普段のアーサーと違うのは表情だけでなく言葉遣いもだ。一切己を見せずに相手への拒絶を行う。それに対しグラニアは笑みを崩さず、そして横を通り過ぎようとした彼の前に一歩進み出て立ち塞がって肩に手を伸ばした。

 

「うふふふふ。心配してくれて嬉しいわ。でも、大丈夫よ。お仕事のスケジュールはちゃんと調整しているもの。この後に孤児院と救貧院への顔出しはあるけれど時間は未だ先だし、姫様からお茶に誘われたから中庭に行くのよ。貴方も来るわよね?」

 

「いえ、私は……」

 

「貴方も今日はお昼からお休みなのでしょう? お城に来たついでに二人の顔を見たかったから聞いておいたの。先にお願いだって聞いたのだし、お茶会位は付き合いなさいな」

 

「……その事に関しては優先して依頼を終わらせた筈ですが?」

 

 脅しの言葉は一切無い。声も表情も穏やかで目だけが笑っていないという事も無い。

 何処から見ても善良で優しい僧侶、それなのにアーサーは表面は礼儀を払いつつも拒絶の意思を崩さない。その上で逆らえず、言われるがままに茶会に向かうしかなかった。

 

「そうそう、お母様はお元気かしら? 偶に手紙を送っても返事をくれなくって寂しいわ。仲良くしたいと言っていたとアーサーからも伝えてくれないかしら?」

 

 グラニア・ネペンテス。彼女は若くして教会の上層部に上り詰め、幼き頃から発揮させた魔法の才と頭脳によって【大聖母】と称され、聖人の一人として歴史に名を刻むとされている。

 

「まあ、今度お会いした時に忘れていなければお伝えしましょう」

 

「あらやだ、若いのだからしっかりしなさい。じゃあ、姫様をお待たせしてはならないし少し早足で行きましょうか」

 

 その様な相手を前にしてアーサーは一切の親しみを感じさせない目を向けたままだった。

 

「お姉ちゃんの方も随分と活躍しているみたいね。教えを曲解して悪さをしている連中を懲らしめてくれて助かったわ」

 

「貴方、好きな相手はいるの? 聖職者としては淫蕩は見逃せないけれど、若いのだから少しは羽目を外しなさい」

 

 まるで蔓が絡み付いて来るかの様な、若しくは蜘蛛の巣に掛かってしまった蝶、その様な感覚が増して行くのを感じながらもアーサーは表情を変えず、グラニアは笑顔で話し掛け続ける。

 

「大司教、此処は王城です。差し出がましい様ですが私的な内容の会話は立場を考え控えるべきかと」

 

 アーサーはそれに一切表情を変えず、それが拒絶の意となっている。それが伝わっていないのか、それとも答えていないのかグラニアの様子は一切変わらず、愛想良く接しないことにお供すら不敬と咎める様子も無し。

 

 

 

「そうだわ。暫く顔を見ていないしジェイルの顔を見に学園に顔を出しましょうか。孤児院の出身者もいるのだし丁度良いわね」

 

「……おい」

 

 アーサーの表情が一瞬だけ揺らぐ。逆鱗に触れられた顔だ。グラニアはそれを見てか楽しそうな笑みを浮かべている。

 その時の瞳はとても慈愛に満ちた聖母の物とは別物になっていたが、それに気が付いたのはアーサーだけだった。

 

 

 

 

「お久しぶりです、ジェイル様。覚えていらっしゃいませんか。いえ、お気遣いなく、私が覚えていればそれで良いのです」

 

「あー、うん。大丈夫大丈夫。覚えてるって、リリ」

 

「リリース、私を忘れれる?」

 

「いえ、覚えていますよ,ルシア様」

 

 自分の手を握り目を潤ませて再会を喜ぶリリースの姿にジェイルは罪悪感と焦りを覚えていた。

 彼女こそ幼い頃に遊び相手だったメイド見習いであり,今は母の実家の方に仕えている筈の幼馴染だ。

 

 存在を全て忘れていた訳ではない。幼い頃だった上に

 

 

 

 顔も朧げでアダ名で呼んでいた為に本名も忘れた幼馴染で元使用人、それがリリースだ。

 

 相手の方はしっかりと覚えており、手を握って嬉しそうにしている姿を見ていると半分以上忘れてましたとはとても言えない。

 特に覚えていると言った途端に思わず抱き付いて来られたのだから尚更だ。着痩せして見えるタイプなのか何時も一緒にいる二人より膨らみを感じる胸の感触が伝わって来るのなら、この状況で本当の事を口にする勇気はジェイルにはない。

 

 必死に誤魔化しに掛かる中で、幼い頃に一緒に遊んでいてちゃんと覚えていたルシアは放置された様な扱いに少し不満顔を見せるものの、一瞬だけ目を泳がせた彼女の返答に一先ずは満足そうだ。

 

「……口止め料として今度何か奢ってもらう」

 

 但し忘れていた事を知っているので脅迫して来たのだが。

 

 

「あー、リリ、リリース? ちょっと離れてくれるか? 他の奴の目もある事だしさ」

 

「そうですね。私としてはこのまま物陰に連れ込まれてご奉仕を命じられてもお受けいたしますが、離れて欲しいと命じられたなら仕方有りません。……五秒だけこのまま堪能させて下さいね?」

 

 思い起こせば昔からスキンシップが過剰だったが、会わなくなってから何があったのかと悩むジェイルであった。

 

 

 




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