指輪の悪魔と持ち腐れの魔法使い   作:ケツアゴ

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 本当に厄介な相手だ。脇腹に受けたダメージで眉間に皺を寄せながら独楽を避けて行く。

 一発一発が大型の戦鎚で殴られた様な威力,しかも跳ね返る度に速度と破壊力が増して行くんだ。

 

「ハボックさん、ぶっ壊れたら弁償するんで勘弁してくれよ?」

 

 

 ハボックさん程じゃないが俺も独楽の軌道は読んでいた。力に逆らわず添える様に受け流して尚,腕に痺れる程の衝撃が伝わる。

 

 あっ、短剣の刃が少し歪んだし、こりゃ弁償だな……。

 

独楽の真下から沿わせる様に静かに乗せて、力に逆らわずに軌道を変える。

 向かう先は月下美人。この時になって初めて動きを見せた足が向かう先、雨で湿った場所を踏む瞬間に俺は指先を伸ばしていた。

 

「アイスストーム」

 

「げっ!?」

 

 足全体を凍らせる程の勢いはその冷気には無いが、靴底を床に張り付かせるには十分だ。

 着地と同時に後ろへ跳ぼうと力を込めた足を床に固定されて月下美人は体勢を大きく崩し、気取った台詞だったのに焦った様子を見せる。

 

 これで意趣返しは一つ完了。そしてだ。俺が足止めをする為に魔法を放った時、既にハボックさんは動いていた。

 前方から交差する軌道で迫る独楽に真正面から突っ込んで、彼の頭が通過した空間を一秒も経たずに独楽が通り抜けた。

 

「悪ぃな。おたく、捕縛とか甘い事言っていられる相手じゃないわ。恨むんなら自分の強さを恨んでくれ」

 

 飛び掛かった勢いそのままに肩を掴んで押し倒し、床に後頭部を強打した月下美人の眉間に向けて短剣が突き出される。

 もがいて逃れようとしてもハボックさんは腕の力と体重を乗せて月下美人を抑え込み、何一つ躊躇せずに仕留めに掛かる。

 

 刃先が床を貫く音。刃の根元まで突き刺さり鍔が床に当たる音が僅かに遅れて響いたが、月下美人の頭は貫いていない。

 

 外した? いや、違う

 

 躱された? ああ、確かに躱したと言えば躱わした。

 

 だが、それは頭を咄嗟に動かしたとかじゃなく、小さくなってハボックさんの拘束を解いて逃げ出したんだ

 月下美人の年齢は二十代程、顔の多くが隠されているから正確な年齢層が分からなくとも大体分かった。

 

 

「おいおい、子供に化けるとかアリかよ……」

 

 だが 、今の月下美人は十歳行くか行かないか程度の少女の姿でハボックさんの股を抜けて俺の方に転がり込んで来る。

 着物はサイズが合わずに脱ぎ捨てられるも顔を隠す布は止めている部分がゴム製なのか隠す割合が増えているだけで、褌は自動で閉められて余った布を床に垂らしたままだ。

 

 

「有りか無しかで言えば……多分有り! 異狐(いこ)の力だから!」

 

 姿だけじゃなく声まで子供になっている月下美人。咄嗟に手を伸ばして捕まえようとするが、それよりも前に振り上げた腕に隠し持っていた何かを床に叩き付けた。

 

 途端、目が眩む閃光と共に響いたのは耳鳴りの際に聞こえる様な音が,それも大音量で響いた。

 

 目が眩む。それに耳が……。

 

 おい、こんな時こそ悪魔の出番だぞ,ベルゼラっ!

 

「目がぁっ!? 耳がぁ!?」

 

 お前もかよ!? 魔王だってのにどうなってるんだ!?

 

 視界と聴覚を一時的に奪われた俺の頭に響くベルゼラの悲鳴。感覚共有っつったって魔王だのと偉そぶるならもう少し立派にやってもらいたいが、今は緊急事態だ。

 

 目も耳も効かないが、足裏から伝わる振動に空気の流れ。子供の姿になった月下美人の気配を察知して伸ばした腕が長い髪を掴んで動きを止める。

 

「これで……がっ!?」

 

 伸ばしていた腕に走る衝撃。髪を掴んだ腕に独楽がぶつかり、続いて軌道を変えて足へと向かう。

 痛みと衝撃で手の力が緩みそうになるのを堪えるが、急に抜けようと引っ張る力が伝わらなくなった。

 

「糞っ! 逃げられたか……」

 

 遠ざかって行く気配に奥歯を噛み締めて力を込めた指先に絡まる長い髪。

 窓枠を切った短刀で途中から切り落としたって所か。

 

 切るのが髪ではなく俺だったら指の数本を持って行かれたかもな。

 

 敗北を噛み締める暇もなく空気の流れが迫る独楽の存在を知らせてくれる。視界はチカチカするが回復しつつあっても耳は未だに甲高い音が響いて頼りにならない。

 

 まあ,軌道は大体予想が……へ?

 

 軌道を読んで体を動かそうとして俺の耳擦れ擦れを何かが高速で通り抜ける。

 本調子じゃないとはいえ目で追えない程のそれが何か分かったのは同じくハボックさんの体を掠めるかどうかの距離を通り過ぎて壁に突き刺さったんだが、独楽の気配が消えた?

 

 飛来物は何で独楽の行方は何処なのか、その答えは目の前に。

 

「あれって……手続き串,だよな?」

 

 飛来物の正体は鉄製の串。肉や海鮮物に突き刺して直火で焼く際に使うアレだ。

 先端は鋭利でもう片方は輪っかになっている見知っているが今この場所に似つかわしくない物体、独楽は四つ揃ってそれに串刺しにされていた。

 

 何で料理に使う物が? そんな疑問は浮かびつつ分かる事が。あの鉄串からは魔力を一切感じ取れない。

 つまり正真正銘何の変哲も無い物だって事だ。

 

「ありゃりゃ。全部中心を穿つとか軌道を読んで一個だけ対処とかしていたオジさんとかが情けないったらありゃしないねぇ」

 

 ヘラヘラ笑っているけれど目が笑ってねえな。まあ、気持ちは分かるんだが。

 

 何せ鉄串を投擲したのはハシビロコウの着ぐるみのキレースさんだ。医務室のグレー兎さんと同様にベアルコ先生の部下だからと不審な姿っで学園内を行動する事に不満を持ってる奴は多いが、まさかこれ程とはな……。

 

「気にする事は無い。お前は元冒険者なのだろうが、荒事専門ではなかっただろう? 私は少々物騒な部隊に属していたと,それだけだ」

 

 妙に実戦慣れしているらしい事に抱いた疑念を感じ取ったのかキレースさんが翼になっている手を軽く動かせば超極細の糸に引っ張られて鉄串が手元に戻っていく。

 

 部隊って暗殺部隊か何かか? 顔を隠して名前だって恐らく偽名で、それでもって強い。

 どんな理由でベアルコ先生に従っているのやら。

 

 

 

「ククク、それにしても随分とやられた様子だな。半裸の幼い少女が私の横を通り過ぎたが、まさかあの子供が件の怪盗かね?」

 

 この野郎、絶対楽しんでやがるだろ……。

 

 情報から状況を判断しようとしている風にも見えるが、俺はキレースが何を本命にしているのかを見抜いていた。

 実家に仕えている奴の中、取り分け武力行使が主な仕事の奴に多いんだが、世の中には他人の苦境を愉悦に感じる奴は程度の差こそあれ一定数存在する。

 

 味方の足を引っ張らず、実力と功績が伴ってそれが敵へと向くのなら別に構わないと見逃されちゃいるが、こうやって自分に向けられると腹が立つもんだ。

 

「俺達が遭遇した時は大人の姿だった。ハボックさんが押さえ付けて仕留めようとした瞬間に子供の姿になって抜け出したんだ」

 

 逃げられたとか散々してやられた事は否定しない。だって本当の事だ。油断して、相手が危険だと判断した時には体勢を整えられて、それで最後には逃げられた。

 

 情けねえったらありゃしない。相手の強さとか、悪魔の力とか関係無く、事実は事実だ。負けを認められねえ奴が成長するかって事だよ。

 

「それでどうするかね? 私はあくまでキグルミーズの一員に過ぎん。それでも未来を担う若者に助言をさせてもらうのであれば、此処で動かねば生涯泥としてへばり付くだろうな」

 

 それだけを言い終えるとキレースさんは背中を向け、曲がり角を曲がると姿が完全に見えなくなる。

 

「此処で動かねば、か。なーんか思い通りに動かされる様で癪だし、警備のバイトの範疇外の気もするけれど……どうするよ?」

 

「そりゃ……そっちこそ」

 

 互いに相手の返事を聞く気がない。例え相手にやる気がなかろうが一人だけでも行く気だ。

 

 

「さてと、怪盗退治と行こうぜ。やられっぱなしってのは良くねえからな」

 

 

 

 

 

 

 ……所でキグルミーズって何だろう。知っちゃ駄目だって本能が警告するけれど気になる。

 




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