ホグワーツ教師 ロード・エルメロイII世 作:木材
魔眼蒐集列車編最終話前編です。
『皆様、これより魔眼オークションを開催したく存じます。どうぞ、第二車両・
深夜、オークショナーの放送が響く。
その声に反応したのか、エルメロイII世がベッドからむくりと起き上がる。そこまで長く眠っていたわけではないためか、普段よりも寝起きは良さそうだった。
「オークションが始まるようだな」
「向かいますか?」
「もちろんだ。グレイ、すまないがジャケットの用意を頼む」
「はい」
エルメロイII世は身支度を整えると、グレイが用意したジャケットに袖を通し、車椅子に腰掛ける。グレイは車椅子を押して列車の二両目へと向かった。
「師匠、物証は…」
「まだ届いていない。間に合うかどうかは…ライネスとニンバス社の箒を信じるしかあるまい」
「……」
グレイはエルメロイII世が眠る前に今回の事件について一通り聞いている。物証がなければまず間違いなくエルメロイII世の話は聞き入れられない。この物証がどれほど重要なのか理解しているが故に、わずかに焦りを覚えた。
「焦っても仕方ない。今はオークションに参加するとしよう」
「…はい」
そう話しているうちに、オークション会場にたどり着く。
オークション会場には既に全員の参加者および使い魔がいた。死喰い人であるヤックスリーの姿もセバスチャンの姿もあるため、この瞬間に何か小細工をされている心配は恐らくないだろう。
講堂のような半円状の客席と、オークショナーの後ろにずらりと並ぶ保管された魔眼。異質という他ない光景だが、数日魔眼蒐集列車にいたグレイはどことなく慣れてしまっている自分がいることに気づく。
「皆様、長らくお待たせいたしました。今回出品される魔眼は全五点。個々の魔眼についての性能や条項、落札見積価格およびオークションについての注意事項はお手元のカタログをご覧ください。またオークション中の貨幣についてですが、各国通貨への交換は承りますし、融資の確認などが取れますように外部への通信は確保しています。ご自由にお使いください。では、魔眼オークションを開始いたします」
こうしてオークションが始まる。
最初の魔眼は『炎焼』。グレイがイヴェットと朝食を食べた時に紹介された魔眼の一つだった。イヴェットや使い魔達が次々とパドルを掲げるが、最終的にはメルヴィンが一千万ドルで落札した。
次は『掠取』。こちらも激戦が繰り広げられたが、最後はイヴェットが四千万ドルで落札した。
「さすが魔眼の大家。ここぞという魔眼では引かないな」
エルメロイII世の呟きにグレイは周囲を見渡す。
セバスチャンは『掠取』、ヤックスリーは『炎焼』でパドルを掲げていたが、最終的にはパドルを下ろして競り落とすことはなかった。セバスチャンはわからないが、ヤックスリーは死喰い人とはいえ魔法省の人間だ。何かしら資金を調達することができるのかもしれない。
だがエルメロイII世から聞いた予想に、ヤックスリーの狙いが未来視の魔眼である可能性を聞かされている。現状ヤックスリーはこの場にいるが、この間に誰か…例えば使い魔などにより何かしらの悪さをされていないかグレイは不安に思っていた。
(…死喰い人の企みは未来視の魔眼…つまりトリシャさんの魔眼。この隙に盗まれたりしないでしょうか)
ヤックスリー本人はオークションにいても使い魔などを使えばやりようはある。ヤックスリーが死喰い人であるとわかった今、彼の動きがグレイには気になっていた。無論聖遺物を盗んだ犯人やセバスチャンのことも気になるが、どうしても死喰い人という因縁のある人物がいるとなると、そちらの方に気が向いていた。
そうこうしているうちに、オークションは進む。
そして最後にメインとなる品が出て来た。
「では最後に、今回のメイン『宝石』の位階…抱影の魔眼です」
少し前までカラボーのものであった魔眼が出てくる。
「当列車においても『宝石』の魔眼を扱うことはまずありません。私も含め、この場に居合わせた皆様はそれだけで至上の幸運だったと言わざるを得ません。最低額は三千万から」
一斉にパドルが上がる。
「七千万」
「八千万」
「八千五百万」
「九千万」
パドルを上げる中にはイヴェットやメルヴィンだけでなく、オルガマリーやセバスチャン、ヤックスリーの姿もある。従者の死があったとはいえ、オルガマリーの狙いは今回の魔眼。『虹』ではなかったにせよ、『宝石』であれば目的には十分。
またヤックスリーもパドルを上げるに足る理由はある。仮に彼の目的が未来視であったとしても、これほどの魔眼となればヴォルデモートへの献上物となれば十分すぎる価値がある。セバスチャンは…そもそも目的がわからない。だが、魔法使いとしてもこれほどの魔眼となれば確保したいというのは別段不思議ではない。
「一億」
「一億二千万」
「一億五千万」
「一億六千万」
法政科の菱理もパドルをあげていた。冗談のようにも思えるが、決して冗談で座るような場所ではないことはイヴェットを含む他の者も理解していた。
ここでヤックスリーがパドルを下ろし、セバスチャンも続いてパドルをおろす。
「二億」
「二億二千万」
ここでオルガマリーとメルヴィンがパドルを下ろす。
『宝石』の魔眼など本来なら価格がつけられるものではない。だが招待客を限定している以上、ここらが限界でもある。
「二億三千万」
一瞬の沈黙。
「二億三千万でいいですか?」
誰もパドルをあげない。
「よろしいですね?」
再度の確認。オークショナーが
「二億四千万」
グレイは驚いたように声の方へ視線を向ける。なんとエルメロイII世がパドルをあげていたのだ。そして驚いていたのは、グレイだけでなく他の参加者もだった。
「どうしたオークショナー、二億四千万と言ったのだ。進行を続けていきたいのだが」
参加者全員が驚愕している中、エルメロイII世は毅然とした態度を崩さない。決して冗談や間違いで言っているのではないと誰もが理解した。
「では…」
「待って!さすがに過熱しすぎています!申し訳ないが少し休憩をいただけませんか?このままでは私の肉体が持たなゲフッ!」
オークショナーが進行を続けようとした瞬間、メルヴィンが吐血しながら制止する。実際、元々悪いメルヴィンの顔色は今や泥のような色をしていた。
オークショナーはメルヴィンの提案に頷く。
「提案を受け入れます。15分、休憩を取りましょう」
そうして一時的にオークションは中断となり、参加者は各々の部屋へと戻っていく。エルメロイII世とグレイもそれに続いたが、エルメロイII世の部屋にはメルヴィンも同行してきた。
「どういうことだいウェイバー。今のエルメロイにあんな金を用意できるはずないだろう!
エルメロイ派は先代ロードのケイネスが死んで以降、没落している。その際にハリウッド映画を作れてしまうほどの天文学的な負債を抱えた。
「もちろん用意などできん。ライネスが魔法省から搾り取った分も、全て返済に使われてもうないに等しいのだから。だがお前、あそこで手を引くつもりだっただろう」
エルメロイII世の言葉にメルヴィンは肩を竦める。
「まあ、ね。割とお金の余る生活をしているけど所詮は本家のお下がりだ。これ以上は先立つものが足りていない。あれ以上は引っ張れないよ。それで言うと、イヴェットちゃんもだけどね。さすがに二億は引っ張りすぎだ」
いくら魔眼の大家といえど、資産は限界のはず。事件に関わっているかどうかはわからないが、メルヴィンとしても違和感があるらしい。
「…メルヴィン、どこまで引っ張れる。粘っていられる?」
「ふむ、別にウェイバーはあの魔眼がほしいわけではないんだよね?目的は?」
「向こうもここまでの高額は予想していなかったはずだ。オークション中は集中せざるを得ないはず。その隙に、こちらの切り札を届かせる」
「随分と高い隙だねウェイバー」
くつくつと笑いながら腕を組む。その顔に浮かぶ笑みは悪魔のように見えるほど美しく、そして歪んでいた。
「もう一度聞こう。これが愉しくなるって君は約束できるかな?友人の破滅を賭けても恥じないほどの一幕だと…断言できるかな?」
顔色を悪くし僅かな鼻血を流しながら悪魔のように微笑みながらメルヴィンは聞いてくる。思わずぞっとしてしまうような笑顔だったが、エルメロイII世は全く怯むことなく頷いた。
「約束しよう。間違いなく、君好みになるだろう」
エルメロイII世の答えに、メルヴィンは嗤うのだった。
「首尾はどうだヤックスリー」
ヤックスリーが部屋に戻ると、ヴォルデモートが部屋で待ち受けていた。失態はしていないものの、指令を受けている以上、一気にヤックスリーの緊張感が跳ね上がる。
「我が君、夜分遅くに御足労をおかけしました。首尾についてご報告いたします。まず、未来視の魔眼ですが…やはり出品はありませんでした。そこで事前にお伝えした通り、未来視の魔眼を持った者の首を確保する方針に切り替えました。首は
「そのようだな」
まるで知っているかのように言うヴォルデモートにヤックスリーは首を傾げる。方針はともかく、保管場所についてはまだ報告していない。何故知っているかのように言うのだろうと疑問に思ったヤックスリーに対して、ヴォルデモートはつまらなさそうに言った。
「ここに到着してすぐ、その部屋には俺様自ら赴いた」
「なんと…!既に動かれていたとは…!」
「確かにお前の言っていた首はあった」
ヴォルデモートはローブの下に収めていたトリシャの首を取り出す。既に確保しているとは思いもしなかったヤックスリーは驚いたように目を見開いた。
だが目的のものを確保したというのに、ヴォルデモートは不満げな雰囲気を出している。そして杖を振ると、首を爆破した。爆破された首は紙のようなものをばら撒き、消える。
「なっ⁈」
「この首は魔法で作り出しただけの偽物。投影に近い魔法だな。部屋中を探したが、見つからなかった。さすがに君主の娘というだけあり、馬鹿ではないようだな」
オルガマリーの部屋には確かに首はあった。しかし、見つかった首は魔法で作られた偽物。本物はヴォルデモートが探知魔法を使って探しても見つけることができなかった。虚数魔術で隠されている可能性を考慮し、空間全体に探知魔法を使おうとしたところでオークションが中断になったという流れだった。
「俺様が今すぐ天体科の娘を殺して首を確保することは容易い。だが…ダンブルドアも残っている状態で時計塔の相手をするのは、得策とは言えん。ダンブルドアが時計塔と手を組んだ場合、相手にするのは俺様でも手こずるだろう」
「で、では…いかがなさいますか」
「ヤックスリー、お前はできるだけオークションを長引かせろ。魔眼そのものを競り落とすかどうかは勝手にすればいいが、とにかく時間を稼げ。その間に、俺様は列車全体を探る。虚数魔術で隠していたとしても、俺様が見つけてやろう」
「承知いたしました」
部屋以外に隠す場所はそうない。ならばトリシャが自分の首を隠していたように、オルガマリーも似たようなことができるかもしれない。しかしヴォルデモートは虚数魔術で隠された空間のポケットですらも探り当てることができるほどの腕前を持つ。どこに隠していたとしても見つけられるだろうと、ヤックスリーは冷静に分析した。
「それでヤックスリー、グレイの方はどうするつもりだ?」
指令の半分はヴォルデモート自ら探すと言うため少しだけ安心したが、ヤックスリーへの指令はまだある。グレイという娘の確保が残っていた。
だがヤックスリーもただ座して待っていたわけではない。一人でシミュレーションして作戦は立案していた。
「オークションが終了し、キングズ・クロス駅に辿り着き、皆が降車する瞬間を狙います。そこで素早く服従の呪文をかけ、その瞬間に姿くらましで身柄を確保する算段です」
「…ふん、お前の服従の呪文ならば可能かもな。では必ず成功させろ」
「仰せのままに」
ヴォルデモートに深く頭を下げながら冷や汗が背中に流れるのを感じた。
様々な思惑が渦巻く中、オークション再開の刻限は刻一刻と迫っていた。
「では、二億四千万から再開いたします」
オークショナーの言葉と共に、オークションが再開する。
メルヴィンはエルメロイII世の言葉を信じ、突貫ながらも追加で一億三千万の融資を暫定的に獲得。さらにグレイがライネスに持たされていたカード(およそ三千万ドル)を足すことで、一億六千万の追加融資を獲得したことになり、四億までは戦える状態にこぎつけた。
エルメロイII世は相変わらず車椅子に乗っているが、その手にはバッグ。このバッグの中には、
「二億五千万」
「二億六千万」
「二億八千万」
「二億九千万」
「三億!」
菱理、イヴェット、メルヴィンだけでなく、ヤックスリーとセバスチャンまでパドルを上げている。一体どういうつもりなのだろうとグレイは訝しむが、当のセバスチャンは楽しそうにパドルを揺らしていた。
「三億二千万」
「三億四千万」
「三億五千万」
「三億、六千万」
「三億八千万」
「四億!」
この段階でエルメロイII世とメルヴィンの限度額に辿り着いてしまう。ここで菱理がパドルを下げた。いくら法政科といえど、これ以上出すことはできないらしい。
限度額に辿り着いたにも関わらず、メルヴィンはパドルを下げない。どうやら、エルメロイII世を信じて本当にギリギリまで粘るつもりのようだった。
ヤックスリーもかなりきつそうな表情をしている。いくら政府に潜り込んでいるとはいえ、これほどの大金となると容易に準備することはできない。だが対照的に、セバスチャンはとても楽しそうにしている。ここまでの大金を払う可能性があるというのに、何故ここまで楽しそうなのかグレイには理解できなかった。
「四億二千万」
「四億三千万」
「四億、五千万」
「四億六千万!」
冷や汗が滲むヤックスリーに被せるように言うセバスチャン。あまりにも場違いな明るい声がグレイを困惑させる。
「四億七千万」
「四億八千万」
しかしイヴェットとメルヴィンも負けじとパドルを掲げ続ける。
「四億九千万!」
「じゃあ五億で」
(こいつ…!)
イヴェットもメルヴィンもヤックスリーも、このセバスチャンと名乗る者がどんな人物かは知らない。だがセバスチャンはさっきから明らかに
(…あれ?)
突如、グレイは振動を感じる。何かが列車の天板に着地したような、そんな感覚。
「待っていただきたい」
グレイが感じた感覚が気のせいかと思った瞬間、エルメロイII世がオークションを遮るように声を上げた。
「二度の休憩は認めません」
「休憩ではない。この魔眼蒐集列車にも関わることだ。暫し、時間をいただきたい」
エルメロイII世の言葉にオークショナーは答えない。この沈黙を是として受け取ったエルメロイII世は、参加者全員を見渡す。
「皆様、貴重な時間を感謝いたします。まずは…カウレス、出してくれ」
「はい!」
エルメロイII世の言葉に反応したカウレスがバッグからトリシャの首を出した。
「あなた…」
「事態の解決に必要でね。勝手ながら持ち出させてもらった。別段、君の持ち物というわけでもないのだから問題ないだろう」
「……」
「では、七年前の事件から整理させてもらおう」
七年前の事件。それは今回と同じように首が刎ねられて頭部がなくなっていた遺体が複数見つかる連続殺人事件のことである。今回魔眼蒐集列車で起こった事件は、七年前の事件を彷彿とさせるものだった。
今回の事件の被害者はトリシャ・フェローズとオーガスタス・ルックウッド。トリシャは未来視の魔眼を持っているため、通常の不意打ちは通用しない。だというのに、トリシャは争う暇もなく殺されている。そしてその瞬間をカラボーは見ることができなかった。未来視からも過去視からも逃れる時を超えた刃により絶命している。ルックウッドについてもカラボーの過去視では見えなかった。ここが今回の事件における奇妙な点だった。
「トリシャ・フェローズは予測の未来視を持っていた。ならば、悲劇的な未来も避けようがあるが、そこに至る可能性…つまり、自分が死ぬ可能性も見ていたはず。つまり、自分が死ぬ前提で動いていたと考えられる。そして彼女が『自分が死ぬ前提』であると仮定した場合、自分の首を隠したことの意味が出てくる」
「それは…虚数魔術で首を隠すことでダイイングメッセージを残すためでは?」
「一つはそうだろう。虚数魔術で首を隠すことで時間経過の意味を一時的になくし、一言ぐらいなら言い残せるかもしれないという心算はあったはずだ。だが、もう一つ意味がある。それは自分の魔眼を利用されないためだよ」
「魔眼を利用されないため?どういうことだいウェイバー」
「七年前の事件の被害者…全員かどうかまではわからんが、おそらく大半が魔眼の所有者だったはずだ。魔眼の摘出及び移植は魔眼蒐集列車でしかできない。だが、仮にその頭部が生きていたらどうだろう」
エルメロイII世の言葉に、その場にいた全員が絶句する。倫理観の薄い魔術師や死喰い人であるヤックスリーですら、エルメロイII世が何を言いたいのかがわかってしまったからだ。
「脳と眼球、そしてそれらを繋ぐ経路さえ残しておけば魔眼の発動はできる。状態維持の魔法は使う必要はあるだろうが、それくらいはある程度腕の立つ魔法使いや魔術師ならば問題ないだろう。被害者の頭部だけ生かしておけば魔眼は使えるうえに、逃げられる心配もない。まあ、これは基本的に非人道的な魔術師から見てもさらに非人道的な手口だ。
「つまり、七年前の事件もカラボー・フランプトンが犯人だったと言いたいわけでしょうか?」
「これを見てほしい」
エルメロイII世が取り出したのは、眼球を模したレンズのような何か。
「ああ、ナザール・ボンジュウだね。トルコとかそのあたりのお守りだったかな」
「その通りだミスター・セバスチャン。魔眼を見返す魔眼…見られる力を応用したお守りだ。この場合、魔眼殺しより防御効果は劣るが、魔眼にとって天敵であることに変わりはない。本来意図しない情報を叩きつけられるのだから」
エルメロイII世はこの叩きつけられる情報を応用することで、情報を受けた対象を擬似的な催眠状態にさせることができると述べた。見る力が強いほど、見られる力も無意識のうちに誘導される。そして強大な魔眼の持ち主ならばこそこの見られる力には逆らいがたく、見る力について自覚が足りていないカラボーのような相手ならば服従の呪文をかけるよりも容易く術中に落とすことができる。
そしてこの推理は菱理のものと一致している。菱理は『魔眼が暴走したのではないか』と言っていた。何らかの理由でカラボーが意識を奪われていたことに対して肯定的だった。
「トリシャさんはカラボーと魔眼蒐集列車で出会うことはわかっていたはずだが、事件の犯人と出会う未来は見えなかった。だからカラボー氏を使って探ろうと考えていたのだろうが、これが彼女の失敗だった。
「……お馬鹿なマリー、しゃんとなさい」
トリシャがよく言っていた言葉を呟き、オルガマリーは俯く。
だが近くに座るイヴェットは大きくため息を吐いた。
「で?先生は結局誰がその犯人だって言いたいんです?もうオークション終わるところなんですけど」
「ああ、それならこういうことだ」
突如、トリシャの首が縄に変化し、持っていたカウレスを縛り付ける。同時に、後ろの方に座っていた菱理が杖を抜くと、ヤックスリーとセバスチャンを縄の魔法で縛りつけた。
「先生⁈」
「なっ⁈何をする!」
「わあ、鮮やか!」
動揺するカウレスとヤックスリーに対して、セバスチャンは楽しそうに笑う。
「無言魔法でここまでの精度…大したものだなミス化野。私じゃ到底こうはいかない」
「ありがとうございます」
ツンとした態度の礼だが、エルメロイII世は気にしない。
縛られた3人を見渡し、エルメロイII世自身も杖を抜いた。
「先生…どういうことですか」
「
会場にいる全員が静まり返る。
「え、と…本気なんですか。俺を犯人にしたいならこの推理だけじゃ足りないことは、わかってますよね」
カウレスが目を向けてくる。その目に宿る光は、どこか無機質。普段のカウレスでありながら何かが違うことをグレイは本能的に感じ取る。
「もちろん。ここは魔眼蒐集列車。ミス化野の時のように、列車側を納得させられるだけの理由がいる。推理だけでは足りない。だから私は、彼を待っていた」
「さすがに苦労しましたよ先生」
そう言って入ってきたのは、カウレスだった。
「彼がここに着いた以上、君の偽証は決定的だろう」
「やってくれたなウェイバー!これは愉快だ痛快だ!何が起こったのかまるでわからないぞ!危うく身代を持ち崩しかけた甲斐はあったぞう!」
「よしメルヴィン、協力には感謝しているが今は黙っていろ」
エルメロイII世は葉巻を取り出し杖を振って火をつけると、煙を吐き出しながら苦労したように目を伏せる。
「かなり危ない橋ではあったがね。魔眼蒐集列車のオークションは絶対である以上、一度落札されてしまうと契約を無効にすることは列車にしかできない。炎のゴブレットによる選手選出に近いものだな。そんなことで魔眼が競り落とされてしまうことなど、トリシャさんとカラボー氏に申し訳がたたない。何より私の誇りが許さない。オークション中であれば運び手であるライネスの接近に気づかれることはないが、時間との戦いが強いられてしまう」
「ファイアボルトより速度は出ないとはいえ、かなりの高速で飛べる箒を使ってきたんだ。感謝してくれよ、兄上」
カウレスに続けて、箒を抱えたライネスが入ってくる。その手にあるのは『ニンバス2001』。高速で飛べる箒ではあるが、ライネスが普段使っている箒ではないうえ、カウレスとの二人乗り故に思いの外時間がかかってしまった。そのため内心ではかなり冷や汗をかいていたことは想像に難くない。
偽物のカウレスはなるほどと呟きながらエルメロイII世に視線を向ける。
「どこで気づきました?結構完璧にカウレスをトレースできていたと思うんですが」
「見事なトレースだったが、一つだけ。私の治療だ」
「今のカウレスの技量に合わせた自信はあった」
「カウレスの使う治癒魔法は電気を応用したもの。パナケアはハナハッカエキスよりもさらに希少かつ再生力の高い植物でできた軟膏だが、原料は植物。故に、電気による魔法をかければ変質する。カウレスは癒者ではないため治療魔術については専門外。また才能があるとはいえ電気の魔術についてはまだ経験が浅い。私の傷の具合を考えると、熟練の癒者レベルの治療を施した結果に近い」
「なるほどなぁ…」
偽物のカウレスは肩を竦めると降参したように首を傾げ、エルメロイII世は鋭い視線を向ける。
「お前は誰だ」
偽物のカウレスはにこりと微笑む。
「予想はついているんじゃないかな?」
「……ヒントはあった。七年前の事件に口を挟ませないほどの権力を持ち、魔眼を落札させるための莫大な資産を持つ相手。今回、融資したのはイヴェットか」
「バレました?」
「そうでなければ宝石の魔眼といえどあれほど引っ張れるはずない。そしてこれらに加えて、カウレスに成りすませるほど現代魔術科のデータを持ち、聖遺物を入れた
「Excellent」
偽物のカウレスは数回瞬きすると外見が溶けるように変化し、赤い髪を携えた男が現れた。
「杖無し魔法で服自体をも変化させる変身術か。過去、アメリカの魔法省に潜り込んでいたゲラート・グリンデルバルド以上の変身術だな」
「ああ、彼の変身術もなかなかだね。会ったことがあるからわかるよ。彼を含めた古い知り合いからはドクター・ハートレスなんて呼ばれていた。君たちにもそう呼んでもらえると嬉しい」
ハートレスは淡々と告げると、エルメロイII世に視線を向ける。
「ところで、さっきから君はトリシャの事件ばかり口にしているが…もう一件の方はどうなんだい?僕の他に縛られている二人がそれに関係しているのかな。そこを是非聞かせてほしい」
「……あなたを喜ばせるつもりはない」
「遠慮はいらない。心ゆくまで晒してみたまえ。これは僕らの人種における性みたいなものだ。代償に、君がもう一件の事件を解決するまで一切動かないことを約束しよう」
ハートレスの言葉を受け、エルメロイII世はヤックスリーとセバスチャンに目を向ける。ヤックスリーはなんとか杖を取り出そうともがき、セバスチャンは全く抵抗する素振りを見せず笑いながら腰掛けたままだった。
「もう一件の事件…これは、トリシャさんの殺害とは
エルメロイII世の言葉にヤックスリーの目が見開かれる。殺害方法が同じである以上、ルックウッドを殺したのはハートレスだと思っていた。
「二件目の事件は、ルックウッド氏の首が刎ねられていたこと。だが、何故ルックウッド氏は殺された。そして、刎ねられた首はどこへ消えたのか。どうやって彼は殺されたのか。これら全てが不明だ。ヤックスリー氏の証言によると、ルックウッド氏は魔眼を持っていない。そして、七年前の事件に関わった魔法省の職員でもない。つまり、彼は七年前の事件とは全くの無関係だ」
「では何故、彼は殺されたのですか?」
菱理の問いかけにエルメロイII世は葉巻の煙を吐き出しながら答える。
「
「……は?」
「犯人が意図して乗り合わせたかは
「ルックウッドと、因縁のある相手…?」
「オーガスタス・ルックウッド本人との因縁ではない。ルックウッド家という一族に対する因縁だろう。そう、例えば……ルックウッド家が完全に闇の世界に堕ちるきっかけになったゴブリンの反乱に関するものとかな」
エルメロイII世の言葉に、ヤックスリーは訳がわからないと顔を歪める。ゴブリンの反乱は百年以上前の話。そんな前の話が何故ここで出てくるのか、何故それが理由でルックウッドが殺されたのか。全く理解ができなかった。
「ルックウッド氏が殺された理由…これについては、トリシャさんのように物証はない。推測に推測を重ねたものだが…私の推測が正しければ、犯人はまだ物証を持っている。そのためにも、ミス化野に犯人候補を取り押さえてもらったのだよ」
「じゃあ、犯人は…」
グレイの呟きに、エルメロイII世は鋭い視線を一人の人物に向けた。
「ルックウッドを殺した犯人はお前だ」
エルメロイII世に指を向けられたのは、セバスチャンだった。
File.16もすぐに投稿します。
Q&A、登場人物についてもまとめて書きます。