指輪の悪魔と持ち腐れの魔法使い   作:ケツアゴ

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指輪の悪魔と持ち腐れの魔法使い 18

 リリースがジェイルに向ける感情は色々と入り混じっている。それはメイドとして主人への忠誠心だったり、幼き日に抱いた憧れと恋心だったり、引き離された事で生まれた執着だったりだ。

 

 それに加えて成長と共に拗らせた肉欲だったりと、誰かに仕える事を誇りとして来た一族の教えと個人の感情がグチャグチャに混ざり合ってジェイルから少しドン引きされる発言もポンポン出ている。

 

 要するに優秀だがポンコツな美少女メイドがリリースへの評価であり、今も理想のメイドとして戦闘力の向上を追い求めている彼女の私服はメイド服だ。

 

 使用人としてではなく学生として編入してはいるが、あくまでメイドとして動く彼女はジェイルの側で行動したい。

 別に自分は同室で良いし、ベッドだって同じでも構わないのだ、ジェイルとスロースと規則が許さないだけで。

 

「本日は私主催の茶会にご参加頂き誠に有難う御座います、レムリス先輩。ご覧の通り少々至らぬ点は御座いますが精一杯お持て成しさせていただきます」

 

 招待されたお茶会は学園近くの川辺、春の花が色鮮やかに咲き乱れる場所で既に準備が始まっていた。

 時間が夕方だからか用意された軽食は夕食に障りのない程度の物ではあるが、食材も茶葉も上位の貴族からしても不足の無い物。

 

 最上位ではないが貴族の血筋無しで上位の中間程度の規模に成り上がった商会の令嬢が開くだけはあると素直に感心する一方、リリースは至らぬという言葉がただの謙遜ではない事も見抜く。

 

「此方こそ素敵なお茶会に招待してくれて感謝するよ。最近は茶会に参加しても挨拶の対応ばかりだったしな。こういった静かな方が助かる。ああ,此方は同行者のリリースだ」

 

 少ないのだ、参加者が。新入生ともなれば今後も共に過ごす相手への義理立てや出会いの場として参加するものだが、参加者は数えるのが容易な程度しか居らず席が余っている。

 

 これは立場の弱さを表してはいるものの、それでも妾の座も狙っている彼女にとってラウラ・エニスという少女は警戒すべき相手であった。

 

 第一の理由としてダークエルフである事からジェイルは性癖のど真ん中をぶち抜く事、礼儀を払ったもの静かな態度を取っていても一瞬だけ目が怪しく光る時がある。

 

 第二に彼女が自分とは別方向の武器を持っている事だ。彼女の父親がトップを務めるエニス商会は貴族を主な相手にして金融も貿易も行う大商会。上位の貴族の正妻は難しいにしろ、正妻でなければ有り得るだろう。

 

「……まあ、以前までならの話ですが,警戒はしておきましょうか」

 

 リリースの中で驚異度が下がった理由,それは後継だった筈の長男だ。最近長男が大馬鹿やらかした為に敵が此処ぞとばかりに攻め込み,味方はそそくさと逃げ出したので傾き始めたが、それでも受けた教育が消えた訳ではない。

 

 完全に潰れた訳ではないので横から掻っ攫われないかとの不安はあるのだ。

 何故なら今のジェイルが妾を何人も作れるとは思わない。本人の立場も性格的にも向いていないだろう。数少ない席を奪い合う相手だ、油断などしないに決まっていた。

 

「昨日は不躾なお願いをする手紙をお送りした事,此処で謝罪させていただきます。レムリス家ともなれば私程度の人材等掃いて捨てる程居るでしょうに」

 

「いや? 随分と優秀だって噂で聞いたぜ? 少なくとも実技では俺の時よりも順位が上だ」

 

 そう,リリースも少し前まで所属していた場所の伝手を使って調べた。だから家が傾こうがラウラの脅威度判定は多少減っても未だ大きい。

 

 彼女が希望した将来的に文官として雇用するという話だが、少し調べただけでも商売上に必要な数字のやり取り以外に政務関連でさえ貴族の家で学んだ事から将来的に何処かの貴族の家に嫁入りして実権を握らせる予定だったのだろう。

 

 ジェイルの褒め言葉にラウラは少しだけ照れた様にはにかみながら頭を軽く下げるが、この時点で下がった分を散り戻した。

 

 基本的に身体能力と技でのゴリ押ししか知らないリリースでは同じ土俵で戦うには不利な相手だ。一応彼女もその辺の事は学ぶ機会もあったのだが、半年で教師が諦めている。

 

「それでは此処で何時迄もレムリス先輩を立たせていては失礼ですしお席にご案内致しましょう」

 

 ラウラに命じられた使用人がジェイルを席に案内し,彼が背中を向けた瞬間に一瞬だけラウラが表情を変える。

 唇の周囲を軽く舐めて目を怪しく輝かせる姿にリリースは確信したのだ。

 

 この女もジェイルを卑猥な妄想のオカズにしているのだと。

 

「……本腰を入れませんといけませんね」

 

 長く離れていた事で抉れに抉れた初恋。一番の目標は傍に居続ける事ではあるが生殺しは勘弁してもらいたい。

 

 フッと息を吐き出して表情を整えてジェイルの後を追うリリースであったが、背後を一人の給仕が通り過ぎた瞬間に僅かに歪む。其は一瞬だが自己嫌悪が混ざった表情で、その給仕は他の誰にも気取られない自然な動きでリリースに小さなメモ書きを手渡した。

 

「……」

 

 何事も無かったかの様に去っていく給仕には目もくれず、手のひらに収まる大きさのメモを一瞥したリリースがそれを丸めて口に放り込めば直ぐに溶けて消えてしまう。

 

 爪の先が内側に食い込む程に強く拳を握ったのは一秒にも満たないが、その間の彼女は表情を曇らせていた。

 

 

 

 

 

 

「レムリス先輩、お茶会は楽しんでいらっしゃいますか? この日の為に楽団を雇ったのですが、お気に召さないのならば別の曲を奏でさせますが」

 

 川のせせらぎの音と優美なる演奏の音が混ざり合う心地好い空間の中、お茶会は進むものの僅かな参加者はジェイルを気にしつつも挨拶には来ない。いや、来れないと言った方が正しいのだろう。

 エニス商会は衰退すると多くの者が離れる中、今回の参加者は離れたくとも離れられない関係者か、弱った今こそ恩を売る好機だと見ているか、どちらにせよ主催者であるラウラに先んじて動けない。

 

 それが最近のお茶会という名の小規模な社交界に辟易していたジェイルには都合が良かったのだが、二杯目の紅茶が半分程になった頃にラウラが席へと近付いて来た。

 

 何時着替えたのか先程とは違う服装で、少々胸元とスリットが大きく開いた白いドレスは彼女の持つ肌の色を際立たせている。

 

「ああ,流れている音楽は好みだし楽しんでいるよ。それとドレスが似合っているな」

 

「そうですか、それは良かった。実はこのドレス,少しばかり入手経路が……失礼,個人的な問題を話すべきではありませんね。それよりも私,実は大魔法使いレムリス様の話が好きでして、一般には広まっていないお話があるなら是非お聞きしたいです」

 

 ドレスについての話題は避けたい素振りを見せたラウラだが、話題を変えると表情も普段の薄い物から一変する。

 お世辞ではなく本当に好きな物語の続きを知りたがる年頃の少女の顔で少し前のめりにジェイルへと迫り、我に帰ったのか咳払いと共に真顔になった。

 

 これには少しばかり面食らったジェイルであるが

 

「苗字を決める時に自分の名前が好きだからって名前と同じにしたって珍妙な話が広まってるからな。家にだけ伝わる面白い逸話とかは……まあ、無くはないのか?」

 

「まあ! でしたら今度じっくりお聞かせ頂きたいです。この場で先輩を独占するのは野暮でしょうから今度二人で静かな所に行きましょう」

 

 それではこの辺りで、そんな風に一礼するとラウラは挨拶回りに戻って行くが、その背中を眺めるリリースの眼差しは複雑そうだ。

 

 

 

「……とある家の現当主がダークエルフを後妻に欲しがったとか。今は強引に話を進めていた相手が傾いたので破談になった、と先日手紙で懇意にしていた先輩からお聞きしました」

 

 親子程に歳の離れた相手だったとか,と付け加えてからリリースは少しだけ席をジェイルの方へと寄せた。

 

「随分と執着して贈り物もしたらしいですが、既に後継者も居たそうなので没落に巻き込まれたくはなかったのでしょう」

 

「不幸中の幸いって奴か。まあ、尻丸出し夜這い事件は影響デカいよな」

 

「所で二人で会う約束をしてしまいましたが……お下がりを」

 

 僅かに拗ねた様子で更に近付こうとしたリリースは立ち上がってジェイルと川の間に割って入る。

 遅れて川上から聞こえて来る激しい音と騒ぐ声。

 

 フード付きのローブを着て顔全体を隠すピエロの仮面を装着した男が魔法を使って小舟を加速させながら向かって来ていた。

 

 誰かに追われているのか川辺での茶会に意識を向ける事はなく、逃げる事のみに力を注いでいる。

 

 

「あれは『道化の下僕(クラウン•スレイヴ)』か? 姉様が支部の一つを殲滅したっていう……」

 

「悪魔崇拝教団ですか。一体誰に……会いたくない知人の様ですね」

 

 リリースが嫌そうに眉を顰めた瞬間、川上の遥か先から水を切り裂きながら一本の剣が飛来する。

 

 その勢いで川は二つに割れ,男が思わず振り向いた時,その体は心臓を貫いても勢いが収まりきれずに体を完全に貫通して川下へと飛んで行った。

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