Gunslinger Girl - Birth of Ws - (旧題『あかつきの少女たち Marionetta in Aurora.』) 作:ふじやまさん
一〇一一四発目の銃声が鳴った。
網状炭素ナノチューブで補強され、一トンの重さにも耐える炭素強化骨格が砕ける。
蜘蛛糸を主原料とした有機繊維が折り込まれて対弾性を持つ高張力筋繊維が抉れる。
受容神経を密に敷かれて、背後の気配も感じ取れる鋭敏な複合型培養皮膚が裂ける。
常人よりも多くのヘモグロビンと、多種多様な薬品が溶け込んだ血液が流れ出る。
しかし彼女達は悲鳴を上げない。
風が重い唸りを上げて、雨が地表をたっぷりと濡らす。
厚い雷雲に空は閉ざされて、辺りは昼夜も定かではないほど暗い。
彼方此方から銃声が聞こえる。爆音が聞こえる。咆哮が聞こえる。
血が止めどなく流れる。雨が洗い流せない程に地に満ちる。
あらゆる意志が交錯し、あらゆる意志が充満し、あらゆる意志が燃え上がる。
そこは銃火に照らされた戦場だった。
猛る暴風雨の中に、血と鉄と炎が渦混するその中に、彼女達はいた。
――私は何なのだろう――?
血で汚れた服を身に纏い、少女は雨の中で誰かに問うた。
――私は誰なのだろう――?
振るう刃に血脂が染み込み、その臭いは彼女の身体に染み付いている。
――私は何時死ぬのだろう――?
少女が手に持つ重い銃器は、これまでに数え切れない人の命を奪ってきた。
――私は何処にいればいいのだろう――?
教えてくれる者はもういない。その答えは、自らで見つけ出さなければならない。
――私は何故、生まれたのだろう――?
戦場の真ん中に、少女たちがいた。
少女は、右手の銃を固く握る。
黒く濡れた彼女の髪は、ナイフで無造作に切り落としたかのように、真一文字に肩の辺りで揃えられていた。
その短い髪が風に弄ばれる。
左手で髪をそっと整え、そして訊く。
「私たちは何なのでしょう?」
言葉を受けたのは、少女の正面にいた、長髪を一つに結った少女だ。
彼女は、左手の銃を固く握る。
そして答えずに、質問を返す。
「私たちは何故生まれた?」
一際強い風が吹いた。
二人の身体に風は噛み付き、二人の問答は音に飲まれて、二人の他には聞こえない。
風が止んだ。
雨がしとしと注ぎ、少女たちの髪を、頬を伝う。
首を流れ、肩を伝い、腕を落ちて、銃を滴る。
零れた水滴が地に落ち弾ける前に、再び風が叫びをあげる。
そして、一〇一一六発目の銃声が鳴った。
* * *
粘りのある、濃い潮の臭い。小さく砕ける細波の音。
東京湾に数あるコンテナヤードの一つ。その鉄箱連なる港へと続く海沿いの道路脇に、黒のホンダ・ヴェゼルが停まっていた。
遠く港の照明受けて鈍く反射するボンネットに、二十代を半分と少しを過ぎた男が煙草を燻らせながら腰掛けていた。
彼の名は、蔵馬辰巳と言う。
アジア人にしては縦に長い身体。着崩した黒地のスーツの下には、衣服の上からでも分かる程に一厘の隙間も無く高密度の筋肉が蓄えられている。しかし、その体躯は人に大柄な印象を与えない。すべての筋肉が理想的な最適量を保っている為だろう。ギリシア彫刻の裸身像が、隆々の筋肉よりも美しさのイメージを見た者に植え付けるのと同じだ。
そんな健康的な肉体美を持つ蔵馬は、今や不健康の象徴と化した紙巻煙草を携帯灰皿で揉み消した。
次の煙草を咥えて火を点す。ライターから発せられた光が、一瞬、蔵馬の相貌を照らした。
彫の深い顔形。眼孔に嵌った目は、彼が今まで何を見てきたのか、底が見えない程に暗く深い。だが、右こめかみに走る深い傷跡と、額や頬やライターを持つ手の甲など表に出ている部分、そして服の下にもある多様無数の傷の跡が、蔵馬の人生を推し量らせる。
蔵馬は肺に溜まった煙を宙に吐き出し、横目で港と、その向こうの海を見る。
海に近寄るのは、貧乏人と犯罪者と日本人だけ。
そんな言葉を昔誰かから聞いたのを、蔵馬辰巳は思い出していた。誰から聞いたのかまでは覚えていない。
しかしなるほど、今の状況を慮ると確かにその通りである。
積まれたコンテナは、これから日本中に散らばっていく様々な物資の山だ。食品衣類雑貨に麻薬に武器弾薬。そして日の食事にも事欠く生活に嫌気が差し、豊かな生活を夢見て一念発起、輸送船のコンテナの中に忍び込んだ密入国者。
それらを荷卸し捌いて国内にばら撒く犯罪者たち。
そして、そんな連中を片っ端から見つけては潰していく自分たち日本人。
「クラマさん、今日の相手は密輸業者ですか?」
ガラスの鈴を打ったような、耳触りの良い、丸みある女の声。
ヴェゼルの助手席に座っている少女の物だ。
開いた窓から顔を覗かせる彼女の年齢は十六歳ほどだろうか。
蔵馬が彫刻的と比喩出来る身体を持っているなら、この少女の顔の作りは、まさに美術的造形その物だった。美を極めた熟巧の彫刻家が生涯一の傑作を彫れば、それは彼女の顔になると言っても、決して過剰でも的外れな表現でもない。
学校の制服らしきブレザーの内にある肢体も、女性としての凹凸がはっきりしており、伸びる手足はネコ科を思わせるしなやかさがある。
都市光に潰されて星一つない暗い夜空に煙を吐き、蔵馬は首を振る。
「一応今回の俺たちの目標は、武器を受け取りに来るテロリストだ」
「なら売人は無視するんですか?」
少女が首を傾げる。動きに伴って、瑞々しく、艶やかで、するりと長い黒髪が頬を伝って小さく揺れた。
「向こうが無視してくれるならな」
「つまり全員やっつければいいんですね」
「最低一人は残せ。情報を聞き出さないといけないからな」
「分りました」
蔵馬のジャケットのポケットから、携帯電話の着信音が鳴った。
煙草を手のひらで握り消し、携帯を取り出す。画面には常盤と表示されている。
『蔵馬君、連中が来た。こっちが当たりだ』
「了解。すぐに行く」
蔵馬は電話と拳の吸い殻をポケットに戻し、車から腰を上げた。
「モモ、行くぞ」
「はい、クラマさん」
モモと呼ばれた少女は微笑んで頷く。
そして、細腕で抱えていたイスラエル制自動小銃タボールAR21のコッキングレバーを静かに引いた。
●
コンテナヤードの片隅。人の気配は驚くほど無い。本来なら巡邏しているはずの警備員は“ある連中”に頼まれて、今は港から離れた飲み屋で酒を食らっている。
今この港にいるのは、コンテナの陰に隠れるようにして集まっている男が十五人だけだ。隠れると言っても遮蔽物の無いただの通路だ。傍から見れば随分と目立つ光景だ。
彼らの内訳は静かに、しかし忙しなく動く五人と、それを眺める十人だ。
大陸から送られてきた膨大な貨物に紛れ込ませた、商品を荷卸ししているのだ。
「こんな骨董品ばっかり仕入れて、あんたら原始人と戦争する気か?」
荷卸しを指揮する男が肩をすくめる。普段から良い物をたらふく食べているのか、全身にたっぷり脂肪を膨らませている。薄暗いコンテナヤードでどこか陰のある男たちを指揮するよりも、休日の河川敷で少年野球チームの監督でもしている方が似合いそうな風貌だ。
だがこの肥満男は、東アジア一帯で活動する武器の密輸商だ。彼の本国である中国で銃器をマフィアから買い付け、東アジアのあちらこちらにばら撒く迷惑な仕事を生業としている。
今回運んできた荷物は、世界中で弾をばら撒く名銃AK-47のコピー品が十挺と、その弾薬を六百発。
AK-47の装弾数は三十発、一艇あたりマガジン二本分の弾しかない。たったこれっぽっちで、一体何と戦うつもりなのだろう。
「原始人なら対話を試みるが、生憎我々の敵は言葉が通じない畜生だ」
答えるのは荷卸しを眺める集団の、リーダー格の男だ。武器商は男の芝居掛かった言い草に肩をすくめ、自身と対照的に酷く痩せこけた姿を密かに観察する。一言で言えば気味の悪い男だ。眼孔が落ち込み一見するとミイラの様だった。ホームレスと見間違わん異臭を放つボロボロの服を着て、露出した肌も隈なく煤と泥と垢で汚れている。実際ホームレスとして日常を過ごしているのかもしれない。
汚れた外見はこの男に限らず、他の連中も似たような恰好をしている。中には片目のない者や指を失っている者、顔面を強打されて骨が折れた後に病院に行けずおかしな状態で骨が固まってしまったらしい者、この平和な日本でどう生きればそうなるのか尋ねてみたくなる者たちがいる。
「なるほど、確かにハンティングには十分だ。何を追うんだ? キジか?」
銃の買い付けなど、これまで日本では暴力団相手などの小口の買い付けが年に数回あるか無いかだった。だが最近はよく売れる。
客は、いわゆるテロリストと呼ばれる連中だ。数年前までは日本では虫の息どころか存在していたのかどうかも怪しい連中だった。近ごろ何処から湧いたのか、日本のアンダーグラウンドをチョロチョロとうろつき始めている。
武器を買いには来るが、日本の新聞にテロ事件が起こったというニュースが載ることは無い。武器を持って地下に潜り、一体何をしているのか。見当もつかないが不気味な奴らだと武器商の男は内心一線を引いて彼らと付き合っていた。
テロリスト達は受け取ったAK-47をそれぞれに行き渡らせ、どこで習ったのか動作点検をさせている。コンテナから降ろされた弾薬をすぐマガジンに詰めて、銃に装填する。
「おいおい、せっかちな連中だな」
「代金は支払っただろう」
確かにコンテナを開く前に料金は受け取っている。汚い身なりからは違和感を覚えるほど、綺麗な新品の札束を彼は手渡してきた。
「そりゃそうだが、いきなり戦支度されたらこっちもビビるさ。だいたい何だ、ぞろぞろと手下連れてきやがって。目立つったら無いぜ」
「最近我々の仲間が、頻繁に襲撃を受けているのだ」
「それで早速、買いたてのオモチャを使おうってか」
リーダーの男はこれ以上応じず、納品書を確認し始めた。
襲撃を警戒するのは結構だが、目立つ彼らに吸い寄せられて、警察がやって来たらどうするつもりなのだろうか。自分たち密売人は、敵の襲撃よりもお巡りさんが怖いのだ。今後この男からの注文は、受けない方がいいかもしれない。
武器商は再び肩をすくめて、ジャケットの下に隠したマカロフPMを撫でる。
襲撃事件の話は、彼も聞いたことがある。
日本での密輸品取引は、警察が介入してくることは間々あるが、敵対勢力から襲撃を受けることはまず無かった。そういう意味では何とも治安がよろしく、安心して非合法活動が出来たものだった。
それが去年あたりから、取引中に何者かに襲撃に合う同業者が出始めたのだ。
いや、襲撃というよりは神隠しに近い。取引現場にいた人間は皆消え失せ、商品も掻っ攫われる。後に残るのは、僅かな血痕と弾痕だけ。
まるで都市伝説だが、実際に起こっている事件なだけに笑えない。
突然、テトリストたちが騒がしくなる。
「どうかしたのか?」
「見張りに周らせていた者が、人を捕まえたらしい」
「おいおい、こいつらの他に見張りまで連れてきてたのか」
「当然だ」
「あのなぁ……」
こいつらは悪事を働いた経験に欠けるようだ。
人が増えれば増えるだけ、一般人に目撃される危険は増す。そうすれば通報される可能性は桁違いに増すのだ。見張りをその辺にブラつかせるなんて論外だ。人は最低限度、出来るだけ人目に付かないように動いて、さっさと仕事をし、誰にも見つからないように帰る。
見張りは現場に置くのではなく、この取引現場に通じる道路に配置して、警察車両が通った時にだけ連絡を入れさせるのだ。そして、その見張りからは連絡が入っていない。
恐らく、いや間違いなく、捕まえたのは堅気の人間だ。
「そいつだ」
リーダーの男が小銃の銃口で指した方、通路の陰から少女が一人、下っ端テロリストに連れてこられていた。学校の制服らしいブレザー姿に背中にギターケースを背負った、綺麗な髪の目見麗しい少女だ。
「こいつは……」
武器商は少女の美しさに思わず息を飲む。彼も仕事柄、接待業務として組織の上役や取引相手の機嫌を取るために器量の良い娘を集めてプレゼントすることがある。美人は見慣れているはずだったが、しかしここまで美しい少女は見たことが無かった。
怯えた様子で男たちが手に持つ小銃を見て、自分がどういう場所に紛れ込んでしまったのかを察したようだ。
「あ……私……」
少女の震える声で、 武器商は我に返る。
そして凄まじい勢いで悪化する状況に辟易する。
テロリストが連れてきたのは、やはり一般人だった。しかも子供。決定。もう二度とこいつらに物は売らん。
武器商は吐きたい溜め息を我慢して、殺気立つテロリストに代わって少女に話しかける。
「お嬢さん、何しに来たのかな?」
「え……あの、わた、私……ギターの練習をしに、き、ました」
「そうかそうか。精が出るね」
深夜のコンテナヤードなら人もおらず、誰にも迷惑をかけずに好きなだけ楽器の練習が出来るだろう。自分も若いころ、ギターに夢中になった時期があったが、練習場所を探すのに苦労したものだ。彼女の深夜の散歩、とてもよく理解できる。
だがしかし、選んだ場所が最悪だった。
男は微笑みながら、少女に歩み寄る。
「だがね、ここは私有地だ。勝手に入ってはいけないよ」
近くで見ると、ますます美しい娘だ。売ればいったい幾らになるだろう。これほどの上玉なら、贈り物としても極上の品となる。難航している交渉のいくつかが好転するに違いない。少なくとも中古品を細々としか買わない、チンケな日本人を相手にするよりかは稼げるはずだ。全く、できれば別の機会に会いたかった。
取引現場を見られたら殺すしかない。生かしておけば、どうしたって必ず足がつく。そうすれば、自分は逮捕され、貨物は押収され、本国のお偉いさんは怒り狂う。結果出所と同時に、見せしめとして『暴走車』に轢き殺されるか、何処かの海岸で水死体として発見されるだろう。
お偉いさんの虫の居所が悪ければ、拉致監禁拷問されてから粉砕機にかけられ豚の飼料になることだって十分あり得る。
殺すデメリットと生かすデメリット。生かす方がわずかに上回る。
男は懐からマカロフを取りだし、少女の額に照準を合わせた。
「来世(つぎ)からは気を付けるんだよ?」
「ええ、貴方もね」
引き金が引かれたマカロフは、まるでカメラの向きを直す様な、恐れも躊躇もない少女の左手で横に逸らされていた。当然、弾は外れる。
「あっ……」
弾が頬脇を通過した時、彼女の右手はブレザーに隠された腰のガンホルスターに回っていた。
抜かれるのはベレッタ社の自動拳銃Px4 storm SD。
そして、銃声。
●
テロリストと密売人に囲まれたモモは、まず自分に話しかけ、そして銃を向けてきた男の胸に9mm弾を撃ち込んだ。一発二発三発。心臓部に銃弾を受けた男は即死する。
続いて射線に一番近いAK-47を携えた男に発砲を移しながら、モモは膝を折って身を屈める。
背負っていたギターケースは一つしかない留め金を一指で開き、中身を放り出した。中に入っていたのはタボールAR21。
撃ち尽くしたPx4を放って宙のタボールを掴み、弾丸で敵を薙ぐ。弾を受けて、テロリストと密売人の二人が血を吹き出しながら崩れ落ちる。
男たちが呆気から意識を取り戻すまでに、すでに四人が屠られた。
彼らは応戦を始めるが、モモはその細い肢からは考えられない脚力で跳び、敵弾を躱す。コンテナで出来た壁を蹴って慣性を得て、そのままテロリストを跳び越え十数メートルの距離を取った。
着地と同時に射撃。左腕で頭部を庇い、片手で小銃を手繰る。
「モモ!」
モモが連れて来られた方向から、蔵馬がSIG P220拳銃を構えながら駆け出てきた。
蔵馬は自分に銃の向きを変えるテロリスト達に二発ずつ撃ち込んで、正確に確実に射殺する。
挟まれた男たちは混乱に陥り、無茶苦茶に応射するが、跳ね上がり動き回る銃口に踊らされた弾丸は四方八方へ散って狙いった場所へは一発も届かない。当然だ。彼らが手に持っているのは『命中率の悪さ』の代名詞になっているAK-47の、それもどこで造られたのかも定かではない模造品である。それをフルオート、腰だめに近い素人撃ちで使っているのだ。
多少心得のあるらしい密売人が、マズルフラッシュの中でマカロフを弾く。拳銃弾はモモの左肩を掠って血を吹くが、モモは痛がるどころか瞬きすらせずに撃ち返した。
ある者は喉、ある者は頭蓋、心臓、腹、的確に急所を狙われ、波止場の悪人たちは次々と血の池に沈んでいく。
そして最後。残るのはテロリスト達のリーダーだった男だけになった。
「くそっ!」
男はAK-47の銃口でモモを追うが、弾は狙ったところに一つも飛んで行かない。三十発を撃ち尽くし、AK-47は白煙を上らせ静かになる。替えのマガジンは無い。そして味方も、もういない。
銃撃戦が始まって一分も経たずに、彼らはモモと蔵馬に壊滅させられたのだ。
蔵馬とモモはトリガーに指を掛けながら、銃口の先で立ち尽くす男に声を掛ける。
「あなた銃撃つの下手ですね」
「お前銃の撃ち方を知ってるか? 銃はな、撃ちたい相手を狙って引き金を引くんだ」
「く、くそおおおお!」
男は小銃を放り出し、鼠のように素早く武器商が落としたマカロフに飛びついた。そしてモモに狙いを定め、引き金に指をかける。
しかしマカロフが火を噴くより先に男から血飛沫が二つ舞う。一つは蔵馬が撃った右肩から。二つ目はマカロフを持った男の手から。
神経を焼く痛みに、男は悲鳴を上げる。
「やるー!」
モモは感嘆を漏らして、海沿いのガントリークレーンに手を振った。そこに、男の手を狙撃した仲間がいる。
蔵馬は男に向けていたP220を降ろし、呻く男の腕を後ろに回して手錠をかけた。
「目標確保。撤収だ」
「くそ……くそくそくそくそ!」
痛みに身悶え、脂汗を全身から滴らせ、男は呻いた。
何なのだ。一体何が起こった。
年端もいかない子供と、たった一人の男に、全滅させられた。
警察では無い。警察はこんな無茶苦茶しない。
この国で、こんな一方的な暴力を振るえる存在など、あるはずがない。
「お前ら……一体何なんだ……!」
臓物から絞り出すような苦渋に満ちた問い掛け。
対して蔵馬は、明日の天気を教えるような何気なさで答えた。
「お前らの敵だ、国家の敵(テロリスト)ども」
●
「あのー、クラマさん?」
「…………」
「その、ごめんなさい……」
「黙って傷を押さえていろ」
深夜の首都高速を走る蔵馬のヴェゼル。東京湾からどんどんと北上していく。
潮の臭いはとっくに消え失せ、都心の明かりも通り抜け、ヴェゼルの周囲は徐々に街から山へと移っていく。
運転席には蔵馬がおり、その隣でモモが気まずそうに蔵馬の顔を窺っている。
現場を処理班に任せ、二人は奥多摩にある本部へ戻る最中だった。
モモはブレザーを脱ぎ、裂けた肩部に回収班から貰ったガーゼを押し当てている。赤く染みたガーゼを指先で弄び、申し訳なさいっぱいという表情で蔵馬と道路照明灯へ交互に視線を移していた。
今回の作戦は、武器を手に入れようとするテロリストへ奇襲するはずだった。取引の最中のテロリストを陰から二人で銃撃する手筈で打ち合わせをした。そうすれば被害も軽微で穏便に済ませられる。結果が同じなら楽に仕事をしたいのは、どんな稼業でも同じだ。
だが実際蔵馬たちが演じたのは、正面からの銃撃戦を大立ち回りである。モモを助けるために咄嗟に飛び込んだが、今思えば死んでいてもおかしくない程危険な状況だった。
「お前もうスカートを履くな」
「そんな……」
こんなことになったのも、潜入中にモモが海風に煽られて覗いたスカートの中身を、蔵馬が見たとか見てないとかで騒ぎ始めたのが原因だった。そこを哨戒していたテロリストに見つかり、蔵馬は咄嗟にコンテナの陰に隠れたがモモは連行され、あの顛末である。
「ううう……嫌だよぉ……」
「マジ泣きすんなよ……」
泣きべそをかくモモに、蔵馬はうんざりしながら煙草を咥える。
「嫌なら二度と作戦中にあんな真似するなよ。今回の件はお前のパンツの色まで報告書に書くからな」
「…………はい」
「……………………」
「……………………」
しばらく沈黙が続く。
「…………やっぱりパンツ見たんですね」
「ほんと懲りないなお前は」
ヴェゼルは八王子第二インターチェンジから一般道に降りた。赤信号でヴェゼルが停まる。蔵馬は助手席のグローブボックスを指差した。モモが開くと、中には拳銃の予備マグやティッシュ箱に混じって新品のガーゼと包帯が入っていた。
信号が青に変わり、エンジンが静かに回る。
モモはガーゼを替えて、血の染みたガーゼと新品ガーゼの包み紙を丸めてスカートのポケットに入れた。
奥多摩の山道を走りながら、蔵馬はモモを一瞥する。
「お前に出来るだけ長持ちしてほしいと思っている。本当に頼むぞ」
「はい……あの、蔵馬さん。怪我とか、してませんよね?」
「してない。お前の肩は、大丈夫か」
「大丈夫です。私は修理できますから」
自傷気味にそう言って、モモは肩の傷を撫でた。
彼女の言う通り、モモはあらゆる怪我も『修理』が可能である。
銃で撃たれて腹に大穴がぽっかり開いても、四肢をナイフでちょん切られても、爆発に巻き込まれて全身真っ黒焦げになっても、脳さえ無事なら『修理』が出来る。
彼女の体は半分以上が人工物で出来ている。
骨は網状炭素で補強された人工炭素強化骨格。
筋肉は有機繊維が折り込まれた培養超筋繊維。
皮膚も研究室の冷蔵庫で培養された人口表皮。
ガーゼに染みた血にも色んな薬品がいっぱい。
そして彼女には戸籍がない。彼女には過去がない。彼女は人間ではない。
神は自らを模して人間を創った。
そして人間は、自らを模して彼女たちを造った。
生体義肢・サイバネティックス。ATD-06。義体名『モモ』。
彼女は日本政府が造った、義体と呼ばれるサイボーグである。