地中よりアースドラゴンの巨体が姿を現した事で掘り返され脆くなった地面に向かい、のっそりとしたうごきで振り下ろされる前脚。
踏み込みと同時に周囲を巻き込んで崩れ落ちて行き、死骸が潜んでいた空洞に巨体が引き戻されそうになるも掘り進める様にして這い出した。
「おいおい、幾ら冬虫夏草っつったってアルルーナ程度がアースドラゴンに寄生した挙句殺せるもんか、よ!」
絡み付いた菌糸と荊が筋肉の代わりとなって巨体を動かすも動きは緩慢だ。何本もの荊が捩れた状態で絡み付いた場所にブルーローズを突き刺し、そのまま真横に振るって無理に引き裂けば鈍い動きが更に鈍ったが、切断された部分が伸び合って絡み付いて動きを取り戻す。
「恐らくアルルーナの直ぐ下で死んだのだろう。右脇腹を見ろ。巨大な歯形が付いて肉と骨の一部が削り取られている。天敵か縄張り争いか、何方にせよ事態は最悪だ」
苦虫を噛み潰したような表情でメルーナは衝撃波を放つも肉体の表面の荊や菌糸を僅かに吹き飛ばすだけでアースドラゴンには僅かな傷もつけられていない。
ならばと直接斬りかかるべく剣を振るうも残った鱗は鋼の如き強靭さで引っ掻き傷程度の物を僅かに残せただけだった。
ドラゴンという生物の頂点に君臨するとまで言われる種族の肉体は死骸となっても今のジェイル達には厄介極まる相手であり、その巨体は幾ら動きが緩慢であったとしても脅威だ。
「避けろ!」
本来ならば地中深くを掘り進める為の足を地面を大きく押し飛ばしながら前足を振り抜けば大粒の石が混じった土砂が前衛二人に向かい飛ぶ。中には拳大の大きさも混じり、それを跳んで避けるも即座に悪手であったと知ったのは、荊や菌糸が耐えきれず千切れるのも構わずにアルルーナが更に高く巨体を跳び上がらせたからだ。
二人がいる場所を巨大な影が覆う。その影の主は体を大きく広げた状態で低く跳んでいたアースドラゴンの巨体。回避の為の跳躍からの落下が始まるより前に二人を押し潰そうと迫っていた。
「くっ!」
ジェイルが選んだのは空中で真横に向かって手を突き出す事。踏ん張りが効かず無理な体勢であってもメルーナを下敷きから逃れさせようとしたのだ。
「あっ」
「ほぇ?」
彼が触れようとしたのは二の腕の辺り、そこを強く押そうとしたのだが、メルーナも同じ事を考えていた。彼女の場合は蹴りで範囲外へと飛ばす事を狙い横に居た彼を蹴り飛ばそうと空中で無理に向きを変えて蹴りを放とうとした結果、ジェイルの手の方が僅かに先に触れた。
急に向きを変えて手の方を向いたミアーナの胸に。手のひら全体を胸に押し付ける形になった所で蹴りは脇腹へと吸い込まれて行った。
僅かな,本当に僅かな膨らみの感触が伝わるよりも脇腹への衝撃が先に伝わり、二人は互いによって左右に飛ばされる。
だが、それでも足りない。四本の脚を大きく広げた事で二人が下から抜け出すよりも先に巨体が落下する。
「二人共、長くは持たない。速く逃げて」
だが、その頑強にして超重量な巨体が二人に触れる直前に響いた金属音と共にアルルーナが操るアースドラゴンは空中で動きを止める。
キングサイズのベッド程の大きさを持ち宙を浮遊する金属板が真下からアースドラゴンを支えていたのだ。
それはジェイルとルシアが出会った時に彼女が乗っていた物の改良版であり戦闘時に機動力の低さを補う為に造り出した魔道具『フライングボード』。
肉と内臓の多くが既に朽ちているとはいえアースドラゴンを支え、その隙に二人は地面を転がる様にして押し潰される未来を回避する。
だが、フライングボードには大きな亀裂が走り、急下降からの移動でアースドラゴンの下から抜け出すも込められていた魔力が抜け始め上下にフラフラと動いていた。
「困った。これじゃあ飛んで逃げられない。二人とも、一時退却すべきだよ」
「うん、そうだね。……今の私は脚を引っ張っちゃうし」
ルシアの声に焦りが混じるのに重ねる様にメルーナの声は普段の気弱な物であり、痛みを堪えている声だった。
アースドラゴンの巨体を使った圧し潰しは直撃こそしなかったが掠りはしたのだろう。仮面は弾き飛ばされ、ジェイルを蹴り飛ばして伸ばした右足の脹ら脛の辺りが青く変色してしまっていた。
剣を支えに立ち上がり、折れていないのなら動かせるとばかりに痛む足で地面を踏み締めるものの先程までと比べたら余りにも頼りない。
「メルーナッ!」
ルシアが叫ぶもののそれには反応を見せずにアルルーナが操るアースドラゴンの頭がメルーナの居る場所を向く。既に腐り落ちたのか眼窩に収まる筈の目玉は存在せず、当然ながら擬態である人間部分を失ったアルルーナにもメルーナの怪我を視認する為の目は存在しない。
元より必要無い。アルルーナが獲物を察知するのは息や汗や体臭に含まれる成分だ。この山で目撃された時、運良く風下に居たから察知されなかったが、今回は違う。
上等な栄養源が弱っている,そんな絶好のチャンスを見逃す筈が無い。食虫植物が虫を捕まえる時にそうである様に寄生した相手を動かすのにはエネルギーが……上質な魔力が必要だ。
前脚が大きく振り上げられ素早い回避など不可能な状態のメルーナへと振り下ろされる。
メルーナは剣を盾にして受け止めようとするが、彼女にこの巨体の一撃を正面から受け止めるだけの力も耐え切るだけの力も無い。
もしアルルーナにもう少しの知能と感情を表に出す顔が有れば笑みを浮かべていたであろう。
腐敗が始まった肉体への負担など考慮しない一撃は容赦無く振り下ろされ、そしてメルーナは潰されていない。
「悪い。ギリギリになった」
メルーナの足と同様に落下する巨体が掠ったのか青く変色した左腕を垂れ下がらせたジェイルの右腕がメルーナを抱え、寸前の所で振り下ろしを回避していた。
「ジェ,ジェイル君,目がっ!?」
「ああ,大丈夫。額切ったら派手に血が出るのは知ってるだろ?」
但し無事では済んでいない。肉体の負担を考えずに振り下ろされた一撃は着弾地点の土砂を弾き飛ばし、メルーナを抱えていた彼の右目の上を石が傷付けた。
流れる血で視界が塞がれる中、ジェイルが視線を向けたのはルシア。次にメルーナに一瞬向け、再び彼女に視線を戻すと返って来た反応は奥歯を噛み締め首を左右に振る事での一瞬だけ拒否の意思の表明。
「頼む。これがこの場で選ぶべき物だ」
「分かっ…た……」
拳が痛むのも気にせず木に叩き付けた拳から僅かに切れ、噛み締めた唇から血を流しつつもルシアが頷いた瞬間、ジェイルは片腕で強引にメルーナを投げた。
「ジェイル君っ!? 一体何を……」
「何をする気って? 殿だよ、殿。じゃあ,後で落ち合おうぜ」
動きに頼りなさを見せながらもフライングボードが宙を舞うメルーナを受け止め、ルシアは自分の元に呼び寄せると同時に飛び乗り、そのまま浮かび上がった。
「ルシアちゃん!? 未だジェイル君が残っているのに……」
「状況があまりにも悪過ぎる。アースドラゴンの死骸に寄生しているだけでも厄介なのに追い込み過ぎた。このままじゃ討伐隊が編成されるよりも前に栄養源を求めてアルルーナが暴れ回る」
「なら、何で彼を置き去りにしたの!? あの怪我じゃ魔法だってちゃんと使えるかどうか……」
二人を乗せたフライングボードの動きは頼りなく、このまま二人を乗せて何処まで行けるか分からない程に動きが鈍ってしまっている。
それはメルーナも分かっている。この状況でこの選択が正しいのだと。
ジェイルの魔法ならアルルーナをアースドラゴンの骸諸共滅ぼし得る事も理解している。
通常時でさえ制御不可能な魔力によって自らの魔法で自傷を負う彼が負傷した状態で魔法を扱うのがどれ程危険なのかも。
だからルシアの選択はジェイルを見捨てるのと変わらないと肩に手を伸ばそうとして,その肩が震えているのに気が付いた。
「大…丈夫……。後で落ち合うって約束したから。ジェイルさん約束を破った事なんて一度も無いから……」
「ルシアちゃん……」
今にも泣き出しそうな震える声を聞いてメルーナはルシアを後ろから抱き締め、後ろを向いた。
「絶対後で会おうねジェイル君。……じゃないと胸を触られたってお兄さんに言っちゃうからね」」
ヒロイン力が上がりつつあるルシアさん 作者もびっくり