Gunslinger Girl - Birth of Ws - (旧題『あかつきの少女たち Marionetta in Aurora.』)   作:ふじやまさん

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第4話

 その男は悪事を企んでいた。

 開放感のある喫茶店のオープンテラスに腰を掛け、秋の陽光を浴びながら、様々な悪事を企んでいた。

 明黄に色づいたイチョウ並木をぼんやり眺め、心透く青い空を見上げながら、脅迫傷害殺人爆破誘拐拉致密輸、あらゆる悪事を企んでいた。

 

 男の年齢は恐らく四〇代。後ろに流した総髪と、顎に生えそろった髭には散り散りとだが白い毛が混じり始めている。だがその肉体に蓄えられた筋肉は服の上から見ても溌溂としており、特注で作らせたのか肩や胸周りを大きく取られているオータムジャケットで起伏のある稜線を描いている。

 

 男は犯罪計画を連々と脳内で組み立てておきながら、その目はやけに大らかで、犯罪者が持つ瞳の仄暗さなど僅かながらも存在しない。天気がいいので散歩に出かけ、少し喉が渇いたので喫茶店に立ち寄った大柄だが気の優しい中年男性。

 今の彼をプロファイリングしようとすると、ほとんどの人間はそう判断するだろう。

 

 しかし、その判断を正しいか間違っているかの二者で言うなら、正しい。

 この男は元来人が良く、誰かを憎むより愛することを好み、事実として今彼は朝起きたら天気がよかったので散歩に出かけ、少し喉が渇いたのでこの喫茶店に立ち寄っている。だいたいの人間が、付き合うならこんな男が良いと考える人物だった。

 

 だがそんな彼は、窃盗密輸脅迫傷害詐欺誘拐監禁殺人国家反逆、思いつく限りの悪事を企んでいた。

 この男は間違いなく、大罪人だ。

 

 そんな悪徳の男はテーブルの上のコーヒーへ、おもむろに手を伸ばす。

 指がカップに届く前に、ジャケットの懐から携帯の着信音が鳴った。

 コーヒーへ伸びた手を止めて、取り出した赤い携帯電話を耳に当てる。

 

「もしもし」

 

 電話の向こうの人物は、男のことを『羽柴さん』と呼び、会社の重要案件の指示を乞う。

 男は短くいくつか指示を飛ばし、電話を仕舞った。

 そしてコーヒーカップに指を掛け、唇がカップに触れる寸前に再び携帯の着信音。今度取り出したのは先ほどとは別の青い携帯電話だった。

 

「もしもし」

 

 今度は男のことを『松野さん』と呼び、ある企業の株価が変動したことを告げた。

 売って、とだけ伝えて電話を切る。

 今度こそコーヒーに口をつけようとしたところに、三度目の着信音。次は緑色の電話だ。

 

「もしもし」

 

 この電話主は、男のことを『辻野さん』と呼び、彼が所持するビルに大口のテナント依頼が来たことを報告する。

 そのまま進めるように告げ、電話を戻した。

 

「忙しそうだな」

 

 異なる三つの名前を持った男に、声をかける者がいた。

 長身痩躯。稲荷キツネのような細く吊り上った眼。十代の若者にも見えるが、三十路を超えた中年にも見える。不思議な容姿を持った男だ。

 

「李明か。久しぶりに顔を見せたな」

 

 現れた男、李明は断りも入れず正面の席に腰掛け、ウェイターにコーヒーを注文する。

 

「そうだったかな」

 

「約半年ぶりだ」

 

「君は半年会わないだけで久しぶりと言うタイプの人間か?」

 

「一週間会わなかったら言うね」

 

 李明はウェイトレスが運んできたコーヒーを受け取り、強面の男の言を鼻で笑った。

 

「そんなに寂しかったならスカイプのIDを教えよう。いつでも話しかけてくるといい」

 

「あれは駄目だ。CIAが盗聴したりエロいビデオ通話を覗き見るのに使ってる」

 

 男はおどけた風に言って、ジャケットから黒い携帯電話を取り出すと李明に差し出した。受け取った李明はその電話を掲げ、首を傾げて見せる。

 

「これは?」

 

「今度連絡する時はそれを使う。安心してくれ、通話料は俺持ちだ」

 

「有り難いね」

 

「だろうな……」

 

 男はここで言葉を区切る。そして次に紡がれたのはアラビア語だった。

 

「中国情報部のスパイは銀行口座作るのも一苦労だろう」

 

「……有り難いね」

 

 返された李明の言語はドイツ語だった。その返事を聞いて、男は口角を緩く上げながら、テーブルに備え付けられたナプキンを一枚手に取り、指先で弄び始める。

 

「それで、何の用だ?」

 

 今度の男の言葉はフランス語だった。

 

「……ふむ。実は去年から、うちの工作員が何人か消えている。何か知らないか?」

 

 李明はカシミール語で話し、その口元で手を組み、薄い笑みを見せる。が、鋭い切れ長の眼には冷え冷えとした光が灯っていた。一挙一動見逃さず、こちらの心内を見透かそうとする。そんな目だ。

 

「それはこっちが聞きたいことだよ」

 

 隠す必要はないし、むしろ男の方から聞こうと思っていたことだった。

 男は正直に、スペイン語で返す。

 突然始まった多言語の会話に、周囲の客は一瞬彼らに目を向けた。

 

 だが矢継ぎ早に変わる異言語の会話、その内容を理解できる者は一人もいない。

 東京の街では異国の言葉はそれほど珍しい物でもない。理解の出来ない言葉など、聞こえていないのと同じだ。二人に集まった注意はすぐに霧散した。

 

「一年前に基地に襲撃を受けて以降、仲間や物資の業者、あと扇動家とか雇った殺し屋、運び屋、仲間になりたいと擦り寄って来たチンピラ、その他もろもろが姿を消している」

 

 惜しげなく情報を提示する。知られたところで、困ることでもない。李明は男の仲間が消息不明になっていることを知ったうえで、情報の共有を求めてきたのだろう。

 男のポーランド語に、李明は言葉を広東語で応える。

 

「なるほどね」

 

「……もしかしたら、北朝鮮。あとロシアあたりの工作員も消えたんじゃないか?」

 

 男の朝鮮語。

 

「なんだ、知っていたのか」

 

 李明の英語で応え、ほんの少し驚いた様子を見せた。

 

「俺の推測の通りなら、他には中東テロ組織とか、あとジャコモ・ダンテのシンパ……要するに日本の敵性組織が消えてる」

 

「……なるほど。なるほどね、やっぱりお前もそう思うか。日本がやっと、『そういう組織』を作ったと」

 

「まあそれしか無いだろう」

 

 ここまで来ると、もう二人の会話は何語でも無かった。単語単語が異なる様々な言語で構成され、文法も滅茶苦茶だ。それでも二人の間の意思疎通は完璧だった。互いが互いの言いたいことを、話しながら推測し合っているからだ。

 

「ふふふ、遅すぎるだろうよ日本のアホどもめ」

 

「そう、遅すぎる。だがギリギリ間に合ったとも言える。俺にとっても嬉しくないことだがね。これもジャコモ・ダンテが世界に点した火の影響か」

 

「だろうな。革命には失敗したが、しかし奴本人の野望は叶った訳だ」

 

 李明はコーヒーを一口飲み、言葉を日本語に戻した。

 

「ジャコモ・ダンテと言えば、一つ良い物がある。お前、二億円を今年中に用意出来るか?」

 

「出来る」

 

 男は二億と言う数字に眉一つ動かさずに頷いた。男の肯定に、李明は口元の笑みを深くする。

 

「なら我々のオモチャ、特別にその二億で譲ってやろう」

 

「何をくれるんだ? 中古の戦車か?」

 

「もっと良い物だ。しかも新品……とは言い難いが、まあほぼ新品だ」

 

「新しいオモチャか。嬉しいね」

 

「それで、これからどうするんだい、御堂?」

 

「そうだな……」

 

 御堂。四つ目の名前で呼ばれ、男は顎に指を当てて思案する。

 

「釣りに行く」

 

 そう言って、指先にあったナプキンをテーブルに放る。その紙片は、いつの間にか魚の形に折り込まれていた。

 

「そうか、大物が釣れるといいな。では、また連絡を待っているよ」

 

 李明は手を掲げて、喫茶店から立ち去った。男が李明を目で追うが、人波に姿を潜らせたその一瞬で、影すら残さずに姿を消していた。

 残された男は、すっかり冷めたコーヒーを一口で飲み干し、そして再び悪事について考え始めた。

 

 彼は立場によって名前を使い分けている。

 とあるベンチャー企業の代表取締役としての『羽柴』。

 とある株式トレーダーとしての『松野』。

 とある新興都市の高層ビルのオーナーとしての『辻野』。

 彼にとって名前は、役割を表す記号である。

 

 そして『御堂』。それは本名だった。

 男の名前は御堂文昭。

 日本国家の転覆を目論む、テロリストの名前である。

 

 

 

   ●

 

 

 

 国立児童社会復帰センターの運動場。本部棟の裏に広がる平らな空間は、野球とサッカーとラグビーが並んで同時に出来そうなほどの広さを持つ。ここにCQB訓練用のキリングハウスやアスレチックコースなどが押し込められている。センターの職員や義体の肉体練成は、おおよそこの場所で行われていた。その芝生生した一角。

 

「あんたら何やってんの?」

 

 170センチという女性にしては高い背丈に相当量の筋肉と適度な脂肪を乗せた、石室夕子という名のセンター職員は、あるものを見つけて足を止めた。

 

「柔軟だ」

 

「ぎぎ……」

 

 大股開きで前屈しているモモの背に腰掛けて煙草を吹かしている蔵馬はそう答える。美少女を椅子にして吸う煙草はさぞ美味かろう。

 

 蔵馬は短くなった煙草を赤い煙缶に放り捨て、石室の顔を見上げる。彫りの深い目鼻立ちに吊り目。いつもドギツい海外の煙草を咥え、銃器をいじっているか、自動車やバイクの整備をしている。格好いい面構えの女だというの蔵馬の彼女に対する評だった。

 

 色気も糞も無い陸自の戦闘服を着込んだ彼女の手には、大型のガンケースがあった。背中には荷物で膨らんだ雑嚢がある。

 

「格闘技教えてやろうとしたんだが、見ろ。こいつ身体硬すぎる」

 

「うぎぎ……」

 

 苦しげに呻くモモの身体は、柔軟というにはあまりに傾く角度が浅い。

 

「確かに硬いね……でも無茶しすぎると処女膜破れるよ」

 

「毎日柔軟するよう言ったのにサボりやがったからな。罰だ罰。ていうか義体に処女膜とかあるのか?」

 

「うぎぎぎ……有りますよぉ、処女ですよぉ……クラマさんの為に大事に取っておいた……うぎぎぎぎぎ! 痛い! クラマさん痛い! 破けちゃう!」

 

「義体もサボったりするのねえ」

 

 じゃれ合う二人を見て、夕子はぽつりと呟く。

 

「他の子達は?」

 

「アザミとタンポポはキリングハウスでCQB訓練やってる」

 

 モモの背中にほとんど全体重を預けながら、蔵馬は運動場と隣接した近接戦闘訓練場の方を指差した。

 時折指した方向から銃声に混じって「ゴラアアアアア!」だの「ボケエエエエエ!」だの濁点だらけの大よそ人の物とは思えない吠え声が聞こえてくる。

 

「初瀬か……元気ねえ」

 

「あいつと訓練で被るとは。常盤……運のない奴」

 

「そういや常盤が先週捕まえた扇動屋いたでしょ」

 

「俺らが救急隊員に化けて回収しに行った奴か。あいつがどうかしたか」

 

「いや、別にどうもしてないんだけどね。結局雇い主の情報、全然出てこなかったみたいだわ。諜報部もお手上げだってさ」

 

「常盤が先に持って帰った携帯も空だったし、これで手詰まりだな」

 

「実は常盤君が携帯の中身を先に消してたりしてな」

 

「敵が送り込んだスパイでしたって展開か。たまにあるやつだ、今度尋問してやろう」

 

 ケラケラ笑い合う二人。

 すると、石室の戦闘服が後ろから引っ張られた。

 

「……夕子」

 

「ん、ああ」

 

 石室の陰に隠れていた、義体のムラサキだ。

 重そうな長い黒髪を一対のお下げに結っている、十歳かそこらの容姿をした少女だ。口数はあまり多いほうでなく、ジトッとした湿度の高い目を持つ、アザミとは別の方向性で活気をあまり発しない義体だった。彼女の体躯にあう戦闘服は当然の如く存在しない為、民生品の迷彩柄をペイントされた衣装を着せられている。

 

 彼女たち二人も『義体班』だ。コールサインは『マキナ3』。

 陸上自衛隊機甲科の偵察部隊出身である石室、隠密行動と長距離射撃を得意とするムラサキのチームは、山岳地帯など自然地形の多い条件の任務に出ることが多い『義体班』だった。

 

「どこか行くのか?」

 

「狩猟期間になったし、これから鹿狩り。鹿がセンター内の赤外線センサーに引っかかって鬱陶しいから、数減らしてこいって部長がさ」

 

 石室は背中のガンケースを背負い直した。ムラサキの背にも、夕子とお揃いの物がある。

 

「ついでにムラサキに、動く目標を狙撃する経験値を積ませる。この前アザミがテロリストの手を打ち抜いたのに、対抗意識燃やしちゃって。楽しみねームラサキ。いっぱいお肉食べれるわよ」

 

「……うち鹿肉きらい。臭いし」

 

「ははは、どんなに嫌いでも、食べ物がそれしかなければ嫌でも好きになるわ」

 

「……うえぇ……」

 

 半ベソになるムラサキを引きずり、石室は運動場から直でガサガサと藪を掻き分けて山へと消えて行った。野人の様な女だ。

 あれでも京都の国立大学出身らしい。人の内側は外面では推し量れないものだ。

 

「日本語で何て言ったか……あの声で蜥蜴食らうかホトトギス、か?」

 

「……クラマさん……クラマさん……本当に破れます……」

 

 独りごちる蔵馬の尻の下では、全ベソのモモがすすり泣いていた。

 

 

 

   ●

 

 

 

 鈴村太一。今年で三十六歳になる、発電所に勤める機械技師だ。物心ついた時から機械類が好きで、地元の工業高校を卒業後に専門学校に進み、将来的に安定していそうな半官営の電力発電所に就職した。

 

 昔からリスクを背負い込むのが嫌いで、常に石橋を叩いて叩いて絶対に安全だと分かってから渡るタイプの人間だった。小中高と周囲にそこそこいた不良どもにも決して近寄ることはせず、酒も付き合いで多少嗜む程度、煙草は吸わず、賭け事の類には近寄ることもしない。常に安牌を打ち続ける人生を送ってきた。 

 

 彼の父親が後先考えずに行動を起こし、その結果失敗して負債を背負い込むタイプの人間だったことが原因だろう。子供の頃は常に貧しさがあり、母親も兄弟もそんな父親を見て、諦観からか怒る事はなかったが、哀しみを秘めた顔をよく浮かべていた。

 

 ああはなるまいと最も近しい身内を反面教師として、鈴木太一は堅実な人生を歩んでいた。そうして公務員になることは叶わなかったが、ほとんど官営と言っていい仕事場を見つけた。

 

 そんな面白味は無くとも真面目な人柄に惹かれた女性と親しくなり、結婚し、そして彼も子供を授かり、家庭を持つに至った。自分が築いた安定した人生。安定した家庭。その中で大人として十年近くを過ごし、鈴木太一もそろそろいいおじさんになりつつあった。

 

 そうして幼少時から青年期に至るまで、あまり好意的に見ていなかった父親の当時の年齢に近付くにつれて、彼の中の父に対する見方も変わってくる。

 金になりそうなものなら何にでも手を出していたのは、結局は家族の暮らしを豊かにするための物だったのだろう。

 暴走しがちなあの性格は、事業に失敗し貧しい思いをしている家族を、出来るだけ早く貧困から救い出したかった故なのだろう。

 

 大人になると、過程を持つと、父親になると、同じ父親だった者の気持ちに察しがつくようになるのだ。

 すると、会ってみよう。そう思えるようになる。

 完全に和解することは出来なくとも、今なら少しは正面から話が出来る気がする。

 

 もうすぐ二人目の息子が生まれる。親父はまだ碌に一人目の息子に会ったこともないはずだ。向こうは何も言ってこないが、やはり孫にだって会いたいはずだ。

 これからどんどん成長する子供たちの思い出の中に、ちゃんとお祖父ちゃんとして登場したいだろう。

 

 だから、会いに行こう。嫁と孫を連れて、久しぶりに実家に帰ろう。

 そう決心がついたら、気が変わらないうちに行動したほうがいい。

 今週末にでも、顔を見せに帰ろう。

 

 鈴村太一は、そう考えて今日家を出た。一人が立つと手狭になる玄関から、腹が膨らんできた嫁と、今年から幼稚園に通い始めた息子に手を振り、家を出た。

 まだ一戸建てを購入するには至っておらず、こじんまりしたアパートに親子三人暮らし。ここにあと数か月で一人加わる。そのころには引っ越すか、ローンを組んででも一戸建てを買おう。

 

 そんな風な事を考えながら仕事場に向かい、いつも通りの仕事を行ない、そしていつもとは違うことが起きた。

 鈴村太一はテロリストに、仕事場の同僚たちと共に銃を突き付けられ、監禁された。

 彼が16年間働き続けた仕事場の名は、小河内ダムと言った。

 

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 

 小河内ダム。

 東京都奥多摩に造られた人工湖である、奥多摩湖を堰き止める巨堤だ。

 高さ一四九メートル、幅三五三メートルのダムは山のように大きく、総貯水量は一八九,一〇〇,〇〇〇キロリットル。国内でもそれなりの規模を持っている。

 

 このダムが、テロリストによって占拠された。

 犯行グループは日本山林保護戦線を名乗るエコテロリストだ。

 昭和のダム建設ラッシュ時に活動していた弱小環境テログループだが、ラッシュの収束と共に存在意義を無くし、とうの昔自然消滅したと思われていた組織である。

 

 故に公安のマークからも完全に外れており、日本政府は不意を突かれた形となった。

 犯行グループの要求は、警視庁にのみビデオメッセージという形で送られてきた。

 

『日本にある全貯水ダムの即時解体及び、全山林開発事業の凍結。

これが呑まれなかった場合、小河内ダムに仕掛けた爆弾を起動させ、ダムを決壊させる。

 なおこの事件がマスコミに漏れた場合も、ダムを爆破する』

 

という要求に加えて、ダムの内部通路と外壁、放水ゲートに仕掛けられた大量の高性能爆薬。

 人質として拘束されたダムと発電所の職員たち。

 そしてアサルトライフルを携えて、スノーマスクで顔を隠したテロリストたちの映像が添えられていた。

 

 この事件はすぐに警視庁公安部に回され、秘密裏に対策本部が設立される。

 事件の秘匿性と事態の緊急性から、すぐにSATの突入が決定されたのだった。

 そして、その裏では着々と、センターによるテロリスト殲滅作戦が進行しているのだった。

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 

 夜の山は驚くほど暗い。路灯がほぼ皆無な上、樹木に遮られて月明かりすら差し込まないからだ。

 その濃密な闇を差す光が三筋走る。奥多摩の山斜面を削られ敷かれた国道411号線を、青色の大型警察車両・特型警護車2型が三台連なって走行していた。警視庁特殊急襲部隊SATを運ぶ輸送車だ。

 彼らはこれから小河内ダムへ向かい、ダムを占拠したテロリストを殲滅する。

 

 SATは犯人逮捕を目的に作られた部隊では無い。

 危険分子の速やかな排除。それがSATの行動方針だ。

 そのために彼らは毎日常人には耐えがたい訓練を乗り越えてきた。

 今日のような状況を想定された訓練も何百何千と繰り返してきた。

 

 訓練通りに。

 いつもの通りに。

 SAT隊員たちは輸送車の中で、各々が何度も何度も脳内で自分がすべき事を確認する。

 車内は自然と、殺気が立ち込めていた。

 突然、輸送車が停止した。

 

「どうした?」

 

 先頭の輸送車。後部席にいた第一班の班長が、運転席に目をやる。

 

「道が倒木で塞がれています」

 

「バリケードか?」

 

「いえ、ただ木が一本転がっているだけです。人影はありません」

 

「そうか……障害物を撤去する。後続にそう伝えろ」

 

 班長は無線で停車の理由を後ろの二台に伝え、そして隊員を連れだって車外へと出ていく。手にしたMP5短機関銃の安全装置を外し、周囲を警戒しながらゆっくりと動いた。もうここはテロリストの活動圏内に入っている可能性が高い。この倒木も妨害工作の一つで間違いないだろう。

 

 この道は山からの射線が通りやすい。防弾盾を部下に構えさせて周囲を固め、敵襲に備えながら倒木に近寄る。日々鍛錬を積むSAT隊員だ。道路に寝そべる倒木を苦も無く担ぎ上げる。

 

 その樹体にテグスが縫い付けられている事に、彼等は気付かなかった。小さな火花を散らせる物体が倒木の真下に二つ。それは、スチール缶にぎっしり黒色火薬とナットや釘が詰められた、即席手榴弾だった。

 

 倒木を担いで一列に並ぶ隊員の足元にそれらは転がり――爆発。

 火薬の燃焼と破裂の音が峡谷に木霊する。

 爆風により殺傷力を持って飛び散る鉄片が、彼らを貫き切り裂いた。

 

 

 血を噴き倒れる男たち。その仲間の姿を見て、SAT隊員たちは混乱に陥り、そして一瞬で回復した。さすがは日々実戦を旨として訓練に励む精鋭たちだった。傷付いた仲間を急いで担ぎ、盾を亀甲の如く構えて輸送車に戻っていく。負傷者を輸送車に担ぎ込み、倒木を撥ね飛ばして道を進んでいった。

 

 この様子を一部始終眺める者たちに、SATは気が付かなかった。

 国道を挟む、木々生い茂る山の斜面。雑木の葉層と森の濃密な闇に溶け込む影。

 御堂文昭がそこにいた。

 

 総髪を後ろで一つに縛り、カーキ色の野戦服を身に纏った御堂は、AKM自動小銃をスリングで背に吊っている。暗視装置付きの双眼鏡を目から離して、バックパックに仕舞いながら、まるで出来の悪い生徒に肩をすくめる教師のようにやれやれと呟いた。

 

「幾らタイマンが強くても、やはり戦争の素人だな。立て籠もってる犯罪者ばかり相手にしているからだ」

 

「どうして今殺さないんですか?」

 

 尋ねるのは御堂の隣にいる、天城健太郎と言う名の青年だ。歳は二十代そこらだろうが、妙に幼さが残る顔には似合わない、御堂と同じ野戦服を着ており、その手にはルーマニア製の自動小銃PM md.90カービンが握られている。彼はまだ暗視双眼鏡でSATの輸送車の尻を追っている。

 

「健太郎、あれは餌に寄って来た外道だ」

 

「そろそろ何を狙ってるのか教えてくださいよ」

 

「ダメだ」

 

「何故です?」

 

「何のための作戦か分からなくても指示に従う兵士の気持ちを理解してもらうためだ」

 

「お前は指揮官になる男だからな。現場の兵士が何を考えているか、一番理解しないといけない。今日わざわざ戦争を引き起こしたのは、半分お前の初陣の為だからな。よく学べよ」

 

「痛み入ります。じゃあなんでかよく分かりませんけど、とりあえず邪魔なSATは殺しちゃいましょう。実はボク、警察がすごく嫌いなんですよ」

 

 御堂は頷くと、心底楽しそうに、夏休みに田舎で釣りに興じる子供のような目をしながら、SATたちが走り去った方角を指差した。

 

「良い心構えだ。さあ、先に倒しておいた他の丸太にSATがビビって動けないうちに、ダムに戻ろう。日本山林保護戦線の連中、まったく使い物にならんからな」

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