アオのハコ ~鶴は鹿の元に舞い戻る~ 作:お面ライダーよっしー
雪の初めてのインハイ予選が始まります。
午前5時過ぎ。
いつも通りの時間に目が覚める。
今日からインハイ予選が始まるから、いつもはジョギングだが、散歩に留めておこう。
朝の静謐さと澄んだ空気、朝と夜が入り混じったこの感じが俺は好きだ。
30分程散策して帰宅する。
軽くシャワーを浴びて着替え、部屋に戻って準備に取り掛かる。
ユニフォームOK、バッシュの予備と替えの紐も含めてOK、タオル5枚に念の為のバスタオル1枚OK、ドリンク類OK、テーピングOK。試合後の着替えもOK、と。
「こんなもんかな」
コンコンコンとノックされる。
「どーぞー」
「おはよう雪くん、いよいよだね」
「おう、今日はあくまで通過点だ。来週の決勝の為にも油断して取り零す、なんて無様は晒せねえから、初戦は全力全開で行くぜ」
「雪くんの力は信じてるけど、何があるか分からないから」
そう言って俺の足に着けてるミサンガを両手で包み込む。
「怪我しませんように、ってお祈りしといたから大丈夫!」
笑顔でそう言うナツ姉。
「じゃ、俺からも」
そう言ってナツ姉の足のミサンガを両手で包み込む。
「んーちょっと冷てーな、冷え症か?」
「女子は結構多いよ、冷え気味な子」
「確かに母さんもそうだしな。
まぁ俺の手は温ったけーから、冷えたらいつでも温っためてやるよ。
さて、怪我しない様にと必ず勝つから大丈夫って祈っといたからな」
このミサンガは同居が決まった時にナツ姉が、「ここに残って全国を目指す決意と願掛けのつもりで作った」と言っていた。
そして同じ目標を持ち、幼い頃から約束をしている俺にもお揃いで作ってくれたものだ。
「ありがとう。それで準備は出来てるの?心配だからお姉さんがチェックしてあげよう!」
ん~?これはアレか、こないだ母さんが言っていた「お世話の殆どをナツ姉に任せる」って言ってた奴か。
どんな話をしてたのかは知らんが、まぁやる気になってるならお任せしてみるかね。
「じゃあ頼むわ、千夏お母さん」
「おかっ」
「ママのが良かったか?千夏ママ」
「も、もう朝からふざけないの////」
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雪くんに「千夏お母さん」とか「千夏ママ」と呼ばれた時、“もし告白して受け入れられてお付き合いしたら、その先何年かして結婚すると当然そう言う事もするだろうし、それで本当に子供が出来たらこうやって持ち物チェックするんだよね”って、つい想像してしまった。
これくらいで動揺してしまうから、花恋に「あんた彼と同居してんでしょ?好きならもっと強気に攻めなさい!」って言われるんだろうなぁ。
「千夏お母さんや、持ち物チェックはどうですかね?」
「ハイハイ雪ちゃん大丈夫、ちゃんと揃ってるわよ」
「ウチのオバハンロールプレイかよ。まぁ確認サンキューな、ナツ姉」
「じゃあ下行こうか、優花さんが朝食作ってくれてるから」
リビングに入ると圧倒された。
カツ丼、カツサンド、ウインナーソーセージにウインナーコーヒーetc.
流石に普通のメニューも用意してあったが。
「朝からヘヴィー過ぎん?俺はともかくナツ姉には無理だろ」
「う~ん、カツサンドくらいなら?」
「ま、残しても俺が処分してやるから、カツ関係無い食べ切れそうなもんだけ、気にせず召し上がりなさいな」
「そう言う事言わないの、恥ずかしいでしょ」
「外ならともかく、ウチん中だから気にしなくて良いだろ」
「雪くんは変な所で抜けてるから、友達皆でご飯食べに行った時なんかに素でやりそうだから言ってるの!」
「そうそう、あんたはそう言うところで凡ミスするからね。こないだ千夏ちゃんのジャージ間違えて持ってったのを、もう忘れた?」
それを言われたら返す言葉が無い。
「へいへい、気を付けますよっと。さぁ駄弁ってないで飯食って会場行くぞ」
「うん、勝とうね、雪くん」
「2人とも頑張ってね。先ずは来週の決勝を決めてきなさい!」
「「おう/はい」」
尚カツサンドやサンドウィッチ等は、弁当として持って行った。
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さて、会場入りしてナツ姉と分かれて男バスの集合場所に向かう。
「おーす、雪ちゃん。調子はどうよ?」
「おはよう雪、今日は宜しく」
「おはよう雪くん、俺も精一杯応援するから頑張ってね!」
「おう、おはよう皆。カズ、ソーゴ、初っ端からぶちかますぞ!テツ、よく見とけよ!」
初戦のスタメンは俺達3人と、部長でCの青木と副部長でSFの水谷だ。
後は2年と3年がそれぞれ数人ずつベンチ入りしていて、1年でユニフォーム貰ってるのは俺達3人だけだ。
俺の番号は10で、奇しくもナツ姉と同じである。
因みに「お揃いだなナツ姉。これもペアルックになるのかね?」って言ったら、顔赤くしてポカポカと叩いてきたわ。
さておき、試合前のミーティングで顧問によれば、余程の事が無い限り初戦は問題なく勝てるとの事。
まぁ油断なんかする気は微塵も無いけどな。
先ずは今年の栄明が一味も二味も違うって所を、他校や観客に見せ付けてやらないとな。
「おいおい雪ちゃん、スゲー悪い顔してるぞ」
「何か企んでる?」
「お前らも俺に対して容赦なくなってきたな、オイ。
ただ初っ端から実力見せ付けて“今年の栄明はヤベェぞ”って所を見せ付けてやろうと思っただけで、何も企んでないっての」
それを聞いていた青木と水谷が
「お前たちは確かに強くて上手いが、俺たちだって3年としての意地と自負がある。おんぶに抱っこで任せっきりにする気はないからな」
「そうそう、特に鶴羽から見れば頼りないかも知れんが、少しは頼ってくれよって話だ」
と言ってきた。
「何当たり前の事言ってんの?
俺は皆の事信じてんだけど。
4月に嫌われて当然のあんな言い方したのに、先輩方の誰一人として俺をハブったり嫌がらせしたりしなかったじゃないっすか」
「確かにあれ言われた時は、“1年坊が何言ってんだ”って反発も強かったが、部活に取り組むお前の姿を見て皆が口だけじゃなく、本気で全国制覇を目指しているって事を感じ取った結果だよ」
他の先輩方も
「お前たちの姿を見て、いかに自分たちが甘い考えだったのか思い知らされたしな」
「上手くいかない時にはアドバイスしてくれて、それで悩んでた事が解決した事も結構あるしな」
「そのくせそれを全く鼻に掛けずに、“皆が上手くなれば、それだけ全国制覇が近くなるじゃないすか”って軽く言うし、そんな奴を嫌うわけ無いじゃんよ」
と口々に言ってくれる。
最後に顧問が
「鶴羽よ、部員たちの意識を変えて纏め上げたのはお前の存在が大きい。でもお前1人が全て背負い込む必要はないんだからな」
とまで言うもんだから
「いや、そりゃそうでしょ。団体競技なんだから仲間信じてプレーしないでどうすんですか。
そもそも先輩方だって元から地力があったんだから、俺のした事なんて切っ掛け与えただけの毛先程度のもんですよ」
「こう言うトコだよなぁ、雪ちゃんの人たらしっぷりが出るのは」
「本当にそう思うよ。キツい物言いに感じる時もあるけど、それは相手の事を思いやってたり問題の本質を突いてたりしてるからね」
「初心者の俺にも呆れずに付き合って教えてくれるし、本当に優しいんだと思う」
「オイ待て、お前らまでやたらと持ち上げるな、こっ恥ずかしいだろうが」
「それだけ皆が感謝してるって事だ。正直技術的な指導はしているが、ここまで気持ちを1つに纏められた事は今までなかった。
俺は栄明がこれから県だけじゃなく、全国でも強豪と呼ばれる事になると信じている。その為には先ず、今日を勝ち抜いて来週の決勝に駒を進める事からだ!では部長から一言」
「ハイ!
今から県予選が始まる。鶴羽も言っていたが、今年の栄明は違うって所を他校に見せ付けてやろう!
そして皮算用にはなるが、恐らく決勝の相手は去年の県代表でウチが準決で負けた籠原になるだろう。
女子共々同じ相手に負けてるんだ、今年は逆に男女共に勝って全国に行くぞ!」
「オオーーー!」
うん、皆中々に気合いが入ってるな。特に3年は今年が最後だし、冬まで残らない3年にとっちゃあ正真正銘高校最後の大会だから、気合いも入って当然だな。
ま、最後にしてやるつもりは更々無いけど。
そして初戦が始まる。
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ガァン!とリングに衝撃を与える音が響き渡る。
ジャンプボールを拾った鷹尾くんからのアリウープパスを受けた雪くんが、開幕ダンクを決めた音だ。
相手は余りの速攻に呆然としている。
試合再開すると、即スティールを決めた雪くんが外で待ち構えている陣くんにパス。
それを受けて陣くんは、流れる様な動作でスリーを撃つ。
思わず見惚れるくらいの綺麗なフォームから放たれたシュートは、リングに触れる事なくネットを揺らす。
それからは一方的だった。
リバウンドは青木部長と雪くんが殆ど取り、攻撃は鷹尾くんを起点にしたパスが水谷さんや雪くんの間を飛び回り、中を警戒すれば外、外を警戒すれば中、と相手は完全に翻弄されてしまっていた。
ビィーーーと試合終了のブザーが鳴る。
103-47と、圧倒的な大差を付けて俺たち栄明バスケ部は初戦を突破した。
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「よっしゃ、初戦突破だぜ雪ちゃん」
「おう、まぁ最初だからこんなもんだろ。次からはもっと強くなるだろうし、勝ち上がってるチームの分析をしなきゃな」
「そうだね、相手がどんなスタイルなのか、中心選手は誰なのか、とかデータは大事にしないとね」
「まぁ三味線弾いてる事もあるから、信じすぎても駄目だけどな。事実今までのウチのデータなんか、今年は役に立ってないだろうよ」
パンパンと手を叩く音に目を向けると顧問が
「皆、初戦はこれ以上無い滑り出しだった。次からも油断せずにいつも通りプレーすれば、今日の目標は達成出来るだろう。スタメンも数人入れ換えて行くから、全員いつでも行けるように準備しておけ!」
「「「「「ハイ!」」」」」
結果としては順当に勝ち上がり、来週の決勝にコマを進める事が出来た。
帰りのバスを待つ間にドリンク切らしたので買いに行く途中、籠原の連中が話しているのを目にした。
「決勝は栄明が相手か」
「ま、去年勝ってるから問題無いだろ。そういや女子も同じ顔合わせって連絡来たぞ」
「マジか!あそこの10番、鹿野千夏だっけ?スゲー可愛いんだよな」
「そうそう、雑誌にも取り上げられてたしな」
「ウチの女子が勝って落ち込んでる所に栄明の男子に勝った俺たちが優しくしてやれば、案外コロッと落ちるんじゃね?」
「いつも一緒に居る女子もレベル高いからな、2人とも落としちまおうぜ!」
ギャハハハ!と下品な笑いをしてる奴らを見て
「・・・決めた、コイツら完膚なきまでに叩き潰してやる」
と、今までに感じた事が無い程に冷え切った感情に支配されていると
「雪ちゃん、アレは流石に俺もブチキレたわ。一緒に叩き潰してやろうぜ」
とカズが話しかけてきた。
カズも最近ナギちゃん先輩と良い感じなので、自分はともかく彼女が軽く見られた事でキレたんだろう。
「カズよ、出し惜しみは無しだ。開始から全力全開で叩き潰すぞ」
「おうよ、雪ちゃん。俺たちを馬鹿にした事を心底後悔させてやろうぜ!」
そう話している所へ
「お前ら!レギュラーでもないベンチ外のクセに、偉そうに何を言っている!」
「しかも他校の女子に対して何て失礼な発言をするんだ、籠原の品位を落とす発言をするな馬鹿者ども、恥を知れ!」
とレギュラーらしき数人の籠原部員がやって来る。
「お前たちは籠原バスケ部員としての自覚が足りん!帰って基礎練5セットだ、分かったか!」
その言葉を聞いて絶望の表情を浮かべる、ベンチ外の部員たち。
「なぁカズ、ちょっとばかり考え直さなきゃならん様だな」
「あぁ雪ちゃん、アイツらは一筋縄じゃ行かなさそうだ」
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帰宅して風呂に入り夕食を摂っていると、ナツ姉に声を掛けられる。
「何かあった?」
「ん?何で?」
「ん~、何か怒ってるみたいな感じがしたから?」
鋭いな、何で分かるんだよ。(キッショとは言わない、いや言えない)
「ナツ姉と同じだよ。帰り際に籠原の奴らがウチに対して舐め腐った発言してるのを聞いちまってな。それで決勝は完膚なきまでに叩き潰してやろうと決めたんだよ。まぁそれを言ってたのは補欠の連中で、レギュラー陣はそれを一喝してたから少しは腹の虫がおさまったけどな」
「そうなんだ、雪くん、勝って全国行こうね」
「おうよ」
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決勝の朝が来た。
今日も朝からヘヴィーなもん出されたけど、流石に抑え目にしておいた。
「さて、そろそろ行くかナツ姉」と玄関に向かう。
ナツ姉がジャージの裾を引っ張って来るので、どうしたのかと思って振り返ったら
「力ちょうだい」と言って、両手を広げて抱きついてきた。
突然の出来事で硬直したが、ナツ姉の背中に手を回して抱き締め返す。
「俺も力貰ったわ、勝つぞナツ姉!」
「うん、一緒に全国だよ雪くん!」
「あんたたち、朝からずいぶんイチャイチャしてんのね、あーアツいったら無いわー。あ、千夏ちゃん、春菜に報告しとくからね♡」
とウィンクかます母さんに対して、2人して真っ赤になってしまった。
それを誤魔化す様に、「「行ってきます、勝ってくるからご馳走宜しく!」」と、言って家を出た。
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それから会場入りしてナツ姉と別れた後、さて集合場所に向かうか、と思った所で籠原の選手に出会す。
「栄明の鶴羽雪くんだね、俺は籠原の部長の澤登だ、今日は宜しく」
「あ~、こちらこそお手柔らかにお願いしますね、まだまだ未熟な1年坊なんで」
「フッ、よく言うよ、まだ本気だしてないクセに(苦笑)それはそれとして、先週のウチの部員の失礼な発言を謝罪する、本当に申し訳なかった」
「あー、見てたのバレてたんすね。
いやいや、ノボリさん始めレギュラーの人たちはそれを咎めてあの人たちに基礎練課してたじゃないですか。
感謝こそすれ、謝罪される覚えはないっすよ。
ただ、あの人たちは性根入れ替えさせないと、学校にまで取り返しの付かない事やりかねないと思うんで、それだけはちゃんとお願いします。」
「分かった、ありがとう。
しかし青木たちの言う通り大した男だな、君は。
栄明を侮辱したウチの選手や学校の評判にまで、気を配ってくれるとは。
青木と水谷の2人が手放しで下級生を褒めるなんて初めて見たから、どんな人物か気になっていたんだが、話してみてよく分かったよ」
「ウチの大将たちとは仲良いんですか?一応ライバル校なんすけど」
「ライバルではあるがバスケットが好きな仲間だからな。
だからこそ勝って全国に行くのは譲れない。
だから今日は勝たせて貰う!」
「へぇ~、こないだ見た時から思ってたけど、ノボリさんって結構アツい人っすよね。
栄明で全国行くってガキの頃からの約束が無けりゃあ、籠原行っても良かったかな、って思うくらいにアンタが気に入ったわ。
でも残念ながら、全国には俺たち栄明が行かせて貰う。」
「「勝つのは俺たちだ!!」」
そう言って笑顔でノボリさんと別れる。
「今日は結構苦戦するかもな。でもそれ以上に楽しい試合になりそうだ」
そう1人呟き、今度こそ集合場所に向かった。
何か思ってたより長くなったし更に長くなりそうなので、ここで一旦切りました。
籠原の部長さんは中々デキた人で、雪くんも千夏との約束が無ければ籠原行っても良かったと言ってたのはかなり本気です。