レムリス学園から徒歩で三十分程進めば見えて来る城下町、デウス王国の首都ルベーナの露天市を訪れたジェイルはメルーナに出されたモンスター討伐の為の準備を終えて、後は自由に買い物を楽しむだけ、その筈だった。
「この髪飾り良いな……」
「魔道具の試験管を譲ったから余裕があるし……」
「私はお小遣い結構使っちゃってて……」
ジェイルの両手には携帯食料や保存が効く容器に入った水、そして山中を進む際に必要な物資や薬などターゲットであるアルルーナの討伐に時間が掛かる事を想定して少しばかり多めになっている。
植物を操るモンスターの相手を木が生い茂る山の中で行うのだから撤退を繰り返す事も想定すれば大荷物になっても仕方が無いが、その荷物の全てをジェイルが持っていた。
課題を受けた本人であるメルーナは小さな包み一つ持たずに露天のアクセサリーを眺め、その隣では燻んだ緑髪と瓶底眼鏡といった少々
華やかさとは掛け離れた少女が財布の中を覗き込んでいた。
「それにしてもルシアさんもこういったの興味有ったんだ」
「研究が一番だけれど、別にお洒落をしたくない訳じゃないから。肉が一番好きだけれど果物も好き、みたいな? これでも辺境伯の家の娘だし」
「あー、オマニュエル辺境伯ってお金持ちだったっけ。……引き受けてもらっていて聞くけれど本当に良かったの? 報酬分けたらそこ迄の金額じゃなくなっちゃうよ?」
「構わない。私の目当てはアルルーナ自体だから。モンスター化した植物は普通の物より含有魔力が高くて研究素材としては魅力的だし」
「ルシアは昔から研究が好きだからな。俺はあくまで必要だから薬の研究をしてるんだが、お前は小さい頃から研究自体が目当てだったし。所でそろそろ……」
ジェイルが持つ懐中時計は今の店の商品を眺め始めて四十分が経過している事を示しており、これから他の露店を眺め買い食いをして、折角街に来たからと服や靴まで眺めだせばどれだけの時間を要するのか考えたくも無いという様子。
自分は荷物持ちなのだから切り上げてくれと急かす気持ちが込められた言葉にルシアは振り返る事なくジェイルが右腕から下げた袋を指差した。
「ベアルコ先生作の試験管。滅多に出回らない物の最後の一つを譲る代わりに荷物持ちで買い物に付き合う約束」
「確かに“お菓子の家事件”が起きてから出回る様になったとはいえ、本人が作るの面倒だからと流通量が少ないこれを譲ってもらったけれど……」
「園遊会で出会った時からジェイルは我慢強いと知ってる。頑張って」
「そ、それと胸……」
「それはチャラの筈だろ……」
本当に良いのか困っているメルーナと違ってるルシアは最後の方は棒読みであしらうだけでジェイルを一切気にした様子が見られない。
ジェイルも互いに欲しい物が被った際に出された交換条件を飲んだだろうと指摘されればこれ以上は上何も言えず、ガクリと肩を落とし、せめて自分も買い物を楽しむかと少し離れた先にある魔道具の店へと向かっていった。
「……いらっしゃい」
ガラクタばかりしかない、ジェイルが最初に抱いた感想はそれだ。並べられたのは何代か前の型落ち品ばかり。古びていてヒビや欠けが目立つ品も多いのに値段は相場より数割高い。
ゴミ捨て場から辛うじて使える物をかき集めてきたと言われれば納得出来る物ばかり。
「このポットは何分程度なら温度を保てるんだ?」
「お湯を入れてから三分は持つよ。沸かす機能は古いから我慢してくれ」
「……この箒は?」
「幾らか枝が抜けているけれど普通の箒より少し効率が悪い程度だよ」
一応店主に聞いてはみるが性能がゴミばかり。もっと性能が良い新品が安く売っているし、出回った物だからコレクターも興味を向けないであろう物ばかりの中、見た目よりコップ半分だけ多く水が入るらしい水瓶の中に指輪が入っているのを発見したジェイルはそれを取り出して眺める。
飾り石は土台から存在していないシンプルな見た目をした銀色の指輪で、虎が刻まれている事と僅かに魔力を持つことから魔道具の類であるのは間違い無い。
その指輪にジェイルは少しだけ心が惹かれた。財布の中はルシアに買うのを譲ってもらった試験管を買ったせいで寂しく、値段も付いていないので吹っ掛けられる可能性だってある。
どうしようか迷っていると横に他の客が入って来てガラクタ売り場の商品を眺め始め、一番マシな状態だったポットを掴んで走り出した。
「泥……」
「……アイスストーム」
ジェイルが泥棒に視線を向けたのは一瞬で、その後は片手の指先だけを向けて小さく呪文を唱える。
この時、進級試験の時の様に必要量を遥かに凌駕する量の魔力は注ぎ込まれてはいなかった。
あの時が湖と同じ大きさの容器を傾けタライに水を注ぎ込むのなら、今は湖の水面を波立たせて飛び散った僅かな雫をタライで受け止める行為と同じ。
前回が過剰なら今回は不足、その威力は通常と比べれば目も当てられない程に弱く、精々真冬の朝に濡れた地面が凍り付く様に薄い氷を僅かに作り出す程度で人が食らっても冷たさに驚くだけだ。
本来必要な数値を十とした場所、ジェイルが通常注ぎ込むのは千……もしくは今の様に極限まで発動に必要な量を減らして0.1程度。それ以上を出そうとすると千に近くなる。
「うわっ!?」
そんな薄い氷は泥棒が踏み出した足の真下に張られて見事に滑らせ、転んだ拍子に手を離して宙を舞ったポットは弧を描いて地面へと向かい、店主が慌てて受け止めた。
「やるなぁ、お客さん。随分と繊細な精密操作だ」
「……あー、うん。普段は精々夏の暑さを誤魔化す程度にしか使えないんだけれどな。壁とか痛むから頻繁には使えねえし」
魔力使用の際の分量は基本的に全体からの割合、百の者が十使う時は一割だけ注ぐ感覚だ。
店主からすれば超精密なコントロールで極小規模の魔法を使ったと感心しての事だろうが、事実を知る本人からすれば素直に賞賛を受け取れない。
店主は次々に褒め言葉を口から出し続けながらも泥棒を手際良く拘束してからジェイルに近付くと指輪を摘み上げてから手渡して来た。
「なんか嵌めようとしても飛び出して抜け落ちるカスみたいな性能のゴミだし、気に入ったみたいだからお礼にプレゼントするよ」
「お、おう」
「遠慮しないで良いさ。魔道具って許可無しに捨てたら怒られるし、銀貨十枚の水瓶に隠してセットで売る予定の物だったし」
「じゃあ遠慮無く……」
お礼を言われるのは嬉しいし、指輪を気に入ったのは本当だ。ただ、 堂々と不要なゴミを押し付ける気なのを隠そうともしないと微妙な気にだってなる。
先程と同じ様に何と言えば良いのかと困り果てる中、店主はそそくさと店じまいをすると泥棒と荷物を担いで去って行った。
「あの足なら泥棒なんて速攻で捕まえられただろ。あれか? 押し付けた後で返却前に逃げたって事か?」
手の中で指輪を転がしながら店主が去った方を見ていると精神的な疲労がドッと押し寄せて来る。
無関係な通行人が転ばない様にと氷を踏み砕いて道の端に蹴り寄せた後で買い物中の二人を見れば未だにアクセサリーを選んでいる真っ最中。
「あの様子じゃ日が暮れるな。今日の夕飯は外になるか……」
それまで二人に散々付き合わされ、戻る学園は未熟な生徒の魔法が市街地に被害を出さない為に少し離れた場所に在る。
荷物を持って往復しようが疲れない程度には鍛えてあるジェイルだが、精神的な疲れはどうしようもなかった。
「こんな時に兄貴なら……」
アーサーがこんな時にどんなアドバイスをくれるのか思い浮かべてみた。
それは直ぐに思い浮かぶ。 彼が本当にこの場に存在するかの様に。
『私という完全無欠にして絢爛優美の象徴と言っても不足でしかない者の近くに女性という華が咲き乱れるのは当然の事。そうではないお前は紳士的に接するのだぞ? ハーッハッハッハ!』
聞いてもいない自慢話を長々とするのもポーズが鬱陶しいのも鮮明に思い浮かび、この時点で凄く疲れたジェイルであった。
「えっと、さっきジェイル君が言っていたお菓子の家事件って何? ちょっと気になっちゃって」
「休み明けに職場に行ったらお土産のチョコが残ってなかった腹いせに多めに食べた人の家を壊してお菓子で立て直したってさ。虫は集まるし雨風でボロボロになって最後は腐るしで国立魔法研究所をクビになったらしい。……二十五年前の事件」
「ベアルコ先生って何歳なんだろう……」