八月一日。
九校戦会場に向かう日だ。小樽の八高、熊本の九高のように遠方の学校は一足先に現地入りしているが、東京の一高は例年、前々日のギリギリに宿舎入りする。
戦術的な意味というよりは現地の練習場が遠方校に優先割当されているからだ。本番の会場は競技当日まで立ち入り禁止で下見出来ないので敢えて早めに向かう理由もない。
「というわけだ」
「そうか。まあ、分かりやすい説明だな…………」
2人がいるのは真夏の太陽の下。炎天下であって然るべきそこは、しかし寧ろ肌寒いぐらいだ。
達也が外で待たなくてはならなくなり、マダラがこうして無駄話をしに来たのだ。
さて、そうこうして居ると2人が外に居る理由がやってくる。
「ごめんなさ〜い!」
軽快に鳴るサンダルのヒールの音をBGMにやってくる真由美。達也は無言で端末に表示されて居たリストにチェックを入れる。
「ところでここ、何か少し寒くない?」
「炎天下で駄弁る程物好きじゃないしな」
肌寒いのはマダラが気温を下げていたからだ。
「ところでマダラ君、これ、どうかな?」
と、真由美は幅広帽子を両手で押さえ気取ったポーズをとる。これとは服のことだろう。
今日は宿舎に入るだけなので制服の着用義務はない。それ故に3年ほぼ全員が私服である。2年は半数、1年はマダラを除いて達也を含めた全員が制服だが。
公の場では露出を抑えるべきという現代流のマナーに合わせた服装が多い中、真由美のファッションは目立っていた。
両肩両腕が丸出しのサマードレス。スカート丈も膝上まで。素足に、ヒールの高いサンダル。
赤外線反射、紫外線カットの通気性コーティングフィルムを貼り付けているのか肌は褐色味を帯びているが………。
「涼しそうだな。似合ってるぞ」
「そう? アリガト。でも、もう少し照れながら褒めてくれたら言う事なかったんだけどなあ」
指を絡めた両手を腰の前に伸ばし上目遣いで擦り寄る。
「もっと背が欲しいな」
「お前昔から大人の女性が好きだからな」
「初恋に引っ張られてるのかね。まあ、あれは母さん死んだばかりだったのもあるけど………」
何やら自分をそっちのけて好みのタイプについて話し始め、しかも言外に真由美はタイプじゃないと言うマダラ達に真由美はむぅ、と膨れた。
さて、出発したバス車内。
ほのかはチラチラと隣を見る。
「ええと、深雪? お茶でもどう?」
「ありがとうほのか。でも、大丈夫よ、まだそんなに喉が渇いてないの。私はお兄様達のように、わざわざ炎天下に立たされたわけではないから」
達也達が外で待っていたのは、1年だからという理由で雑用を押し付けられた達也にマダラが付き合ったからだ。
炎天下の外で、遅刻してくることしか解っていない生徒を待たされる兄。マダラがいなかったら本当に炎天下に晒されていた事だろう。
真由美とて家の事情で遅刻したので、彼女は悪くないとわかっているが、外で待てと言う他の生徒達への怒りは文字通り底冷えしそうだ。
それを止められる2人の存在は、このバスには居ない。
「………しかも、機材で狭くなった作業車で移動なんて。せめて移動の間ぐらい、ゆっくりお休みになっていただきたかったのに」
雫は深雪の独り言に「私の隣で」が抜けているんだろうな、と思った。
理論の順位よろしく2人に挟まれていれば、さぞ満足気な笑みを浮かべていたことだろう。
「でも深雪、そこがお兄さんとマダラさんの立派なところだと思うよ」
話しかけるついでに身を乗り出すようにほのかと席を替わる。ほのかは背後で拝んでいたが、深雪と雫の目に入らなかった。
「バスの中で待っていても、文句を言う人は、多分ここには居ない。でもお兄さんは『選手の乗車を確認する』という仕事を誠実に果たしたんだよ。確かに出席確認なんてどうでもいい仕事だけど、そんな雑用にも手を抜かず、思わぬトラブルにも当たり前のようにやり遂げるなんて中々出来ることじゃないよ。マダラさんも、そんな達也さんの為にずっと力を維持してた。それがどれだけ大変か、私は知ってるよ。素敵な人達だよね」
こういう歯の浮くような台詞を赤面せずに言えるのは雫のキャラクターよねぇ、とほのかは思った。
真面目な顔から繰り出された大袈裟な賛辞に深雪は虚を突かれるも、そうよね、と微笑み機嫌が治った。
「でも、マダラさんも選手なのだからこちらに来ればよかったのに。お兄様とは1時間も話していらっしゃったのに」
今度は別の理由で不機嫌になったが、それは可愛らしいものだった。
深雪の剣呑なプレッシャーがなくなった途端男子生徒が次々に話しかけようとして来たので摩利の背後に雫、ほのかと共に移動させ取り敢えずの平和が訪れた。
だけど深雪はマダラと達也が居ないことに、千代田花音は五十里啓というフィアンセが居ないことに物足りなさを感じて時折窓の外に流れる景色を見つめる。
なので、それに気付いたのはその2人。
「危ない!」
花音が叫ぶ。その声をほぼ全員が対向車線の窓へ目を向けた。
レジャー向けのオフロード車が傾いた状態で路面に火花を散らしている。
パンクだ、脱輪じゃないかと誰かが叫ぶ。その声に危機感はない。
ハイウェイの対向車線は道路として別々に作られており堅固なガード壁で仕切られているのだ。対向車線の事故などまず影響はない。
対岸の火事。珍しい物を見た程度の興奮。見世物にしかならなかった。
その時までは。
悲鳴が上がる。
いきなりスピンし始めてガード壁に激突した大型車がどんな偶然か宙返りをしながらガード壁を飛び越えたのである。
急ブレーキがかけられ、シートベルト着用の注意喚起を無視していた全員がつんのめる。
バスは止まっている。直撃は避けた。
しかし対向車は炎を上げながら滑ってくる。
「吹っ飛べ!」
「消えろ!」
「止まって!」
「っ!」
学校の代表として選ばれるだけあり、優秀な魔法師が揃ってしまったが故に数多の魔法が一つの対象に重複し、相克を引き起こし事象改変が行われない。
それどころかサイオンの乱れがキャスト・ジャミングのように魔法を邪魔するだろう。が、世界には確かに異常が刻まれる。
突如として大型車が凍りついたのだ。温度低下で霜が張るなんてレベルではなく、何処からその水分を持ってきたのか、出現した氷に閉じ込められる。
「…………マダラさん!」
深雪が振り返ると氷の銃を構えて作業車の窓から体を乗り出すマダラが見えた。
自分達の干渉力を遥かに上回らなければ起こせるはずもない光景に、多くの生徒が目を見開いて固まっていた。
「事故ではない?」
「事故に見せかけた攻撃だな」
車から氷漬けの焼死体を発掘し、現場記録を取って警察に後を任せ、多少遅れながらもホテルに到着した一高。
荷物を運びながら達也とマダラ、深雪は先程の事故について話し合っていた。
「私には何も見えませんでしたが」
反問の形になっているが、深雪は兄とマダラの言葉を疑っては居ない。
「深雪にも知覚できなかったのか」
「小規模な魔力が最小の出力で瞬間的に行使されていた。魔法式も残留
「使い捨て、ですか?」
不穏な響きの単語に、深雪の声は本人が意図するよりも小さくなった。
あの魔法を深雪が感知できなかったのは、高度な技術で魔法を使用したのが自我を奪われた魔法師だったからだ。
「俺はバーストやライズと違って、トランス、その中でもサイコメトリーは苦手だが、直近の感情程度なら読めるんだが……恐怖も絶望も覚悟もなかった。多分相当頭を弄られてるな」
生きていれば有線で繋いでプログラムもなにもなく読み取れるのだが。
「自我を奪われた魔法師………兵器として開発された魔法師の成れの果てか」
達也は自分に似ていると思った。
「ただ奪われただけのあれよりも………」
そこまで言ってマダラは言葉を止める。
母の愛があったと、だから感情のすべてを失わなかったと言ったところで、何が変わるというのか。達也は理解できず、深雪は理解したがらないだろうし、深夜は否定するだけ。
「とにかく、あんなもんをお前と同じに扱うな」
「お兄様………」
親友と妹にそんな目で見られてしまえば、達也が折れるしかない。
「悪かった」
「おう」
「はい」
3人で移動しようとした、その時だった。マダラはPSIの波動を感じ取る。
「
そのまま物凄い速度で飛び付く小さな影。その姿を見た瞬間、思わずライズを解いたマダラはゴロゴロと床を転がる。
「…………ここは軍の施設だぞ」
ホテルではあるが軍の保有するそこに何故かいる子供を剥がしながら睨むマダラ。
「リュウがマダラを見つけたからな。俺は特攻隊長として捕まえに来たのだ!」
「カムイ! こっちは一般人立ち入り禁止だと言っただろ!」
「マダラさんはこっちですか?」
「たく、みんなガキね〜」
「ふみゅ…………枕」
そしてゾロゾロと現れる子供達に深雪は困惑し達也もどうすればいいのか判断出来ない。
そうこうしている間にマダラは子供達にワッセワッセと運ばれていった。
「……………はっ。誘拐!?」
「誘拐、なのか?」
達也はマダラが害されると深雪程ではなくとも、『自分達の日常』を脅かされたと思う程度にはマダラを日常の一部としてみている。
マダラも怒りや憎しみはないけど、達也や深雪が害されると不快な気分になる