「門限ギリギリ。……マジで焦った」
日が沈んで夜の帳が下りる頃、ジェイルはルシアを背負って学園へと帰還した。
連れ込み宿で彼を抱き枕に寝ていたというのに寝足りないとばかりに熟睡し、そんな彼女を背負うジェイルは息が上がった状態だ。
冷たい水で流した汗も新たにかいてしまっており、靴を見れば少しの損傷も。
ユニコーンとの戦いの際に身体強化の過剰によって肉体だけでなく衣服や靴までボロボロになって買い替えたにも拘らずだ。
「ケケッ! 偉〜い貴族のお坊ちゃん達も先生に叱られるのは怖いんでちゅかぁ? 俺様の力を借りてまでよぉ」
楽しそうなベルゼラの声に神経を逆撫でにされながらも怒鳴る気力さえ湧かない。
魔法による身体能力の強化,それが現状の理由であり、三馬鹿エルフとの戦いでも終盤まで使うのを躊躇していたベルゼラとの契約を何故行ったかというと、端的に言って目論見が甘かった。
「まさか時間を潰しても騒ぎが収まらないとか、悪魔崇拝者共への危険度を甘く見てたぜ」
その結果が馬車じゃなくって足での帰還だ、と声に疲れを滲ませる。
人目を避ける為に舗装された道は進めず、眠いから歩きたくないと勝手に背中に飛び乗った上で胸に触った事まで持ち出されたのだ。
そんな悪路を進めば当然時間が掛かるのだが、門限に遅れれば罰則があるのだが、家に通達がある上に何処で何をしていたのかも聞き取りがある。
ルシアと一緒に門限破り。それで行動は誤魔化すとなればリスクが大きい。
これ以上変な噂を流されても、と赤の他人の流す噂や評価に興味の無いルシアとは違うジェイルは頑張って、最終的に借りたくもない悪魔の力を借りる羽目になったのが不満なのだが、そんな彼の姿も悪魔の目には滑稽にしか映らないのだろう。
「にしてもよ、相棒。素っ裸で女が寝ているんだぜ? 襲うべき所だろうがよぉ。まさか魔王の契約者ともあろう奴が役
こうして会話をするだけでも消耗するのだと、それは夢の中での会話から伝わっては来ている。
無駄な力を使う余裕が生まれたのはかの悪魔への好意が増したという有り得ない事であるのでベルゼラが暇潰しに力を使っているのではと推論付けるジェイルだが、饒舌で煽り続ける彼女に腹が立つばかりだ。
「魔王様ともあろう御方が何百年も封印されたままなんですねえ。しかも一体は封印されてないとか……お前達格下?」
「はー? あの性悪は面倒臭がって表に出ないから封印されるのを免れただけなんだが?」
ルシアとの関係を欲に任せて壊せる程度の物扱いされたのも腹が立つが、この日のジェイルは疲れていた。肉体的にもだが特に精神的に。
何せ初対面の相手三人に身柄と貞操を狙われたのだ。健全な青少年には負担が大きい。
なので煽り返せば反応が返って来るが、どうも封印から逃れたとされる【憂鬱】の魔王、名前を記録した文献全てが雑字で詳しい事は伝わっていないが、大魔法使いレムリスの記録に少し情報が載っていた。
「七魔王最悪最低で戦う以前に関わりたくもない,か。どんな奴だったんだ?」
「……魔王同士の契約で詳しい情報は渡せねえんだよ。諦めな、相棒」
残った魔王にそれ程興味があった訳でもなく、実際は弄って来るのが鬱陶しいので意趣返し程度のつもりだったジェイルだが、この短い会話で感じたのは悪魔にも人間らしい部分があるといった事だ。
その感想のせいで少し湧いた親近感が余計な事態を招きそうとは思うものの、嫌がる事を知られたのは大きい。
そして【憂鬱】の魔王がどれだけ性格がひん曲がっているのか、ベルゼラの嫌悪に満ちた声はそれの一部だけでも語っている様であった。
「さてと,どうすっか。ルシアは一度熟睡したら中々起きねえし,だからって外から大声で呼ぶのも……」
それを迷惑に感じる生徒も居る事を考えれば女子寮の近くから大声を出すのは憚られ、だからと揺すろうが声を掛けようが少しに反応しか見せないのがルシアだ。
「今日は妙に談話室に 人が居ねえし……」
寮長に預けるべきかと入り口付近まで向かうものの、少し出掛けるとの張り紙が。
誰かにメルーナかリリースを呼んで来てもらう事さえ不可能で、どうしたものか悩みながら談話室の椅子に腰を下ろす。
「おーい。起きろ,おーい!」
「あと五時間……」
「流石にそれは……」
揺らしながら声を掛けても首に回った手が強まるだけで起きそうにない。
五時間と口にしたからには本当に五時間は寝る気なのではと時計を眺めて困る中、カツカツと少し強めの足音が女子寮の方から聞こえて来る。
顔を向ければ現れたのは淡い水色の髪をハーフアップにした碧眼の女子生徒。
飄々とした空気を纏う彼女はジェイルの背中にしがみ付いて眠るルシアに僅かに驚き、続いて誰の背中なのかを確認するなり納得した様子だ。
「どうも、レイヴェン先輩」
「やあ、ジェイル少年。ルシアちゃんとのデートの帰り? 門限ギリギリは関心しないな」
「デートって程のもんじゃあないですけれどね。普通に荷物持ちさせられて一緒に飯食って……まあ,後は色々です」
「ふぅん。自分の中じゃそれはデートなんだけれどなぁ」
自分の前に座り視線をルシアに向けながらニマニマと笑う彼女にジェイルは少しばかり苦手意識を向けていたよ
イリス・レイヴェン、光を操る魔法を得意とする一族の出身でありルシアにとっては年上の友人。
要は友達の友達なので互いに親しいとは思っておらず、家同士の関わりもオマニュエル家を挟んでの事なので薄い。
名前の呼び方だって親しくない相手に使う物なのに、ルシアが関わるとグイグイと行動的に接して来る彼女が少し苦手だった。
「それよりも先輩。前の授業の時に紛れてましたよね?」
それともう一つ苦手とする理由だが自由奔放に振る舞う時があるのだ。光の屈折を利用して姿を消したり変えたりして他人を揶揄うのだが、最近ではペアでの野外授業の際に二年の中に混じっていた。
「バレちゃったか。いやぁ、ルシアちゃんがどんな風にしているのか気になって、ちょうど家同士で関係がある子に頼んで入れ替わったんだ。あ、偶々休みになったから自分は授業サボってないよ?」
「入れ替わった二年がサボりになるでしょうに。ベアルコ先生が知ったら……何もしないか」
「あの先生,養護教諭の時から怠惰だもんね」
生徒の不正を知れば基本的に教師は対応を行うのだが、ベアルコが態々それを指摘して罰を与えるかというと、面倒だから、という理由で行わないだろう姿が二人の頭に浮かぶ。
しないと言えば不正を指摘されてもイリスは反省した様子を見せず飄々とした態度を崩さず、掴みどころのない様子が更にジェイルに苦手意識を与えるのだが、話は終わったとばかりにイリスは口を開いた。
「うんうん、ちょっと遅かったけれど君と一緒なら安心かな? 付き合ってるって噂を耳にした時は驚いたけれど」
「俺も此奴も恋愛感情は無いですけれどね。親戚だし領地も近いから付き合いも深いし、学生の間にその手の噂が流れるのは普通でしょう? 貴族なら特に」
「家同士に関わるからねぇ。その噂を使って二人から他の異性を遠ざけたいって思惑もありそうだ。ルシアちゃんってばその手の話に興味がないんだけれどね」
「分譲した領地で研究を続ける予定らしいし、甥か姪を養子にするなり本家に領地を返したりとか、そんな予定らしいので」
ルシアの家族も彼女を外に出す気は無いらしい。それは可愛い娘を手放したくない親心もあるが、ルシアの持つ才能を外に出すのを忌避する貴族としての判断も含まれている。
それでもあわよくばと接近を計る男子生徒は悉く撃沈し、自分に魅力が無いからと思いたくないから既に交際している相手が存在すると噂が流れたのか、ジェイルはその様に考えていた。
「君は将来……おっと、失敬。これ以上は踏み込んだ質問だったね。家同士の話だし,漏らしたくない場合もあるね。さて、もうこんな時間か」
軽く頭を下げて話を切り上げたイリスは時計に目を向け、彼女は自分が連れて行こう、とジェイルの背中からルシアを引き剥がす。
「いっ!?」
この時,想定外の事態が起きた。ルシアの鞄は物が沢山入る物の,要領は無視されても重量まではそうはいかない。
沢山買い物をして,本来の重量よりは軽くても相当な重さを持った鞄と一緒にルシアを持ち上げてしまったのだ。
「腰が……」
グキッと嫌な音がした。