甘い物は別腹との言葉があるが、実際に好物を前にすると胃は少し容量を増やすらしい。
それによって腹に入る量が増えるのだが、その様な言葉を思い出しながらテーブルの上を眺めるジェイルの目の前にはショートケーキにチーズタルトにチョコレートパフェ等々。
色々食べたいけれど全部食べたら食べ過ぎるからシェアしようと決めたメルーナとルシアが普通に食事メニューを頼んだ上で注文した物だ。
「そんなに食べて大丈夫か?」
「うん。二人で分け合っているから半分づつしかお腹に入らないし」
「甘い物は別腹」
普通の腹の分と別腹の分で二倍太るんだな、とか、半分づつでも頼んだ量が凄いんだから意味が無いだろう,とか,言いたい事は沢山有っても実際は言えない事だ。
「ルシア,実家の人に甘い物バクバク食ってるの知られたら叱られるだろ。あまり食い過ぎるなよ?」
既に食い過ぎだが、とは言わずに思い起こすのはルシアの実家について。
彼女の親は辺境伯,つまり国境を守護する役割故に権限も戦力も自ずと高くなり、将来的に独立を望むルシアにもある程度の振る舞いは求められる。
「……学生の間は基本的に自由だから大丈夫。だから実家には戻らずにいるし、目立たない様に着飾りもしない」
「まあ、服も地味だし化粧もちゃんとしてねえもんな。お嬢様には見えねえわ、実際」
「私も家に帰ったらお付きのメイドが何時も一緒だから少し窮屈かな。それも同世代じゃなくって生まれる前から家に仕えていた人だし……」
「だからジェイルが黙っていれば問題無い。全然大丈夫」
「……割り勘なの忘れずに考えて頼んでくれよ?」
これは何を言っても無駄だとジェイルは食べ過ぎを止めるのを諦める。せめて自分も部屋で待つ甘党の為に持ち帰りのケーキでも頼もうかとメニュー表を開いた時、店員が次の焼き菓子を持って来た。
「あれ? これって頼んだ奴だっけ? でも美味しそう……」
運ばれて来たのはドライフルーツが大量に入ったパウンドケーキ。既に幾つかに切り分けられており、メルーナは少し疑問に思いながらそれを口にして……テーブルに突っ伏した。
「……俺は確かに荷物持ちは引き受けた。だが、これはちょっと違うんじゃないか?」
大地が夕焼けに染まる頃、ジェイルは両手に買った物をパンパンに詰めた袋を下げて学園へ向かう道を歩くのだが顔には不満が浮かんでいる。
その横を歩くのはルシアだけ。魔法で作り出した灯りを顔の横に浮かばせて買ったばかりの本を読み歩いているのだが、メルーナの姿は横にはない。
「美少女を背負えるのは役得。背中で胸の感触……は難しいだろうけれど」
一緒に歩く筈のメルーナの姿があるのはジェイルの背中。スヤスヤと静かな寝息を立てており、そんな彼女を背負いながら大量の荷物まで持たされている事への不満を隠そうともしていなかった。
だが、ルシアとてメルーナの貧相な胸を揶揄する程の物があるかというと、余裕の有る服で分かりづらいが有るとは言えない事は表情には出しはしない。
幼少期からの付き合いではあるが、その辺は踏み込まずにいた。
「本人の前では絶対に言うなよ? 仮面装着して衝撃波を周囲にぶち撒けまくるぞ」
「それは困る。それにしてもお酒が少し入っただけのケーキを食べただけで酔い潰れるとは」
「間違って運ばれた奴だったとかで凄く謝られたが、家の名前を出さずにいて良かったぜ。酒乱でなくて助かった。もし酒乱状態で今の抉れ胸ってのを聞かれたらな」
赤い竜を模した仮面を被ったメルーナが剣を振り回しながら追い掛ける光景を思い浮かべてページを捲る手を止めながらも少し呆れた様な視線も送る。
そもそも酒に弱い自覚は無かったのかと溜め息を吐き出しつつジェイルの横顔に視線を送り、少し話しにくそうにポツリと口を開く。
「一番下の姉様達の誕生日だから実家に一時帰宅したけれど、帰りに【
「そりゃ怖かっただろ? あの人、威圧感が凄いからな。小動物程度なら睨むだけで殺せるんじゃねえか?」
【鏖殺】、それは幾つかの役割ごとに分かれる騎士団の内、守護防衛ではなく国の敵を排除する役割を持つ第二部隊隊長の二つ名。
「その時にジェイルの話題を出した。興味無さそうにしていた。戦士や文官なら木端凡骨よりはマシだが、無用の長物な魔法使いとしてなら話題に出すのは無駄だって。……実の弟なのに」
その名はルビー・レムリス。ジェイルとアーサーの姉であり、魔法剣士であり、歴代最強の女騎士だ。
但し騎士物語に登場し華やか活躍で人々に憧れを抱かせる、そんな理想の騎士には成り得ない。
圧倒的な実力を以て敵と定めた相手を殲滅する様は憧れよりも敵に回す事への恐怖を刻み込む最強にして最恐。
ジェイルは冗談混じりに威圧感について言及したが、他国の代表との御前試合にて睨み合っただけの相手が武器を手放し腰を抜かしたが関係者が秘匿している、そんな噂が実しやかに流れる相手が弟の話題に対して見せた態度にルシアは不満を露わにする。
「あの人は公的な立場の方を優先するからな。隊長としては正しいんじゃねえのか? 使い熟せない大きな力なんて存在しないのと同じだし」
「相変わらず平気そう。家族を蔑ろにするのも、蔑ろにされて平気そうなのも信じられない。見返そうとは思わない?」
そして不満を向ける相手はルビーだけではない。姉や兄が多く居て家族仲も悪くはない彼女にとって姉弟の関係性は理解不能であり、気に入らないのだ。
それは普段のクラスメイトから彼に向けられる態度も、それに対して熱意を見せない事も不満の理由となる。
才能が無いと諦め腐る腑抜けなら見限って終わりだろうが、そうでないからこそ余計に気になるのだ。
少しだけ鋭くした視線を向けながらそれを伝えるもジェイルは少し困った様子しか見せなかった。
「先ず心配してくれたのは有難うな。でも、評価なんて実績と実力を示せば自ずと変わるだろ? 俺は見返すって自尊心よりも役割を果たせているって自己肯定感を満たしたいんだ」
「それでも……」
「兄貴を見てみろ。ウザいナルシストだけれど口にした内容を否定されるのは見た事が無いだろ?」
「むぅ……」
不満が消えた訳では無いものの本人に言い切られた内容には否定する材料が無い。
アーサーがウザいナルシストなのも否定しないし、口にする自賛が本当だと言えるだけの実績もあり弟想いの善人であるとも分かっている。
「でも、リリが知ったらジェイルが馬鹿にされてるの絶対怒る」
「リリ……? あっ! そうだそうだ」
「え? まさか……」
「存在は忘れてないからな? ちょっと名前をド忘れしただけで」
つい先日思い出した幼馴染について忘れていた事を見抜いたルシアの視線は冷たい。
言い訳をして誤魔化そうとするも疑いの色は目から消えはせず、近付いて肘で横腹を小突き始めた。
「……ヤバい。まさか掘り出し物があるとは思わなかったせいで出費が予定以上になっちまった……。」
その日の夜、ベアルコが製作した試験管の説明書(超適当)を読みつつ机に並べられた今月の仕送りの残りを数えるジェイルは少々顔を強張らせていた。
魔法薬は魔力を持った植物やモンスターの血肉を使うのが主だが、薬品作りの為に加工する段階で魔力は抜けていく。
薬の調合が終わり納品の際に入れる容器は魔力の漏れを防ぎ劣化を遅らせるのだが、調合した後に少し寝かせて起こす変化が目的の場合は向かない。
故に調合はどれだけ魔力の消耗を抑えて手早く丁寧に行うか、寝かせる時間をどの時点で切り上げるのかが腕の見せ所なのだが、今回買い求めたのは魔力が漏れるのを防ぎつつも時間経過による性質の変化は妨げない優れ物。
『製作者が言うには常に気にするのが面倒だから作って、事件の賠償金の支払いが面倒だから売りに出したけれど、本業の合間に作るのも面倒だから滅多に売らない。それと面倒だから保健室に誰も来ないと嬉しい』
前に一度出回らない理由を聞いた時の返事がこれだ。平気で怠惰に塗れた本音をぶち撒けたベアルコにジェイルは呆れつつも作り出した物の性能に惜しさを感じずにはいられない
その割に悪戯や研究室を解雇にされた理由である事件には手間を惜しんでないのだから随分と面倒な性格をしているというのが前からの評価だ。
「金貨一枚に銀貨二十枚。バイト増やしつつ外食は暫く無しだな。使い魔の世話は主人の義務だから餌代は削れないし 、他に削れる物は……」
眉を顰めつつ視線を向けたのはベッドの上でヘソ天状態で眠る金毛の子犬の胴体。
明かりが眩しいのか毛布に首を全て突っ込みながら時折尻尾や足をバタバタと動かしている。
使い魔とは魔法使いが契約して従わせる存在であり、モンスターや魔法で生み出した生物だったり、意思疎通が可能になるからと可愛がっているペットと契約を結ぶ者も居る。
使い魔の能力をフルに使いこなしてこそ一流とされ、動物嫌いだったり経済的理由で世話が出来ないからと持たない生徒は極少数だ。
『それにしても随分とこの指輪に反応してたな……』
見た目が気に入ったが指輪の力は嵌めても外れるという悪戯目的としか思えない物。
事実感じる魔力は微量でガラクタと抱き合わせで売ろうとしていた理由としては納得しかない。
毛布の下で鼻提灯を作っているであろう子犬に見せた時にはジェイルの周囲を走り回って頻りに興味を示していたが誤飲したら危ないので見せるしかしていないが、今後の取り扱いにも少しばかり不安が残った。
「ケースかなんかに入れて飾るしかねえか。それにしても指輪のデザインは良いのに勿体無い事をするよな」
単純に指輪の造形に使われた技術だけなら一級品なのはジェイルが見て感じた事だ。
それを指輪としての機能を果たせないという全てを台無しにする力を手間を加えて与えたのだから笑えない。
どんな考えで作ったのかと直ぐに外れる事を前提に実際に指に通してみると指から外れるなんて事は無かった。
「壊れたか? その方が良いけれど……」
それじゃあ一旦外して寝ようとした時、徹夜続きの時を思わせる強烈な眠気がジェイルを襲い、彼はそのままベッドに倒れ込む様にして眠り始めた。