Gunslinger Girl - Birth of Ws - (旧題『あかつきの少女たち Marionetta in Aurora.』)   作:ふじやまさん

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第16話

 肌に噛み付く凍れる乾気を注ぐ空は、既に薄暗い。十二月の夕暮は瞬く間に夜闇に溶ける。濃紺の空に覆われたから風の吹き荒ぶ大阪の街を、モモはいまだに失神したままの美希を背負ったままひょこひょこ歩み進んでいた。

 

 モモの美しく流れていた髪は乱れ、寒さに反して微かに汗がにじんでいる。蔵馬に買って貰ったばかりの赤いコートは車のオイルやらなんやらで汚れ、一部破れてしまっていた。ローファーも片足ぶっ壊れたタクシーの中に忘れてきてしまったらしく、右足にしか靴を履いていない。

 

 背中に美希を担ぎ、銃が収められたギグケースを肩から前体にぶら下げる様は、クラスみんなのランドセルを担いで帰る、いじめられっこの小学生を髣髴とさせる。

 

 大破したタクシーから抜け出したモモは大通りに戻ると、往来する人々に新大阪駅の方向を尋ねると、駅へ向かって黙々と太畷を進んでいた。すでに数十分は歩いただろうか。坂崎にもう一度連絡を取ることが出来れば良かったのだが、自動車で追突された衝撃は借りた携帯電話を粉々に破損してしまっていた。

 

 モモは背中の美希を背負い直す。その揺れに美希は小さな頭をカクンと動かすが、目を覚ます気配はない。なかなか覚醒しない美希に、一時は重篤かと焦ったモモだったが、美希の呼吸は安定しており、時折むにゃむにゃ言っているので、単に眠っているだけだろうと判断していた。

 

 昨晩は眠れなかったような事を言っていたし、疲れも溜まっていることだろう。眠れるならば眠っておいた方が良い。それに、起きていたとしても、美希はもう自力では歩けまい。彼女の右足首は強く打ちつけてしまったらしく、青々と腫れあがっていた。骨折している可能性もある。仮に骨が無事でも、腫れが引くまで一歩も動けないだろう。

 

「……うー、寒いなぁ」

 

 師走の寒風が一迅吹き付け、モモは思わず立ち止まって身を縮こませる。夜になると寒さも一入だ。立ち止まって、モモは自分の息が少し上がっている事に気付いた。冷えた大気を深く吸って、替りに白い息を吐き出す。それを三回繰り返してから、再び歩き出した。

 

 冷えた指先や耳に痛みは無い。義体は戦闘用というその用途上、痛みに鈍感に出来ている。だが痛みを消しても、寒さは取り除いてくれないらしい。それに腹の辺りも何故か寒い。まるで指先や側頭部、お臍の辺りから氷水を注入されている様な、奇妙な感覚だ。寒気に身体の末端部から徐々に体深部を侵食されていて、不快な寒さが気力を削ぎ落す。

 

 背中に当たる美希の胸の辺りが柔らか温かいのが救いだった。他者の巨乳を嬉しく思ったのはこれが初めてだ。おっぱいは脂肪だから発熱効果は無いと、早朝の訓練場で寒そうに身体を揺すりながら言っていた石室の言葉を思い出す。確かに発熱はしないだろうが、柔らかい物は柔らかいというだけで価値があるのだ。柔軟な物に触れていると、それだけで気が紛れる。

 

「――――っと?」

 

 急に脚の力が抜けた。

 

 倒れ込みそうになるのを、歯を食いしばって堪え、深呼吸。モモは自分の脚を見下ろす。所々破れた黒タイツに包まれた脚は、小刻みに振るえていた。振るえが収まるのを待ち、そして再び力が入ったのを確認して、移動を再開した。

 

「……うー、寒い」

 

 口に出したからどうかなる訳でもない。蔵馬がいたら泣き言言うなと頭を叩かれるかもしれないが、つい声に出る。

 

 寒い。妙に寒い。

 手や素足の左足も寒いが、それよりもお腹がやたらと寒い。

 

 不審に思い、モモは足を止めた。体の前傾を深くして美希を背中で支え、右手を美希の臀部から放して自分の腹を探ってみる。臍の右横辺りが濡れていた。羽織ったコートの生地までたっぷりと水気を含んでジクジクと湿っている。ここから体温が吸われていたようだ。

 

 寒さの原因は分かったが、しかし何故ここが濡れているのだろう。

腹をなぞった掌を見ると、真っ赤に濡れていた。かすかに鼻腔に届く鉄臭さ。血液だ。

 

「……困った」

 

 モモは周囲に歩行者がいないことを確認すると、傍にあった道脇の電柱の陰に身体を隠し、服をめくる。本来は白く滑らかな肌があるはずのそこは鮮赤に染まり、細長い針金のような物が深々と突き刺さっていた。タクシーの中で美希を庇った際に、破砕し飛び散った車の部品だろう。衣類を貫通してしまっていた為、そして興奮状態による鎮痛物質の大量分泌の為に気付かなかった。この怪我のせいで寒さに悴んでいたはずの四肢に痛みが無かったのだろう。

 

 義体は負傷も無視して任務を継続する為に、外傷を追った場合、大量の鎮痛物質が脳内に分泌される。しかしこれだけの負傷に気付かないとは、相当な量の脳内物質が分泌されている証だ。義体は脳が動くたびに脳細胞が死滅し委縮する。この数十分で、何日分の寿命を失ったのだろう。

 

「クラマさん、怒るかなぁ……」

 

 モモは針金を爪先で摘まむ。抜いてしまうかどうか、一瞬悩んだが、刺さったままでは傷が広がる恐れがある。抜いてしまう事に決めて、モモは一気に引き抜いた。腹腔から出てきた針金は10センチほどの長さで、ぬるりと赤黒い糸を引く。針金が抜けて空いた穴からとぷっと色の濃い血が吹き出すのを手で抑える。

 

 義体の血液は赤血球が多く含まれているが、血小板も多い。多少の傷ならすぐに塞がってしまうが、この傷はどうだろう。内臓まで負傷していたら応急処置が必要だろうが、痛覚が無いためどの程度の怪我なのか判断が付かない。判断出来たところでどうしようもないが。

 

 どっちみち今できることなど限られている。早く蔵馬と合流するしかない。

 モモはコートのポケットからポケットティッシュを取りだして丸めると、傷口に捻じり込んだ。これで一応の止血にはなるだろう。

 残ったティッシュで衣服に染み込んだ血を拭き取り、服を正してモモはまた歩き出した。

 

 赤いコートを着ていて良かった。大きさの割には歩行者の少ない道を通っているが、すれ違う人はゼロではない。ボロボロのモモが同年代の少女を負ぶっているだけで人目を引くが、それでも『変なのがいるなぁ』程度の奇異の目で見られるだけだ。これに血染め衣装が加われば通報不可避だったろうが、血がほぼ同色の生地のお陰で、目立たずに済んでいる。

 

 いや、いっそ通報された方が良かったのだろうか。

 どんな手段を講じているのかはモモの与り知らないところだが、恐らく美希を狙う連中は、ある程度こちらの位置を把握している。

 

 次の瞬間、またクルマで突っ込んで来てもおかしくないのだ。地元の警察に一度保護してもらってから、蔵馬が迎えに来るのを待った方が美希の安全を考えると上策だったかもしれない。

 

 しかし自分は、人間基準で見れば大怪我を負っている身だ。もし病院に連れて 行かれて血液一滴でも検査されるとまずい。それに弾薬てんこ盛りのアサルトライフルと拳銃を携帯している。もし見つかれば、武装した女が警察署内に潜入してきたと大騒ぎになってしまう。

 

 秘匿性第一のセンターにとって、最も起こってはならない事態の一つである。非合法の粋を結集した国立児童社会復帰センターにとって一番怖いのは、皮肉なことに警察や法務省といった国家権力なのだということが、義体になって初めに教わる事だ。

 

 警察に助けを求める案はやはり却下。根性出して歩こう。

 黙々と足を動かすモモの頬に汗が伝う。すれ違うクルマのライトに煌めくそれを肩口で拭って、気付く違和感。

 

 発汗しているなら体温は上昇しているはずだ。だが寒気が溶け出す気配はない。それどころか感じる寒さ徐々に増している。どうやら単純に体が冷えている故に得ている寒気では無いようだ。

 

 脳のどこかが誤作動を起こしているのだろう。よくあることだ。

 痛覚を消して、本来の体感体温すら消し去って、偽りの感覚を創り出す。

 本物の部分など存在しない義体にとって、何かの弾みで起こる日常的な不具合。構造の解明すら碌に終えていない脳という未知の器官に、未発達で実験的な人的処置を加えた当然の帰結としての動作不良。

 

 感じるはずの無い感情を得て、感じるはずの感情を得ない。

 何かを異常に恐怖して、あるいは何かを異常に固執する。

 戦場では身体のどこにも痛みを感じない。

 

 だが、痛みの一切を感じない訳では無かった。

 戦場では負わない痛みは、日常の中にこそある。 

 身体では無いどこかが、無条件で無作為で無意味な痛みを感じてしまう。

 

 何が痛いのか。自分だけが痛いのか。どこが痛いのか。一体いつの傷なのか。何故痛いのか。

 今も、身体はどこも痛くない。腹に穴を開けて、全身に擦り傷と打撲を受けて、タイツ一枚の足裏に小石を踏んでも、何も感じない。

 だが、身体では無い『どこか』に、ずっと痛みを抱えていた。

 

「……う……ん……」

 

 背中の美希が小さく息を漏らした。

 その声を聞いて、モモの『どこか』がまたチクリと疼く。

 美希と一緒にいると、モモの『どこか』は疼痛を感じていた。不快感は無い。もちろん心地よい訳も無い。

 

 彼女と出会った時からこの痛みはあった。

 マクドナルドの店内で、苦しんでいるような、後悔しているような、不幸せそうな顔をして、ぼんやり頬杖をついている美希を見かけた瞬間に感じた痛み。初めて得た微かな痛み。これも脳の誤作動なのだろう。幻肢痛に近い、脳だけが感じる存在しない痛みなのだろう。

 

 だがモモは、無視してもいいこの痛みの正体が気になった。故に自覚の有無はさて置き、好奇心に駆られてわざわざ彼女の前に座ったのだ。

 

 あの時に得た好奇心の正体を、モモはまだ掴んでいない。

 だからだろう。坂崎に美希を見捨てても良いと暗に言われたにも関わらず、いまだに彼女と共にいる事を選んだのは。

 

 例え蔵馬に美希と一緒にいるように命令されたとしても、序列は坂崎の方が上だ。離れても良いと許しを得たのだから、『センターからの命令を遵守する』という“条件付け”の絶対の強制力からも、モモは既に美希から解放されている。

 

 京都駅で見捨ててもよかった。タクシーの中に放置してもよかった。

 今眠りこけてる美希を道端に捨て置いて、一人で新大阪駅に向かってもいいのだ。

 身の安全を考えればそうして然るべきだ。例え蔵馬の命令に背いたことになっても、腹の傷を見れば、仕方がないと納得して治療に出してくれるだろう。

 

 しかしモモは頑なに、美希の傍から離れずにいる。美希と共に行くことを選んでいる。

 

「……ん……う……寝てた……」

 

 背中に乗せた肉付きの良い身体がもぞもぞ蠢く。寝ぼけ頭は浮いた足の裏が不安らしく、地面を求めて脚で宙を掻く。

 

「動いたら落っこちちゃいますよ」

 

 ずり落としかけた美希の尻を抱え直し、モモは首を回して美希に笑いかける。

 

「おはようございます」

 

 美希は三白眼をシパシパ瞬かせて、周囲の状況を咀嚼しようとするが、状況が良く飲み込めないらしい。先ほどまでタクシーの中にいて、強い衝撃を受けて気を失い、目覚めたらモモに背負われてどこかの街中にいるのだから無理も無い。

 

「おはよ……ここ……どこ? どういう状況?」

 

「どこまで覚えてますか?」

 

「えっと、タクシーに乗ってて、凄いガーン! ってなって……それで今」

 

「だいたい覚えてますね。タクシーにヤクザが突っ込んで来たので逃げました。今は美希さんをおんぶして新大阪駅に歩いて向かっている最中です」

 

「また守ってくれたの?」

 

「はい」

 

「そっか……ありがとう……だからモモ、ボロボロなのか……怪我、怪我はしてない?」

 

 モモは一瞬返答を思案し、嘘を吐く事に決めた。腹の傷を見せたら、きっと美希は自分に責任を感じるだろう。それは、なんだか嫌だった。

 

「大丈夫です、私はとても丈夫なんです。美希さんこそ、右足が腫れてますけど痛みませんか?」

 

「え? わ、本当だ……。自覚したら痛みがちょっと来たかも……」

 

「分りました。このまま行きましょう」

 

「ごめんね……その、重くない?」

 

 体重に関して何か思うところがあるのか、美希は遠慮がちに尋ねてくる。

 

「問題なしです。軽いですよ」

 

 義体にとって、高々数十キロ程度のウェイトなど苦にもならない。イタリアでは500kgの爆弾を単独で持ち上げた例があると聞く。美希が平均的な女子高生の体重を多少オーバーしていたところで、モモにとっては無いに等しい差だ。

 軽いの一言に美希はあからさまな安堵を見せた。よほど気にしているのだろう。

 

「あれ、モモ靴片方ないじゃん……私の履けば?」

 

「サイズはいくつですか?」

 

「24センチ」

 

「履けませんね……」

 

「24で履けないか……。はは、モモってところどころサイズ大きいよね。背も高いし、胸はそうでも無いけどお尻とかかかかかか! 痛い痛い! 尻をつねるな!」

 

「またお尻の話をしたら私より大きく腫れあがるまで打ちますよ」

 

「ご、ごめん……」

 

 温和なモモの琴線に触れて、美希は少し縮こまった。だが、完全無欠の美少女に見えていたモモにもコンプレックスがあることを知り、そこに触れられムキになる彼女に愛嬌を感じたのだろう。美希は溢すようにして笑う。その失笑にモモも釣られて笑う。

 

「笑ってる場合じゃないんだろうけどね……」

 

「でも、ムスッとしてたって仕方ありません。クラマさんも言ってました。人間深刻そうな顔をするのは機嫌の悪い上司の前にいる時だけでいいって」

 

「あの人ずっと深刻そうな顔してるけどね……」

 

「クラマさんが本当に深刻な顔をしたらもっと凄いですよ」

 

「何と無く分かるわ……こう、仁王系?」

 

「におう?」

 

「そっか……モモは仁王さまを見たことが無いか……せっかく大阪まで来たんだから、ついでに東大寺に寄ってみなよ。蔵馬さんと一緒にさ」

 

「連れて行ってくれるかな……」

 

「モモみたいな美少女の誘いを断る男が、この世に存在するもんですか」

 

「クラマさん普通に断ってきますよ。全然優しくしてくれないし、意地悪だし、ひどい人です」

 

「でも好きなんだよね……? 見てたら分かるよ」

 

「好きですけど……そんなに分かりやすいですか?」

 

「そりゃもう……確かに蔵馬さん格好いいけどね。良い声してるし、顔の彫り深いし、背も高いし、声も低いし。身体大きい割に指が細めなのもポイント高い。あと声。モモは蔵馬さんのどこが好きなの?」

 

「どこ……全部?」

 

「全部か……もうちょっと具体的な話が聞きたかったけど、全部なら仕方ないね。まあ、頑張ってアタックしなさいよ。とりあえずデートに誘ってさ」

 

「デート……行けたら、いいですね」

 

 モモは立ち止まって、上がりつつあった息を整える。

 寒気は依然身体の芯に居座っている。それどころか、徐々に強まってきていた。背骨まで凍り付いているのかと錯覚するほどだ。

 

「寒いですね……」

 

「そうだね。でも、モモが温かいから辛くはないよ」

 

「……。そうですか、良かったです」

 

 やはり、体温と感覚がずれている。

 寒くて仕方が無いはずなのに額から流れてくる汗に、つい乾いた笑いが出た。

 

「ふふ……」

 

 それを疲労と見たのだろう。

 美希はモモの肩を叩いて言う。

 

「下ろして、自分で歩くから」

 

「その脚じゃ無理ですよ」

 

「いいから」

 

 配慮か、遠慮か、美希はモモから下りようともがく。

 

「はーやーくー!」

 

「もー! 我儘言って!」

 

 根負けして、モモは美希を下ろし、腰に手を当て薄く溜息。

 歩ける訳がない。軽い捻挫で、いや、靴擦れ程度の怪我でも、人は歩行に何を来す。倍近くまで腫れた脚では立つ事すら儘ならないだろう。

 

 コンクリートの大地に降り立った美希は片足で立ち、恐る恐る腫れた右脚を爪先から着地させる。

 

 ほんの僅かな負荷が右足首に掛かる。体重の何十分の一の負荷。有って無い様なストレス。それが引き起こした、焼き焦げる如き激痛。ジュッと白灼した石を氷浮く冷水に投げ込んだような音が、聞こえた気がした。

 

「痛――――ッ!」

 

 神経が軋みを上げ、条件反射で全身が振るえる。痛みに大腿の筋肉が痙攣を起こし、視界が白く千切れた。目尻から涙が湧き出る。

 

 大企業の重鎮の孫娘、そして敏腕外交官の娘として何の不自由も無く蝶よ花よと愛され育った美希にとって、これまでの人生で味わった事の無い、特上の激痛だった。

 

 身体から力が抜けて、腰から砕けて崩れ落ちる。脂汗が染み出て全身を濡らした。

 人間には我慢できる痛みの限界がある。一定以上の痛みを受けると身体は動作を停止し、それを超えると痛みを受容すると耐えられずショック死する。

精神を凌駕する人体の限界を、若干十六歳の少女は身を持って知ったのだった。

 

「痛った……い……」

 

「ほら、歩けないでしょう? 乗ってください」

 

 蹲ってすすり泣く美希にモモはコートから出したハンカチを握らせ、膝を折って背中を向ける。

 モモの言う通りだったと、美希は軽率な行動を反省する。

 美希は涙を拭こうとハンカチを顔に近づけ、

 

「……………」

 

蝋人形の如く硬直した。そして顔が、恐怖と後悔と苦渋に満ちて歪む。ポロリと涙が零れた。それは痛みとは別の起因に発した、とても濃い一滴だった。

 

「…………いい」

 

ハンカチをきつく固く握り締め、涙も流れるままにして深く息を吸う。そしてギッと音がするほど奥歯を食いしばり、両手と左脚で体を起こした。肩で荒く息をして右足を浮かし、ケンケンと道端のフェンスに寄り掛かる。

 

「美希さん……?」

 

「いいから……。行こう」

 

 ずりずりと、這うようにして壁伝いに動き始めた。

 遅々として、蛞蝓の様に全身から汗を滴らせ、見るのも憚れる程の深い顰み面を浮かべて。

 

 その姿は大怪我を負っているモモよりも痛々しく、そして焦燥的だった。

 急かされる様にして必死に前に進む美希を、モモはしばらく黙って眺める。

 だがそれも束の間の出来事だった。集中する力を痛みに削がれた美希は、バランスを崩して転げる。地面にぶつかる寸前で、モモが飛び出しその身体を受け止める。

 

「私はいいから……大丈夫だから……」

 

 自身を抱えるモモの腕を押し退けようとする美希。

 美希の突然の変化を飲み込みきれず、モモは美希の正面に回り込む。肩を掴んで、顔を上げさせ、美希の涙に沈んだ三白眼を真っ直ぐに見据えた。

 

「美希さん……?」

 

「早く……蔵馬さんのところに行かなきゃ……」

 

「だったら私の背中に乗ってください」

 

「でも……」

 

「乗ってください。私は早くクラマさんのところに行きたいんです。」

 

 強めの語調で言い、モモは再度背を美希に差し出す。

 逡巡に三瞬ほど費やし、そして観念したように美希はモモの背中に身体を預ける。強く噛み締めすぎた唇には犬歯が貫き、口端から血が滲んでいた。

 美希の身体をしっかり背負い込み、初めと同じように黙として進む。

 

「ごめん……」

 

「どうして謝るんですか」

 

 違うのは、二人の表情。

 泣き続ける美希と、困惑するモモ。

 

 何故、と問うたモモに、美希は手に握っていたハンカチを見せた。

 モモの懐から渡されたハンカチ。それには、紅い血糊がべっとりと付着していた。

 血塗れのハンカチを目の前に出されて、モモは己の失態に頭を垂れる。

 

「……怪我してるじゃん……!」

 

「……はい」

 

「こんな……こんなに血が出るくらい怪我してるのに、今も私のこと背負って……私の事ばっかり気付かって……!」

 

「……大丈夫なんです、本当に。気にしないでください」

 

「気にするよ! するに決まってんじゃん!」

 

 心の吐露。美希は泣きながら、己の額をモモの後頭部に打ち付ける。

 

「私と同じ歳の女の子がさ! 私のことを護るって言うんだよ!? 気にするよ! だっておかしいもん! 変だもん! モモは子供でしょ!? 私と同じただの女の子でしょ!? 護る側じゃないもん! 変なのに狙われる私も変だけど……私を護るっていうセンター? あれも変だけど……一番変なのはモモだよ! おかしいよ! 気持ち悪いよ!」

 

 モモの髪に顔を埋めて、美希は泣き続ける。

 

 熱い水滴が首筋に流れる。寒さに侵された体の中でそこだけが温かい。

 

「気持ち悪い……ですか」

 

「うん、気持ち悪い……でも悪いのはモモじゃない……悪いのは、最低なのは……モモを気持ち悪いと思う私だ……」

 

 嗚咽を耳の裏から感じながら、モモは美希の言葉を待つ。

 

「……モモはさ、政府の殺し屋なんだよね……?」

 

「……どこでそれを……?」

 

「眼鏡の人……坂崎さんが教えてくれた……」

 

「坂崎さんが……?」

 

 坂崎は国立児童社会復帰センターの重大機密事項を、何故美希に話したりしたのだろうか……?

 モモは疑念を募らせるが、とりあえずそれを横に置いて美希の話に耳を傾ける。そちらの方が大切な様に感じたからだ。

 

「うん……。あの……私さ……昨日モモが話しかけてくれた時、嬉しかったんだ……。パパとママと初めてケンカして、勢いで家を飛び出しちゃって……初めてあんな遠くまで一人で行って……家に帰りたかったけどパパたちに会うのが怖くて帰れなくて……それがモモに会う前……」

 

「はい」

 

 消え入りそうな声に、モモは静かに相槌を打つ。

 

「誰も知らない場所で、寂しくて、だからモモが話しかけてくれた時は嬉しかった……勝手にちょっと運命的な物とか、友情とか感じてたよ……。変わってるけどいい子だし、きっと友達になれると思った。この家出にも意味があったって思った。でも変な人たちに追いかけられて、モモがピストル出した時には、感じた友情とか無くなっちゃってただ怖かった……離れたいって正直思った」

 

「……はい」

 

「山奥のセンターに連れて行かれた時には何が何だか分からなくて、部屋に閉じ込められた時は怖くて、さっきまでモモの事を怖いって、離れたいって思ってたのに、今度はモモに会いたくなって……モモがまた会いたいな、助けてくれないかなって都合よく……それで、坂崎さんに訊いたんだ。モモにまた会えますか? って」

 

「会えましたね」

 

「うん、会えた。坂崎さんも言ってた。『すぐにまた会えますよ』って……それで、私調子に乗って聞いちゃったんだ……モモって、何者なんですかって……ホントに私、バカだよ……」

 

「…………」

 

「……『モモちゃんは政府の殺し屋ですよ。見たのでしょう? 人を殺すことに何の感慨も抱かず、責任も負わず、ただ殺せるから殺す。殺した方がいいから殺す。殺せと言われたから殺す。そんなあの子を』って……あの笑顔で……あの……笑ってない笑顔で……言われて、私またモモが怖くなって……」

 

 合点がいった。新幹線の中で思い至った推測。

 今朝から美希が見せていたモモに対する余所余所しさ。見慣れているような、見覚えがある様な、慣れ親しんだ様な、あの態度。

 あれは恐怖だ。自分に対して恐怖を抱く者が見せる、モモにとっては最もその身に受ける感情。

 

 モモと相対する人間は、モモの正面に立つ者は、みんな彼女を恐れる。

 人殺しだから。人を傷つけるから。みんなモモを恐れる。

 だから見覚えがあったのだ。知っていたのだ。

 

 知っていた。美希が自分を恐れてる事は知っていた。

 でもそれは、

 

「当然のことです。仕方のないことです。みんなそうなんです。美希さんは悪くありません」

 

 人殺しが恐いのは当然だ。人殺しが恐いのは仕方のないことだ。誰だって人殺しは恐い。

 だから、美希は悪くない。悪いのは――誰だろう?

 

「悪い……悪いよ……! 最低だよ……! 私はモモを受け入れて、拒絶してをずっと繰り返してる……モモはずっと同じなのに……私は自分の都合で好きになって、嫌いになって、会いたくなって、恐いと思って……私のせいで怪我してるのに、私はモモを気持ち悪いって感じてしまってる……最低だ……」

 

「悪くなんて……ありません」

 

「ごめん……モモ……ごめんね……」

 

 泣き続け、謝り続ける美希に、モモは掛ける言葉が分からなかった。

 否定ではないのだろう。許しではないのだろう。

 でも、何なら良いのだろう。自分は一体何と、背中の少女に言いたいのだろう。

 言葉を探るたびに『どこか』が痛む。まるで何かを伝えようとしているかの様に。

 だが結局、痛みは痛み以外の何も与えてはくれなかった。

 

 

 

 

 あの後。

 モモは言葉を結局見つけることが出来ず、黙ったままだった。

 美希も謝罪を最後に口を閉ざし、ただ泣き続けるだけだ。

 

「…………」

 

「…………」

 

 そうして道を行く事十分弱。

 さすがにもう美希も泣き止んでいる。

 泣いてすっきりした美希と、彼女の心中を聞いて朝からのモヤモヤを晴らした二人の間には近付き難いような、しかしずっと距離の縮まったような、良いとも悪いとも無い奇妙な空気が漂っていた。

 

 ようやく互いの腹の内を半分はさらけ出した安心感と、自分を知られてしまった気まずさ。それらに未だ残る恐怖や申し訳なさや興味や好意が織り交ざった、そんな雰囲気。

 

 街の騒音の中に流れる沈黙をモモは、周囲の街並みの変化から、そろそろ新大阪駅の到着を間近に控えつつあることを察知した。

 このまま何も起こらずに行けばよいのだが、ゴールまであと少しというところで、モモは自身の消耗がやや危険な域に踏み込みつつあることを自覚していた。

 

 歩幅が狭まり、視界がぼやける。手足が痺れて上手く動かすことが出来なかった。今敵と遭遇したら、まずいかもしれない。しかも往来人に教えてもらった新大阪駅への道順を進んでいると、いつの間にか人気の全くない高架下の道に入り込んでしまっていた。まさに襲撃にはお誂え向きといった雰囲気の場所だ。

 

 モモはこのままやり過ごせることを祈りながら進んでいると、目の前に大きな河川が現れた。さすがに泳いでは渡れない。どこかに橋は無いかと川の上下を見渡すと、いままで沿って歩いてきた高架線の脇に歩道路が見えた。あそこへ行くにはどこを通ればよいのだろう。

 

 モモがキョロキョロと周囲を探っていると、美希が肩を叩いて来た道の方を指差した。河川敷からすぐそこに高架橋に登るための階段が見える。たった今横を通り過ぎたはずなのに、まったく気付かなかった。これは集中力の消耗も相当な域に達しているようだ。

 

 しっかりしないと……。階段を一歩、また一歩と登りながら、モモはそう自分を叱咤する。

 そして階段を登り切った瞬間。

 

「いっ……ぎ……!」

 

 脳を鋸で挽かれた様な頭痛がモモを襲った。

 思わず漏れた悲鳴は風に飲まれて美希には届かなかったのか、モモの異変に気付いた様子は無い。僥倖だ。これ以上心配を掛けたくない。

 

 モモは吐き出しそうになる苦声を喉奥で噛み潰しながら、橋を渡り始める。

 長い橋だった。たった数十メートルの橋が、今のモモにとっては何十キロも歩いたようだった。

 

 気が遠くなってくる。自分が歩いているのか、止まっているのか、身体の間隔が曖昧になる。遠くの物が近くに感じ、近くの物が遠く感じる。音が遅れて聞こえ、風の音、クルマのエンジン音、美希の声が溶けて交じって上手く聞き取れない。雑音の集合体にしか感じない。

 ただ、その雑音に混じって、何かが聞こえてきた。

 やけに明瞭で、まるで耳の内側から聞こえてくるようだ。

 

 パチパチと何かが爆ぜる音。

 ゴウゴウと何かが燃える音。

 ジウジウと何かが焼ける音。

 

 この音は――一体何だ?

 

「――――、――――モモ!」

 

 悲鳴に近い美希の呼び声に、ぼやけて渦巻いていたモモの世界に急に焦点があった。

 同時に聞こえてくるのは重い駆動音と、幾人もの男性の声。

 気付いた時には、モモたちは男たちに囲まれていた。雰囲気からして分かる。彼らも極道者だ。

 

 迂闊だった。集中しなければ、警戒しなければと思っていた矢先にこれだ。

 義体として完全に失格。“条件付け”の再処理もあり得る。

 

「居ました。親父の言う通り、はい、新御堂筋の橋です」

 

 前に三人、後ろにも三人。携帯電話で話す男の口振りから、やはりモモたちの居場所を掴んで待ち伏せしていたようだ。それぞれが懐に手を突っ込み、何かを握っている。十中八九武器の類だ。モモが怪しい挙動一つでも取れば、得物を抜くつもりだろう。

 

 臨戦態勢に入った彼らには悪いが、モモに戦うつもりなど毛頭ない。

 

「美希さん、掴まって」

 

 美希に小声で言い、モモは膝を曲げる。そして跳んだ。

 跳ぶと言っても、数メートルもの大ジャンプを試みたわけでは無い。ほんの一メートルほど、横に跳ねただけだ。

 だがここは歩道橋の上。一メートル横はもう空中だ。

 

 橋から飛び降りたモモだったが、ここからは賭けだった。

 まず、着地。素早く目配せして現在地が既に川をほとんど渡り切っていた事は確認済みだが、真下がどうなっているのかまでは未知だ。真下がまだ川の可能性もある。

 

 次いで、もし下が着地に適した場所であったとしても、そこにもヤクザが待ち伏せしていないとも限らない。橋の上で待っていたのなら、周囲にまだ伏兵がいたとしても不思議ではない。

 

 そして着地の衝撃に耐える自信がモモには無かった。歩道橋から地面まで、推定5メートルは少なくともある。

 階段を登ることすら難儀した今の足腰で上手く着地出来るか、これが一番の賭けだった。

 

「あだっ」

 

「うわっ」

 

 結論として、初めの賭け以外には全て負けた。

 何とか河川敷に落ちることは出来たが、着地の衝撃にはやはり耐えきれず、モモは尻もちをついて美希を放り出してしまった。河川敷の傾斜を転がり土と枯草の屑を巻き上げる。

 

 モモは転がりながらも手足を操り体勢を直すと、美希を引っ掴んで抱き寄せた。着地時に右足を接地してしまったのか、足首を押さえて振るえている。

 

「そっち行ったぞ! 飛び降りやがった!」

 

「大丈夫だ、もう囲んだ!」

 

 橋の上から身を乗り出して叫ぶ男に呼応して、モモたちを中心に輪を作るのは三人の極道者。それぞれが手にマカロフを備えている。

 ガンケースは転げ落ちた際に川沿いの遊歩道の方へ落としてしまった。モモは腰に収めていたPx4を抜いて、取り囲む男達に向ける。

 

 それがオモチャでは無いと既に聞き及んでいるのか、彼らは包囲の輪を縮めるのを止め、拳銃を構えた。素人丸出し、まるで西部劇のガンマンさながらの構え方だったが、彼我の距離は3メートルも無い。さすがにどれかは当たる。

 

 モモは引き金に指を掛けながら、これ以上打つ手がない事を悟る。

 美希が胸の中にいる以上、彼らに発砲させるわけにはいかない。構えるだけで撃ってこない以上、連中の目的はこの場での殺害では無く誘拐なのだろう。こちらが抵抗しないなら、必要以上の危害は加えてこないはずだ。だが大人しく誘拐されて、美希も自分も無事に帰れる保証はない。ほぼ十割の確率で無傷では済むまい。

 

 万事休す。どうしよう。焦りと不甲斐なさに、モモは血の味がする唇を噛む。

 その横あい、遊歩道から声が掛かった。

 

「伏せて」

 

 聞き覚えのある少女の声がスイッチになり、考える余地も無くモモは美希に覆い被さるようにして伏せた。その頭上を、弾丸の横列が殺意を持って通過する。

 モモたちを囲んでいた三人は、横薙ぎの弾丸を受けて血を吹き崩れ落ちた。

 

「大丈夫?」

 

 軽い足音が近付いてくる。覇気の薄い声に、モモは頭を上げた。

 見上げた先には灰色のダッフルコートを羽織った、髪の短い短身の少女。

 

「アザミ……」

 

 名を呼ばれたアザミは返事する代わりに手にあったMP9短機関銃を掲げる。

 

「大丈夫?」

 

 再度尋ねられた質問に、モモは力なく笑んだ。

 

「大丈夫ではない、かも」

 

「そっか、だいじょばないか。じゃあそこにいて」

 

 微笑みを返すと、ダッフルコートの裏から替えの弾倉を抜いて口に咥える。モモたちを巻き込まぬように前に出た。

 思わぬ加勢に慌てて橋から降りてくるヤクザ連中に片手で握ったMP9短機関銃の銃口を向け、引き金を引く。片手撃ちなど普通は碌な方向に弾は飛ばない。だが義体の凄まじい握力に固定された銃と卓越したアザミの射撃センスによって、9mm弾は目標へと真っ直ぐ駆ける。

 

 フルオートの銃弾が残った六人の内二人を屠った。無警告の射撃に彼らは余計に慌て、そのままチンタラ階段を下りていたら格好の的になると思い、二人がモモと同じように橋から飛び降りた。残りの二人は橋の上からマカロフを突き出し射撃してくる。

 

 空いている左手が弾倉を差していたベルトに吊っていたH&K45C拳銃を取り出し、威嚇射撃を加える。弾幕に怯えて狙いも付けないマカロフの弾はあらぬ方へ無駄撃ちされる。その間にアザミは短機関銃のマガジンを交換し、目の前に降ってきたヤクザを撃ち殺した。

 

 あとは上の二人だけだ。

 アザミが両手の銃を頭の上に向ける。

 

「ああああああ!」

 

 アザミの視線と交差して、橋の上に隠れていた二人が、放り出される様にして落下してきた。アザミは咄嗟に後ずさり、足元に銃口を落とす。

 地面に激突した男は受け身も取れずに身体を打ちつけ、痛みを堪えられず半身が千切れた芋虫の様に背を弓形に反らしてもがく。もう片方は綺麗に頭から落ちたらしい。頸を折って死んでいた。

 

 生き残った男は奥歯に噛んだ息を固い唇からひいひい漏らし、痛みよりも直近に迫った死への恐怖に鼻皺を寄らせている。

 これなら銃を使う必要もあるまい。

 

 アザミは銃の構えを解いた。それを助命と勘違いした男は、表情から恐怖と緊張をいくらか溶かす。その顔目掛けてアザミは脚を振りかぶり、半死で蠢いていた男の頭部を蹴り飛ばした。

 

 表皮が裂けて肉が潰れ頸椎がへし折れる。千切れた首の肉の隙間から覗いた、気道らしい赤白い管がぶよぶよ膨縮していたが、すぐに動かなくなった。

 動く標的が消えたのを確認し、アザミは橋の上を見上げる。

 

「終わったかい?」

 

 そこには優面に微量の冷徹さを含んだ笑顔の常盤がいて、ひらひら手を振っていた。彼が密かに橋に上がり、今死んだ二人を投げ落としたのだ。

 

「終わりました」

 

「じゃあ撤収だ」

 

 常盤は橋から降りながら、携帯電話で控えていたセンター職員を呼び寄せる。戦闘を終えたアザミは体内の熱を吐き出す様に一度深く息をして、両手の銃器コートの下に戻すと、モモへと踵を返した。

 

「ボロボロだね、いつも通り」

 

「いつもじゃないよ……」

 

「いつもだよ。立てる?」

 

 言って手を差し出すアザミに侮蔑の色は無い。不出来な妹をからかう様な、そんな口調だ。

 

「……よくここが分かりましたね」

 

 アザミの言葉に強くは言い返せずにやや憮然として、しかしその手を取って、美希を抱えたまま立ち上がった。

 

「トキワさんが、奴らが待ち伏せするならここだって」

 

「さすが常盤さん……。美希さん、大丈夫ですか?」

 

「うん……。この子は……?」

 

 右足を庇いながら立ち上がった美希は、アザミに視線を投げかける。

 

「アザミです」

 

「名前じゃなくて……まあいいや。モモの仲間、なんだよね」

 モモとアザミの頷きを見て、美希は安堵の息を漏らした。モモよりも幼い殺し屋がいたことに驚きもあるが、今更取り立てて言及する気にもならない。

 

「ともかく……助かった?」

 

「助かりましたね……とりあえず」

 

 二人は目配せして、大小の胸を撫で下ろしたのだった。

 

 

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