俺が生まれつき高い魔力を持っていると判明した時、家族は喜び反面心配もしたらしい。
魔力の高さは生成速度と器の大きさからなるんだが、生成に使用が追い付かないと収まり切らない魔力は自らを傷付ける。
俺も生成速度が器の大きさに比べて過剰なのかと思われていたが、調べてみれば器の大きさに比べて生成速度が低い、そう判断された。
それで期待を向けられたかってっとそんな事は無い。魔力量が多ければコントロールの難易度は加速度的に増すのは既に分かっていた事だ。
ご先祖様は天性のセンスでどうにかしていたらしいけれどな……。
「お前は魔法を使う役職を目指さなくて良い。器から溢れない様に適度に使う程度に留める様に」
そんな事情も知らずに凄い凄いと褒めてくれる大人と違い、両親は俺が膨大な魔力を使って活躍する未来に期待してくれなかった。
勝手に魔法を使う事を禁止され、学問や魔力を持った植物等から作る魔法薬の勉強ばかり。今となっては其は俺の事を想っての事だと分かるが、窓の外では姉様や兄貴が魔法の訓練を見てもらったり、剣術の稽古の時も俺だけ魔法剣を使わしてくれなかったりで幼い俺には不満が溜まる一方。
それが最悪の形で爆発するのに其程の時間は必要無く、兄貴以外の家族との間に溝が出来る事になった。
「……嫌な夢を見たな」
夢の中で俺は幼い自分の主観で過去のやらかしを見せられる事になり、つい頬の傷に指先が向かう。魔道具であるカーテンに遮られて音も光もこっち側には来ないが同室のスロースが中古の魔道具を解体して作り直している時間帯だと時計を見て判断する。
完全に寝過ごした。寮の食堂の利用時間は決まっているので、今から行っても間に合わないだろうと判断し、俺もアルバイトとして引き受けた魔法薬の調合に取り掛かる事にした。
今から調合すれば納品の受け付け時間にはギリギリ間に合い、その足で外にでも食べに行けば良いだろう。
「外出は控えろって言われたが、別にこの程度なら良いだろ。繁華街の方さえ行かなければ……」
レムリス学園は数ある魔法学校の中でも最高峰、授業の質も高いから掛かる費用も増えて行く。優秀な生徒ならその辺が免除になるが、生活費や小遣い迄は自力で稼ぐしかない。
そんな理由で生徒が危ない仕事を引き受けない為に行われているのが学生課による仕事の斡旋。俺も色々と物入りだが生活費とかは兄貴の仕送りでどうにかなるって事もあり、面倒なのに実入りは少ない魔法薬の調合を引き受けていた。
だって本当に必要な奴の為に報酬が高い奴は置いておかないとな。どちらにせよ成績や家庭環境次第で受けられるアルバイトの内容や希望者の優先順位は変わるんだがな。
「はい。確かに毛生え薬1ダース受け取りました。品質も問題無さそうですし、報酬は後日振り込ませていただきます」
「どうも有り難う御座います。それで今って他のアルバイトは……」
紹介されるアルバイトの内容は様々で、例えばモンスターが発見されたとして、騎士団や地域担当の兵士が今直ぐに出動する程の緊急性が無い場合は地域から補助金が出るから学生に任せる場合もある。勿論、実力的に可能だと判断された場合のみだが。
まあ、学生向けの仕事だから拘束時間とか他の学園の生徒とのブッキングとか色々と考えなくちゃならない事は多いし、本当に生活が苦しい生徒は教師が個人的に依頼を出す場合だってある。
「特に俺が受けられそうなのは無しか……」
掲示板に張り出されたバイト募集の張り紙は幾らか残っているが、財布の中が逼迫している訳でもない俺は遠慮すべき案件ばかりだし、希望が被っても必要な相手に譲れと諭されるだけだろう。
「取り敢えず次の調合依頼迄はアルバイトはお預けだな。欲しい物を全部買ったら生活がきびしくなるし……」
例え冷遇されていたとしても俺が一族の一員である事実は変わらず、世間はそう扱う。なら、最低限の役割は果たさないと、だ。
居ても居なくても良い不要な存在なら兎も角、居る事が不利益をもたらす邪魔な存在になってはならない。
その為に力を身に付けたいが……教本にも訓練場所を借りるにも金が必要だし、其を稼ぐのも必要な努力だからと兄貴がくれる金にはその分が含まれない。
親の愛だと理解していなかった頃に習い始めた魔法薬の調合技術だが、今の様に親の愛を手離してしまったしまった後で助けられるとは皮肉な話だろう。
「そういや彼奴は今頃何をしているのやら……」
実家の規模は大きいから他の家から行儀稽古としてやって来る子供は珍しくはない。昔の夢を見た事で思い起こしたのは習い事で忙しい合間に俺と遊んだりしていた幼馴染みの事だ。
家で動く以上は情報などを手に入れる事になるし、やって来るのは関係者の家の子供達。俺が幼い頃はその子しか同年代の子は居なくて、今は嫁入りして来た母の実家に仕えているって聞いたが、あっちとは色々あったせいで疎遠なんだよな。
其は俺のせいでもあるし、彼奴の立場が悪くなっていないと良いがと思う。名前を思い出そうとするもアダ名で呼んでいた上に幼い頃だ。顔も朧気で名前も思い出した奴に自信が無い。何とも薄情な話で情けなくなった。
「さてと、何食うか……うん?」
手早く済ませて本屋にでも行きたい気分だから食べ歩き出来る物でも適当に選ぼうと向かったのは屋台街。
夜遅くまで明かりが灯り盛況っぷりを見せている場所だ。遅くまで働いていた人々が酒と共に何を食べようかと見て周り、そんな賑わいを見て財布の紐が緩くなった奴を目当てに少し離れた場所で商売をやっている連中もいた。
「ねえ、坊や。花を買ってくれないかしら?」
花籠を手から下げて話し掛けて来たのはそういった内の一人。ウェーブの掛かった赤髪を伸ばして胸元を大きく開けた服を着た色っぽいお姉さんだ。
谷間に納まった蠍のネックレスは魔道具なのか自然と視線が其方に向いて、気が付けば足を止めていた。
「この花を全部買ってくれたら君の事を好きになっちゃうかも知れないわよ?」
軽くウインクしながら少しだけ谷間を見せ付ける様に前に屈む姿と甘い声色、ほのかに漂う甘い香りは香水だろうか?
薬品臭い物とは違い花の香りの様なそれは近付いた者の意識を向けさせるだろう。
この時点で俺は彼女が何者なのか確信した。
花売り、但し二つの意味で。花とは植物的な意味じゃなくって売春を意味すると兄貴から教わっている。
悪徳な元締めに搾取されるのを防ぐ為だったり性病の蔓延を防ぐ為に娼婦は許可を取った店で一定のルールに従ってでしか働けない。
当然ながら費用が嵩むので料金は高くなるんだが、そんな理由で行われているのが目の前の相手の様な店に属さない連中。
花を買ってくれたお礼に、そんな口実で客を取る。普通なら通じないが、取り締まっている兵士によっちゃ個人的な恋愛だって建前で見逃す事も。
「花ね。悪いけれど今は腹を満たす方が先決……」
花を見せる為を装って胸の谷間近くまで持って来た花籠に視線を向け、直ぐに立ち去ろうとして動きを止める。
一束が銅貨三十枚、残った花全てなら銀貨十枚だ。銅貨百枚で銀貨一枚だから全部で三十束と少しになるが精々二十束程度、完全にクロだ。
「あらあら、お花が気になるのかしら? それともお姉さんが気になるの?」
花売りが足を動かすと深いスリットから生足が覗き、籠で胸を押し上げて揺らす。大きく開けているから少しズレたら先端が見えてしまいそうだ。
「全部買ってくれたら坊やを好きになっちゃいそう。結構男前だし今なら銀貨二十枚にしておくわよ?」
「いや、気になったのは花だよ」
暗いから見間違えたかと思ったが、近くで見れば間違い無い。花弁の根本の目玉みたいな模様はプレイユの特徴。
根っこには解熱や鎮痛、花は堕胎薬の原材料になる薬材だが今季は不作で値上がりしてるってのに。
「これ、今薬種問屋にでも持ち込んだら銀貨で五十枚はするぞ? 嘘だと思うなら試しに持って行ってみれば良い」
「は? いやいや、ちょっと特徴的だから気に入って庭の裏で育ててただけよ? お姉さんを揶揄おうなんて……あれ?」
一瞬花だけ安く仕入れようかと思ったが、買い取ると言う筈が花の価値を教えてしまった。
俺みたいな餓鬼にそんな事を言われても冗談だと思ったのか少し不愉快そうな反応を見せたが、少し思い当たる節があるらしい。
こりゃ前に俺がやろうとした事をやった奴が居るな。花だけ買って、相手にするのは厄介だと抱かずに去ったんだろう。その時は相手の気が変わったとか思ったんだろうが……。
「まあ、花を売っているってのが建前だし儲けにはなったから良いけれどね。助かったわ、坊や。これで暫くは好みの相手にだけ声を掛ければ良いわ」
「アッサリしてんな……」
「してなきゃ違法な商売なんかしてないわよ? 半分は趣味みたいなものだし。脂ぎった中年は金の為だけれど、恥ずかしがってる青い子を食べちゃうのって凄く良いの」
少しだけ覚えた違和感の正体が分かった。ちゃんとした店に所属している娼婦の様に小綺麗なんだ。俺は実物は見た事がないが、兄貴は仕事の一環でその手の相手から話を聞き出す事があるから分かるらしい。
服も装飾品もちゃんとした物で、髪や肌に手入れが行き届いている。なのに花売りを何故しているのか、それは嗜好が入っているからだ。
「……そっか。じゃあ、俺は飯食いたいから」
価値を教えた以上は値札通りの値段で買うのは無理そうだし、少し苦手なタイプなので去ろうとした俺の肩を花売りの手が掴んだ。
「教えてくれたお礼にお姉さんの家でご飯と私を食べさせてあげる」
「いや、俺は……」
「可愛いわね。緊張で硬くなっちゃって。でも、大丈夫。お姉さんに任せておけば硬くするのは一部分だけで良いのよ?」
この場から逃げ出そうとするも足が動かず、頭を軽く抱える様に抱き寄せられても視線は胸元に注がれたまま。
彼女の声は頭の中に甘く響く中、耳元に息が吹き掛けられた。
「私はカーラ。ねえ、坊やは私をどうしたい? 好きにして良いのよ? ほら、その物陰にでも一緒に向かいましょう?」
途端、カーラの紫の瞳が月の光を反射して怪しく輝き。俺の頭を埋め尽くすのは過剰なまでの肉欲。目の前の相手を組み伏せて服を剥ぎ取って欲望のままに犯して精を注ぐ、そんな欲求が一瞬頭を埋め尽くして、直ぐに消えたが目の前には柔らかそうな胸の谷間が迫って俺の顔を挟もうとしている。
「失礼。其の御方は私の連れですので不躾な真似はご遠慮下さい」
「あら?」
鼻先が僅かに谷間に届く寸前、聞こえた声と共に俺の腕が掴まれて後ろに引かれてカーラから離される。
頭に残った獣欲は余韻すら消え去り、少し残念そうなカーラの顔に次に引っ張った相手を見るが同じ年代の少女である事しか分からない。
有り触れた顔ではないとは思うが少しだけ既視感を覚える相手の登場に俺が言葉も出ない中、カーラはアッサリと背中を向けて歩き出した。
「私、相手が居る子は手を出さない主義なの。お客なら兎も角、そうじゃない相手なら相手が五月蝿くて面倒じゃない。だから、その子に飽きたら私に会いに来てね、坊や」
最後に軽く後ろを向いて指二本で投げキッスをすると背中を向けたまま軽く手を振り、路地裏の闇に溶ける様に姿を消す。
人混みに紛れても見失う事など無いであろう存在感荷物関わらず直ぐに見えなくなった姿を見送り、安堵感に包まれた。
だが、少しだけ惜しい気がしないでもない、そんな思考を読むかの様に助けてくれた見知らぬ少女の咳払い。もしかしなくても顔に出ていたか?
「危ない所を助かった。お礼に飯でも奢らせて……いや、このタイミングじゃ下心があると思われるか。悪い、聞かなかった事にしてくれ」
助けてくれた相手に不躾な真似をしたと思われてはいけない。それはレムリス家の者かどうか以前の問題だと言葉を切って謝りつつ改めて相手の姿を見る。一瞬知り合いかと思ったが、恐らく違うだろう。見ず知らずの俺を助けてくれたという訳だ。
暗いので正確には分からないが白い髪に赤みのかかった瞳、体型の方はゆとりがある胸元で正確な厚さは分かり辛い。そんな少女は薄く微笑んでいる彼女が誰か分からないが、見覚えは微妙にある事から思い付いたのは知り合いの親戚。
それなら説明がつくと納得する中、彼女は不意に真顔になると呟き始める。
其の様子は何処か深刻で立ち去るのは勿論、話し掛けられそうにもない。
「まさかこの様な場所でとは。どうせなら……いっその事、いえ、どうせならば……」
呟き考え込みこと十秒程、妙のに目に力を込めた少女は俺の肩に手を置くが、掴む力は強く骨さえも軋みそうだ。
「この場では互いに誰とも出会わなかった、宜しいですね?」
「……分かった」
誰かに会っては都合が悪い立場なのだろう。それにも関わらず俺を助けてくれたのなら拒否する理由は無い。
犯罪者なら助けに入って目立つ真似はしないと判断して頷いたのだが、肩の痛みが消えて此処でお別れかと思った時、不意に抱き付かれた。
「また直ぐにお会いしましょう、ジェイル様」
カーラとは違う甘い香りやら柔らかさとか骨が軋む痛みとか色々混ざって考えが纏まらない中、俺から離れた少女は一束跳びに屋根の上まで飛び上がり、音もなく着地すると一礼して去って行く。
「え? 知り合い?」