「最っ高に頭の悪い夢だな。ジークは喜びそうだがよ」
ジェイルの目の前に広がるのは雨の様に降るポップコーンに焼きたてサクサクなパイ生地の地面。コーンポタージュの湖が広がり、遠くには串に刺した巨大なハンバーガー。
絵本なら主人公が食べ物の国に迷い込んだ時に描かれそうな光景であり、一つ一つは美味しそうな香りも複数混ざると鼻がどうにかなりそうだ。
「夢なら落ちればどうにかなるか? 何処か高い所は……」
周囲を見渡せば積み上がったパンケーキの階段の先にバウムクーヘンの林を見付け、自分の夢ながら頭が悪いと言い切れる世界から解放されようと歩き出した。
夢だからか歩いても食べ物で足が汚れる事は無く、人が乗っていてもパイ生地は割れないがチーズの花弁を千切って口に運べば軽く炙った香ばしさとトロける食感が口の中に広がって行く。
「もう少し食感が強い方が好みなんだがな。俺の夢なのに融通効かねえ」
「あーん? 表面カリカリ中トロトロのチーズが至高だろうがよ。まさかプリンはモッチリ滑らか派じゃねえだろうな」
「いや,プリンはプルプルした方が……」
背後から聞こえた知らない声に振り向けば立っていたのは見知らぬ女。右手にはチーズを持ち、左手にはシュークリームやフライドチキンやサンドイッチを限界まで抱えている。
「そうか! 最低最悪のクソかと思いきや少しは見所があったって訳だな、相棒」
「相棒? 一体何を……いや,夢の中で何を言ってるんだ,俺は。それこそ一体何を、だ」
目の前の少々柄の悪い少女に見覚えは無い。頭にある獣の耳に鋭利な歯、人の物とは違う瞳。一見すれば獣人、獣の特徴を一部に持つ人種なのだろう。
夢の中で馴れ馴れしく話し掛けながらも食事を止めない目の前の相手は一度会えば嫌でも印象に残るだろう。
結論としてジェイルは目の前の相手を自分が作り出した夢の世界の住人であると判断した。何故この様な相手が現れるのかは夢を研究する学者でもない彼には分からないが、何となく理由も無いにも関わらず少女とは関わらない方が良いのではと背を向けて離れる事を選んだ。
「おーい。無視か、相棒。あれか? オレが美少女過ぎて照れてるんだろ? ははーん。さては童貞だな」
「最悪だな……」
「ケケケケケ! 女の顔もマトモに見れないって笑わせてくれるぜ、相棒」
ジェイルが関わりたくないと思っても少女は気にする事無く声を掛けながら背後にぴったり着いて歩き続ける。頭がハッキリしているだけに気分は最悪だ。
尊敬する姉について話せたというのに夢の中の住人に台無しにされるなど悪夢でしかない。背後から聞こえる声には粗食音も混ざっており手当たり次第に周囲の物を食べつつ着いて来ているのだろう。
「なあ、相棒は嫌いな食べ物有るか? 言っておくけれどオレの為にもピーマン以外は我慢して食えよー? あっ、ステーキはレアな」
「……俺はウェルダンが好きだし、ピーマンだって嫌いじゃねえ」
「はぁあああああああああっ!? おいおいおいおいっ!? 相棒、幾らなんでもそれは……時間か。まあ、今日はこの程度で我慢してやるよ。だから相棒もレア以外とピーマンを食べるのは我慢し……」
少女の言葉の途中で景色は揺らぎ声は途切れる。眠りに落ちた時の様にジェイルの意識は薄れ、寝ている彼が嵌めたままの指輪は溶ける様にして消えていった。
「まあ、今日は此処迄で良いさ。その代わり,時が来たら色々と楽しませてもらうぜ、あ・い・ぼ・う?」
早朝、窓から差し込む朝日を遮る厚手のカーテンが勢い良く引かれると同時に響いた元気な声とベッドの上で跳ね回る音にジェイルは目覚める。
あくびをかみ殺して上半身を起こし、先ず目に入ったのは朝日を反射して輝く黄金色の体毛を持つ仔犬だった。
「あさだよ! おにいちゃん、おきて! おサンポいこ!」
但し普通の仔犬ではない。金糸を思わせる体毛も幼子の声で喋っている事もそうだが、何よりも異様なのはその頭。計三つの頭、ケルベロスと呼ばれる犬型のモンスターの特徴だ。
千切れそうな勢いで尻尾を振り回してベッドの上で天井に届きそうな高さを飛び跳ね続けるその体を受け止めたジェイルはフワフワの腹毛や肉球と続けて撫で回し、最後に三つある顎を撫でていると仔犬は気持ち良さそうに四肢を投げ出してされるがままになっていた。
「それじゃあ散歩に行くぞ、ジーク」
「うん! サンポだサンポだー!」
散歩と聞いた途端に飛び起きたジークはジェイルの周囲をグルグルと走り回るとベッドから飛び降り、散歩用のリードとハーネスを部屋の隅の籠から咥えて取り出すとベッドの前に座って尻尾を振りながら今か今かと見上げている。
「ちょっと着替えるから待ってろ。それと朝飯は鳥と牛のどっちが良い?」
「とり! あのねあのね! きょうのボクはとりがたべたいんだー!」
「そうか。じゃあ鳥だな」
ベッドから降りたジェイルの足元を元気良く飛び跳ね回るジークの口は三つともご飯を楽しみにしてか涎を垂らし、耳も激しく動いている。
やがて着替え終わると途端に大人しくなってハーネスを着けられ、そのまま抱き上げられて部屋を出る時は尻尾の動きは更に激しくなっていた。
「あれ? 指輪が無い……」
ドアノブを握る為に箪笥を開けようと伸ばした手が止まる。先や確かに指に嵌め、そして勝手に外れるという役に立たない機能が発動しなかったが、今は指に嵌っていない。
散歩を待ち侘びてテンションが上がり続けるジークを見て顔を青くし、ベッドの上や下を慌てて探すも見当たらない。
「なあ、ジーク。変な物とか食べてないか?」
「ないよ! それよりおサンポいこ!」
「後でベアルコ先生に見てもらうか。ジーク,もし指輪が落ちてたら教えてくれ。拾わなくて良いからな?」
「あのへんなのだね! わかったよ! おサンポいこ!」
今の所喉に詰まらせる事態にはなっていないが、留守の時に指輪を見付けて遊んでいる内に飲み込んでしまう,もしくは既に寝惚けて飲み込んだ指輪が悪影響を与える、それが心配で堪らなかった。
例え仔犬でもケルベロスの肉体なら多少の魔道具など問題無く消化して何も起きないと分かっているが、腕の中で外を待ち侘びるつぶらな瞳を見ていれば幾らでも心配になって来るものだ。
当の本犬はそんな心配など気が付きもせずに散歩に心が弾んでいたが。
「あっ! ルシアちゃんだ! おはよー!」
リードを付けられて中庭を散歩するジークはジェイルの横をピッタリと付いて歩いていたのだが、女子寮がある方向からやって来たルシアの姿を見付けるなり大はしゃぎでリードをグイグイと引っ張って行こうとする。
寝ぼけ眼でフラフラと中庭を歩く彼女は寝巻きから着替えておらず、今にも転びそうな程に危なっかしい。
ジークが近寄ると足を止め、しゃがんで手を伸ばせばジークから撫でられようと頭を順番に擦り寄せた。
「ジーク,相変わらず元気。ウチの子になる?」
「おい」
「冗談。……九割は」
ジークをルシアが抱き上げると三つの頭全てが顔全体を舐め回す。唾液でベトベトにされながらもくすぐったそうにするだけで止めさせる気はなさそうだ。
「残り一割は本気なんじゃねえか。相変わらずマイペースな奴だぜ。出会った頃から変わらねえな」
二人が出会ったのはジェイルが未だ大きな失敗をする前、魔法の使用に制限を掛けられる事の理由も理解せずに不満を溜めていた頃だ。
オマニュエル家とレムリス家は近しい関係、それこそ現当主の母親,つまりジェイル達の祖母がオマニュエル家の出身である位には。
そんな事もあって招待された園遊会、二人が未だ五歳の時だ。
「……よろしく」
「うん、ああ。それ凄いね」
顔を合わせた時、ルシアは宙に浮く金属の板に乗っていた。最近使えるようになった魔法であり、親や姉に言われても降りる気がなかったので仕方無く連れて来たのだ。
「あの時は驚いたぜ。それと自由に魔法が使えて羨ましかった」
「あの頃は兎に角色々と試したかったし、実験ばかりじゃなく友達と遊ぶ事を覚えろって言われていたから、無茶な実験にも付き合ってくれるジェイルとリリは都合が良かった」
、
「俺も周囲にあまり同年代が居なかったから無茶に付き合うのが普通だと思ってたからな」
辺境伯の子女であるルシアならば本来は将来的なメリットを目当てに取り巻きとなろうとする生徒達に囲まれている筈だ。そうではなく同じく名門一族の次男にも関わらず不名誉な呼ばれ方をしているジェイルと同じく周囲にいるのは僅かな仲が良い者達のみ。
その理由はルシアの持つ価値観が理由だ。
「あの頃から私の考えは変わらない。利益目当てに寄って来て研究の邪魔をする連中は嫌い。大切なのは知識欲を満たす事。でも……周囲を気にせずに好きな事だけをするのは駄目だって知った」
ジークを片手で抱いたまま伸ばした手が触れるのはジェイルの頬に刻まれた傷跡。それを指先で撫でる時,少しだけ彼女の表情が曇る。
まるで傷は罪の象徴であるかの様なルシア、そんな彼女にジェイルは少しだけ呆れた様子を見せていた。
「あの時の事は連帯責任ってなっただろ? それよりも傷が残ったのが俺で良かったじゃねえか。ただでさえ研究研究で周囲から遠ざけられているんだし、結婚したくなっても相手が居な、痛いっ!?」
自分の為の言葉と分かってはいるが、それはそうとして最後の方が余計だと、抉り込む様なローキックで遺憾の意を示すルシアであった。
一方その頃、メルーナは……。
「うぇええ……頭痛ーい。気持ち悪ーい。……出発は明日にしてもらおう……」
絶賛二日酔いの真っ最中で便器とお友達状態だった。
悪魔を女にした方が反応が面白いヒロインがいるってパンダがリンボーしながら言ったんだ
僕は悪くない?