Gunslinger Girl - Birth of Ws - (旧題『あかつきの少女たち Marionetta in Aurora.』)   作:ふじやまさん

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第7話

 

 秋が日本列島を去り行き、代わりに冬が北から降りてきた。

 奥多摩の山々は葉を落として、空いた木枝から山肌が覗く。じきに雪がそれら全てを白く閉ざすだろう。

 木枯らしに吹かれる国立児童社会復帰センターは静謐で、人の動きはあまり見られない。

 陽も暮れ初め、気温は下がる一方だ。

 

「おわー、寒いなぁ……」

 

 義体寮の裏庭。アザミが北風に身体を震えさせる。

 この日、奥多摩は霜月らしからぬ一桁台の気温だった。

服は秋物を重ね着しているだけで、冬の寒さにはやや心許ない。急に来た寒気に、衣替えがまだ済んでいないのだ。

 衣替えと言うより、これがアザミにとっては初めての冬であり、そもそも冬服を持っていない。早急に温かい服を常盤に買って貰おう。

 アザミはおねだりの文句を考えながら、センターの敷地から集めに集めた落ち葉と枯れ枝を一か所に集積していく。

 十一月も中旬を過ぎ。小河内ダムの戦いから、二日が経っていた。

 負傷を負ったアザミは帰ったその日に修繕されて、顔の傷も殴打の痣も綺麗に消えている。

今日は、一昨日の作戦に参加した義体は午後から休みが与えられていた。

 久々に得た余暇を、彼女はセンター内の清掃に費やしている。

 これは自主的奉仕活動などでは無く、アザミがこれからしようとしている事に対して課せられた条件だった。

 

「アザミーこれで全部ー」

 

 真紅のダッフルコートを羽織ったモモが、落ち葉のこんもりと抱えて裏庭にやって来た。腕の中の葉塊を、アザミが積んだ落葉枯枝その他可燃物の山に放り投げる。

 凍える寒さを物ともしないモモのコートを、アザミはじっとりと湿度の高い目で見つめた。

 義体の中で今のところ一番若いモモは、見た目に反して妹気質でおねだりが上手い。一番物や服を持っているのは間違いなく彼女だろう。

 担当官に「何か必要なものはあるか?」と問われれば、義体は基本的に本当に必要な物しか求めない。『必要な物』ではなく『欲しい物』を要求するのを遠慮してしまうのは、性格を超えた日本製義体の性質だった。

 しかしモモは、『必要な物』ではなく『欲しい物』をちゃんと担当官に伝える。故にどんどんと物が増えていくのだ。

 

「……にしたってクラマさんも甘やかしてるよなー」

 

「クラマさんがどうかした?」

 

「どうもしない。寒いから早くしよう。他の三人は?」

 

 アザミはモモと一緒に行動していたはずの、ムラサキとタンポポ、そして坂崎の所在を問うが、モモは小首を傾げて、

 

「どこか行っちゃった」

 

「何だよそれ」

 

 溜息を吐いたが、それも束の間。

 何やらシルエットが丸い二人と、眼鏡の若い女が連れだって帰ってきた。

 ムラサキとタンポポは、かなりサイズの大きい迷彩柄のハーフコートで身を包んでいた。陸上自衛隊で使われている冬季装備の防寒外衣だ。屈強な自衛隊員が着用する事を前提に作られた衣服。子供の体躯である義体の彼女らが着ると、まるで太った照る照る坊主だ。

 

「お待たせしましたー。はい、アザミちゃんの分です」

 

 言って、同じものをアザミに手渡すのは坂崎咲だった。

一昨日の全身黒の戦闘服とは違い、グレーのパンツスーツ。上から着た黒いコートの襟に、明るい茶髪がかかっている。

 

「さすがに秋服じゃ寒いでしょう? 作戦部で使う物を借りてきました。サイズは合わないと思うけど、無いよりはマシだと思って」

 

「ありがとうサキちゃん」

 

「どういたしまして。風邪ひいちゃいけませんからねー」

 

 受け取って袖を通す。さすがは氷点下を下回る北海道でも使える冬季装備。これなら肌を刺す冷気を通さない。

 被服の偉大さに軽く感動を覚えているアザミに、坂崎は穏やかな微笑みを見せる。

 彼女の役職を知らない人間が見れば、小学校の優しい担任教諭か何かだと勘違いするだろう。テロリストの殲滅や要人暗殺の現場指揮を執る女だとは誰も思うまい。

 

「早く始めようよぉー寒いよぉー」

 

 モコモコと動くタンポポに急かされ、坂崎はポケットからライターとちり紙を出して、アザミが作った枯葉の山に火を点けた。

 小さな火は白煙を揚げながら、徐々に大きな炎となって明かりと熱を放ち始める。

 その火の中に、アザミは用意しておいた十個のアルミホイルに包まれた芋を入れた。

 彼女らが始めたのは、焼き芋だった。

 ただし使っている芋はサツマイモでは無くジャガイモだ。

 

「サキさん、今日は引率してくれてありがとうございます」

 

 頭を垂れるモモに、坂崎はにこにこと笑みを深くして、足元に落ちていた枯れ枝を拾い火をかき混ぜる。

 

「いいんですよー、私も暇でしたし。たまにはみんなと遊びたいですもんね。

ところで、どうしてジャガイモなんですか? ドイツ風?」

 

「これはアザミが育ててたジャガイモなんです」

 

「そうなんですか?」

 

 火の間近で熱に当たる迷彩服三人組の一人となっていたアザミは、首だけで坂崎に振り返り、頷きを返す。

 

「うん。夏頃に食堂で使い忘れて芽が出てきたジャガイモを貰って。

トキワさんが地面に埋めたらジャガイモが出来るって言うから、やってみたら本当に採れたの。勝手に植えてめちゃ怒られたけど」

 

「ああ、食堂の花壇にいつの間にか、植えたはずのない未知の蔓植物が大繁

殖していたのって、これだったんですね……」

 

「どうせなら食べようって事になったんですけど、そしたらタンポポが焼き芋したいって駄々をこね始めて。

結局みんなでセンター内の落ち葉や燃えるごみを集めたら、それを使って焼き芋をしてもいいと許可が下りたんです」

 

「だって焼き芋やってみたかったんだもん!」

 

「……うち別に茹で芋とかでよかったのに」

 

「じゃあムラサキにはお芋食べさせてあげない! 一人で茹でて食べてれば

いいじゃない!」

 

「私が育てた芋だっつの……」

 

 騒ぐタンポポと呆れた様に呟くアザミを余所に、ムラサキは無表情のまま外衣の懐からかなり大きなタッパーとシースナイフを取り出す。タッパーの中身は赤身の多い肉の塊だった。

 

「何それ!? お肉!? タンポポも食べたい!」

 

 タンポポを無視して、ムラサキは肉をナイフで小さく切り取り、表面を削いで串状にした枯れ枝に刺す。

 そして、それを火にかざして一人でBBQを始めた。

 

「ムラサキ! タンポポもお肉食べたい!」

 

「……これうちが獲ってきた鹿肉。タンポポはお芋さん食べとき」

 

「じゃあじゃあ、タンポポのお芋と交換しよ!」

 

「……全部くれるならいいよ」

 

「うううううー! 意地悪だ! ムラサキ意地悪だよ!」

 

「だから、私の芋を勝手にバーターするのやめなよ」

 

 アザミは喧嘩を始めた二人に肩をすくめ、その様子を後ろからモモと坂崎が眺める。

 火を囲んだそこには、義体たちの日常は無かった。

 ナイフも銃も固めた拳も無い。

 火薬の臭いも血の色も無い。

 義体たちの非日常だった。

 

 

 

 

 

 センターには大きく分けて三つの建築物がある。

 義体の研究を行う技術棟。作戦部や諜報部のデスクがある本部棟。センターで働く者や義体たちが寝泊まりする職員寮。

 森林をくり抜いて木々に囲まれた敷地のほぼ中央に本部棟があり、それと隣接してL字型の技術棟。それらの周りに点々と職員寮。

 さらにその外郭に食堂や体育館、車両などを収容する大型倉庫がある。

そして運動場や射撃場、フィールドアスレチック、キリングハウスが連なり、その先はもう深い奥多摩の森だ。

 蔵馬は、敷地の中心である本部棟の地下にいた。

 本部棟の地下は三階まであり、主な使用用途は倉庫と拘留所だ。

 蔵馬がいるのは地下二階の拘留所。その最奥にある部屋だ。

 その部屋は薄暗く、中央がマジックミラーで間仕切られて二分割されている。

 ここは尋問用の部屋だった。

 

「あれ、坂崎は?」

 

 マジックミラーに囲まれた尋問部屋から出てきた蔵馬は、上司の女がいないことに気付く。

 いるのは常盤に石室、初瀬。そして諜報部員が数名。

 

「約束があるからって出て行ったよ。まあ、あの子がいても仕方ないしね」

 

 壁にもたれて腕を組む石室が答える。

 

「ま、後で書類に纏められたのを読めばいいもんな。それがデスク組の仕事だ」

 

「それで、僕たちの仕事はどうだい?」

 

 咥えていたキャスターを携帯灰皿に入れ、常盤はマジックミラーの向こう側を見据える。

 蔵馬が今しがた出てきたそこには鋼鉄で出来た椅子があり、男が縛り付けられていた。

小河内ダム占領の実行者とされているテロリスト、相野だった。

 

「ダメだな。話したら殺されると思って何も言わん」

 

「ということは、いつもの奴か」

 

 やれやれ、と初瀬は肩を持ち上げ、常盤も同じような仕草を取る。

 蔵馬は壁の内線受話器を取って、作戦部長のデスクに繋げる。

 

「部長。相野の奴、案の定口を割りません。やっていいですか?」

 

『……許可する』

 

 受話器を置き、同僚たちに振り返る。

 

「蔵馬、任せるわ」

 

「分かった」

 

 石室に肩を叩かれながら頷き、蔵馬は再び相野がいる尋問部屋に戻る。

 椅子に拘束された中年の男は、部屋に入ってきた蔵馬とは目を合わそうとせずにコンクリートの床を見つめていた。

 ぬめりを帯びた脂汗が、髪を顔を唯一の照明である裸電球の黄色い光で鈍く照らしている。

 緊張と恐怖で筋肉を強張らせ、震えさせている。

 とてもあんな大事件の首謀者とは思えない姿だ。

 

「優しく聞くのはこれが最後だ。今回の事件、お前たちに連絡を取ってきた人間がいるな? それは誰だ?」

 

 蔵馬の問いに相野は答えない。

 

「お前たちに武器や人員を手配したのはそいつだな?」

 

 相野は唇を噤んで動かない。

 

「……お前たちの仲間の一人が逃げた。背の高い、人質を突き落とした奴だ。そいつの名前は?」

 

 相野は顔も上げず、ただ沈黙を守る。

 その様子を見て蔵馬は、ふと気が付いたように声を掛けた。

 

「もしかしてお前、耳が聞こえないのか?」

 

 唐突で突拍子のない問いに、相野はつい頭を動かす。

 が、その動きよりも速く、蔵馬の手が相野の頭髪を掴んでいた。

 強引に顔を上げさせ、椅子の背もたれに押し付ける様に固定する。

そしてスーツのポケットから小型のバタフライナイフを取り出した。運指でナイフを開き、

 

「耳が聞こえないのは、耳垢が詰まってる証拠だ。待ってろ、すぐに聞こえる様にしてやる」

 

 相野の左耳にナイフを刀身半ばまで刺し込んだ。

 

「やっぱり耳垢溜まってるな! 待ってろ、すぐに綺麗にしてやる!」

 

「あっ……あああああああああ!!」

 

 相野の、男の喉から出たとは思えない程けたたましい悲鳴。

 その中で蔵馬はナイフを前後左右に掻き回して、耳孔の肉と骨を削ぎ切っていく。

 耳道を切り裂き、鼓膜が突き破れる。

 内耳神経が膾になり、相野の平衡感覚は永遠に失われる。

 

「ああああああああ! やめええええええええええ!!」

 

 ゴリコリゴリコリゴリコリゴリコリ。

 頭蓋と耳の軟骨が異音を相野の脳に直接響かせる。

「メエエエエじゃねえよ羊さんの真似してる暇があるならとっとと言え」

 

 相野の絶叫に冷笑を飛ばし、ナイフを更に深くに埋めていく。

 脳に切っ先が届くまで、あと一センチもないだろう。

 血が耳の孔から吹き出し、ナイフを握る蔵馬の右手を、激痛と耳の中にナイフを刺された恐怖で醜歪した相野の顔が赤く塗れる。

 蔵馬がナイフを耳から抜くと、血とリンパ液が抉られた肉が混ざった、煮崩れたトマト汁の様な液体が溢れ出して糸を引く。

 相野は平衡感覚の狂いと激痛から胃液をぶちまけた。

 

「これでよく聞こえる様になった。さあ、電話の相手は誰だ?」

 

 ショックで項垂れた相野は、悲鳴の残滓を呟くだけで質問に答えない。

 

「なんだ、聞こえなかったのか? もしかして、もう片方の耳も掃除してほしいのか。甘えん坊め」

 

 子供を相手にするような口振りで蔵馬は高らかに笑い、そして右耳にナイフの切っ先を宛がう。

 さすがに今の苦痛の再来には、相野の精神が拒絶反応を抱いたらしい。

 心神喪失していた相野は弾けるように頭を起こし、涙と鼻水を垂れ流した醜い顔を蔵馬に向ける。

 

「ああああ! や、やめやめてやめてください! 聞こえます! 言います! 言いますからもうやめて……!」

 

「言う気になったなら早く言え。俺は耳掻きをしたくてウズウズしてるんだ」

 

「はい、はい……言います……」

 

 過呼吸気味になって口を開閉する相野は、絞り出すように、一言。

 

「……御堂……」

 

「御堂? それが電話してきた奴の名前だな。じゃあ武器の調達係もそいつか?」

 

「そ、そうです……御堂が全部……全部あいつ……あいつが持って来たんだ……!

武器も、計画も! あいつだ! あいつが全部悪いんだ! あいつが! あいつがああああああああ!」

 

 堰を切ったように言葉を吐き出す相野から蔵馬は一歩離れ、マジックミラーの方を見る。

 恐らく向こう側では、諜報部員たちが御堂の名前を調べに走って行っただろう。

 

「なら、人質を殺して一人逃げたのも、その御堂か?」

 

「そう……そうです……人質もあいつが勝手に殺したんだ……あいつ、一人

で逃げたのか……御堂、御堂おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 怒りに吠える相野は、嘘を吐いているようにも、誰かを庇っているようにも見えない。

 どうやら、彼も御堂と言う男に利用されていただけらしい。

 ……が、そんなことはどうでもいい。この男が国家に牙を剥いたことに変わりはない。

 聞きたいことは聞いた。後は他の職員に任せることにして、蔵馬は尋問室を出る。

 

「……御堂」

 

 憤怒の叫びの中、今聞いたその名を舌で転がせた。

 

 

 

 

 

 藍色の夜を東に浮かべ、橙の夕日は西の山の陰に隠れようとしている。

 夜が近づく奥多摩の空の下、モモは焚火から少し離れて寮の壁に背を預けていた。

 芋はみんなで食べ尽くした。アザミはぼんやりと火を突き、ムラサキは未だに肉を削いでは炙って食している。タンポポはさっき何処かへ走って行った。

 

「モモちゃんは火に当たらないの?」

 

 坂崎がモモの傍に歩み寄ってきた。

 モモは自分の黒髪を指先で弄びながら、火を遠目に見つめる。

 

「……何だか……」

 

 火を見ていると身体がざわつく。

 全身がむず痒くなる。まるで皮膚の下で無数の毒虫が這い蠢いているような。

 痒い。そして、痛い。

 人工皮膚と人工筋肉の隙間に沸いた痒痛が、火を見る目から、火を感じる肌から、火を嗅ぐ鼻から、火を聞く耳から、入り込み、浸透していく。

 火が身体を蝕み、そして心がチクチクと毒虫の針で刺される。

 そんな感覚に、モモは襲われていた。

 ――そして何故だか。

 無性に蔵馬に会いたくなった。

 

「何だか?」

 

「……いえ、何でもありません。ちょっと火の熱で逆上せちゃっただけです」

 

「あんまり身体を冷やすとよくありませんよ。モモちゃんも女の子なんだから」

 

「ふふ、サキさんは私の事を女の子だと思ってくれているんですね」

 

「当然です。モモちゃんは素敵な女の子ですよ」

 

「やめてください」

 

 坂崎の言葉に、モモは壁から背を放して、眼鏡の彼女に向き直る。

 正面から、眼鏡の奥の瞳を覗き込む。

 

「私は人間じゃありません」

 

「……モモちゃん」

 

 坂崎が続けて何かを言おうとしたが、その言葉は、狂った仔馬のような走りで戻ってきたタンポポの声に遮られた。

 

「どっでぎだよー!」

 

 火に近づくその足音は、グッショグッショと妙に湿度が高い。

 焚火の番をしていたアザミは顔を上げてタンポポに向き直り、そしてあんぐりと口を開けた。

 

「タンポポ何処に行って……うわっ、こいつ鯉持ってる! どっから獲ってきたの!?」

 

「玄関前の池がらどっでぎだ……」

 

 タンポポは全身をずぶ濡れにして奥歯を鳴らし、その両腕には巨大な錦鯉がビチビチもがいていた。

 この付近に錦鯉がいる場所なんて一つしかない。タンポポの言うとおり、センターの玄関前にある小池で飼われている鯉だ。諜報部長が可愛がっている高級品である。

 ムラサキとの物々交換に用いるために、この寒空の下で鯉が泳ぐ冷たい池に飛び込んだのだろう。いいガッツしているが、非常にはた迷惑なガッツだ。

 

「タンポポ、それ早く元の場所に」

 

「ふんっ!」

 

 タンポポは暴れる鯉の首を引き千切ってしまった。

 アザミは引き攣った笑みを浮かべて、枯れた笑いを吐く。

 

「は、ははは……こいつバカだわ……」

 

「ムラザギ……ごうがん……」

 

「……うち鯉嫌い。骨多いし」

 

「ううううううううう!!」

 

「ムラサキもいい加減少し分けてあげなよ。このバカが取り返しのつかない事しでかす前に。……ってもう手遅れか。あーもー、どうすんのよさーこれー!」

 

「……食べて証拠隠滅?」

 

「適当なところに捨てて万が一発見されるよりは、その方がまだマシか……モモー、サキちゃーん! 手伝ってー!」

 

 アザミが振り返ると、離れて様子を見ていた二人は、忍び足で現場から去ろうとしている最中だった。

 ばっちり目が合い、アザミは笑顔で手招きをする。

もし逃げる様なら全力で追いかけて、鯉の肉をその口に突っ込む。食ってしまえば共犯者である。

 アザミからは逃げ切れないと悟ったのか、モモと坂崎は大人しく火の周りに集まって行った。

 

「……せめて醤油が欲しいですねー」

 

「あの、私が代わりに謝ってこようか?」

 

「ダメだよモモ。この事が他に知れ渡ったら、私たちまとめて二度と池に近

づかないように条件付けされちゃうよ」

 

「……うちこんなアホな理由で寿命縮むの嫌やで」

 

「ムラザギ、ごのおにぐおいじいねー」

 

「……もう全部あげるからしばらく黙っとき」

 

「ちくしょー、私もう二度と焚き火なんかしないぞ……」

 

 鯉が火の中で美味そうな匂いを醸し始める。

 燃える枯れ枝が音を立て、火の粉が夜闇に舞った。

 上昇気流に乗って、光の粒は上へ上へ。

 輝き始めた星々に一瞬混じり、そして消えた。

 

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