初投稿になります。
pixivにアップしましたが、ハーメルン向きな気がしましたので、こちらにも投稿させていただきました。
物語の都合上、魔法を新しく作ったりしています。
4話完結です。
豆腐メンタルですが、感想いただけると嬉しいです。
また、ハーメルンは初めてですので、ご助言等ありましたら、いただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
(──来る。向かってくる)
そう思ったら駄目だった。
「
ドラコ・マルフォイは全力で魔法を放つ。杖を振り下ろし薙ぎ払い、並の二年生ではまだ扱えない切り裂き呪文を連打する。薄水色の瞳は追い詰められた獣のように見開かれていた。黒いローブは緑の裏地が見えるほどに翻り、自慢のプラチナブロンドを撫でつけた白い顔に、いつもの小生意気な余裕は欠片もない。
対峙しているのは小柄な少女だ。まだ就学前としか思えないほど小さな
異様な対比だ。しかし長くは続かない。
ドラコのスピードについていけないツユリは風の刃に杖ごと右手を薙ぎ払われる。壇上で鮮血が舞い、パンジー・パーキンソンの黄色い悲鳴が《闇の魔術に対する防衛術》の教室に響き渡った。
その時だ。
「
「
ルシウス・マルフォイとセブルス・スネイプ教授の魔法が少年の暴走に終止符を打つ。ドラコの風刃はツユリの目の前で弾かれ、サンザシの杖がスネイプの手に収まる。反動で膝をついたドラコの横を、スネイプがすり抜けていった。右手の鮮血を押さえるツユリの元へ急いだのだ。
ルシウスも、ツユリの名を叫びながら壇上に上がっていく。彼は生徒達に紛れてギルデロイ・ロックハート教授の決闘クラブを見学していたのだ。パンジーがルシウスに続いた。途中、荒い息をつくドラコの名を涙混じりに叫ぶ。
「ひどいわ、ドラコ! ツユはあなたのお姉様になる人なんじゃなかったの!?」
ドラコは何も答えられなかった。霞む視界の先で自分を睨む友人を見つめる。
パンジーは踵を返した。その先では手や頬から血を流したツユリが、スネイプの治療魔法を受けている。ルシウスが白樺の杖を拾い、パンジーが気遣わしげにツユリの肩を支えた。ロックハートはツユリの後ろで、笑顔を引き攣らせたまま硬直している。
ドラコの味方をする者は誰もいなかった。立ち上がれないドラコの耳に届くのは生徒達の怒声ばかり。
「マルフォイ、この人殺しが!」
「あんな小さい子相手になんてことするのよ!?」
「そうまでして自分の力を誇示したいのか!?」
するとロックハートは自分にできることを発見したらしい。訳知り顔でドラコを自分の背に庇い「素人がちょっと目立とうとしたからといって、その失敗をあげつらうべきではありませんよ」などと叫んでいる。
「ドラコ、一体どういうつもりだ!?」
怒り狂って突進してくるルシウスの前にも立ちはだかり、父の怒りに油を注ぎ。
(僕よりも、彼女が大切なのか?)
そんな言葉がドラコの胸中に渦巻いた。
ルシウスは苛立ちまぎれにステッキを床に打ち付け、まるでこちらを威嚇するように歯を剥き出しにしている。ドラコは息をするのも辛い状態なのに。杖も持たずにツユリと同じ空間にいることが、恐ろしくて仕方ないのに。
分かっているけど──説明したところで分かってもらえないことは。自分にだって分からないのだから。いっそ気絶してしまえればいいのに。しかし、このようなところで更なる無防備を晒すのは、もっと恐ろしい。
だから来たくなかったのだ。
ドラコは決闘クラブになど参加したくなかった。彼女が参加することが分かっていたから。多くの生徒達に囲まれ、ためらいがちにオーケーするところをドラコは横目で確認していた。関わらないこと、近づかないことが最善策。自分だって彼女を傷つけたかったわけではない。
なのに周囲はそれを許してくれなかった。ツユリに優しくするよう再三にわたり手紙を送ってきたルシウスは、息子の態度が改善されないことが分かると直接乗り込んできた。パンジーはクラッブとゴイルを使い、ドラコを決闘クラブへ誘導しようとした。居合わせた父は、ドラコの腕を掴み無理やりこの場へ引きずってきた。誰も彼もがドラコとツユリを引き合わせたがる。
(分かってもらえない······)
ドラコは押し寄せる孤独感に、打ちひしがれていた。
※ ※ ※
なぜ、こんなことになったのか。始まりは一通の手紙だった。
その日、ドラコはいつものようにスリザリン席で朝食を取っていた。傍らにはパンジー、正面にはビンセント・クラッブとグレゴリー・ゴイルが座っている。勢いよくフライドチキンを口に押し込むふたりを横目に、ドラコは自分に気のあるパンジーに向かって、クィディッチチームのシーカーに選ばれたときの話を誇張気味に語っていた。
「僕がシーカーになったからには、ポッターももう終わりさ。あの英雄気取りの恥さらしが、二度とホグワーツの敷居を跨げないようにしてやる」
「すごいわ、ドラコ! 早くあなたの活躍を見たいわ!」
「ふ、君なら特別に練習風景を見学させてやってもいい」
デザートが並ぶ頃、天井に映デザートが並ぶ頃、天井に映し出された青空からフクロウの群れが舞い降りてきた。大小さまざまなフクロウが、それぞれの席に手紙や荷物を落としていく。ドラコのもとにも、手紙と小包が届けられた。
目の前に降り立ったのは、血統書付きのワシミミズク──白と黒のまだら模様を持つ、エクリプスだった。琥珀色の瞳はどこか睨んでいるように見えるが、凛と立つ羽角が貫禄を感じさせる。しかし、その堂々たる体躯に反して、実はかなりの甘えん坊だった。
エクリプスはドラコの肩に飛び乗ると、大きく羽を広げ、頭を擦りつけてくる。
「ははっ、分かったよ」
ドラコが笑いながら頭や背中を撫でると、エクリプスは気持ちよさそうに喉を鳴らした。甘噛みしてくるエクリプスの向こうには、うっとりと見つめるパンジーの姿がある。
その頃、クラッブとゴイルはドラコ宛の小包に目を光らせていた。中身を確かめると菓子類だったので、ドラコは「ほら」と言って放ってやる。
「腹が減っただろう、エクリプス」
パンジーが気を利かせて水を用意してくれた。ドラコが指を鳴らすと、皿の上にネズミやウズラが姿を現す。屋敷しもべ妖精の魔法で動きを封じられてはいるが、まだ息のある新鮮な餌だ。
エクリプスは目の色を変え、テーブルへと舞い降りる。ドラコが「ほら」と餌を放ると、翼を広げて飛び上がり、空中で見事にキャッチした。
そうして可愛いペットと戯れてから手紙を開くのが、ドラコの日常だった。
「ん?」
マルフォイ家の家紋が押された封蝋を開くと、父母からの手紙と共に一枚の写真が入っていた。母愛用のポラロイドカメラで撮影されたものだろう。写真が送られてくること自体は珍しくないが、裏には幼い筆跡で短い言葉が綴られている。
『お会いできる日を楽しみにしています。ツユリ・ミカゲ』
(誰だ?)
首を傾げながら表に返し、ドラコの心臓がどきりと跳ねた。
(美しい······)
ドラコはぼうっと写真に見入っていた。
写っているのは、ひとりの少女だ。母・ナルシッサに肩を抱かれ、穏やかに微笑んでいる。
年の頃は十に届くか届かないか。雪のように白い肌、艶やかな黒髪は癖もなく真っ直ぐで、前髪は眉の上と頬のあたりで綺麗に揃えられている。長い後ろ髪は花柄のワンピースにふわりとかかり、彼女の瞳は黒曜石のように深く、ドラコを静かに見つめ返していた。
彫りの浅い奥ゆかしい顔立ちは日本人特有のものだろうか。大きな目はやさしく、眉尻がそっと下がっている。
ゆっくりと瞬きを繰り返し、そのたびに薄桃色の唇が柔らかな半円を描く。頬を寄せるナルシッサを優しく受け入れ、何もかも包み込むような慈愛を湛えていた。
少しも大人ぶった様子はない。少女のような母とは対照的なその物腰は、まるで仏······いや、仏典に描かれる菩薩のようだ。そこにあるのは、
「あ······ら? なんだか······見せてもらってもいいかしら?」
横からの声にはっとして顔を上げると、夢見るような表情でパンジーが写真を覗き込んでいた。人の手紙を盗み見るなど感心しないが、ドラコの反応に悋気を募らせたのだろう。それほどに、彼の心は奪われていた。
ドラコが黙って写真を差し出すと、パンジーはそれを捧げ持つように受け取る。ウルフアイズがじっと焦点を結び、ドラコは自分の胸がざわつくのを感じた。やや癖のあるボブカットが鼻にかかるのを避けるように、パンジーはそっと首を傾ける。
(こんな顔をしていたのか)
まるで恍惚としたような──ドラコは、自分の心を映した鏡のようなパンジーの表情から目を逸らした。
気を取り直し、父の手紙を開く。羊皮紙に並ぶ流麗な筆記体を目にし、胸の鼓動が高まる。手紙の内容は、写真の少女──
父は、日本魔法界への親善大使として赴いた際に、ひとりの少女を保護した。それがツユリだ。彼女は山奥の古い集落で
日本でも稀に見るほど強い魔力を持ちながら、教育を受ける機会を奪われていた哀れな少女──父は彼女を娘として迎え入れ、正当な教育を施したいと考えた。そして、神の名ではなく、彼女自身のための名を与えたいと。
『しかし、優しい子でな。家族全員に受け入れられない限り、この申し出を受けるわけにはいかない、などと言うのだ。英国では稀に見るほどの奥ゆかしさだ。当然のことながら、ナルシッサはいたく気に入り、あとはお前の同意を待つだけという状況になっている』
ついては、ホグワーツに編入させることにした。ドラコよりひとつ年上だが、二年生として入学する。まだ英語も読み書きもおぼつかないため、手助けをしてやるように。そして──
『姉として迎え入れることについて、前向きに検討してほしい』
読み終えたドラコの胸は、高鳴っていた。頬が熱を帯びるのを感じながら、再びパンジーの手の中のアルカイックスマイルへと視線を落とした。
「姉上······」
自然と口をついて出る。
ドラコは、これまで兄弟姉妹がほしいと思ったことはなかった。だが、口にしてみると驚くほどしっくりくる。その特別な響きに心が震えた。
(僕の同意を待ってるだって? なんていじらしい人なんだ)
これで年上だなんて。とてもそうは見えない。きっとマグルのもとでまともな食事を与えられなかったせいだろう。そうでなくとも、アジア人は小柄だと聞く。大柄な北欧人ばかりのホグワーツでは、きっと心細いに違いない。虐げられていたという話だしな。
ドラコは薄水色の瞳に決意を固めた。
(僕が、守って差し上げるんだ)
「ドラコ? どういうこと? 姉上って······」
パンジーから写真を取り返し、ツユリの姿をそっと撫でる。裏返して拙い文字を読み直すと、更なるいとおしさが込み上げてくる。慣れない文字を懸命に綴る彼女の姿が目に浮かび、ドラコは「僕の姉だ」と得意げにパンジーを見返した。
早く彼女だけの名で呼びたい。どんな名前がいいだろう? オーレリアは? ヴェスペラートは? 革新的な名前がいい。それでいて彼女のやわらかな雰囲気に見合う、やさしい名前が。
意気揚々と説明するとパンジーも頬を紅潮させた。
「逢えるの······!?」
力強く頷くと、彼女は感極まったように目をうるませる。
「当然、スリザリンに入るだろう。僕の姉なんだからな! だが僕は女子寮内での生活については関与できない。君の力も必要だ」
「もちろん、もちろんよ! 私、彼女の親友になるわ! 貴族令嬢として必要なことは、全部私が教えてあげるわ!」
「心強いな。頼んだぞ!」
「ええ!」
「どうしたの、パンジー? ふたりして、随分と盛り上がっているみたいだけど········」
すると、パンジーの隣でミリセント・ブルストロードと話していたダフネ・グリーングラスが、興味深そうに会話に加わる。ドラコの隣で読書に耽っていたセオドール・ノットも顔を上げ、ドラコの持つ写真を目にしたブレーズ・ザビニも「誰だ、そのかわい子ちゃんは?」などと寄ってきた。パンジーが「私の親友よ!」と得意になって説明する横で、ドラコも写真を見せびらかせる。
話は瞬く間にスリザリン全体へと広がった。ドラコとパンジーが中心となって歓迎会の準備が進められる。ふたりが日本語を学び始めると、セオドールが日本文化や古代の宗教について語るようになり、日本ブームが巻き起こる。
当日には、すっかり弟になったつもりでドラコは花束を抱えていた。誰もが胸を躍らせていたのだ。
ドラコが、その言葉を口にするまでは──。
※ ※ ※
「近づくな、穢れた血め!」
──ああ、駄目なんだ。
ツユリは現実を突きつけられた心地がした。
大広間でのことだ。
校長のアルバス・ダンブルドアから紹介を受けたツユリは、予定通りにスリザリンに組分けされた。拍手喝采の中、ウルフアイズを輝かせたボブヘアの少女に手を引かれながら、遠目に見える少年の姿を捉える。
プラチナブロンドの髪、王者然とした姿勢──けれど、明らかに強張った表情。
その顔を見た瞬間、ツユリの胸の奥がひやりと冷えた。
(そうだったわ。これが、現実よ)
彼とは手紙を交わしていた。互いに「出会い」を楽しみにし、ツユリは彼と連れ立って学舎を歩く日々を夢想していた。
だが実際に対面してみれば、少年の瞳には怯えの色が宿っている。かすかに震える指先、ぎこちなく握られた花束。
ここで引かなければ、きっと傷つく。
(──それでも、私は······)
ツユリは微笑み、ボブヘアの女の子に促されるまま、彼の元へ歩み寄る。
「やっと会えたわね。私が······」
そうして手を差し出した時だった。
彼の口から侮辱の言葉が飛び出したのは。
深い意味などなかったのだろう。害となる存在を退けるために、最も使い慣れた言葉を使っただけ。
だけどその言葉が持つ威力は絶大だった。
お祭りムードだったスリザリンは凍りつき、グリフィンドールやハッフルパフからは怒りの声が沸き起こる。レイブンクローの席からも無言の圧力が伝わってくる。スリザリンに選ばれたことで他三寮を敵に回したような空気があったが、今やすっかり逆転していた。
「おい、スリザリンなんかに行ったら危ないぞ! 戻ってこい!」
「やり直せよ、組分けを!」
そんな野次を飛ばしているのはグリフィンドール席で立ち上がる赤毛の双子のようだった。
「やだ、ドラコったら! 照れてるのね?」
ショックを振り払うように、ボブヘアの少女が明るく笑う。彼女の左右に控えていた少女ふたりも、すかさずフォローに回る。
「気にしなくていいのよ、ミカゲさん! マルフォイはあなたに会えるのを、ずっと楽しみにしていたのだから」
「そうそう、大丈夫よ!」
「······ありがとう」
ツユリが礼を言うと、彼女達は自己紹介をしてくれた。パンジー、ダフネ、ミリセント。
彼女たちは、ドラコに花束を渡すよう促す。ドラコが身を固くしていると、彼の両脇に控えていた大柄な少年のひとりが、代わりに手渡してくれた。
──この時は、まだ希望を捨てきれずにいた。
その愚かさを悟るのに、そう時間はかからなかった。
※ ※ ※
ドラコの最悪な日々は、そこから始まった。
ドラコが彼女を“穢れた血”と呼んだにもかかわらず、誰ひとりとして彼女を疑念の目で見ることはなかった。翌朝の食事の席ではルシウスからの吠えメールが届き、状況は更に悪化する。
ドラコがスリザリンでの地位を確立できたのは、マルフォイ家の嫡子という“王族”のような立場があったからだ。その父の決定に背いたと知れれば、誰も彼を敬わなくなる。
気づけば、彼のそばに残ったのは、頭の回転が鈍いクラッブとゴイルだけだった。ふたりは親から「ドラコとは距離を置け」と指示されても、彼なしに寮内でどう振る舞えばいいのか分からず、結局ついてくるしかなかったのだ。
一方、パンジーはツユリに付きっきりとなり、何度もドラコのもとを訪れては説得を試みた。しかし、彼には応えたくても応えられない事情があった。
あの瞬間──。
ツユリが大広間へと入ってきた瞬間、ドラコの全身を得体の知れない威圧感が襲った。
心臓が跳ね上がり、痛いほど脈打つ。
息が詰まり、呼吸の仕方さえ分からなくなった。
どっと冷や汗が噴き出し、震えが止まらない。
彼女がこちらを向いた──笑みを深めた──。
──駄目だ。
理由なんてない。ただ、それは確信めいた本能だった。
アレには近づいてはならない。
決して、言葉を交わしてはならない。
触れてはならない。
──もし、万が一触れてしまったら?
分からない。だが、その瞬間、自分はもう自分ではいられなくなる──。
そんな確信めいた恐怖に、ドラコは支配されていた。
現実は、なぜこうもうまくいかないのだろう?
心から望んだ関係は、決して手に入らない。
ハリー・ポッター然り。ツユリ然り。
彼となら、親友になれると思った。
彼女となら、姉弟になれると思った。
必要としていたのに。
──自分が、“ドラコ”になるために。
マルフォイ家の跡取りではない、ただの“ドラコ”になるために。