Gunslinger Girl - Birth of Ws - (旧題『あかつきの少女たち Marionetta in Aurora.』)   作:ふじやまさん

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第9話

 師走に入ると陽が落ちるのも早い。紺と橙の混ざり空の下、モモは厚木駅の近くにあるゲームセンターに連れて来られていた。

 溢れ出る大音量のゲーム音、派手な発光を繰り返す筐体。

 秋葉原でもいくつかこの手の店舗の前を通り過ぎたりしたが、実際中に入ったのはマクドナルド同様初めてだ。

 美希はクレーンゲームのマニピュレーターを真剣な顔で操作している。

 モモはその相貌を横から、なぞる様な視線で確認していく。

 先ほどマクドナルドで偶然出会った少女、斎藤美希は、今日蔵馬と共に捜索を命じられた少女の名前だ。

 しかし車の中で見た資料写真の顔と、今目の前にいる美希の顔は、目鼻立ちは似ているがいくつかの特徴が合致しない。

 髪の毛は染めればいいが、目も瞳孔が大きく三白眼のそれではなかった。

 同姓同名、他人の空似というやつだろうか。

「あの」

「あー、取れない!」

 マニピュレーターが掴んでいた間抜け面した巨大カエルのぬいぐるみを落とした。

 あまり可愛くないが、美希はこれが欲しいのだろうか。

 

「これが欲しいの?」

 

「ん? 別に欲しいわけじゃないよ。取れそうだったから、ちょっとやってみただけ。モモもやってみる?」

 

「私お金持ってません」

 

「マクド食べてたじゃん。まさかあそこで全部使ったの?」

 

「あれはご飯代として貰ったものです」

 

「あっそ。まあワンプレイ分くらいなら奢るよ。やってみな」

 

 美希は二百円を筐体に投入し、モモに場所を譲る。

 前後と左右の操作ボタン。これを押してマニピュレーターを狙いの場所に持って行って、中のぬいぐるみをホールドして手前の穴に落とすのだ。

 モモはとりあえず、美希が動かしたカエルに狙いを定める。

 

「お……おお……! モモ上手いじゃん!」

 

 美希が歓声を上げた通り、モモは卓越した空間把握でクレーンを的確な位置に運んだ。

 マニピュレーターの腕が開き、降下。カエルの首に爪が食い込み、大きな図体を持ち上げた。

 ゆっくりとカエルは移動し、外へ続く穴に落とされる。

 

「おおおおお!」

 

 が、ギリギリのところで引っかかり、受け取り口にまでは降りてこなかった。

 

「おおおおお……」

 

 美希はがっかりと肩を落として、追加の硬貨を財布から探す。

 しかしそれを投入するより前。

 モモが筐体を蹴った。

 

「ちょっ!?」

 

 義体の脚力で衝撃を食らい、クレーンゲームは横転しそうな勢いでグラグラと揺れる。

 中にあった景品たちは派手に転げ回り、引っかかっていたカエルも落っこちた。

 

「はい」

 

 突然の暴挙に口を開けて驚く美希を尻目に、モモは取り出し口からぬいぐるみを引っ張り出し、美希に差し出す。

 

「いやいや……はい、じゃないって。ていうかめっちゃ揺れたし……。何、モモってもしかしてサイボーグだったりする?」

 

「…………違うよ?」

 

「冗談だって。そんなマジトーンにならなくていいから。ていうか店出よう、たぶんこれ店員さんに怒られるやつだ」

 

 美希はモモの手を引いてクレーンゲームから離れ、対戦ゲームの脇を抜けて店の出入り口に向かう。

 

「そういやモモ、さっき何か言おうとしなかった?」

 

「え? あー、その。美希さんって……」

 

 モモは言葉を選ぶ。

 こういう場合、どういう風に聞けばいいだろうか。

 あなたは神戸在住西京重工業の重役の孫娘さんですか、などとは聞けない。もし違った場合の取り繕いが難しい。

 思案が長引きモモの口が開く前。二人の足が止まった。

 ゲームセンターの出入り口で、男三人と鉢合わせた為だ。

 黒いジャンパーを着た強面の巨漢が二人と、革ジャンを羽織った一応目鼻立ちは整っているが軽薄そうな若い男が、モモたちを待ち構える様に立っていた。

 真ん中の若い男は美希とモモに笑いかける。人の不快感を煽る、薄気味悪い笑みだ。

 

「おっと、出てきた。ねえ茶髪の君」

 

 そして美希を小指で指差した。

 

「もしかして斎藤美希って名前だったりする?」

 

「は、はあ。そうですけど……」

 

 美希の答えに男は笑い顔を濃くして、後ろの二人にアイコンタクトを取る。

 

「そっかーよかったぜー、見つかって」

 

 なははと気の抜ける笑声を発し、気安く美希の肩に手を掛ける。

 ナンパなのかどうかも判断の付かない男たちの態度に、美希は意見を求めようとモモの方に振り返る。

 一方モモは軽薄男の左腋に、まっすぐと、睨みつけるような視線を送っていた。

 男の左腋の辺り、革ジャンが少し膨らんでいる。

 そして、鋭敏なモモの嗅覚は、そこから漂ってくる臭いを感知していた。嗅ぎなれた臭気。ガンオイルの臭いだ。

 美希の方に乗った軽薄男の拳、後ろの巨漢二人の拳、どれも拳タコや小さな傷が出来ている。

 何より彼らは、斎藤美希の名を知っていた。口ぶりからして、彼女を探していたのだろう。

 モモの脳内で警報が鳴り響く。

 彼らが何者で、傍にいる少女が自分たちの探している斎藤美希なのかはまだ分からない。

 しかし、少なくとも目の前の少女をこの男たちに渡しては駄目な気がする。

 

「あの、確認したいんですが」

 

 モモは最終確認の為に口を開く。

 

「あなた方は警察の方ですか?」

 

「うん? ちげーよ?」

 

 否定の回答。

 それを聞いた瞬間、モモは軽薄男を突き飛ばし、美希の手を引いて巨漢の間を通り抜けた。

 モモたちはゲームセンターを出て、往来する人々の間を縫うように疾駆した。

 

「え、なになになに!?」

 

「いいから走って!」

 

 蹴り躓きながらモモの後に引かれる美希は、戸惑い混じりの悲鳴を上げる。

 それを引きずる様にしながら、モモは後ろに首を少し回した。

 男たちは案の定、モモたちを追ってきていた。

 人を躱しながら、モモは路地を曲がる。

 

「待てやオイコラァ!」

 

 後方でドスの効いた怒鳴り声が響く。

 振り返って様子を窺うと、軽薄男が携帯電話で誰かに連絡を取っている。脇の二人はまるで鬼のような皺を顔面に彫っていた。物凄く怖い。

 蔵馬と連絡を取りたいが、今は逃げるのが先決だ。こんな人の多い場所で義体の力を発揮する訳にはいかない。それに銃を持った相手を殺さずに、美希を守りながら戦う自信がなかった。こちらも銃を抜ければ話は別だが、今は蔵馬に拳銃の使用を禁じられている。

 ともかく連中を巻くか、少なくとも存分に暴れられる場所まで移動しなければならない。

 二人は右へ左へ、厚木の街を駆け巡る。

 

「ちょ、モモ……速い……!」

 

「急いで! ――っぁ」

 

 足を縺れさせて転びかける美希に気を取られ、モモの方が前方不注意になっていた。

 気付いた時にはもう遅い。

 走行路横の細い路地から、モモの正面に髪の長い女性が飛び出していた。

 彼女の方も前以外に意識が向いていたらしい。

 両者は勢いよくぶつかり、道路にすっ転んだ。

 

「あうぁっ!」

 

「アイヤァ!」

 

「うわわっ!」

 

 モモと長髪の女、そしてモモと手が繋がっていた美希も巻き込まれて転倒し、三者三様の悲鳴を上げる。

 モモは即座に立ち上がって美希を引き起こし、

 

「ごめんなさい!」

 

 謝罪を叫びながら再び走行を開始した。

 今の転倒で距離が大分縮まってしまった。もう十メートルも無い。モモ一人なら難なく逃げ切れるのだが、如何せん美希の足が遅い。

 このままでは追い付かれるのは時間の問題だ。距離を稼がないといけない。

 なにか手は無いか、周囲を詮索するモモの目に、道端に違法駐輪されている自転車が留まる。

 モモは右手の美希を強く引いて、投げる様にして前へと送り出した。

 

「のわっ」

 

 ひっくり返ってスカートの中を公衆に晒す美希に内心で謝罪しながら、モモは自転車のフレームを片腕で掴む。

追ってくる男たちはモモの常識はずれな膂力にまず驚き、そして自転車をどうするつもりなのかを察して顔を青くした。

 

「おりゃ!」

 

 横スイングで投擲された自転車は、ブーメランのように回転しながら男たちを薙ぎ倒した。追いかぶさる自転車を蹴り飛ばして起き上がろうとする男たち。彼らを横目に、モモは何が何からで状況が呑み込めずに涙目になっている美希の手を引き、また走り出す。

 

「あっ!」

 

 美希が声に、モモは首を後ろに返す。

 

「どうしました!?」

 

「カエルどこかに落としてきちゃった!」

 

「カエルなんて後です後後!」

 

 モモは目を進路に戻そうとして、

 

「っ!?」

 

 美希の顔面、涙を溜めた双眸に違和感を持った。

 瞳孔が一回りほど縮んで、見事な三白眼になっている。

 するともう、彼女の顔は写真で見た斎藤美希の物と全く同じだった。

 

「美希さん、目が」

 

「あれ、カラコンも取れてる!?」

 

 と、その時モモのブレザーのポケットから電子音が鳴った。

 蔵馬に渡されていた携帯だ。

 走りを止めず、空いている方の手で携帯を取り出す。

 

「もしもし!」

 

『モモ、今どこだ? 何してる?』

 

 蔵馬の声。

 聞きたくて仕方がなかった声だが、悠長な声に少し腹立つ。

 

「えっとですね、何と言えばいいのやら」

 

『どういうことだ。状況を説明しろ。短く的確にだ』

 

 蔵馬の要求に、モモは現状を鑑みた。

 今は走っている。だがそれだけでは的確とは言えない。

 何故走っているのか。それは怖い顔をした男たちに追われているからであり、追われる理由は――。

 モモは困惑と不安で表情を引き攣らせる美希の泣き顔を振り返る。

 

『短く的確……斎藤美希を見つけました。そして、怖いおじさんたちに追われています』

 

 

 

 

 

 

 携帯からのモモの報告に、蔵馬は唇の隙間から溜め息とも驚嘆とも言えない息を吐いた。

 斎藤美希を見つけ、怖いおじさんに追われている。

 モモの言葉に、蔵馬は手の中にある暴力団のバッヂを見下ろす。

 斎藤美希を見つけたのはお手柄だが、もう既に厄介事に巻き込まれているとは……。

 義体になった経緯も含めて、事件の渦に取り込まれやすい星の下に生まれたのだろう。

 さっきの二人は全員で八人いると言っていた。もしかしなくても、奴らの仲間だ。

 

「そいつらはヤクザだ。何故か斎藤美希を狙っているらしい。モモ、何人に追われてる?」

 

『三人です!』

 

 という事は残り三人だ。恐らくそいつらもモモの方へ向かっているはずだ。

 ともかく、早くモモと合流しなければならない。

 

「今どこにいる?」

 

『分かりません!』

 

「近くに何か目印になるようなものは」

 

『居酒屋さん!』

 

「厚木には山ほどある。他には?」

 

『えっと、えっと、あっ公園! 今公園に入りました!』

 

「デカい球がいっぱいある公園か?」

 

『そうです!』

 

 ならば恐らく厚木中央公園だろう。

 

「そこから北へ向かえ。まっすぐ行けば小学校がある。その周りを俺が着くまでグルグル回ってろ。ただし銃はギリギリまで使うなよ。殺すのもナシだ。今はセンターのバックアップ準備が無い。さすがに死体の隠蔽は出来ん」

 

『分かりました!』

 

 了解の声を聞いて、蔵馬は通話を切る。

 蔵馬がいるのは厚木警察署の西にある市街地だ。そして小学校は警察署の北東。なかなか距離があるが、相手がヤクザであるならモモなら持ち応えるだろう。

 いくらなんでもチンピラ紛いのヤクザ程度にやられる義体ではない。手足を適当にぶん回せば人を殺せるくらいの性能は潜在的に持っているのだ。

ともかく、モモがヤクザを引き連れて走り回っている間に警察署の駐車場に停めてある車に戻り、モモと、一緒にいるらしい斎藤美希を拾ってとっとと逃げよう。

 蔵馬は息を大きく吸って、脚に力を込める。そして、厚木の街を駆け出した。

 

 

 

 

 

 モモたちは厚木中央公園を抜けて、蔵馬が指定した小学校が視界に入る場所までやって来た。

 後ろのヤクザはいつの間にか倍の六人に増えている。揃いも揃って神社に敷かれた狛犬のような獰猛面だ。

 

「あいつら、なん、なの……!」

 

 美希は嗚咽と呼吸が混ざり合った息で、涼しい顔のまま走り続けるモモに問いかけた。

 

「ヤクザさんだそうです」

 

「ヤク、ザ……? 何で、私たち、を、追って、来てるのよぉ!」

 

 息も切れ切れになって泣き言を言う美希は、その足の回転も落ちて、半分モモに引き擦られるような形になっていた。

 彼我の距離もまた縮まって、残り数メートルだ。ヤクザの眉間の皺まで見て取れる。

 蔵馬は走り続けろと言ったが、苦しそうに走る美希の様子からは、これ以上の逃走は難しそうだ。

 進む路の先に駐車場を見つけ、モモはその中に入って行った。

 寒風吹く夕方の駐車場には運よく人気が無い。一戦交えるにはちょうどいい場所だ。後ろを取られないように駐車場を奥まで進み、ようやく美希の手を放した。

 

「おっ……追いついた……このゴリラ女がぁ!」

 

 開口一番、軽薄な上に失礼な男だった。

 ヤクザ達もぞろぞろと駐車場になだれ込んできた。運動不足か煙草の吸い過ぎか、彼らの息づかいは女子高生の美希にも劣らぬほど荒い。

 六人の男たちは息を整えながら、モモたちを取り囲むようにして扇状に広がった。

 その中心、モモと向かい合うのは軽薄男だ。彼が男たちのリーダーなのだろう。

 

「何なんですか貴方たちは」

 

「うっせ……いいからその娘っ子を渡せ……! じゃねえと大阪に帰れねえだろうが……!」

 

「私だって美希さんを探していたんです。連れて帰らないと私たちが怒られるじゃないですか」

 

「へ……? モモ、何それどゆこと……?」

 

 駐車場の砂利の上にへたり込んだ美希は、汗を顎から滴らせながらモモを見上げる。

 状況の説明をしてもいいのだろうか。今更隠しても無駄な気もするが、その辺の判断は蔵馬に任せよう。

 ともかく今は、美希を守る。

 モモは今朝蔵馬に教わった戦闘の構えを取った。

 それを見て、ヤクザ達は各々が小馬鹿にしたように笑う。年端もいかない子供――それも虫も殺したことが無さそうな華奢な少女が、暴力を仕事とする暴力団組員に戦いを挑もうと言うのだ。常識で考えれば無謀を通り越して冗談か何かにしか思えない。

 一方でモモは、彼らを如何にして“殺さないように”制圧するかを考えていた。

 戦う術は色々と学んできたが、それはどれも殺すための技術である。殺さない戦い方は、今日習い始めたばかりだ。

 ともかく急所は狙わず、威力の小さいジャブを打ち続けるしかない。

 戦法を定めたモモに、軽薄男が厭なニヤけ顔で近付いてきた。警戒も何もない、油断しきった動きだ。

 

「ほら、どけ」

 

 男はモモを押しのけようと手を前に出す。

 その手と交差するように、モモはジャブを男の右肩に打ち込んだ。

 千回も繰り返せば、一応形にはなる。

 

「――あっ」

 

 蔵馬ほどではないが、鋭さを帯びたジャブ。それを食らい、男は独楽のように回転しながら吹っ飛んだ。

 土埃を上げて地に伏す軽薄男を見て、残りのヤクザ達の表情が変わった。舐めきった弛緩から、警戒の緊に。

 各々が顔を見合わせ、そしてうち一人が進み出てきた。その拳は既に固く握られており、穏便策を行使する気が無いことは明らかだ。モモを殴り飛ばして黙らせるつもりだろう。

 体躯の大きなヤクザの方がリーチは長い。モモを拳の射程に捉えたヤクザは腕を振り上げた。顔面を狙った一撃だ。

 対してモモは場所を動かず、躱す動作も見せない。

 迫るヤクザの拳を目掛けてジャブを打つ。今度は余計な力加減はしない。全力の一撃だ。結果、ヤクザの拳はグシャリと潰れた。皮膚を突き破る骨に苦声を上げるヤクザを、モモは力任せに両掌で突き飛ばし、軽薄男と同様に砂利の上に敷いた。

 二人も伸されれば、ヤクザ達もモモがただの子供ではないことが分かったらしい。

 二人が抜けて空いた扇状の穴を塞ぎに動くが、包囲を縮めはしない。

 明らかに人間離れしたモモのバカ力に攻めあぐねている様だった。

――ジャブだけでも何とかなる物なんだなぁ……。

 モモは蔵馬が言っていた意味を理解した。

ジャブは攻撃の始点であり、ジャブ一発で終わらせるのが理想。

 常人には難しい事だろうが、義体ならばジャブ一発が致命の威力を持つ。

 蔵馬の言った意味とは少し違うが、これも立派な義体の戦術だった。

 その破壊力を目の当たりにしたヤクザたちは、威力過多なジャブの餌食になるのを恐れて動けないでいる。しかし逃げ出すのも、それはそれでプライドが傷つく。

 意図せず生まれた戦闘の停滞だが、これはモモにとって都合がよかった。

 このまま待ち続ければ蔵馬が迎えに来る。どうにかして時間を稼ぐのが最善だろう。

 

「てっめ……許さねえ……!」

 

 殴り飛ばされて失神していた軽薄男が起き上がった。

 ジャブを食らった右肩は脱臼しており、激痛に脂汗を浮かべている。

 そして動く左手には、懐に隠し持っていた回転式拳銃が抜かれてモモを向いていた。S&WのM10だ。

 

「骨董品みたいな銃使いますね。博物館から盗んできたんですか?」

 

「ンだと、てめえ……!」

 

「ちょっ! モモ!」

 

 挑発するようなモモの言い草。軽薄男は青筋を立て、美希は拳銃を持った相手を煽るモモに悲鳴を上げる。

 モモは怖気づくことなく続ける。初めの一言で、いや抜いた瞬間に撃ってこなかったならば、軽薄男は既に発砲する機会を逃している。分水嶺さえ見誤らなければ、恐らくもう撃ってはこない。

 

「あなた、利き手は右手ですよね? 左手で撃って当てられるんですか?」

 

「試してやろうか……!」

 

 軽薄男はM10を握り直しながらも、その手が震えている。

 銃を向けられても臆することなく、むしろ生き生きと話し出すモモの異常さに、軽薄男は苦痛とは別の、冷たい汗を流していた。

 

「あ、どうせならゲームしましょう」

 

「は?」

 

 突拍子のないモモのセリフに、軽薄男はトリガーに掛けていた指の力を思わず緩める。

 ゲーム。そう言ったモモは、戦闘の構えを解いた。

目を細め、無邪気とも妖艶とも見れる笑みを湛え、トランプでも取り出すかのような気軽さで、腰に手を回してブレザーの下のホルスターからPx4を抜いた。

銃口を軽薄男に覗かせ、安全装置を親指で解除する。

 

「どっちが先に我慢出来ずに相手を撃ち殺しちゃうかゲーム!」

 

「なっ…………!」

 

 呑気に言い放つモモに、絶句するヤクザと美希。

 彼らの視線はモモのPx4に集中する。ポリマーフレームの、一見オモチャにも見えるその銃は、しかし多くの命を奪ってきた武器のみが持つ瘴気を纏っていた。

 

「先に相手を撃ち殺した方が負けですよ。罰ゲームは死体の片づけです」

 

 モモの勢いに飲まれて、誰も口を挟めない。

 状況の異常さに、モモを除く全員が着いて行けずに思考をフリーズさせていた。

 じゃあ、始め――。

 モモはそう告げようとした瞬間。

 駐車場に一台の乗用車がエンジン音を響かせながら入ってきた。蔵馬のヴェゼルだ。

 砂利を撒き散らしながら爆走するヴェゼルはスピードを全く落とさず、全員を轢き殺さん勢いで駆動してくる。いや、実際そうしようとしているのかもしれない。そんな気迫と殺気を感じる走り方だった。

 モモたちまで十メートルを切った地点で、ヴェゼルは車体を横に滑らせてドリフトで制動を掛ける。

 

「うおおおぉ!!?」

 

 ヤクザ達は突っ込んでくるヴェゼルを辛うじて避け、彼らがいた空間に黒い車体が土煙を上げながら滑り込んだ。

 

「遅いですよ!」

 

「すまん! と言うかお前、撃ってないな!?」

 

 運転席の窓から、蔵馬がモモに怒鳴る様にして言った。

 

「撃ってません!」

 

「ならいい、乗れ!」

 

「はい!」

 

 モモは地面に尻を置いたままの美希を、もう何度目かの引き揚げを行い後部座席に飛び込んだ。

 二人が乗り込んだのを確認して、蔵馬はハンドルを勢いよく回し、アクセルを思いっ切り踏み込む。エンジンが唸り、駆動輪が砂利の地面に噛み付く。ヴェゼルは猛牛の如く駆け始めた。

 もはや呆然と見送るしかないヤクザ達を背後に、駐車場を飛び出したヴェゼルは違法速度を大幅にオーバーしたスピードで走り去っていった。

 残ったのは土埃と出来立ての轍、そして六人のヤクザだけ。

 

「……一体何なんだ……」

 

 誰かが呟く。もうそれ以外に言葉が見つからない、そんな顛末だった。

 

 

 

 

 

 センターに事のあらましを報告し終え、蔵馬は携帯をダッシュボードに放り投げた。

 蔵馬、モモ、そして美希を乗せたヴェゼルは首都高速に乗り、奥多摩に向かっている。

 警察の出動が懸念されたが、幸いなことに警察には数本の『女子高生が怪しい男に追われている』という通報があった程度で済んだようだ。

 蔵馬に顔面を下ろされ、モモに銃を突き付けられたヤクザ達は警察に気取られることなくあの町から消えたようだ。彼らも脛に傷のある連中だ。警察の世話になることだけは避けたかったのだろう。少なくとも一人は確実に銃刀法違反である。

 蔵馬はバックミラーで後部座席を窺う。

 もう完全にくつろぎモードに入って窓の外を眺めているモモと、いまだに状況を呑み込めずに固まっている美希。

 

「随分と写真と印象が違うな」

 

「んえ、あ、あたし、ですか?」

 

「君だ。資料の写真と比べると、少し垢抜けて見える」

 

「あー、えっと、髪の毛のせいですかね」

 

「そうかもな。綺麗に染まっている」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 声を掛けられて、美希の緊張は幾分か取れたらしい。

 伸ばしていた背筋から力を抜き、背もたれに身体を預ける。

 

「クラマさん、茶髪の方がいいんですか? 染めましょうか?」

 

「お前はいい。失敗してデザートパターンみたいになるのが目に見える」

 

 ぷうっと膨れて抗議の意を表明するモモに、美希はようやく、乾いてはいるが小さく笑みを取り戻した。

 

「あの、あたし今どういう状況にいるんですか?」

 

「詳しいことは俺の上司が君に話すだろうが……ともかく斎藤美希、君は今から俺たち国立児童社会復帰センターの保護下に置かれる。本来は護衛とかしない組織なんだが、君は事情が少々異なる。そして状況だが、そもそも俺たちもイマイチ何が起こっているのかが分かっていない。ただ」

 

 蔵馬は後ろ手に、奪った代紋バッジを差し出す。

 

「関西を占める広域指定暴力団扇組、その直系である大柳組の代紋だ」

 

「さっきのヤクザさんたちですね」

 

「そうだ。その大柳組が、君を狙っている。動機は現在調査中。まあ、君のお父さんかお祖父さん絡みだろうな、たぶん。何か心当たりは?」

 

「分りません。最近パパともお祖父ちゃんとも会ってないから……。それで、その、二人は?」

 

 美希は蔵馬の後頭部と、モモの横顔を交互に見る。

 

「さっきも言ったが、俺たちは国立児童社会復帰センターの人間だ」

 

「その名前だいぶ前にちらっとだけニュースで聞いたことがあるんですけど、でもそこって確か福祉施設なんじゃ……」

 

「表向きはな」

 

「センターは、実は政府の秘密警察なんです。クラマさんはそこの職員」

 

「ちょっと待って……秘密警察? アニメか何かの話?」

 

「クラマさん、やっぱり私たちってそういう風に見られるんですね」

 

「それだけ俺たちの隠蔽工作が上手いって事だ」

 

 さすがに信用しきれない様子の美希だが、唐突な暴力団組織の襲撃と、拳銃を掲げて殺意を眼光に冷たく秘めたモモの姿を思い出す。

 

「……モモは? モモはまだ十五歳なんでしょ?」

 

「……ごめんなさい。嘘を吐きました。私は美希さんと同じ歳ではありません」

 

「実は年上ってこと? モモも蔵馬さんと同じ秘密警察の人なの?」

 

「私は……」

 

 モモは美希の三白眼を真っ向から見据える。

 

「備品です」

 

「備品…………?」

 

 言葉の意味が分からず、美希は眉をひそめた。

 モモはそれ以上語らず、憂悠の色がある微笑みで窓の外に顔を戻す。

 ちょうどケンタッキーフライドチキンの赤い看板とすれ違ったところだった。

 

「クラマさんクラマさん! あれ! あれ食べたいです!」

 

「寄ってる時間があると思うか」

 

「帰りに美味しい物食べさせてくれるって言ったのに!」

 

「状況考えろ。ていうかあれは美味い物には入らん。却下だ」

 

「あれもきっと美味しいです! だってマクドナルドはすっごく美味しかったですもん!」

 

「お前五千円持ってマクドナルドに行ったのかよ……」

 

 途端、車内が騒がしくなる。

 目まぐるしく変わる周囲の状況に美希は頭が痛くなり、額に手を当てて思わず呟いた。

 奇しくも、自分を狙ったヤクザと同じ言葉を。

 

「もう……一体、何なのよぉ……」

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