ホグワーツ教師 ロード・エルメロイII世   作:木材

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お待たせ致しました。


さあハリー、出番だよ


File.18

 夏休みが終わろうとしている中、ハリーは一人で聖マンゴ病院にいた。

 

「……シリウス」

 

 ハリーの目の前には、穏やかな寝息を立てながら眠るシリウスの姿があった。こうして見ると、とても呪いに蝕まれているようには見えない。次の瞬間には起き上がって、またあの優しい笑顔を向けてくれそうな、そんな気さえしそうなほど穏やかだった。

 だが現実はそうではない。シリウスは肉体と魔術回路を呪いで蝕まれ、目覚めるためには魔術回路のほとんどを取り除かなければならない。そうでないとシリウスは目覚めない。しかし、魔術回路のほとんどを取り除いた場合、シリウスの魔法使いとしての生命は終わったに等しい。ゼロにはならないため魔法は使えるが、以前のように使うことはできない。

 

 魔法使い、人間。どちらかを選ぶしかなかった。

 そしてその選択権はハリーに委ねられている。

 

「……ねえ、シリウス。僕は…どうすればいいかな」

 

 魔法使いとしてのシリウスを見捨てれば、シリウスは助かる。本来ならそれが正しい。だが、魔法がほとんど使えなくなったと知ったら、きっとシリウスは苦しむ。簡単に折り合いはつかないだろう。いっそ死んでしまった方が良かったと思わないとも限らない。そんな思いをシリウスにさせてしまう可能性がある選択を、ハリーは取れないでいた。

 

『どれだけの賢者がどれだけの歳月を捧げても、絶対的に揺らがない唯一無二の真実に辿り着いたりはしない。それを忘れて、無闇にたった一つの真実だけを求めようとするならば──ポッター、それこそ本当に最悪なのだと覚えておきたまえ』

 

 かつてエルメロイII世に言われた言葉が脳裏を過ぎる。

 いまだにこの言葉の意味はよくわからない。真実は一つしかないからこそ真実。そのはずなのに、唯一無二の真実に辿り着いたりはしないと言われた。

 自分は今、シリウスがどうしてほしいのかという真実を考えている。このシリウスの心というたった一つの真実がどんなものかを考えているが、答えは出ない。この真実を考えるという行為は、エルメロイII世の言葉通りならば最悪。でもハリーにはまだ言葉の真意がわかっていない。ぐるぐると頭の中を回るだけ。

 

「はあ…」

 

 ハリーはため息を吐いて立ち上がる。そろそろ、ウィーズリー一家の元へ行く時間だった。

 

「…また来るよ、シリウス」

 

 そう言ってハリーは病室を後にする。残されたシリウスは何も答えることなく、ただ眠っていた。

 その静けさがハリーの心を酷く傷つけていたが、ハリーはその傷を見ないフリをして病院を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院を出てすぐ、ハリーはダンブルドアに連れられてホラス・スラグホーンを勧誘しに向かった。スラグホーンは最初渋っていたが、ダンブルドアの言葉に折れてホグワーツの教師に復帰することを承諾した後、ハリーはウィーズリー家に送り届けられた。勧誘した、というよりは勧誘の材料として使われたような気もするが、ダンブルドアのことだから何か考えがあるのだろうとハリーは納得した。

 

 ロン、ハーマイオニーと共に久々の楽しい時間を過ごして、ハリーの心は少しだけ晴れた。尤も、ハリーのメンタルがまだまだ沈み気味なことは二人には隠せなかったが。

 二人に気を使わせてしまったことを少し申し訳なく思うが、今は余裕がない。頼れる部分は二人に頼ろうと決め、ハリーはフクロウのヘドヴィグを撫でながら外を眺めていた。

 

「ジニー!」

 

 突如、ウィーズリーおばさんのジニーを呼ぶ声が響く。

 

「なあにママ」

「お手紙よ!グレイちゃんから!」

「グレイから⁈」

 

 どたどたとジニーが走る音が家に響く。

 グレイ。その名を聞いて、ハリーは少しだけ目を伏せる。グレイにはダンブルドア軍団で色々助けてもらった。物静かで優しい彼女だが、防衛術の腕前はハリーをも凌ぐ。同年代ならそうそう負けないと思っていたハリーを相手にしても全く動じることなく、一方的ではなかったにしろ決闘では自分を敗北させてくるほどの腕前だった。

 そんなグレイはルーナとジニーの二人と特に仲が良かった記憶がある。学年が同じであることもあり、三人がよく一緒にいるのを見かけたのは記憶に新しい。

 ただグレイのことを思い出すと、どうしてもあの不機嫌そうで、どこか見透かしてくるような瞳が脳裏をよぎってしまう。

 

 ロード・エルメロイII世。ダンブルドア軍団のことを影ながら支え、アンブリッジを追い出す立役者となり、神秘部まで自分達を助けにきたあの先生。相当世話になったことは事実だが、ハリーはあの先生のことをあまり考えたくなかった。理由は終業式の日に話したことが全ての要因。

 先生が何も悪くないことは理解しているし、今でもハリーはエルメロイII世のことは慕っている。だが、今の自分には先生の言葉を受け止めきれる余裕が全くない。だから、できるだけ思い出したくなかった。無論グレイに非はない(なんならエルメロイII世にもない)が、今はグレイのこともあまり考えたくない。

 

「ハリー」

 

 突如名前を呼ばれ、ハリーは視線を移す。ロンが扉から顔を出していた。

 

「ちょっと手伝ってくれない?フレッドとジョージの部屋、変なものばっかでさ。消失呪文、まだ僕は上手くできないから…」

「あ、うん。あれ、ハーマイオニーは?」

「ハーマイオニーだけじゃ手が足りないからハリーにも来てほしいんだって」

 

 なるほど、と納得してハリーはロンについていく。

 ロンが元フレッドとジョージの部屋を開くと、確かにロンの言う通り変なものがたくさん転がっていた。よく見るとそれらは人の手を模したものであり、マジックハンドのような形をしている。

 

「今日、僕とハリーが寝る部屋なのにこんなにガラクタがあってさ…本当、フレッドとジョージはよくわかんないものを作るのが上手いよ」

「これ…手?マジックハンドかな」

「多分そうだわ。なんでこんなの作ったのかしら…」

 

 ハーマイオニーが呆れながら呟きつつ、ハーマイオニーは消失呪文でマジックハンド(?)を少しずつ消していく。ハリーも手伝うために杖を抜き、マジックハンドを消す。ロンも二人ほどのペースではないものの、一緒になって消した。

 しばらくそうして謎のマジックハンドを消し、全て片付け終わったところで三人は一息ついてテーブルを囲んで腰を下ろした。

 

「やっと終わった…本当変なもの作りすぎだよフレッドとジョージ…」

「すごいスキルだけどね。それに、僕らは前に二人の道具に助けられたから」

「それはそうだけど…まあいいや」

 

 助けられたのは、アンブリッジの罰則で双子お手製の魔法道具にすり替えた一件。本来なら文字が体に刻み込まれるのだが、双子が改造したことにより特殊メイクで刻まれているように見えるだけになり、実際はただくすぐったいだけの代物になっている。これにはハリーだけでなくダンブルドア軍団のメンバーは大いに助けられた。

 

「結局それもエルメロイ先生のおかげだったけどな」

「そうだったわね。ああ、エルメロイ先生…またホグワーツで先生やってくれないかしら」

「元々一年の契約だったし、本来は時計塔の先生だろ?さすがに無理があるんじゃないかハーマイオニー」

「わかってるわよ、そんなこと。そうだったらいいなってだけ」

 

 ハーマイオニーの言葉にハリーは苦笑する。

 ハーマイオニーがエルメロイII世のことを心酔に近いレベルで慕っていることは知っている。ただ、ハリーにとって今はエルメロイII世はあまり話題にしてほしい人物ではなかった。ハリーもエルメロイII世を嫌っているわけではない。むしろ慕っている方だが、今のハリーにはエルメロイII世の言葉を考える時間が必要。シリウスのことで頭がいっぱいのハリーには、エルメロイII世の言葉を考える余裕はない。故にあまり思い出したくないのだが、そのことまではハーマイオニーも知らない。そんな状態でハーマイオニーに『エルメロイII世の話はしないでほしい』などとは言えなかった。

 

「そういえばハーマイオニー、夏休みの間に時計塔に行ったんだって?どうだったんだ?」

「とっても面白い場所だったわ。魔法研究の最先端の一端を見せてもらったんだもん。ただ、建物とかは案外普通だったわ」

「ロンドンにあるんだっけ。普通なのか?」

「ロン、魔法において最も重要なものは何?魔法の秘匿よ?ロンドンに施設がある以上、街並みに溶け込むようにしないと秘匿も何もないでしょ?」

「それもそっか。それで?ハーマイオニーは卒業したら時計塔に行くのか?」

 

 ロンの問いかけにハーマイオニーは少し口籠る。

 

「それは……まだ決めてないわ」

「あれ?てっきり行くって即答すると思ったけど違うんだ」

 

 今の反応とエルメロイII世への心酔ぶりを見ていたロンはてっきり時計塔行きを決めたものだと思っていたが、そうではない反応が返ってくることを少し意外に思う。

 

「…魔術分野って、私が思っているのと少し違う感じがするの。魔術は研究だけど、究極の目的は『根源』に至ること」

「根源?」

「ロン、そのくらいは知っておいた方がいいわ。根源は、その名の通り全ての始まり。世界のあらゆる事象の出発点となったモノ。ゼロ、始まりの大元、全ての原因のことを言うの。それで、先生みたいな魔術師はこの根源に至ることを目的としているのよ」

「なんでそんなもん目指すんだよ」

「有り体に言えば、根源って全ての始まりだから『究極の知識』とも言えるもの。全ての始まりであるがゆえに、その結果である世界の全てを導き出せて、最初にして最後を記したものなの。魔術師は学者だから、不可能に挑むことの究極形である根源を目指すの」

「……よくわかんないけど、ハーマイオニーも魔術師になりたいのか?」

 

 ロンの問いかけにハーマイオニーは複雑な表情をした。

 

「それは…まだ決めてないわ。魔術分野に足を踏み入れるのは、私たちが今までホグワーツで勉強してきたこととはまるで違う。ただ『面白そう』というだけで足を踏み入れていいような場所じゃないのよ」

「そうなのか?」

「そうよ。きっかけは面白そうでもいいかもしれないけど、ちゃんと魔術分野がどういうところなのか…もっと知ってからじゃないと決められないわ。エルメロイ先生にもそう言われたしね」

 

 エルメロイII世からもらった『魔術入門』の本には、魔術を研究するということについて書かれていた。魔術には様々な分野があり、ホグワーツで学ぶよりもさらに細分化され、細かく分類されている。その中には命を扱うような研究分野もあった。

 エルメロイII世の『現代魔術科』ではこういった命を扱うような分野は多くない。だがゼロではないことに加え、研究には多くの費用がかかる。時計塔の制度なら多少費用の負担は減らせるらしいが、かかる費用を考えると簡単に決断することはできなかった。何より、エルメロイII世が魔術分野に入ることはちゃんと魔術分野のことを十分知り、よく考えた上で決めろと言われた。だからハーマイオニーはまだ魔術分野に入るとは決めていなかった。

 

「へえ…そうなんだな」

「そう。ロンは?卒業したらどうするの?」

「僕?あー…決めないとな。もう六年生だし。ハリーは?卒業後、なんか決めてる?」

 

 突然話をふられて少し驚いたハリーだが、すぐに答えた。

 

「僕は、闇祓いになりたいと思ってる」

「闇祓いか!ハリー、防衛術の成績トップだしできるよ!」

「でも、闇祓いは防衛術以外の成績も必要だよ。僕、魔法薬学が…」

「え?ハリー、六年生になっても履修は続けられる成績だったよな?」

「それはそうだけど…これ以上難しくなったら、ついていく自信がちょっとなくて」

 

 魔法薬学教師であるスネイプの影響で、ハリーの魔法薬学の成績は良くない。最低限パスはできているが、どうしても苦手意識が消えないからだ。OWL試験の魔法薬学はエルメロイII世の最高の対策により、六年生でも続けて履修が認められる成績ではあったが、言うなればその場凌ぎ。これ以上難易度が上がった場合、ハリーはついていける自信がなかった。

 

「スネイプが教師だもんなぁ…」

「闇祓いになるには必須の科目だものね」

「続けはするけど…気は重いね。ハーマイオニーにはまた助けてもらうことになるかも」

「もちろんよ!エルメロイ先生ほどじゃないけど、ちゃんと教えてあげるわ!」

 

 嬉しいような少し怖いような。そんな複雑な予感は感じつつも、頼もしい友人がいることにハリーは心から安心して、二人と共に笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハリー」

 

 夜、なんとなく眠れなくて一人で外を眺めていたハリーのもとへジニーがやってきた。

 

「ジニー、どうしたの?こんな夜中に」

「ちょっと目が覚めちゃって。そういうハリーもどうしたの?」

「…僕も、眠れなくて」

 

 最近、ハリーはあまり眠れていない。魔法省での戦い以来、セドリックが死ぬ瞬間やシリウスが自分を庇う瞬間が夢の中でフラッシュバックして目が覚めてしまう。ヴォルデモートの声は聞こえないためヴォルデモートの干渉ではなく自分自身の問題だとダンブルドアから言われたのは少し安心したが、それはそれで解決にはならない。何より、この夢を見るたびにエルメロイII世からの『自分が犯した過ち』という言葉が頭から離れなくなる。自分にとってトラウマとも言えるシーンを夢で見た挙句、恩師の言葉に苦しめられるという状態は、ハリーを憔悴させるには十分だった。

 

「ハリー…」

 

 力無く笑うハリーを見て、ジニーはハリーの隣に腰掛ける。

 

「ちょっとおしゃべりしない?眠くなるまででいいから」

「…ありがとう。僕もそうしたい」

 

 気を使わせてしまったことを少しだけ申し訳なく思いつつ、ハリーはジニーの提案に乗る。誰かと話して少しでも吐き出しておきたい気持ちがハリーにはあった。

 

「ハリーは、夏休みどうしてたの?」

「聖マンゴ病院によく行ってた。シリウスが入院しているからね」

「一命は取り留めたんだよね。シリウスが生きてて、本当に良かったわ」

「…そうだね。いつ目覚めるかは、わからないけど」

 

 シリウスの呪いについてハリーは誰にも話していない。止められたわけではないが、ダンブルドアでもどうすることもできない状態のことを打ち明けても余計に気を使わせるだけだと、そう思ったから。

 

「ずっと、シリウスのところに?」

「いや、そうでもないよ。電車に乗って色々見てた。結構面白いものもあったりしたから、気分転換にはちょうどよかったよ」

「電車って、マグルの乗り物だよね。汽車とは違うの?」

「うん。燃料が違うんだ。汽車は石炭由来の蒸気を使って走るけど、電車は電気を使う。ホグワーツには電気…というか、マグルの電化製品全般が正しく機能しなくなる結界があるから馴染みないよね」

「そうなの!パパがたまにマグル製品の話をするからちょっと興味あったし、ホグワーツ特急のキングズ・クロス駅には電車がいっぱい停まってるでしょ?ちょっと乗ってみたいなって思ってる時期もあったんだよ」

 

 ジニーの話に乗り、ハリーは色々話していく。来年のダンブルドア軍団の活動はどうするか、マグル世界での生活はどういうものなのか、学校の教科で得意・不得意教科がどうとか、来年度のクィディッチチームの活動はどうしていくかなどなど、ありふれた普通の雑談。だが、今のハリーにとってこの何でも無い普通の雑談が心から安心できるものだった。

 

「あ、そうだ!さっきね、グレイから手紙が届いたの」

 

 ジニーから振られた話を聞いて、ハリーは表情に出さずに少しだけ狼狽える。

 

「グレイからか。去年、ルーナと三人でよくいたもんね。なんて?」

「次年度、短期的だけどホグワーツに来るんだって!」

 

 ハリーは驚いたように目を見開く。昨年エルメロイII世とグレイがいたのは超例外的措置。またそんな例外が起こるのかとハリーは驚き、同時にエルメロイII世と遭遇する可能性を考えて気が重くなった。

 

「どうしてそんなことに?」

「ほら、去年エルメロイ先生のテスト対策講習あったでしょ?エルメロイ教室!あの教室受講者の試験成績、どうだったか知ってる?」

「いや…どうだったの?」

「合格率が前年度より跳ね上がっていたんだって!平均得点も大きく上がってて、あのNEWT試験の合格率が倍になったって噂になってたの!」

 

 まさかそこまで生徒たちの成績を底上げしているとはハリーも思わなかった。確かにエルメロイII世の授業は実践的かつ非常にわかりやすい。どんな科目にもある程度復習の時間を割いているハリーだが、エルメロイII世の授業がわかりやすすぎて復習の時間が半分以下になったことは記憶に新しい。その分予習に時間を使えることもあり、苦手だった魔法薬学を含め、全ての科目の成績があがったのはハリーだけではないだろう。アンブリッジが好き勝手やった環境下で生徒の成績を大きく底上げするなどという快挙を通り越して神業の域に達する授業をしたのかとハリーは戦慄した。

 

「それでね、この成績を見てダンブルドア先生がテスト期間中だけの限定講座を開いてほしいって打診したんだって。だからテスト期間の週末とかに講座を開いてくれるようになって、グレイもそれについてくるの」

 

 なるほど、とハリーは納得する。年間通して在籍した昨年度は例外で、今年はテスト期間中限定ということならば、エルメロイII世の本業へ支障をきたすこともなくできる。そのあたりはダンブルドアの配慮だろうとハリーは考えた。

 

「そういうことか。短い期間だけど、またグレイに会えるんだね」

「そう!だから楽しみなんだ。グレイ、とても良い子なのハリーも知ってるよね」

「もちろん。随分と助けられたから」

 

 楽しそうに笑うジニーにハリーも優しく笑いかける。エルメロイII世に会うことは少し気が重いが、今はジニーが楽しそうだからそれでいいと思えた。

 

 その後、ジニーとしばらく談笑し、ハリーとジニーはそれぞれの部屋に戻って眠りについた。

 

 

 

 この日、ハリーは悪夢を見なかった。

 その代わり、エルメロイII世の後ろ姿が夢に出てきた。魔法省の戦いが終わってから、一番いい目覚めだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 ロン、ハーマイオニーと共にハリーはダイアゴン横丁に訪れた。活気に溢れたダイアゴン横丁の面影はもはやなく、閑散とした通りに成り果てていた。

 

「…随分、変わっちゃったね。ノクターン横丁みたいだ」

「本当ね。治安も悪くなって、オリバンダーの店も…」

 

 ハリーだけでなく、ハーマイオニー、ロンも自分の杖を買ったオリバンダーの店が見るも無惨な姿に変わり果てている様を見て、三人は悲痛に顔を歪めた。

 ただ、今回の目的はオリバンダーの店ではない。オリバンダーの店よりもさらに先にある、今の暗いダイアゴン横丁にはあまりにもあわないように思えるほど明るい店。

 

「あれが…」

「そう。フレッドとジョージの店。僕も来るのは初めてだよ」

 

 ロンがそう呟いて先に歩いていく。ハリーとハーマイオニーは目を見合わせると頷いてロンに続いた。

 店周辺はおそらくホグワーツの生徒と思われる子供が多くいる。店内も明るく、多くの客で賑わっていた。

 

「すごいお店…」

「だね。卒業前からここに目をつけていたんだって」

「入ってみようか」

 

 そう言ってハリーは店の扉を開いた。

 

「見てよル・シアンくん!これが先生のアイアンクローをモチーフに作ったマジックハンドだよ!先生の手そっくりでしょ!」

「ル・シアンって呼ぶな!確かにいい出来だが、お前がそれを自律行動できるようにしてばら撒いた結果大惨事になったのを忘れたわけじゃないだろうな⁈」

「だって先生の手がたくさんそこら中を動き回っていた方がいいじゃん!その方がル・シアンくんも嬉しいでしょ?先生の分身がたくさんいるようなものなんだから!」

「あんなとっ散らかった匂いが先生なわけないだろうが!」

 

 ハリーは店の扉を閉じた。目頭を揉み、もう一度扉を開く。

 

「ステューピファイ!あっ、ル・シアンくんまた対魔力上がった?」

「うるさい!ここで始末してやる!」

「さぁ張った張った!常連のフラットとその友達のガチンコ決闘だ!当たった奴には、今日だけ商品五割引きにしてやるぜ!」

 

 そこには先程言い争って(?)いた少年が魔力でできた毛皮を纏い、金髪の少年へと殴りかかる姿、そしてその二人で賭け事を始めるフレッドとジョージの姿があった。

 

 ハリーは再び扉を閉じた。

 

「ハリー?」

「……店、間違えたかな」

「え?」

 

 あまりにも混沌とした光景を前に、ハリーは店を間違えたのではないかと思ってしまう。

 突如、扉が開く。扉から出てきたのは、陶器人形のような白い肌に純金の糸を思わせる細く真っ直ぐな髪を携えた美しい少女だった。年齢は自分らとそう変わらず、グレイと同じくらいだろうかとハリーは考える。

 

「失礼、私の身内が驚かせてしまったようだね」

「あ、い、いえ…その……はい」

「素直だね。まあ事実だ。後であの二人は()()()に言って指導してもらうとしよう」

 

 そう言って笑う少女の顔は、清楚な見た目に反して非常に強い嗜虐性を秘めていた。見たところホグワーツの生徒ではないが、もしホグワーツにいたらスリザリンに組み分けされそうだなとハリーは思った。

 ふと、少女の背後に立つメイドが目に入る。メイドの背が高いこともあり顔まで見ていなかったが、よく見るとそのメイドの肌は金属のように銀色だった。

 

「ぎ、銀色の肌…?人形のメイドか?」

「ん?ああ、トリムのことか。彼女は私の魔術礼装だよ。君らの界隈では、魔法道具というべきかな?」

「礼装…?もしかして、魔術界隈の方ですか?」

 

 ハリーの後ろにいたハーマイオニーが声を上げ、少女は頷いた。

 

「そうだね。時計塔の名前は…兄上が昨年いたし、さすがに知っているか」

「兄上?」

「ああ失礼。そういえばまだ名乗っていなかったな」

 

 少女は可憐であり、どこか嗜虐性を秘めた笑みを浮かべながら手を差し出す。

 

「私はライネス・エルメロイ・アーチゾルテ。時計塔の生徒さ」

「エルメロイって…」

「うむ。昨年、ホグワーツにいたロード・エルメロイII世は私の兄だ。尤も、兄とはいっても義兄だがね。血の繋がりはない」

 

 ハリーは目の前の少女…ライネスの手を取り握手を交わした。

 

「よろしく、ライネス。僕はハリー・ポッター。こっちは友達のロンとハーマイオニー」

「おや、君がポッターか。名前はよくグレイから聞いているよ。そちらの二人についてもね」

 

 エルメロイII世と兄妹であれば、当然グレイとの繋がりもあると思っていたため、ハリー達はグレイの名前が出ても驚くことはなかった。

 

「昨年、三人には我が兄が随分と世話になったようだ。義妹として礼を言うよ」

「世話なんてそんな…むしろ、私たちがお世話になったわ」

「いやいや、あの兄のことだ。苦労人のような顔をしながらもなんだかんだで一番事態を引っ掻き回すくらいのことはしたんじゃないかな?何せ、前科が多すぎるからね」

 

 引っ掻き回した、と言われてハリーは『ある意味そうかもしれない』と思う。結果としてはエルメロイII世に助けられたが、一番事態を引っ掻き回していたのは恐らくエルメロイII世。ライネスの言葉は的を射ているようにも思えた。

 

「あー…ある意味そうかも?」

「ふふ、そうだろうね。結果的に見れば解決したかもしれないが、君らが色々と苦労を被ることもあるだろう。存分に使い倒してくれ」

「使い倒すなんて…そんな…」

「あの兄にはそれくらいでちょうどいい。胃を抑えて苦い表情をさせるくらい使い倒してくれ。その表情が見られないのは少し残念だがね」

 

 嗜虐性に満ちた笑みを浮かべながら言うライネスに、ハリーは苦笑することしかできない。

 

(…この子、絶対スリザリンだろうな)

 

 こんなに嗜虐性を満ちている子がロード・エルメロイII世の妹なのかと少し驚く。特にグレイとは仲良く出来なさそうな気もするが、『グレイから聞いている』と言っていた。ある程度仲良くしているのかもしれない。

 

「さて、それはいいとして…今、W・W・W(この店)は兄上の生徒が騒ぎ立てている。寄るのは構わないが、少々騒がしいだろう。タイミングはずらした方がいいかもしれない」

 

 ライネスが言うように、店はかなり騒がしい。元々静かな店ではないだろうが、今は乱闘騒ぎに近い状態になっている。顔を出すには、タイミングが悪そうだった。

 

「そうだね、今は…ちょっと良くなさそう」

「フレッドもジョージも…止めないのね」

「止めないよ。あの二人は面白いことには乗っかるタチだもん。一昨年のトーナメントでもやってたし」

「そうだね…」

 

 相変わらずであることに呆れればいいのか喜べばいいのかわからず、ハリーは苦笑するしかできなかった。

 そんなハリー達にライネスは笑いながら言う。

 

「あの二人はいつもあんな感じだ。少し放っておけば大人しくなる。それまでは別の場所で時間を潰すといい」

「そうするよ。ありがとう、ライネス」

「いやいや、私の身内がすまないね。後で兄にはきつく言っておくとも」

「いや、そこまでしなくても…」

「ああ気にしないでくれ。半分は私の嗜好のためだから」

 

 そう言って笑うライネスの顔は、実にスリザリンらしい笑みだとハリーは心から思った。

 そんな嗜虐性に満ちた笑みを普通の笑みに変えたライネスはハリーに問いかける。

 

「君ら三人は来年も我が兄の教えを受けるのかい?」

「ああ、うん。テスト期間だけみたいだけど」

「そうか。我が兄は実技はともかく、理論と教え方は一級品だ。先程も言ったが、存分に使い倒してくれ」

 

 そう言って笑うライネスの笑みは相変わらず嗜虐性に満ちていたが、どことなく柔らかくも思える。形としてはかなり異質ではあるものの、ライネスはライネスでエルメロイII世に対して親愛の情を抱いているのだろうとハリーは考えた。

 

「さて、私は行くよ。ああそうそう。もし君らが戻ってきてなおあの二人が騒いでいたら、時計塔の現代魔術科へとフクロウを飛ばしてくれ。きっと顔を真っ赤にした兄上がここまで走ってきてくれるだろうさ」

「わかったわライネス。何かあれば私から先生に連絡するわね」

 

 ハリー自身は現代魔術科の場所は知らないが、ハーマイオニーが把握している。何かあればハーマイオニーから連絡してもらう旨をライネスに伝えると、ライネスは頷いた。

 

「では、私はこれで。またどこかで会うかもしれないが、その時はよろしく頼むよ」

「うん、またねライネス」

 

 そう言ってハリー達はライネスと別れる。

 その後、店に入るまでの時間を潰すために少し三人で歩いていたが、その際にマルフォイが『ボージン&バークス』という店に入り何かを見ていたが、それが何なのかはわからなかった。

 

 改めて店に戻ると、騒ぎは収まっていた。ただ、店の中に飾られていたロード・エルメロイII世の肖像画を見てハリーが遠い目をしたのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが、ハリー・ポッター。生き残った男の子。思いの外、普通の少年だったな」

 

 ライネスはそんなことを呟きながらスラーを歩く。

 魔術界隈で生きるライネスもハリーの名は当然知っていた。ハリーが『生き残った男の子』と呼ばれるようになった要因も知っている。

 

(生き残った、というよりは生き延びさせてもらったという方が適切な表現な気もするね。ヴォルデモートとの因縁ができた時、彼はまだ赤子。ヴォルデモートに対して対抗できたはずがない。恐らく彼の両親どちらかが命を賭ける縛りで、瞬間的に強力な防護魔法をポッターにかけたとかそんなところだろう。恐らく生まれ持ったもの自体は、そこまで特別ではない。だが、ヴォルデモートという最悪の魔法使いとの因縁を考えれば、魔術界隈でも有名なことは納得できる)

 

 魔術界隈でもハリーの名は有名。史上最悪の魔法使いとまで言われたヴォルデモートを撃退し生き延びた唯一の例であり、魔術的にも何かしら特別なのではないかと言われていたからだ。尤も、魔術的には特別なことは何もなかったため、魔術界隈では別段英雄視はされていないのだが。

 

(ヴォルデモートの単純な戦闘能力は非常に高い。かつて猛威を奮った時代、魔術協会は手出しをしなかったらしいが、聖堂教会は時折衝突していた。その際に代行者の何人かが返り討ちにあったと聞いたな。さすがに埋葬機関まで出張るようなことになる前にポッターに撃退されたらしいが…戦闘能力で優れている闇払いや代行者を何人も返り討ちにしているとなると、戦闘能力は恐らく君主以上。単純な魔法の押し合いではグレイすらも敵わず、アッド(礼装)での戦闘も互いに本気ではなかったとはいえ、傷を与えることすらできなかった。加えて魔力量はもちろん、出力も凄まじい。君主が単騎で挑めば…いや、複数で挑んだとしても、殺し切れる可能性はそう高くあるまい。まったく…我が兄も厄介な相手と因縁を作ったものだ)

 

 君主レベルの魔術師であれば、戦闘能力も通常とは大きく異なる。魔術師は本来学者であり、戦闘能力は必要ない。だが君主ほど魔術の腕が立つ者であれば、戦闘能力は闇祓いすらも凌駕するだろう。

 だがそんな君主が束になったとしても、殺し切れる可能性はそう高くない。圧倒的な魔力量によるゴリ押しだけで並大抵の策は凌駕され、入念に策を練ったとしても捕縛は難しい。あの現代最強のアルバス・ダンブルドアですら捕縛も殺害もできなかった。相当な準備をした上でなければ、捕縛も殺害も成功する可能性は低い。

 

 そんな厄介極まりない魔法使い相手に、最弱の君主であるロード・エルメロイII世は因縁ができてしまった。エルメロイII世が死ねば、一蓮托生の関係であるライネスもただでは済まないが、エルメロイII世は逆立ちしてもヴォルデモートには勝てない。正面から戦えば、3秒も保たないだろう。

 

「さすが兄上、厄介事に巻き込まれる天才だな」

 

 私のせいも一部あるけど、と内心で呟きながらライネスは笑う。

 そして目的の場所にたどり着いたため、扉を開いた。扉の先には葉巻を吹かしながら書類仕事に勤しむエルメロイII世の姿があった。側にはグレイも控えている。

 

「やあ兄上。それにグレイも」

「……何の用だライネス」

「兄上に二つ、知らせがある。一つは大したものではなく、もう一つは悪い知らせだ。さあどちらから聞きたい?」

「…大したものではない方から聞こう」

 

 一度葉巻を大きく吸い込み、盛大に煙を吐きながらエルメロイII世は言う。

 

「ではそうしよう。まず大したものではない知らせだが、先程…ハリー・ポッターと会ったよ」

 

 ライネスの言葉にエルメロイII世は目を細め、グレイは驚いたように反応した。

 

「ポッターと?どこで出会った」

「ダイアゴン横丁さ。少し用事があってね。これを買っていた」

 

 そう言ってライネスはいくつかお菓子を取り出す。ロンドンで売られているものではなく、一般魔法界のお菓子だった。

 

「あ、魔法界の…」

「そう!ロンドンではダイアゴン横丁でしか買えないからね。だいぶ寂れてしまったが、このくらいならまだ買えるようで安心したよ。ま、それもどこまで保つかはわからないがね。グレイ、後で一緒に食べるとしようか。ああ、兄上の分はないからな」

「はい、ぜひ」

「誰もその茶会に入るなどとは言っていないだろう。初めからそんなつもりなどない。それより、もう一つはなんだ」

 

 エルメロイII世の言葉にライネスはニヤリと笑い、エルメロイII世はその笑顔を見て眉間の皺を深くした。

 

「このお菓子を買った店だが、兄上の生徒が経営している店でね」

「…まさか、ウィーズリーの店」

「そう!WWWに行ってきたよ。なかなか面白い店だね。あそこまでイタズラ魔法道具を思いつき、作り出せるのは立派な才能だ。自らの長所を活かしたいい店だったよ。闇の勢力と戦うことを考慮した道具まであったから、お菓子の他にいくつか購入したくらいだ」

「それで?ただ行っただけではあるまい。悪い知らせとはなんだ」

 

 闇の勢力の話が出てきたため、エルメロイII世は視線を鋭くする。ヴォルデモートとの因縁ができた以上、エルメロイII世は闇の勢力に対して警戒する必要がある。ライネスの悪い知らせもそれに準ずるものかと身構えるような視線だった。

 ライネスはエルメロイII世の表情を見て、綺麗な白い歯を剥き出しにしながら笑った。

 

「フラットとスヴィンがその店で大暴れして、店主の双子が二人の決闘を使って賭け事を始めていたぞ」

 

 エルメロイII世の表情が固まり、遠い目をしながら葉巻の煙を吸い込んだ。

 

「フラットだけでなくスヴィンまで…」

「くく、エルメロイ教室のツートップが通う店だ。面白いものが見れて満足だとも」

「…一応聞くが、事態の収拾は?」

「それは兄上の領分だろう?」

「……ああ、だろうな」

 

 エルメロイII世は葉巻を灰皿に押し付けて火を消すと、胃を抑えながら立ち上がる。

 

「すまないグレイ、少し出かける。戻ってきたら話がある」

「話、ですか?」

「ああ。君と共に行きたい場所があるのでね。その説明だ」

「わかりました師匠。いってらっしゃい」

 

 グレイはエルメロイII世にジャケットを手渡し、頷いた。

 エルメロイII世はジャケットに袖を通して部屋を出て行こうとするが、扉に手をかけたところで振り返る。

 

「…そうだグレイ、すまないが私が戻ってくるまでにスプラウト先生お手製の胃薬の準備を頼む」

「あ、はい」

 

 そう言ってエルメロイII世はげんなりした表情のまま部屋を出ていった。

 残されたライネスはエルメロイII世のげんなりした表情に愉悦を覚えながら、グレイに向き直る。

 

「さてグレイ、私たちはティータイムと行こうではないか」

「ぜひ」

 

 ライネスは先程双子の店で買ってきたお菓子を広げながら、お茶の準備に取り掛かるのだった。

 

 

 




Q.ホグワーツに非常勤講師っているの?
A.原作では出てきていないと思います。いたとしても、相当マイナーキャラです。

Q.フラットがハリーを見たら分霊箱になってることに気づく?
A.気づくどころか逆探知して他の分霊箱のおおまかな位置は把握できます。今回ハリーとフラットが出会わなかったのは、フラットによって物語が終わることを避けるために抑止力(作者の都合)が働きました。



エルメロイII世「だが断る」
舌戦のあとに言ってほしい。



ロード・エルメロイII世
期間限定テスト講座対策の『エルメロイ教室』を開くことになる。フラットとスヴィンが双子とつるむことを知り、胃薬の量が増えた。


グレイ
テスト期間中にホグワーツへ赴く。当然、エルメロイII世の護衛。


ハリー・ポッター
精神状態は原作より悪い。睡眠時間が短すぎてクマが濃くなったが、眼鏡があるからあんまり目立っていない。
エルメロイII世には感謝しているし尊敬もしているが、言われたことがきつすぎて会うことに対して消極的。今はまだ会いたくないと結構本気で思っている。グレイには会いたいとも思うが、エルメロイII世を思い出すという意味ではまだ会いたくない気持ちもある。


ロン・ウィーズリー
ハーマイオニー・グレンジャー
ハリーの精神状態があまり良くないことは理解しており、そのため色々気を使ってたくさん話すように心がけている。最近、ちょっと二人の間の空気は良い感じらしいが、描写することはない。


ジニー・ウィーズリー
現時点ではディーン・トーマスと交際中だが、なんだかんだでハリーのことも気になっている。秘密の部屋で助けられて以来、ずっと思いを寄せているのだが、ハリーは全く気づいていない。シリウスのこともあるため、現在ハリーが恋愛する余裕が全くないことも要因としてある。


ライネス・エルメロイ・アーチゾルテ
愉悦。ホグワーツに入ったら間違いなくスリザリン。買ってきたお菓子は普通のお菓子で、ゲーゲートローチみたいなものは(買ったけどティータイムでは出して)ない。



アトラスの契約は飛ばします。
申し訳ございません。
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