Gunslinger Girl - Birth of Ws - (旧題『あかつきの少女たち Marionetta in Aurora.』)   作:ふじやまさん

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第2話

 例え話をする。

 

 魂と言うものが、存在しないと仮定しよう。

 21グラムの魂魄、我を我と無自覚に自覚する精神、何かを思わんとする心、日々波打ち揺れる感情などと呼ばれるものが、頭蓋の内で髄液に揺蕩う柔らかな神経細胞が、絡み合う様に幾重にも連鎖的なインパルスを起こした結果に発生した、数式によって表すことが可能な一個の現象だとしよう。

 

 そして、その現象を完全に再現できる機械が、存在する仮定としよう。

 喜びを再現し、怒りを再現し、哀しみを再現し、快楽を再現する機械があるとしよう。誰かを思いやり、愛し、時に嫌いになって、やれやれアイツにはもうウンザリだと愚痴を溢す。ユーモアを解し、冗談を言ったり、ギャグが滑って落ち込んだりする。そんな電気羊の夢を見る機械があるとしよう。

 

 そんな存在があったとして、人と機械の違いとは一体どこにあるのだろうか。

 中身で区別がつかないのなら、その容器――肉体の有無で判別すればよいのだろうか。であるなら、何らかの理由で肉体を失った人間は、もう人間ではないのだろうか。

 

 腕を失い義手を使用する人間は人間か?

 その人物の脚も義足になったら?

 眼も失い義眼となったら?

 

 歯も人工歯と差し替えられ、髪も植え替え、皮膚も培養皮膚に貼り換え、筋肉も内臓も代用物と挿げ替えられ、その人間を構築していたものをどんどんと別の物に入れ替えていった先。その人間は、果たして人間でいられるのだろうか? 自身を人間と認識できるのだろうか?

 

「君の名前は?」

 

 白衣の女が尋ねた。

 白を基調としたその部屋は病室の様でもあり、研究室の様でもあった。中央に設置されているのは、小型化されたMRIに近い装置。それにはケーブルが何本も接続されて脇に並ぶコンピュータと繋がっている。

 女は装置の脇に立ち、コンピュータのディスプレイに表示される数値を見つめている。

 

「モ……モです」

 

 問いに対する返事があった。

 装置に寝かされている、薄桃色の検査衣を着た黒髪の少女、モモは苦しそうに、震える声で答える。頭にヘッドマウントディスプレイの様な機器を着けられているモモの表情は硬い。瞼は強く閉ざされ、額や頬には汗が幾つも筋となっている。

 

「モモ、君は一体何だ?」

 

 女は重ねて尋ねる。モモが一体何なのか。彼女の口で自分が何者なのかを答えさせる。

 この言葉を口にする時、女はいつも考えた。この問いの意図は何だろうか、と。これは一種の儀式だった。義体が生み出されてから短くは無い月日が流れた。その中でいつの間にか定着した、遠くイタリアの地から連綿と続いてきた、一種の伝統だ。

 

 

 元はある男が始めた。

 これを尋ねた男は、どういう答えを欲したのだろう。なんと答えて欲しかったのだろう。

 この質問を始めた男は、欲しかった答えを得られたのだろうか。それとも、まだこの質問を続けているのだろうか。

 

 この問いの先を、女は知らない。何の意味があるのかも分からない。

 今この問いは、単なる処置の一環として投げかけられている。

 故に答えも、プログラムに従ったシークエンス通りに返される。

 

「わた……私は……生体義肢・サイバネティッスATD-06。担当官、蔵馬辰己……です」

 

 モモは苦痛に耐えるような険しい顔のまま、しかし今度は言いよどみ無く答えた。

 

「私は日本国家と国民に忠誠を誓います」

 

 そして、誓った。プログラムの通りに、“条件付け”の通りに。

 

 

   ●

 

 

 国立児童社会復帰センター。

 奥多摩の奥地。山を切り開いて作られた、広大な施設だ。

 病気や事故によって日常生活を送れなくなった子供たちや、犯罪や児童虐待などの被害を受けて心に傷を負った子供たちの、リハビリテーションと社会復帰の促進を促すために作られた。厚生労働省管轄の独立行政法人である。

 

 ここには心と体に傷を負った子供たちが全国から集められ、自然と触れ合い、似た境遇の者たちが互いに協調し合い、高度な医療とカウンセリングを受けながらのびのび健やかに生活している。そうして傷が癒えた日には、再び社会へと戻っていく。

 ここは外の世界で生きる力を失くしてしまった子供たちを護り育み、いつの日か飛び立たせるための繭なのである。

 

 ――というのが、国家が国民に向けて触れ込む、この施設の表向きの概要だ。

 つまり真実ではない。では本当のこの組織の姿とはどのようなものなのか。

 

「モモの具合は?」

 

 国立児童社会復帰センター、通称センターの敷地内にある医療棟と呼ばれる建物。その中の一室に蔵馬はいる。質素なベッドが並ぶその部屋はさながら病院の大部屋のようではあるが、民間医療機関の病室にあるような、気の利いた設備は一切ない。ベッドの群れと、それらを分けるカーテン。後は精々壁に掛かったアナログ時計くらいの、愛想の無い部屋だ。

 

 その部屋の一番奥のベッドにモモは寝かされている。シーツは掛けられておらず、それどころか服も着ていない下着姿を蔵馬は見下ろす。

 静かに寝息を立てるモモの左肩。昨晩銃傷を受けたその肩には、銃創どころか手術痕すら無い。綺麗な、白くて丸い肩がある。

 

 そのはずだ。彼女に施されたのは普通の手術では無い。肩をほぼ丸ごと「替えた」のである。

 パンクした自動車のタイヤを替えるように、肩部の骨と筋肉と神経と皮膚を、別の新しい物に交換したのだ。 

 

 普通ならあり得ないことだ。

 だがモモにはそれが可能なのだ。モモだけではない。この施設にいる子供たちは、みんな怪我をすれば新しいパーツと交換できる。皮膚を擦り剥けば新しい皮膚を。骨が折れれば新しい骨を。内臓が破裂したら新しい内臓を。 

 

 ここは、そういう技術の研究と試験、運用の為に作られた組織だ。

 その技術とは、『義体化技術』。

 イタリアの『社会福祉公社』という、センターとよく似た政府の組織で開発され、五年ほど前に技術交換と多額の非公式な資金提供によって日本に与えられた先進技術だ。

 

 人間の身体パーツを人工物と入れ替える不死身の肉体。そして人工の筋肉は人ならざる膂力と瞬発力を持つ無敵の力。それらを与えられた被検体に薬物と洗脳による“条件付け”と呼ばれるプログラミングを施し、国の命令に我が身を省みず服従するサイボーグを創り出すのだ。

 その被検体は年の若い女性が最も適合率がよく、その為に社会福祉を謳い子供を集める施設を作った。

 

 まるで漫画やアニメの世界だが、これが実際に運用されたイタリアでは、義体研究から得た技術で先端医療の分野では目覚ましい発展を遂げ、そして彼女らを用いた防諜活動、対テロ作戦においても多くの実績を残している。

 

 無論良い事ばかりではない。まず研究開発そして運用と維持に莫大な費用がかかる。

 そしてこれが最も大きな問題だが、処置を施された義体は、極端に寿命が短い。戦闘の第一線に駆り出される故に負傷する可能性が高い事もあるが、身体のパーツをいくらでも入れ替えられる義体にとっての寿命とは、肉体の傷によるもの無い。唯一代替えの効かない器官である脳の死である。 

 

 義体の運用には非常に強力な、見方によっては劇薬とも言える薬品を複数、それも大量に使用する。手術の際にも、“条件付け”の際にも、そして人工の臓器官が正常に動作するために。何かにつけて投与される薬品によって、彼女らの脳は常に薬漬けの状態となり、それが脳神経に凄まじいダメージを与える。

 

 彼女らの寿命は、奇跡と言い換えられるほどの強運があっても十年といったところだろう。

 

 だがそんな燃費の悪さがあるとしても、メリットの方が上回るならば使ってみようと考えるのが為政者の考えることだが、やはり少女をモルモットにしての人体実験は世間体が悪すぎる。故にイタリアでも研究・運用は秘密裏に行われた。

 

 義体の研究・運用は、日本政府の人間にも総理大臣と内閣府各大臣の他は、活動範囲が重複しがちな法務省と防衛省の重役と担当職員、センターの管轄として隠れ蓑にされている厚生労働省の一部職員などの少数にしか知らされていない。

 

 対外的には研究は社会福祉を名目にして、運用は将来創立される予定の日本版CIAの仮組織という事にして機密性を高め、国立児童社会復帰センターは運営されているのだ。

 

 当然、ここに勤める職員たちも、いわゆる普通の就職活動を経てここに来たのではない。

 全員が、何か事情を抱えてここにいるのだ。

 

 それは蔵馬辰己も例外ではなく、彼の隣でモモの処置記録を眺める義体外科医の正木もそうである。蔵馬と並んでも大柄に見える正木は、生え茂る髭と、幾つもの死を目の前で見た経験から来る鋭い眼光の所為か、中年を超えて壮年の域に片足を入れながらも、大熊と形容できるほど威圧感のある男だ。

 

 見た目からは想像もつかない繊細な手腕で、国立大学病院を舞台に何十何百と命を救ってきたこの男も、院内の権力闘争に巻き込まれ、最後には自らとは関係の無い医療ミスの責任を負わされて人殺しのヤブ医者の汚名を着せられ、病院を追われたところを、センターに拾われたのだ。

 

「もともと肩関節の摩耗が大きくて交換時期に入っていたからな。全部替えた」

 

 正木は目の下にクマを浮かべ、欠伸を噛み殺しながら処置記録の入ったバインダーを蔵馬に手渡す。

 

「肩の傷より、少し“条件付け”で調整が入ったぞ。やっぱり作戦中に集中を欠いたのは良くなかったみたいだな」

 

「まあ、そうだろうな……」

 

「じゃあ俺は上がるからな。これから出すって言うから徹夜で直したんだ。頼むから今日はこれ以上俺に働かせないでくれよ。もう歳なんだ、無理させんでくれ」

 

 正木は今度こそ大きな欠伸を放ち、蔵馬の背を軽く叩いて病室から出て行った。

 義体はいくら傷付いても、即死でなければ直せる。

 だが手術の度に、条件付けの度に使用される薬品が、彼女の脳の機能を少しずつ奪っていく。最後には脳が完全に機能を停止してしまう。

 今晩だけで、モモの寿命はどれだけ縮まったのだろうか。

 

「……頼むぜ、おい」

 

 蔵馬の声が呼び水になったのか、モモの瞼がかすかに動く。

 同時に壁の時計が電子音を発し、午前六時を知らせた。

 そうして、また一日が始まる。

 

 

 

   ●

 

 

 

 秋葉原。他の街とは似ても似つかない、独自の進化を遂げた現代文化の中心地だ。

 どこ彼処からけたたましい電子音や、甘ったるいアニメ声が聞こえてくる。

 最近のゲームPVやアニメCMがあちらこちらのモニターに映され、美少女キャラクターやら男前なキャラクターが描かれた極彩色のポスターが、どこを見ていても視界に入る。

 

 かと思えばビルとビルの隙間にひっそりと、電子機器の部品を売っているらしい飾り気のない店が収まっていたりする。そういう店舗に紛れて、カロリーの高そうな飲食店ばかりが多数点在していたり、何に使うのかよく分からない雑貨や工具を売る店があったり、そしてまたアニメグッズのショップがあったりする。

 一言でいえば、混沌としている。そんな街だ。

 

「はぁ……凄いところですね」

 

 美少女キャラクターがデカデカとプリントされた看板を見上げて、モモは感極まったように呟いた。赤や青や緑の髪の毛の美少女イラストに目をパチクリさせたり、軒先のショーケースに陳列された、少し卑猥な黒髪の美少女フィギュアを見て、それの形容が自分の容姿と似ていることに気付いて複雑そうな顔をしたりしている。

 

 

「秋葉原に来たのは初めてだったか?」

 

 隣を歩く蔵馬は、スーツのポケットから煙草を取り出し、しかし秋葉原は路上喫煙が禁止されている事を思い出して悲しそうに懐に戻す。そういうところで変に律儀な男だった。

 

「はい。目がチカチカしますね」

 

「確かに、少し目が疲れる街ではあるな……っと、曲がったぞ」

 

 言って蔵馬は正面に注意を促す。二人が目で追う先には、雑踏に紛れて青いブルゾンジャンパーと灰色のパーカーの男二人組が、中央通りからドンキホーテの角を右に曲がった。

 今蔵馬たちは、この二人を尾行している最中だ。

 

 国立児童社会復帰センターは大きく分けて、実働部隊として作戦を立案実行する作戦部と、情報を集めて分析し、時にはカウンターインテリジェンスとして防諜活動を行う諜報部の二つの部署で構成されている。

 

 基本的には諜報部が何らかの情報を持ってきて分析し、信憑性と危険度が高いと判断すれば作戦部の方に案件を持ってくる。そして作戦部が銃を引っ提げテロリストやそれに類する犯罪者をぶっ潰す。そういう風な流れで任務を行なうことがほとんどであり、昨日の波止場もその例に漏れない。

 

 そして今日も、諜報部が持ってきた情報をもとにした任務だった。テロリストの会合があることを掴んだのだ。

 調べでは情報交換程度の小さな集会らしいが、銃器を携帯している可能性があるとのことだ。そういう危険そうだけど大人数を投入することは目立つし出来ない、という作戦の場合はだいたい、義体と担当官のツーマンセルが投入される。

 

 義体の本国イタリアでは、この二人組の事を『兄弟(フラテッロ)』と呼んでいたそうだが、日本においてはその風習はない。『義体班(マキナ)』か、あるいはそのまま二人組と呼ばれることがほとんどだ。ちなみに『義体班』はそのままコールサインとして使用されており、蔵馬とモモの班は六つ目の『義体班』ということで『マキナ6』と呼称される。

 

 その『マキナ6』だが、銃器を所持した相手との戦闘を行うにしては軽装だった。二人とも持っている武器は拳銃一丁のみ。そこらの警官と変わらない装備だが、今回彼らはテロリストの生け捕りを指示されている。アサルトライフルでは殺してしまう可能性の方が高くなるうえ、日本では銃声そのものがタブーとされている為に、消音装置を使いにくいアサルトライフルは置いてきたのだ。

 

 これで現場がどこか人気のない場所ならば短機関銃くらいなら持ってきても良かったのだが、生憎彼らがいるのは都会も都会。日本で最も人口密度の高いエリアの一つだ。万が一にでも流れ弾が出るとまずい。

 

 可能ならば彼らが会合に参加する前に捕縛して、尋問して会合の開催場所やらを聞き出すことが出来れば良かったのだが、男たちは宿泊していた浅草のホテルから、大通りを外れずに来た。流石に公衆の面前で誘拐は出来ない。結果、出てきた彼らの後ろを着かず離れず追って、とうとう秋葉原までやってきたのだ。

 

「どうして秋葉原なんでしょう?」

 

「ここが打ってつけだからだ」

 

「こんな人の多い場所が?」

 

 モモが首を傾げ、黒髪がさらりと揺れる。

 

「ああ。連中は秋葉原を好む。あいつらが街中で何を言ってても、誰も気にしないからな」

 

「どうしてですか?」

 

「あいつらがどんな物騒なことを言っても、漫画かアニメの話だとしか思われないからだ」

 

 内緒話はあえて人の多い所で、というのはよく言われる話だが、実際ただ人の多いだけの場所では、話す内容によってはかえって目立つこともある。何かを話すにもTPOを弁えなければならないのだ。

 

 蔵馬がそう教えると、モモはよく分かってないのか変な表情でフムフム頷いた。

 

「分からないならそう言え。まあ例えるなら……えーとだな、日曜の混んでる動物園のどうぶつふれあい広場で、日本がAAV-7を運用する上での課題は、なんて話をしてたら逆に目立つだろ?」

 

「何と無くですけど、分かりました」

 

「本当かよ……」

 

「話題にも相応しい場があるのは分かったんですけど、秋葉原だと大丈夫っていうのがよく分からないです。こんなにたくさん人がいるんだから、少なからず不審に思う人がいるんじゃないんですか?」

 

「そうだな……」

 

 蔵馬は追跡する二人から目を離さないようにしながらも、周囲の人々に意識を傾ける。秋葉原の街を行くのは、各々が気ままに生きる。そんな人々だ。辛い事もあるだろう、哀しい事もあるだろう。だが、その目には蔵馬には無い朗らかさとでも言えばいいのか、どこか緩さのようなものがあった。

 

 それは生命の危機に瀕したことの無い人間のみが持つことを許される、己の生に対する絶対的な信頼感のような物だ。明日の自分の生を無条件に信じきっている。自分の死という避けられない運命に、いまだ向き合った事の無い人間の目だ。

 

「お前には少し実感がないだろうが、日本って国は本当に平和なんだ」

 

「平和?」

 

 生まれながらにして戦闘行為を義務付けられ、他の何よりも銃と言う道具が手に馴染む義体にとっては、縁の薄い言葉だ。

 

「分かりにくいか……この国の人間にとって、死は他人事なんだ。戦争は七十年前に終わったか、遠くの砂漠でどこかの国がやってることか、それこそ遠い世界――漫画やアニメの中にしかないものなんだよ」

 

 蔵馬は口元でシニカルに笑う。その笑みは、すれ違う若者たちに向けているようにも、自分に向けているようにもモモには見えた。

 

 前を歩くテロリスト二人組は、どんどんと秋葉原の街を進んでいく。中心街からは少しずつ外れ、人気も徐々に疎らになってくる。ここまで来るとサブカルチャーの街という風でも無くなってくる。そして寂れたテナントビルの前で立ち止まった。玄関前に設置された自動販売機を眺める振りをしながら、周囲の様子を窺っている。

 

「おっと。立ち止まるなよ」

 

 蔵馬はモモの耳元で囁いたかと思うと、歩を進めながら普段の彼からは考えられないほど明るい声で笑い始めた。

 

「はっはっは! そいつは凄いな! それで?」

 

「な、なんですか急に……」

 

「このまま話しながら一回通り過ぎる。何か適当に最近あったこと話せ」

 

「ええ? えーと……実はついにアザミに初潮が来ましてね! さすがに驚いたらしくて下半身真っ赤にしながらガクガク震えてました!」

 

「……、そうか!」

 

 この会話を聞いていたテロリストたちは、擦れ違い様に少女に友人の生理の話をさせる男に最高度の怪訝な目を向ける。

 その嫌な物を見る様な、湿度の高めな視線と、モモの話題選択センスに片眉をひくつかせながら、ビルの前を通り過ぎた先にあった角を曲がった。

 

 男たちの視界から逃れ、蔵馬は立ち止まるとポケットからスマートフォンを出して、カメラアプリを起動させる。レンズをビルの角から覗かせ、男たちがいる道路の写真を撮った。取れた画像には二人組は映っていない。既にビルの中に入ったのだろう。

 

「入りましたね、突入しますか?」

 

 建物の陰からビルの前に移動する。モモは上着の下に隠した拳銃に手を伸ばす。

 蔵馬も頷きを返しながら銃を手にし、隣でやる気を出してる少女の肩を叩く。

 

「ああ、だがその前にな、一つ。生理の話は二度とするな」

 

 

   ●

 

 

 蔵馬とモモは周囲の物陰を窺いつつ、テロリストが入ったビルに足を踏み入れる。北南東の三方を囲まれたこの建物は、日中にも関わらず非常に暗い。節電の為か、それとも使用年数が切れているのか、天井の蛍光灯も点いていなかった。

 

 二人は拳銃のマズルに消炎器を取り付ける。蔵馬がポイントマンとして前方を、モモがテールガンとして後方を警戒しながら進む。蔵馬とモモが『義体班』として動く時は、いつもこのフォーメーションだった。

 

 一つしかないエレベーターの階数表示は最上階の四階にある。会合もそこで行われているのだろう。蔵馬はエレベーターの横に連なる階段を、身を低くして足音を消し、陰に潜むようにして上がっていく。

 

 周囲の気配を探り歩を進めながら、いつものことだが、アホらしいと蔵馬は思う。こんな義体と言う特異な存在ありきのニンジャみたいな真似、いつまでするつもりだろうか。周囲を封鎖し部隊を突入させた方がよほど成功率が高い。

 

 蔵馬は後ろを抜き足差し足で追ってくるモモに振り返る。視線に気付いて目を合わせてきたモモ。薄闇の中に浮かぶ美貌は、向けられた視線の理由を求めて傾げられる。

 蔵馬は言葉は発さず、首を振ることで『何でも無い』という意思を表し、半ばまで登った階段の上方に目を戻す。

 

 いつまで続けるのだろうという自問をしながらも、蔵馬は既にその答えに察しがついていた。義体を兵器として見れば、単純明快なことである。

 データが揃うまでだ。

 

 義体がいか程の有用性を持っているか。どれくらいの戦闘力を有しており、どれくらいの負傷に耐え、どれくらいの耐久年数を持っているのか。何度修理したら無敵の身体にガタが来て、どれくらいの薬を投与すれば脳が故障するのか。

 

 将来的に義体技術を民間にフィードバックするためには、まず義体の限界を見極める必要がある。商品化するためのカタログスペックを弾き出すためには、まず最初に品物を限界まで使い潰す必要があるのだ。その為には肉体的にも精神的にも可能な限りの高負荷に晒さなければならない。

 

 その為に戦闘行為をさせているのだろう。

 長年戦場を渡り歩いてきた蔵馬は、戦闘状態というものが半端でないストレスを心身ともにもたらす事を知っている。義体を戦闘サイボーグとして使う事を思いついた人間も、そのことを知っていたのだろう。

 

 故に可能な限り、義体を戦闘に駆り出す。壊れるまで、使い倒す。

 データ収集のために、壊れることを前提として。普通なら小隊規模の戦力を投入するような作戦を『義体班』のみに行なわせるのも、戦闘データに余計なノイズを入れたくないという事もあるだろうが、要するに、とっととぶっ壊れて欲しいのだ。

 

 このオモチャがどれくらい乱暴に扱えば壊れてしまうのかを知るために、まずいくつか壊してしまおう。

 それがこの国の指導者たちにとっての、モモたち現世代義体であった。

 彼女らは試作機。科学と国防の生贄。取り換える事が前提の消耗品。

 

 戦場の最前線にいる兵士は、時折自分たちが使い捨ての駒でしかないのだと自虐しブー垂れる。だがあらゆるものには上には上がいるように、下にも下がいる。食肉用の豚と同じように、生まれた時から死ぬことが存在意義として死が義務付けられている彼女たちを見れば、少しは文句の数も減るだろうか。

 

 薄暗い中でも分かるほど、埃が積層した階段が途切れた。蔵馬は足を止めて周囲の気配を探ろうとし、

 

「……んぎ」

 

 その筋肉で固い尻に、呑気に段差を上っていたモモが顔面を突っ込ませた。実に鈍くさい娘だった。文字通りオカマを掘られた蔵馬は、無言でモモの頭を叩く。

 尻から外した顔は不服そうで、モモは叩かれた頭を擦りながらブチブチを愚痴を溢す。

 

「……急に止まるし、お尻押し付けてくるし、頭叩くし……」

 

「……お前を軍隊に放り込んだら少しは文句の数も減るか?」

 

 重ねて何か言おうとするモモを蔵馬は手を挙げて制し、傍に寄るよう手招きする。

 このフロアには横並びに三つの部屋がある。

 

「声、聞こえるか?」

 

「ええっと……はい。一番奥の部屋の方から聞こえます」

 

「よし」

 

 蔵馬は一番奥の扉に潜み寄り、耳をそばだてる。確かに話し声がした。モモは特別聴覚が鋭い義体ではないが、それでも扉越しの声を聴き取った。やはりチートだ。だがそのお陰で余計な危険を回避できた。

 

 この国の連中がどういう思惑でいるかは、蔵馬とは関係が無い。

 蔵馬にはモモを使い捨ての駒にする気など微塵も無い。モモの身体に宿った特異な能力。それは可能な限り、モモの身を守るために使う。

 モモは、兵器などでは無い。

 

 蔵馬はモモを下がらせ、扉をノックする。

 中の話し声が止んだ。

 しばらく沈黙が流れる。

 

 待っていると、部屋の中にいるテロリストの方が先に痺れを切らして、様子を確認しに来た。ドアノブが回る。こちらも実に鈍くさい。彼らは自分が国家を敵に回しているという自覚があるのだろうか。板一枚隔てたテロリストに向けて、蔵馬は手のP220の銃弾を三発撃ち込んだ。

 

 薄いアルミの板を貫通して、内側にいた一人が冷たい床に崩れ落ちる。その絶命と交差して、蔵馬は扉を改めて開いた。日本の扉は基本的に外からは内開きになっているので、蹴り破ることが出来ないのだ。

 

 部屋の中には今死んだ男一人を入れて三人のテロリストがいた。諜報部の報告より一人少ない。彼らは蔵馬の奇襲に面を食らって固まっている。死体を跨いで部屋に踏み込み、彼らに銃口を向けた。

 

「妙な動きをしたら殺す。黙って両手を挙げて跪け」

 

 これは殲滅が目的では無い。彼等は極力生け捕りにしなければならない。

 初めに一人殺してこちらがマジで殺すと見せつければ、余計な抵抗はしないだろう。案の定テロリストたちは抵抗する様子は見せず、蔵馬の言葉に従う。

 あとはこの連中を拘束して、応援を要請してセンターに運ぶだけだ。

 

 拘束するには一人では難しい。蔵馬は部屋の外にいるモモを呼び寄せようとして――部屋の外に他の気配を察知した。この部屋の隣から、微かに物音がする。モモも気付いたらしい。諜報部め、いい加減な仕事をしやがって。

 

「行きます!」

 

「おいちょっと待っ」

 

 モモに目を向けた一瞬のうちに、跪いていた一人、先ほど追っていたブルゾンが距離を詰めて飛び掛かってきた。手にはサバイバルナイフが握られている。P220の銃口は間に合わない。

 

 蔵馬は横に跳んでブルゾンの刺突を躱す。間合いと取ったが、銃を構えるより先に、残っていた巨漢の男が蹴りを放ってきた。その爪先が拳銃を握る手を突いた。P220が弾き飛ぶ。

 

 巨漢の追撃を避けて、蔵馬は部屋の奥へと転がった。出口はブルゾンに塞がれ、正面には巨漢の男。その手にはブルゾンが持つナイフが爪楊枝に見えるほど大型のボウイナイフ。

 

「お前らそれ銃刀法違反だぞ。よく秋葉原に持ってこれたな」

 

「お互い様だ」

 

 ブルゾンと巨漢が落としたP220を見て笑い、ブルゾンの方が拳銃を拾い上げて蔵馬へ向ける。

 二人の動き、何か格闘技をやっていた者の動きだ。

 さすがに銃と刃物で武装した格闘技経験者を二人同時に、素手で相手にするのは分が悪い。しかし蔵馬は大して慌てた様子も無く、むしろ状況を楽しんでいるかのように笑い、

 

「おい、それもう弾切れだぞ」

 

「え?」

 

 ブルゾンは蔵馬の言葉に目を奪ったP220に落とす。巨漢の意識も一瞬逸れた。

 十分な隙だ。

 

「――ッ」

 

 溜めておいた足のバネを開放して、床を蹴る。瞬時に巨漢との間合いを詰めボウイナイフより内側に入った。

 右掌底鉤突きを顎に打つ。次いで左アッパーカット。巨漢が思わず後ずさり距離が開いた。

 アッパーの引手で腰を回転させ、全力の右フックを巨漢の左脇腹にめり込ませる。拳の感触で、肋骨を砕いたのを感じる。

 巨漢の体から力が抜けた。初撃の顎が効いて、脳震盪を起こしているのだろう。

 

 蔵馬は巨漢の襟首を掴んで無理矢理立たせ、ブルゾンに撃たれないように盾にする。

 そしてそのまま突っ込んだ。

 

「くそ!」

 

 ブルゾンは突撃を避けたが、もう蔵馬の間合いだ。ブルゾンの拳銃を持つ手に、蔵馬の回し蹴り。P220は再び宙を舞う。

 銃を失ったブルゾンは、ナイフで切り掛かってくる。

 蔵馬は紙一重で躱し続け、間隙を縫ってジャブをブルゾンに放つ。三発目のジャブが、顎に綺麗に入った。

 

 脳を揺らされブルゾンの膝がカクンと折れた。蔵馬は身を回してブルゾンの襟と手首を掴み、そして手本のように綺麗な背負い投げを放つ。だが綺麗なのは投げるまでだ。

 投げたブルゾンの胸に自分の肘を突き立て、一緒に地面に飛び込んだ。床に叩き付けられた衝撃と蔵馬の肘に挟まれて、ブルゾンの肋骨は粉々に砕ける。

 

 蔵馬は立ち上がると一息吐くと、脳震盪から回復しつつある巨漢の顔面にフルスイングの蹴りをブチ込んだ。鼻血を噴きつつひっくり返る男を横目に、P220を拾う。

 

 一連の戦闘は、一分にも満たない短時間だった。

 近頃満足に訓練出来ていなかったが、それでも条件反射になるまで身体に刻み込んだ動作は、淀みも滞りもなく出てくるものだ。

 ともかくこの場は切り抜けた。次は隣のモモだ。

 

「モモ! 大丈夫か?」

 

 隣室のモモに呼びかけると、はいはいーと呑気な返事をよこす。無事だったようだ。

 スマートフォンを出して作戦終了の連絡を入れた。数分で諸々の回収に来るだろう。

 

 蔵馬が隣室を覗くと、そこは血で赤く、臓器と骨で処々白く、零れた内臓から発せられた生臭い熱が満ちていた。返り血で顔を真っ赤にしたモモと、死体が四つあった。銃で撃ち殺された者もいれば、背骨から二つにへし折られている者もいる。乱戦になり、無茶苦茶に暴れたモモの四肢に巻き込まれたのだろう。

 

「怪我はしてないか?」

 

「大丈夫です。ちょっと拳、擦り剥きましたけど」

 

「……みんな殺したのか」

 

「え? ……あ!」

 

「こっちで生け捕りにした。気にするな」

 

「ごめんなさい……その……」

 

 モモは目尻に涙を浮かべる。

 

「その……私、生け捕りの仕方を知らなくて……」

 

「……………………。そうか」

 

 蔵馬は。

 どこか別の場所を見るような目で、モモではない誰かを見るような目で、

 そっとモモの頭を撫でた。

 叱咤の代わりの、予想外の蔵馬の手。きょとんとモモは眼を丸める。

 

「生け捕りの仕方……ちゃんとした戦い方を教えてやる」

 

「……はい」

 

「今日はよくやった」

 

「…………はい!」

 

 蔵馬は少女の頭を撫で続ける。

 死体に囲まれて。返り血を浴びて。硝煙の臭いを体に染み込ませて。

 それでも蔵馬に頭を撫でられるモモは、幸せそうに笑うのだった。

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