「昨日、校則破って女子寮に忍び込もうとしてベアルコ先生が従えているハシビロコウの着ぐるみに捕まった男子が二股していて制裁されたらしい」
「情報量が多いな」
木が生い茂る山の中、山を生活の糧を得る場としている者達から借りた地図を頼りに進む三人は依頼とは無関係な話を続けていた。
その男子生徒の噂はジェイルも聞いている。正確には女誑しとして有名で、家同士の問題も有るからと口説いた相手に交際について秘密にさせ、複数人と付き合っているという頭の悪そうな話だ。
しかも今回,こっそり忍び込もうとした部屋は目当ての女子生徒のルームメイトまで隠れて付き合っていた相手なのだから詰めが甘いにも程がある。
「馬鹿は何処かの豪商の四男坊だったか? もし貴族にまで手を出していたら荒れるぜ、これは。少なくとも縁談に何かしらのケチが付く」
貴族の結婚ともなれば家同士の繋がりは重要となり、自由恋愛など大っぴらには出来やしない。
ましてや今回、件の男子は夜に部屋を訪ねた。仲が良いとも聴いていた為、本人は言い包めて黙っていてもらえるとの算段だったのだろうが……。
「多分隠れて交際していた女子の中には黙っている子も多い」
今回の様に馬鹿が複数相手に粉をかけていたとはいっても若い男女が同じ学舎で暮らす以上は避けられない話だ。
だから学園含む関係者も今回の件は内密にして裏で始末を付けたかったのだろうが、大騒ぎになって注目が集まったときに頭に血が昇っていた女子達による糾弾と制裁と表沙汰にせざるを得ない事態になってしまった。
女子達に関しては未だ詳しい話は伝わっていなものの、明日には何処の家の誰某と詳細が広まるだろう。
「だよなあ。所でルシア,ちょっと頼みを聞いてくれ。……降りろ」
故に悔しさに奥歯を噛み締めながらも醜聞によって未来にまで傷を付けてなるものかと黙っている女子が多いのだと同情しつつ、そんな話題を自分の背中の上から話す少女にジェイルは呆れながら告げた。
「人目のある所では避けたから大丈夫」
「そろそろ道を知っていても入るのがベテラン以上になる様な荒れ具合だから俺の体力を温存する為にも降りろって言っているんだよ」
「アルルーナが何から変化したのか分からない以上、私の魔力は節約する必要がある。だからジェイルが運ぶ話だった」
「そうだな。確かにそうだよ……」
アルルーナは植物が変化したモンスターであり、元の植物の特性を引き継ぐ。
故に今回は討伐との名目ではあるのだが威力偵察の面も多く、相手の力を判断する材料を見付けて危険と判断すれば退く様に言われている。
「アルルーナじゃねえが樹木が変化したトレントの時も厄介だったらしいな。スギ花粉を強力にしてばら撒いてたってよ」
「ミントの時も本当に厄介だったらしい。根っ子が抜けないから移動は出来ないけれど、同族を増やす勢いが凄かったって。だからこそ私は温存。もしもの時は飛んで逃げる」
魔法使いが空を飛ぼうと思った時、選択肢に上がるのは飛行能力を持つ使い魔に乗るか風の魔法を使うかだが、前者は人を乗せて運べる程の大型モンスターを従えるのは難しく、鳥型のモンスターなら刷り込みを利用して雛の時から育てる必要が出て来る。
そして後者だが、人を浮かせる程の出力は勿論の事、大道芸並みのバランス感覚と体幹の強さが無いと空中でグルグル回って嘔吐物をぶち撒けたり、その辺に体を強打した衝撃で魔法が解けて墜落という事態になりかねない。
走り回る馬の背の上で目隠ししながら片足立ちして耐えられる程度で漸く使い物になる、そう言われる程に高度な技術なのだが、それを解決する手段をルシアは五歳の時に持っていた。
そう、飛行する金属製の板だ。金属を生成する最中に血や髪の毛,そして血の繋がる姉の生え代わりで抜けた歯を砕いて混ぜた事で魔力の通りを良くした金属板に飛行能力をエンチャントする事で搭乗可能な空飛ぶ金属板が出来上がった。
尚、一枚辺りに必要な材料費や手間暇に加えて金属なので火の魔法で普通に熱くなる事や飛行速度はそれ程でもない事から軍に取り入れて量産する迄には至らず、実家が技術を独占して研究している状態だ。
「いや,だったら俺の背中の上で読書する為に本を浮かすなよ。退屈なら歩けば良いだろ……」
「私の運動能力はそんなに高くない。筋肉に行く栄養が頭に行っているから」
ルシアの腕はジェイルの頭の下に巻き付く様にしてしっかり掴まり、体もピッタリと接着されている。
メルーナを背負った時は体の感触がどうのこうのと今の状況がどの様な物なのか理解しているにも関わらず彼女は恥ずかしがる様子も見せず、一応人目が有る場所では歩いていたのが山の奥に入るなりこの始末。
それどころか本を浮かせて読書を楽しむ余裕すらあった。
「もう少し運動しろよ? 十歳の時みたいにぽっちゃり系に戻っちまうからな、マジで」
「相変わらずデリカシーが無い。乙女心を考えるべき」
「今の自分の姿を客観的に見てから言え」
今も気にしているのか少し不満そうにするルシアだがジェイルはそれを軽く受け流す。
とても今からモンスター退治に向かうとは思えない呑気なやり取りだが、遂にそれに口が挟まれた。
「貴様等、既に敵地だと分かっているのか? 気を引き締めろ。この私に道を切り拓かせているのだからな」
声に苛立ちが混じるのを隠す気も無く、それでも邪魔な枝や草を切り払いながら進む足を止める気が無い様子のメルーナの顔には赤い仮面が装着されており、性格も気弱から気強い武人めいた物へと変わっていた。
「そうだな。二日酔いは大丈夫なのか?」
「昨日は二日酔いでグロッキーだったけれど本当に平気?」
「その件は謝罪して,こうやって先陣を引き受けただろう!? いい加減その話題は止めろ!?」
本来ならばアルルーナ討伐の為に山に入るのは昨日の筈だった。だが、依頼に困って救援要請をしたメルーナが二日酔いで使い物にならなくなったのだから。
当然メルーナは反省したし、せめてものお詫びとして道を作りながら進んでいたが、恥を蒸し返す二人に我慢出来なくなった様子で手を止めて詰め寄って行く。
その手には手の平に収まるサイズの長方形の黒い板状の物体が握られ、文字が浮かび上がっていた。
《少し先ですが植物が不自然に動いていた。そろそろ目撃された場所だ》
《分かった。私の戦闘スタイルはアルルーナとは相性が少し悪い。撤退の準備は進めておく》
これはスロースによって作り出された魔道具の一種。幾つかの層に分かれ、魔力を流す事で使用者の思考が表面に刻まれる。文字を刻むスペースが尽きれば表面の層が剥がれ落ちて新たに文字を刻める様になる内密の会話用に作られた物だ。
これを持ち込んだ理由,それはアルルーナの元になったのがキノコだった場合を想定しての事。本来キノコは菌類だが過去の文献には植物系モンスターになった記録が残っている。
キノコは地中深くまで菌糸を伸ばす。当然それはキノコの一部であり、もしアルルーナがキノコから変化した場合は菌糸を通じて話を聞いている可能性があるとしてジェイルに依頼されたスロースが未完成の状態の物を急造で二個だけ完成させた。
尚、自分に任せなかった事でルシアは少し拗ねた。
《わかっているな? アルルーナの女の部分はあくまでも一部、それが生えた部分が本体だ》
《アルルーナに関する記録は読んだ。先人には感謝する》
未知とは危険性を上げる物だ。特に本来は人より強力なモンスターを相手にするのに情報は何よりの武器となる。
時に未知の相手と戦う必要があったとして、未知を既知に出来るのにしない必要は無いのだ。
会話の合間合間に文字による本当の会話を続け、やがて目の前の植物達が左右に分かれて作り出した道の先は草花が枯れ痩せた地面が不自然に広がる場所。
その中心に緑の肌を持つ女がいた。極彩色の花の中央から体を生やし、三人を見詰めながら舌舐めずりをすると周囲の地面から荊が飛び出して蠢く。
指先を口元に当て、舌舐めずりと共に毒々しい赤紫色の髪の毛をかき上げた。
「アァアアアアアアアッ!」
但し薄い唇が開き飛び出すのは言語としての意味を成さない金切り声。当然だ,アルルーナは言語を理解しても会話を成り立たせるだけの知能は無い。精々が人の乳児程度。若い女の姿を形取っても知能は程遠い。仕草もそれらしく見えるだけだ、意図してではない。
そもそも学生に任される相手だ。知能が高ければ優先して討伐されていただろう。
生半可に大きい力よりもある程度の知能の方が厄介な武器なのだから。
「見た目じゃ元が何か分からないってのはマジで厄介だな……」
そして偶然その姿になったが故に見た目は均一であり、言語を扱えない故に会話で情報を引き出す事は出来ない。
ルシアが背中から飛び降りたのを確認したジェイルはブルーローズを構え、アルルーナとその周囲全体に注意を払う。
この時、彼は理由が分からないが目の前のモンスターを前にして不安を覚えていた。
「来るぞ!」
「キィイイィイさアアアアアアアアッ!!」
餌と判断した三人を捕まえるべくアルルーナの金切り声が響くと共に荊が地面を叩いた勢いで跳ねながら迫り,それは数を増やし続けて緑の濁流と化す。
同時に周囲の木々や草花も蠢き、三人に向かって根本から倒れ込み手足に絡み付こうとするも周囲を高速で飛び回る物体が木を輪切りにして跳ね飛ばし、絡み付く草は根本から刈り取った。
「邪魔な植物は引き受けた。二人はアルルーナに専念して欲しい」
その正体は一対の短剣。それが意思を持つかの様にルシアの周囲を飛び回っていた。
「了解した。邪魔な荊は私に任せ、お前は突っ込め!」
メルーナは迫り来る荊の波に向かい剣を大上段に構え振り下ろす。剣に込められた魔力は彼女が装着した仮面の魔力と呼応して膨れ上がり、剣の切先が地面に叩き付けられると同時に赤い衝撃波が地面を掘り起こしながら突き進んだ。
これこそが彼女が扱う仮面の一つ”赫騎の面“の真髄。口調の模写と合わせる事で元になった人物の気性だけでは無く培った技量の一部。技を習得する為の鍛錬を飛ばして技を使える様になるのだ。
「キィイイイイイイオオオ!!」
それは本能からの行動なのだろう。アルルーナは荊を絡み合わて壁の様に展開すると同時に人間部分の腕を交差させつつ前傾姿勢で本体を守る更なる壁にする。
「一発だけなら防げると思ったか? ああ,確かにそうだろう。一発だけならな」
再び振り下ろした剣から放たれる衝撃波。その速度は先程よりも速く、更に三度目の振り下ろしによって発生した衝撃波は更に。
最初に放たれた衝撃波に追い付いた二つが合わさり破壊規模を大きく上昇させたそれは新たな行動を許す暇を与えずアルルーナへと迫った。
地面を削りながら進む巨大な赤い波動は荊の防壁を吹き飛ばし、アルルーナの人間の擬態部分を吹き飛ばした所で消え去った。
だが、それではアルルーナを完全に倒せない。木の枝を折り、幹を揺らして葉の多くを落とした程度。弱らせ、再生に時間を使わせる程度でしかない。
根さえ残れば生えてくる雑草の様なしぶとさこそが植物系モンスター最大の武器なのだ。
本体の大部分が残り、勢いを落としつつも荊は再び地面を突き破って姿を現そうとする。
「よし。じゃあトドメは任して貰うぜ」
故に三発目の衝撃波が放たれた時、ジェイルはそれを追う様に飛び出し、ブルーローズを深々と突き刺す。衝撃波によるダメージで脆くなった部分を刃が貫き、彼の腕も深くまで沈みアルルーナの本体を完全に貫いた瞬間、何か硬い物が切っ先に触れた。
「不味いっ!」
地中に存在する想定外の何か。それがこのまま追撃を行うという選択肢をジェイルから奪い、剣を引き抜くと同時に後ろに跳んで退避させる。
「嫌な予感ってのは当たるもんだな。分かったぜ。あのアルルーナの正体が」
アルルーナの本体を中心に地面に亀裂が広がり盛り上がる。盛り上がった土砂が周囲に流れ落ちる中、現れたのは四足歩行の巨獣の死骸だ。
全体的に丸みを帯びた爬虫類の様なフォルムと先端が鋭利で土を掘り進むのに適した爪。荊と菌糸が残った肉と骨に絡み付き巨体を強引に動かす。
アースドラゴン。翼を持たず地中に生息し、他の生物とは一線を画す存在,その死骸にアルルーナが寄生していた。
「冬虫夏草、恐らくその類が正体だ」