Gunslinger Girl - Birth of Ws - (旧題『あかつきの少女たち Marionetta in Aurora.』)   作:ふじやまさん

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第19話

 蔵馬が指差す先には最後の一台となったダンプカーがあり、その向こうには大きな橋が見えた。蔵馬は脳内に刷り込んだ地図と現在地を照らし合わせる。湾岸線も残り半分を切っていた。何とか生還の光が差しこんでくる。

 

 だがその光を遮る様に、ダンプカーは急ブレーキを踏んでW221の鼻頭にぴたりと着いてゆく手を阻んだ。危うく衝突しかけ、蔵馬は咄嗟にハンドルを左に切ってその大きく重い車体を躱す。

 

 二台の自動車は横に並んだまま、五号湾岸線の海橋部に入った。

ギッとタイヤが道路を噛む音が蔵馬の耳に届いた。ダンプカーは蔵馬たちがいる左側へ一気に動く。荷台と激しく衝突し、W221は道路の最端――橋の路壁に押し付けられる。W221のボロボロの車体は耳朶を裂く金属擦過音を叫びながら、辺りを照らすほど凄まじい量の火花を散らす。

 

 このままでは車ごと押し潰されるか、あるいは路壁を乗り上げ海へ落下する。それが狙いだろう。

 

「撃て撃て!」

 

 蔵馬はハンドルを限界まで右に回しながら、P220拳銃をダンプカーに向ける。

 後ろの二人も銃を取ってダンプカーを狙う。だが引き金を引く前に、何かがダンプカーの荷台から落ちてきた。それは1.6mほどの大きさの、ボロ切れが巻き付いた物体――人間だった。

 

 ダンプの荷台から乗り移ってきた男は、風貌からして東南アジア系の外国人。W221のボンネットに何とかしがみついている。そして、その手には一振り数千円の三徳包丁が握られていた。

 

 荷台の上を一瞥すると、ヤクザの男が数人の外国人を散弾銃で脅している様子が見える。そうやって、無理やり特攻させているのだろう。

 視線を前に戻すと、ボンネットにいる男は這いずって割れた運転席の窓枠に指を掛け、包丁を振り上げていた。

 

「邪魔だ!」

 

 蔵馬はその頭蓋に拳銃弾を撃ちこみ、そして死体をゴミでも捨てるように海へ落とした。

 それと入れ替えるようにして、二人目の外国人が荷台から飛び降りてくる。この男はサンルーフの穴に上手く入り、車内に侵入してきた。血走った目でモモら三人を睨み、安物の包丁を逆手に持って刃を煌めかせた。

 

「この!」

 

 その男の顔面目掛けてモモは力任せに蹴りを放ち、頸椎を潰された男は即死した。蹴り殺された死体に垂れかかられ美希は悲鳴を上げるが、構ってやる余裕は無い。貧相に過ぎる武器を片手に次々ダイブしてくる外国人に、三人は容赦なく弾丸を浴びせ、時には蹴り落として死地へ送っていく。

 

「出てけ! この!」

 

 包丁を振り回す男を、モモが割れたリアガラスから蹴り落とす。

 その一人で人間と言う弾が尽きたのか、ダンプカーからの攻撃が止んだ。攻防が逆転し、次は蔵馬らが銃撃を見舞う。だが大きな車体を持つ大型ダンプはバカにタフで、なかなか息絶える気配が無い。

 

 ここで橋を半ばまで過ぎた。ダンプカーは蔵馬らを海へ落とす為、車体を右へ振り、勢いを付けてW221に体当たりを繰り返す。その度に火花の量は増え、W221の左側のドアはほとんど外れかかっている。

 

 だがしかし、路壁を乗り越え海へ落下するには至らない。ついに痺れを切らして、ダンプカーは今までで最も大きく右へ車体を滑らせ、助走を稼ぐ。それと同時に今まで荷台に隠れていたヤクザが陰から身を出し、散弾銃で蔵馬らを狙う。

 

「バカが」

 

 蔵馬は呟き、ブレーキペダルを踏んだ。W221は制動が掛かり、ダンプカーは独りで前を行く。もう何物もいない空間に、散弾銃の鉛粒が散らばり、そしてダンプカーが勢い十分の体当たりを敢行する。

 当然、それは空振りに終わり、今度はダンプカーが路壁に衝突する。

 

 荷台にいたヤクザは体勢を崩し、身体がふわりと宙に浮いた。荷台から外に放り出されたヤクザは時速約100kmの慣性をその身に宿しながら、硬いアスファルトの地面に頭から落ちた。ザリザリと下ろし金に擦り削られるようにして、頭部が半分無くなった。血と脳漿を画材とした、肉と髪が混じった赤い線が道路に長く引かれる。

 

 その光景を目で追って、美希は顔を青くして軽く吐瀉した。

 一方ダンプカーは、巨体の半分を路壁に乗り上げ、しばらく持ち応えてはいたが、ついに暗い海へと身を投げ出した。破片とオイルを撒き散らしながら墜落し、高い水柱をあげて海底へ消える。

これで道を塞ぐ物は無くなった。

 

「やった!」

 

 アザミは片手で小さくガッツポーズを取り、そしてモモは嘔吐の第二波に襲われる美希の背を撫でる。

 蔵馬も軽く肩の力を落とし、

 

「これで何とか……って、クソ」

 

 一瞬弛緩した車内の空気が、蔵馬の舌打ちで再び緊張する。

 W221のスピードメーターの針が、みるみる下がっていく。いくらアクセルを踏んでも、タコメーターのエンジン回転数も上がらない。度重なるダメージが遂に臨界点を迎えたのだ。エンジンは甲高い声で泣き叫び、アクセルを奥まで踏み切っても、時速50kmほどまでしか速度が出ない。

 

 蔵馬はヒビの入ったバックミラーで後方を確認する。

 ライトの光が追ってきているのが見えた。蔵馬が作った障害物を排除して、テクニカルが蔵馬たちを猛スピードで追ってきている。蔵馬らが抜けた海橋に入ったテクニカルは、恐らくW221の倍は速度が出ている。このままでは追い付かれるのは時間の問題だ。

 

「マズイぞ……もう戦える状態じゃない」

 

「弾もほとんど残ってませんよ……!」

 

 モモは残弾を確認して奥歯を噛む。残りの弾数はSTANAGマガジンが蔵馬の物も合わせて四本と、美希が何とか詰め込んだMG4の弾倉が一本。アザミのMP9短機関銃の弾倉が一本。そして拳銃がモモとアザミは今装填しているだけ。蔵馬のP220拳銃は撃ち切ってしまっていた。防弾仕様のテクニカルともう一戦交えるには心許ない。

 

 そもそも、頼みの綱のW221が既に走行すら困難になっている。追い付かれる前に策を講じなければ、みんなDShk重機関銃の餌食になって、骨と肉のジャムに変えられてしまう。

 

 いっそのこと海へ飛び込んでしまおうか。蔵馬は先に回避したばかりの海面に目を落とす。このままテクニカルと戦うよりは、少しは生存率が上がる。無論全員が泳げればの話だが。

 

「……お前ら泳げるか?」

 

 その言葉を聞いて、アザミが身を震わせ、小刻みにふるふると首を横に振った。入浴ですら身体を硬直させ嘔吐するアザミにとって、海に入るということはそのまま溺死を意味する。

 

「……む……りです」

 

「私がアザミを抱えて泳ぎます!」

 

 身を乗り出してくるモモに、蔵馬は首を振る。

 

「お前も泳いだことないだろう」

 

 万が一泳げたとしても、素人が溺れる人間を抱えて泳ぐなど不可能だ。さらに美希も気力体力とも消耗していて、服を着たまま寒中水泳を出来るとは思えない。最悪蔵馬が三人を一人で抱えて、岸まで泳がなければならなくなる可能性がある。さすがにそれをやってのける自信は無かった。

 

 海へ逃げる案を退けたとして、他に何が出来るだろうか。

 何が出来る。どうすれば戦える。

 テクニカルはもうすぐそこに迫っている。悠長に考えている余裕はない。

 

「あの……」

 

 蔵馬が思考を高速で巡らせ回転させる中、美希が呟いた。吐息に近い、薄い声は、震えの中に決意があった。

 

「……私が死んだら……みんな助かりませんか……?」

 

 その言葉に、三人が沈黙する。美希はエンジンの異音と窓から入り込んでくる風鳴りが、妙に鮮明になった気がした。

こちらを見る三人に向かって、美希はこの湾岸線に入ってから、いや、モモと大阪の河川敷で襲われた時からずっと頭の片隅にあったことを、ついに口にした。

 

「凄く今更なのは分かってるんですけど……でも……私が死んだらモモたち、助かるんじゃ……」

 

 美希はぽろぽろ涙を零しながら、奥歯をカチカチ鳴らしながら、そう提案する。それはつまり、相手に勝利を差し出せということだ。彼らが美希を狙っているのだから、自分が死ねば他の人間は助かると言う、いかにも素人らしい、しかし現状ではもっとも『モモたちの』生存率が高い案だった。

 

 そうしよう、誰かがそう言えば。もう引き返すことは出来ない。吐いた言葉は飲み込めず、抗おうにも、自分はこの中で最も非力だ。言った事を後悔して、しかし誰かが頷いてくれることを、美希は期待した。

 

 命の瀬戸際に立って初めて、美希は自分が自身の死よりも、他者が自分の為に死ぬことを厭う人間なのだと知る。だが一方で、自分から死に飛び込む勇気も無い。

 だから、誰かに死ねと言って欲しかった。

 

 その心を、ここにいる全員が理解できた。

 何故ならモモも、アザミも、そして蔵馬も、常に誰かの為に命を死に晒し、戦っているからだ。故に、美希がなけなしの勇気を絞り出して放った言葉が理解できる。共感できる。

 出来るが、受け入れることなど、決して出来ない。

 

「……私たちのことを思ってそう言っているんだって、分かってます。分かってますけど……また同じことを言ったら怒りますよ」

 

 そういうモモの声は明らかに怒気を含んでいた。

 今まで戦意を剥き出しにすることも、冷徹に人を殺すこともしてきたモモだが、そこに怒りの感情が混じっている事は無かった。

モモが感情を見せるのは、嬉しい時と、悲しい時だけだ。表面上怒っている素振りを見せても、どこか楽しげ。そんな、本気で怒ることをしてこなかったモモが得た、初めての感情。

 

 だからこれが、美希が初めて見た、怒ったモモだった。眉間を寄せ、顔を強張らせ、そして眼だけは悲しげな、モモの怒った顔。

 

「今見捨てるくらいなら、京都駅で放り出してます。ここまで来たんです。美希さんには私を盾にしてでも、家に帰ってもらいますよ」

 

「…………」

 

 怒りと、そして真の籠った力強いモモの言葉に、美希はこれ以上何も言えずに黙って俯き、ポツポツと硝煙まみれになったシートに涙を落とす。モモはその鳶色の髪の頭に、そっと手を置いた。

 

「帰るんでしょう?」

 

「……うん……でも……」

 

 美希は涙に塗れた顔を上げ、そして数十メートルの距離まで迫ったテクニカルへ振り返った。テクニカルのライトに頬を伝う涙が光る。

 

「……みんなに……モモに……死んでほしくない……!」

 

 それを聞いて、モモは怒面を微笑みに変えた。そしてタボールをテクニカルへ向ける。

 例え効かないと分かっていても、そうせずにはいられなかった。

 理由もわからず美希に近付いた時と同じ。思考を介せず身体が動いた。

 

「………………盾、盾……盾か……!」

 

 そんな少女たちの裏で、蔵馬はモモが放った言葉の一片を繰り返し口にする。

 そして自身のM4カービンを引っ掴み、鋭く言い放つ。

 

「ピラーを撃て!」

 

 蔵馬はM4カービンのセレクターをフルオートに回し、W221の四角で天井を支える窓柱に全弾を撃ち込んだ。

 義体は命令されると理由も聞かずに即座に実行に移す。

 

 モモとアザミは反射的に体を動かし、ピラーにタボールとMG4の弾丸を注ぐ。もともと破損していたピラーが至近距離の小銃弾を受けて、穿たれ千切れた。屋根は車内にずり落ちて、それをモモとアザミがピラーの代わりに両腕で支える。

 

 天井を無くしてオープンカーとなったW221の隣に再びテクニカルが滑り込んできた。DShk重機関銃が破壊を連ねた大口を、蔵馬たちに向ける。今度は間違いなく、全員を殺せる照準だった。

 勝利を確信して、機関銃の射手であるヤクザが厭らしい笑みを浮かべた。

 そしてトリガーが引かれる。その刹那。

 

「盾だ!」

 

 蔵馬が叫び、モモとアザミはこの外した屋根の意味を瞬時に理解した。

 二人は屋根の端を掴むと、それを側面、W221とテクニカルの間に差し込んだ。

 

 二度目の銃轟。

 DShk重機関銃の連射撃が、破壊の暴風が吹き荒れ――それは辛うじて即席の盾となった天井に防がれた。もちろん天井一枚で防いでいるわけでは無い。

 

 弾は天井の盾を貫通し、だが威力を減衰されて車体の装甲で何とか防げている。防ぎきれずに貫通してくる弾もあり、天井自体に防弾性が大してある訳ではない。保って数秒だ。

 だがその数秒が欲しかった。

 

「あああああクラマさんこれきっついっ!」

 

 他の音を全て押し潰す銃声の中で、モモとアザミは悲鳴をあげる。

 蔵馬はその声が聞こえるより前に、既に行動を開始していた。ピラーを撃って残弾を無くしたM4カービンから、ポケットから取り出したカランビットナイフに持ち替える。シートから腰を浮かせて即席盾から体を出し、ナイフを投擲。

 

 鋼の鉤爪は高速で回転しながら飛翔し、機関銃射手の喉を切り裂いた。

射手は血を噴いて倒れ、DShk重機関銃に再度沈黙が訪れた。銃撃の終りを腕に感じ、アザミは、

 

「手を放して!」

 

 モモが指示に従ったのを確認もせず、即席盾を大きく振り上げ、テクニカルに叩き付けた。予期せぬ打撃を受けて、テクニカルは操縦を失い十メートルほど後方に下がる。

 役目を終えた即席盾を投げ捨て、アザミは右足を抱えてシートに戻った。

 

「当たった……だっさ……」

 

貫通した弾が掠ったのだ。掠っただけとは言え、分厚いコンクリ塀すら容易く貫く大型弾薬だ。太ももの肉が一掴み分削がれていた。

 アザミの傷を美希と手で押さえながら、モモは蔵馬を見た。

 

「次はどうするんですか!?」

 

「あとはもう逃げるだけだ!」

 

 今のが最後の策だった。後はもう、応援に来ているという兵庫県警の合流を待つしかない。

 湾岸線も残り三分の一を切っている。もういつ現れてもおかしくない。

 

 だが、テクニカルもこの期に及んで諦める気など毛頭ない。事故が死に直結する猛スピードの中で、テクニカルの助手席が開く。そこから出てきた男が素早く荷台に乗り移った。三度目の射撃を行うつもりだ。

 

「撃たせませんよ……!」

 

 モモは残り二本になった弾倉をタボールに詰めて構えるが、新たな射手はテクニカルのキャブに隠れて射界に出てこない。このまま再び横づけするまで隠れているつもりだ。そうなると負けるのはこっちだ。近付かれる前に、あのテクニカルを撃破しなければならない。

 

「……クラマさん、このまま真っ直ぐ走らせてください」

 

「何?」

 

「残りの弾倉、貰いますね」

 

 モモはアザミの傷を美希に任せ、タボールのスリングを肩に掛け、弾倉を口に咥える。

 天井が無くなった後部座席のシートの上で仁王立ちするモモは、スカートが風に煽られて白い中身が剥き出しになっているが、モモがそれを気にする様子は無い。

 

「行きます」

 

「おいちょっと待」

 

 蔵馬の制止より早く、モモは脚に全力の力を込める。W221に強い衝撃が穿たれ、次の瞬間にはモモの姿が消えていた。

クルマから後ろのテクニカルに目掛けて跳んだモモは、長い黒髪をなびかせて、ふわりと、飛翔する黒鳥のように美しく滞空する。その優美さとは裏腹に、獲物を狩る猛禽類のような激しさでテクニカルのボンネットに着地した。

 

 砲弾を正面から食らったかのような衝撃に、テクニカルは体勢を立て直す為に蛇行を余儀なくされ、モモの身体は左右へ揺さぶられる。それでもなんとかしがみ付き、モモはタボールの銃口をフロントガラスに近付け、フルオートで全弾射撃する。

 

「――っ!」

 

 だがしかし、大きく凹み亀裂を入れつつも、ガラスを割ることが出来なかった。だがこの防弾ガラスも相当のダメージが蓄積されてきている。次の射撃で確実に貫ける。何とか弾倉を入れ替える隙を見つける必要がある。

 

 だがその隙を、テクニカルの運転手も与える気はない。テクニカルは唐突に、速度を跳ね上げた。その縦方向のGに対する備えをモモは怠った。

 

「ふわっ!」

 

 モモはバランスを崩し、テクニカルのキャブの上を一回転する。そして身体が浮いた感覚があった。眼下には高速で流れるアスファルト道路。そして身体は完全に宙に投げ出されていた。死ぬ――直感が脳裏を走る。

だが、身を引く重力に抵抗が生じる。無意識のうちに、左手が何かを咄嗟に掴んでいた。

 

 モモはその何かにぶら下がる形で、なんとかテクニカルにしがみ付くことが出来た。ザッとローファーが道路で擦れて、片足が脱げる。

モモは脚を縮ませ、自分が掴んだ何かを確認する。モモが命綱にしているのは、蔵馬が投げたカランビットナイフで喉を裂かれた射手の死体だった。荷台のどこかに身体が引っかかっているらしく、辛うじてモモの体重を支えている。

 

 一命を取り留めたモモだが、危機は去っていない。この荷台には既に新しい射手が乗り込んでいるのだ。射手の男はすっ飛んで来て転んで落っこちかけているモモに一瞬唖然としていたが、すぐ回復してモモを確実に殺害するために、懐からマカロフを抜いた。

 

 モモは射撃を受けながら、テクニカルの側面を蹴って体を跳ね上げ、荷台に入った。素早く死体の首にあるカランビットナイフを抜き、男のマカロフを正面から掴んで強引に射線を逸らす。マカロフの弾が手の甲から、血と骨を撒き散らしながら出てくる。だが一度死の淵を掠ったモモの脳はアドレナリンを異常分泌させており、痛みどころか手に何かが触れた感覚すらない。

 

 自らの血で汚れながら、モモは射手のこめかみにナイフの切っ先を突き刺した。手首で刀身を回して脳を抉り、確実に殺してからナイフを抜いた。

 制圧したテクニカルの荷台。モモは一度深呼吸をして、設置されていたDShk重機関銃を蹴り落とした。自分たちを二度も殺しかけた兵器は、バラバラに破砕し道路に転がるゴミとなった。

 

 あとはこの車を停めるだけだ。

 モモは咥えていた弾倉をタボールに装填する。その気配を運転手は感じ取ったのだろう。今度はテクニカルの速度を一気に落とした。

 

 次は前の方へ放り出されたモモだが、さすがにこれは警戒の内にあった。上手くボンネットの上に乗り、そして身体を固定する為、一度目のフルオートで傷を作った個所にカランビットナイフを突き立てた。義体の膂力に、ついに防弾ガラスは敗北を喫した。

 鉤爪状の刀身がテクニカルに食い込む。これでモモの身体を縫い止めることが出来た。

 

 モモは体勢を正すと、穴が開き、血で真っ赤になった左の拳を掲げる。

 そして全て始点である脚がボンネットを蹴った。その力は大腿を伝って腰に伝導し、腰で回転を加える。蓄えた力は上身を通り、そして肩を経由して左の拳に集積する。

 

 見よう見まねの、不格好な突きだった。

 だが幾度も銃撃を受けた防弾ガラスを砕くには、十分な威力を有していた。

 左拳は血の帯を虚空に引きながら、防弾ガラスにめり込む。

 

 ギシリと軋みの音がモモの耳に届く。左拳をガラスから抜くと、ぽっかり空いた穴から怯える運転手と目があった。今日は良く敵と目が合う。

 こういう時にどういう顔をすればいいか、モモは少し悩んでから、別に今から殺す相手に愛想を振りまく必要も無いと思い至った。

 

 無表情のまま、穴にタボールの銃身をねじ込む。

 最後のフルオート射撃。三十発の弾丸が一斉に運転席の中を暴れ回り、中にいた男の血飛沫が内側からガラスを赤く汚した。

 運転手を失い、テクニカルは直進する力を失って路肩へとぐんぐん接近していく。

 

 モモはタボールとナイフをフロントガラスから抜き、前方のボロボロになったW221へ身体を反転させる。距離は数メートル。そこにはこちらを見守る蔵馬とアザミと、美希の姿があった。

テクニカルのボンネットを踏み台にして跳躍。来た時と同じように、夜空に浅い弧を描く。飛距離はぴったり、W221の後部座席に辿りつけるだろう。

 

 モモの身体が跳びの最頂点に到達した時。

 背後で、まず光があった。続いて爆音と、背中を襲った熱痛。

 路肩の塀に衝突したテクニカルが、その瞬間に大爆発を起こしたのだ。

 

「――ぅあっ」

 

 爆風の凄まじい圧が、モモの身体を後ろから強く押す。飛距離が伸び、モモは自分がW221を跳び越えようとしている事を悟った。今度は掴めるものが手の届く範囲には無い。

 

 蔵馬がモモの状態に気付き、アクセルを蹴り込んでいるのが見えた。だが今以上に加速を得る力をW221は残していなかった。

 モモの目に、彼女を粉々に磨り潰そうとする路面が映った。

 

 今度こそ落ちる。そして死ぬ。その二つの単語が浮かんだ。

 モモは案外潔く死を受け入れる自分に少し驚いた。これが義体になるという事なのだろうか。

 

「――モモ!」

 

 随分近いところから自分を呼ぶ声が聞こえた。そして死に抗うのを止めた身体を、何者かが掴んだ。

 

「美希さん!?」

 

 美希が行き過ぎようとしているモモを受け止めようと、W221のシートから跳びだしたのだ。美希に抱きとめられたモモは吹っ飛ぶ力が減衰され――しかしいまだに落下コースの上にいた。

 だが、美希の行動は無駄ではない。

 

「っぶねえ!」

 

 蔵馬はハンドルから手を放して、仲良く心中しようとする少女二人に手を伸ばす。

ギリギリで、美希の服に指が掛かった。そのまま蔵馬も彼女らに引っ張られ、ダッシュボードを越えてボンネットに滑り込む。しかしモモの美希の命を掴んだ手を決して放さぬように握りしめ、一気に二人を胸の中に抱き込んだ。

 

「ちょっ、ハンドル!」

 

 W221がふらりと路壁に寄った。アザミは太ももの怪我も忘れて、後部座席から運転席に身を乗り出してハンドルを引っ掴む。W221は急折し、バンパーを少し削りながらも、間一髪で路壁を躱して道路の中央に戻った。

 アクセルを踏む者がいないW221はそのまま徐々に速度を落とし、そしてゆっくりと停車する。

 

「…………ふう」

 

 ボンネットの上で、蔵馬はモモと美希を抱き抱えたまま、深く息を吐いた。

 胸の上で、美希も同じように吐息を漏らし、モモは「助かったぁ」と呟く。

 そんな三人に、ハンドルを握りしめたままのアザミが、珍しく目尻を吊り上げて怒鳴り声を上げた。

 

「無茶すぎ!」

 

「はは……言い返せない」

 

「ほんと……アザミがいなかったら死んでましたね私たち」

 

「…………」

 

「美希さんまた気絶してる……」

 

 白目を剥いて、とても人には見せられない顔で眠る美希。モモは瞼だけでも閉ざしてやろうと左手を持ち上げると、その手は美希の右手と繋がっていた。モモはその重なりを解かずに、右手で美希の瞼を閉める。

 

「……さすがに疲れましたね」

 

 二人はボンネットから起き上がる気力も湧かない。

 蔵馬は仰向けになったまま、煙草を取り出して唇に咥える。

 大阪湾の磯風と波声に混じって、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。

 紫煙が立ち上るその隣で、モモは煙草と硝煙の臭いに包まれながら、星ひとつない黒一色の空を遠く眺めていた。

 

 

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