「エンジニアに抜擢された? 良かったじゃん」
「良くない。反感があるに決まっている」
とは言え、深雪がお兄様にやってほしいとまで言っているのだ、もう覆らないような気がする。何せ達也の眼の前にいる男は前例なんてものを作りやがったのだから。
「そもそも去年のお前はどうしてエンジニアに………」
「去年の理論で1位取ったらカンニングだと直接言ってくる奴等を勝負で黙らせた」
無視してやってもよかったのだが、「師が良いんだよ」と言ったマダラに対して「お前なんかに学ばせてやる奇特な奴が作るCADなどまともに動くものか」と言ってきたので…………怒りや憎悪はないが、ゴキブリを見たような不快感はあるのだ。
「マダラさん、当時の1年生、2年生の方だけでも顔を覚えていませんか?」
「理論で圧倒してやったら全員自主退学した」
その穴埋めとしてマダラがエンジニアを行うことになったのだ。
「流石です、マダラさん!」
「何せ俺の勉強見てたのは達也だからな」
「流石です、お兄様!」
自分の為に怒ってくれた親友に、これ以上の文句は言えない達也。
そして、九校戦メンバー選定会議が始まる。
選手、エンジニアの内定通知を受けている2、3年のメンバー、実地競技各部部長、生徒会室で留守番の深雪を抜いた生徒会役員、部活連執行部など大人数。
会議が始まるやいなや、いきなり1年二科がこの場にいることを疑問という形で批難する者達が現れる。
論理的な反対ではなく感情的な、消極的な反論であるため聴く耳を持たず、しかし論破も出来ないのでダラダラ会議を長引かせる。
因みにマダラに文句を言う者は居ない。怖いんだろう。
一向に進まない会議に船を漕ぎ始め達也が時折脇腹を叩く。
「この会議意味あるのか? 達也の理論に対する理解は既にテストで証明されてんだ、任せられないという具体的な理由もなく1年だから〜とか言ってんならお前等今から1年のテストで達也以上の点数出してみろよ。深雪や俺以下だろうが」
純然たる事実に押し黙る反対派。しかし、正論で黙るならそもそも発言していない。
最終的には克人の言葉により実力を示してもらうことになった。
精神に深く結びつくCADは半端な調整をすれば魔法効率の低下から始まり不快感、頭痛、眩暈に吐き気などを引き起こすのだが、自分がやると言い出す克人。
推薦したのは自分だからと真由美。しかし最終的に立候補したのは桐原であった。達也にやられた剣術部員らしい。
「……………何だ?」
マダラは服部の肩をポンと叩く。
「達也のCAD調整を見れるなんて俺や深雪ぐらいの特権だ。ちゃんと見とけよ?」
見なよ、俺の達也をという副音声が聞こえてきそうなドヤ顔であった。
「お前にそんな一面があったとはな」
「何いってんだ。友達が誇らしい特技を持ってるなら自慢するのは当たり前だろ。お前が吐いても鼻血出しても諦めないって有名なのは俺が言いふらしていたからなんだぜ?」
具体的には二科生に負けるなんて彼奴も終わりだな、とか言ってた奴を瞬殺して服部との差を懇切丁寧に説明してやった。
去年の自主退学者が多い理由の1割はマダラのせいである。
そうこうしている間に達也が調整を終えた。
CADデータをコピーし、コピー済みのデータと照らし合わせ微調整をするなんて事はせず、魔法式を構成する文字列をグラフ化せず読み取りキーボードで物凄い速さで調整していく。
「お前もあれ出来るのか?」
「ああ、出来るね」
脳を活性化させながらなら、だけど。
所詮は達也の劣化。故に技術者としての名前は
深雪はとても嫌そうな顔をしていたし、そんな深雪を見てか達也も改名する気はないかと何度も尋ねた。
因みに世間では
「終わりました」
などと会話をしていたら調整が終わったらしい。
早速受け取った桐原は、緊張しながらも起動させる。
「桐原、感触はどうだ」
「全く問題ありませんね。自分のものと比べても、全く違和感がりません」
桐原と達也が仲が悪い──ままと思われている──のは校内ではそこそこ知られている。ならばこれは過大評価ではないのだろうが、空気は何処か落胆の色が見て取れる。
「………一応の技術はあるようですが、当校の代表とするレベルとは思えません」
「仕上がりも時間も、平凡なタイムだ。あまりいい手際だとは思えない」
「やり方が変則的ですね。それなりに意味があるのかもしれませんが………」
生徒会推薦の特例。彼等は何かもっと凄いことを無意識に期待していたのだろう。
あずさが安全マージンを取りながら効率を低下させないのはすごいことだと説得するも不必要な安全マージンより効率アップするべきだと言う。
正論ではある。故にあずさは言葉に詰まる。だが、それには一つの前提が抜けている。服部が立ち上がった。
「桐原個人が所有しているCADは、競技用のものよりハイスペックな機種です。スペックの違いを使用者に感じさせなかった技術は高く評価されるべきです」
「え? 服部くん?」
「会長、私は司波のエンジニアチーム入りを支持します」
「はんぞー君?」
「九校戦は、当校の威信を掛けた大会です。肩書に拘らず、能力的にベストのメンバーを選ぶべきでしょう」
エンジニアの仕事は選手をサポートする事。桐原に違和感を全く感じさせないのは、評価せざるを得ない実績だ。
それに、と服部はマダラを横目で睨む。
「当校はある生徒のせいで3年、2年、共にエンジニアが不足していますから。負担を減らすのは必要なことです」
マダラは肩を竦めた。
「前例はあるのです。今さらでしょう」
九校戦選手とエンジニアの正式発表がされる当日。
ここ数日達也とマダラは一科生から嫉妬の目を向けられていた。
達也は俺にも向けるのは理不尽では、と思っていた。確かに九校戦の主役は選手だが、まあ工学系志望からすれば関係ないだろう。
特にマダラなどエンジニアと選手両方をやるのだから嫉妬も強まるというもの。
面倒なのにやったのは、服部の言うようにエンジニアの人数が足りない理由の一端だからだ。
発足式でどちらに立つべきか生徒会で話し合い、選手の方に立つことになった。
エンジニアチームであることを示すブルゾンと選手であることを示すテーラード型のスポーツジャケットには8枚の花弁が刻まれている。
第一高校の生徒である事を正式に示すマークが兄とマダラの胸に刻まれているのを見て、深雪はとても嬉しそうに微笑んだ。
「俺、去年もそっち着たしソッチのほうが落ち着くな。交換してくれ達也」
「断る」
「ほら、モノリス・コードあたりの選手として参加してさあ」
「九校戦の競技の中でも実戦に近いのに、二科生の俺が出れるわけないだろ」
そんな2人のやり取りを眺めながら胸元の花弁を見つめる深雪は熱に浮かされたような顔をしていた。
「深雪は着替えないのか?」
「進行役なんだろ」
経験のあるマダラの言葉に深雪もはい、と肯定した。
「そうか、大役だな」
「プレッシャーをかけないでください」
この程度で気後れなどするはずもないのに、気弱な台詞で心細げに瞳を揺らしてみせる深雪の頭に達也は笑いながら手を置くとマダラに視線を向ける。
肩を竦め立ち上がったマダラは空いてる頭に手を置く。
達也とマダラが嫉妬の目を集めながらも発足式は進む。
次々紹介されていく選手に競技エリアに入場するためのIDチップが仕込まれている徽章をユニフォームにつけていく深雪。
男子も女子もその美貌が目前に迫り顔を真っ赤にしている。
選手だけで40名。まだまだ時間がかかりそうだと達也が視線を講堂の席に向けると、一科と二科で前後に分かれた席でエリカ達がほぼ最前列にいるのを見つけた。
確かに席は自由だが、周りから白い目を向けられているのに大したものだ。
最後に達也に徽章がつけられるとエリカ達が立ち上がり拍手する。進行役の真由美達にとっても予想外だが、一科生からブーイングが起こる前に真由美と深雪も手を叩く。
選手紹介が終わったための拍手にすり替わり、万雷の如き音が講堂に響いた。
「俺の時はブーイングだらけだったけどな」
まだ一学期。マダラに関わるな、という不文律が生まれる前の話である。深雪がお祝いをしたいといい出し、司波邸に来たのだが、それを聞いた深雪がせっかくの料理を氷漬けにした。