ホグワーツ教師 ロード・エルメロイII世   作:木材

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やあマルフォイ。



君に会わせたい人がいるんだ。


遅くなってしまい申し訳ございません。
遅くなった分、文字数多めです。


File.20

 雪が降る寒い夜。

 冷たい風が頬に突き刺さるのを感じながら、エルメロイII世は一人で葉巻の煙を吐き出していた。

 

「今のところ手がかり無しか」

 

 あれからエルメロイII世達はホグワーツのいたるところを捜索し、分霊箱を探した。城の隅々まで探したとは言えないだろうが、かなりの範囲を捜索したことは間違いない。フラットの感受性とスヴィンの鼻を頼りに調査を続けてきたが、今のところ手がかりらしい手がかりはない。

 かつてハリーがヴォルデモートの分霊箱を破壊した『サラザール・スリザリンの秘密の部屋』も調査した。しかし、結局見つけられたのは白骨化したバジリスクの遺骸のみ。かつて破壊した分霊箱である日記や指輪に残る魔力の残滓を頼りに探してもなお、見つかることはなかった。

 

「…さすが、現存する魔法使いの中でも最上位の才能を持つだけある。冠位の魔術師である蒼崎橙子でも、ヴォルデモートの相手は容易ではあるまい」

 

 冠位を持つ魔術師、蒼崎橙子。魔術師としての腕は言うまでもなく最高峰。そんな蒼崎橙子であったとしても、ヴォルデモートと正面から戦闘した場合は簡単にはいかないだろう。冠位の魔術師である橙子がやられることはないだろうし、予め何かしら対策をしていれば有利に進められるだろうが、それでも捕縛に関してはかなり難易度が高く、殺害に至っては分霊箱が存在する限り不可能。魔術界隈でも、まともにヴォルデモートの相手ができる者はそう多くないとエルメロイII世は見ていた。

 

「ハートレスを追いながら、ヴォルデモートも相手にする…我ながら厄介事に縁があるな」

「師匠、こちらでしたか」

 

 グレイに声をかけられ、エルメロイII世は振り返る。

 

「もう集合時間だったかね?」

「いえ、まだ時間はあります」

「そうか」

 

 エルメロイII世は再び葉巻の煙を吐き出す。極力グレイに煙がいかないように簡易的に魔術を行使しているが、グレイは気にしない。それどころか、グレイはエルメロイII世の葉巻の匂いが好きだった。葉巻の匂いを感じて心が落ち着くのを実感し、柔らかく笑いながらエルメロイII世の隣に立つ。

 

「今日はどちらを探されるのですか?」

「…少し迷っている。手がかりが今のところ何もない以上、やはりあそこを探すしかあるまい」

「あそことは…」

「必要の部屋だ。初日に行って以来、探していないからな。ただ…あの部屋を探すとなると、ヴォルデモートが部屋に願った内容を的確に当てる必要がある。簡単に見つかるとは思えんがな。そもそも、必要の部屋に隠したという確証もない」

 

 ヴォルデモートが必要の部屋に分霊箱を隠したのなら、ヴォルデモートが願った内容を的確に読み取る必要がある。だがこの仮説はヴォルデモートが必要の部屋に分霊箱を隠したという前提条件が必要となる。仮に前提条件が崩れていたら、これから行う調査は完全な無駄足になってしまう。

 今のところ他に候補となる場所がない。ヴォルデモートが誰も知らない部屋をホグワーツに作り上げていた場合なら、スヴィンとフラットの調査能力で見つけられる。しかし彼らの能力を持ってしても見つけられないとなると、やはり必要の部屋という特殊な部屋が絡んでいると考えるのが妥当だろうというのがエルメロイII世の考えだった。

 

「フラットに術式を改造させつつ、部屋の調査をしていくしかない。すまないがグレイ、今日も付き合ってくれ」

「もちろんです、師匠」

「助かる」

 

 そう言ってエルメロイII世は携帯灰皿に灰を落とす。

 同時に、グレイの耳が何か音を拾う。なんだろうと耳を強化すると、足音であることがわかった。

 

(こんな時間に、足音?)

 

 まだ消灯時間ではない。だが、グレイ達がいるのはホグワーツの中でも上階の方。各寮からも距離があり、図書室や食堂のように生徒がよく来るような場所ではない。

 

「師匠、誰かいます」

「ほう」

 

 グレイが小声でそう言うと、エルメロイII世は葉巻の火を消して灰皿をコートのポケットにしまう。そして杖を抜くと、簡易的な隠匿の術式を発動した。せいぜい足音を小さくできる程度で認識阻害できるほどではないが、誰がいるのかを確かめる程度であれば十分だろう。

 

「念の為、誰がいるか見ておこう。教師ならばいいが、生徒であると少し面倒だ」

「わかりました」

 

 エルメロイII世とグレイは慎重に足音を抑えるように意識しながら足音がした方へと向かう。曲がり角に来たところで人影が見えたため、エルメロイII世とグレイは自分に目くらましの魔法をかけて姿を見えにくくした。

 そして現れた人物を見て、グレイは驚いたように目を見張る。

 

(あれは…マルフォイさん?)

 

 美しいブロンドの髪を携えた少年、ドラコ・マルフォイがいた。マルフォイは周囲を気にするようにコソコソしながら足を進めている。

 

「…あれは、ドラコ・マルフォイか。何故こんな時間にこんな場所に…」

「この周辺に何かあるのでしょうか?」

「……確か、今日はスラグホーン教授がお気に入りの生徒を集めたクリスマスパーティーがあったな。ここからそう遠くない部屋でやっていたはずだが、一つ下の階のはず。パーティーに呼ばれているならば、ここにいる必要はない。それに、あの様子は…」

 

 明らかに周囲を警戒している様子で、落ち着かない雰囲気がある。人がいることを警戒して、見つからないことに細心の注意を払っているような様子だった。

 

「どうしますか、師匠」

「…なにか気になる。ドラコ・マルフォイの様子があまりにもおかしい。何かを警戒し、怯えるような空気だ。少し様子を…」

 

 様子を見よう、と言い終わらないうちに、グレイは別の気配を感じる。マルフォイとは反対方向から、城の管理人であるアーガス・フィルチが現れたのだ。

 

「師匠、フィルチさんです」

「……やむを得まい。グレイ、ミスター・マルフォイに接触するぞ」

 

 ここでフィルチが絡むと、絶対に状況が拗れる。ならばさっさとマルフォイに接触してしまった方がマシだろうとエルメロイII世は判断し、マルフォイのもとへ足を向けた。

 

「こんなところで何をしているのかね、ミスター・マルフォイ」

「ひっ⁈」

 

 背後から声をかけられ、マルフォイの声が上擦る。怯えた様子で振り返るが、即座に視線を鋭くしてエルメロイII世とグレイを睨みつけた。

 

「お前達か…時計塔の魔術師が、僕になんの用だ」

「こんな時間に、何をしているのかね」

「……パーティーに、呼ばれただけだ」

 

 苦し紛れの言い訳だというのは、マルフォイ自身もわかっているのだろう。吐き捨てるように言った言葉を聞いて、エルメロイII世は目を細めた。

 

「ほう」

「…もういいだろ。パーティーに戻る」

「君が歩いていこうとしていた方向は、会場とは逆だ。そして君は先程、周囲を警戒するように歩いていた。君は、()()()()()()()?」

 

 マルフォイはエルメロイII世の言葉に目を見開き、震える体を抱きしめるように自らの体に腕を回す。呼吸も荒く、とても正常な状態には見えない。

 

「…やはり、何か抱えているんだな」

「うるさい…僕に、構うな!」

「君の父は、ルシウス・マルフォイだったな」

 

 エルメロイII世の言葉にマルフォイの震えが止まる。

 そのマルフォイの様子を見て、エルメロイII世は目を細めた。グレイはエルメロイII世が何かを思いついたのを敏感に感じ取る。

 だがそれと同時に、もう一つの足音が近づいてくる。アーガス・フィルチが会話を聞いて近づいて来たのだろう。

 

「ここで話すことではないな。アーガス・フィルチが近くにいる。私が誤魔化すから、ついてきたまえ」

 

 エルメロイII世はマルフォイの手を取り、立たせる。それとほぼ同時に、フィルチが現れた。

 

「…ロード・エルメロイII世か。こんなところで何をしている」

 

 フィルチの言葉はどこか鋭い。恐らく、昨年洗脳していたアンブリッジを退職まで追いやった恨みがあるのだろう。尤も、アンブリッジはスクイブであるフィルチのことを内心では見下していたのだが。

 

「私たちは、スラグホーン教授のクリスマスパーティーに呼ばれていたのだ。ただ、ミスター・マルフォイの気分が悪くなってな。彼をこれから寮に送り届けるところだよ」

 

 実際、エルメロイII世達がパーティーに呼ばれたことは嘘ではない。グレイ共々、エルメロイII世はスラグホーンから誘いは受けていた。だが分霊箱の調査があるため断った経緯があった(無論分霊箱のことは伝えていない)。

 フィルチは特に疑う様子もなく、視線を逸らすと追い払うように手を振る。

 

「…そうか、ならさっさと行くがいい」

「ええ。では行くぞ、グレイ、ミスター・マルフォイ」

「はい師匠」

「………」

 

 フィルチとは反対方向へと三人は移動し、フィルチが別の階へと移動したのを物陰から確認すると、必要の部屋の前まで戻る。

 

「さて…では、ミスター・マルフォイ。君は必要の部屋に何を求めようとしていたのかね」

「…言うと思っているのか?」

「無論、君が言う理由はない。だが、君が抱えているものを考慮するに…言う方が君のためになるとは思うがね」

 

 エルメロイII世の言葉にマルフォイは視線を鋭くしてエルメロイII世を睨みつけた。

 

「魔術師のような学者擬きに何ができるって言うんだ」

「直接的に解決はできん。だが、間接的にできることはあるだろう」

「へえ!なら是非とも教えてほしいね!僕が抱えているものが何かも知らない木偶の坊に何ができるのか!」

 

 昨年のマルフォイはグレイにほとんど関わらなかった。それ故に、グレイもマルフォイに対する印象が薄いが、自身の血統に誇りを持ちつつ、それに裏付けられた傲慢さと少年らしさを持つような生徒だったと記憶している。ここまで余裕のないマルフォイは見たことがなかった。

 そんな半ば半狂乱状態に陥っているマルフォイに対して、エルメロイII世は非常に冷静に口を開く。

 

「例えば、死喰い人をホグワーツへと迎え入れる手引きをしようとしているとか」

 

 エルメロイII世の言葉に、マルフォイは目を見開いた。

 

「な、なん……」

「状況を見れば予想がつく。魔法省での戦いで、ヴォルデモートはダンブルドア教授に対する警戒心を更に引き上げたはずだ。そしてそれは逆も然り。今年、ホグワーツに入るときに検問があった。そしてホグワーツに展開されている結界は、昨年よりもさらに強固なものになっている。これほどまで強固な結界は相当な準備をしても破れまい。加えて、ダンブルドア教授もいるとなると、守りは鉄壁に等しい。闇の勢力がここまで勢いを増しているのにホグワーツが通常通り運営できているのも、守りが強固であるが故だろう。外から崩すことはほぼ不可能。なら崩すには、内側から。そう考えるのが自然とは思わないかね」

 

 エルメロイII世の推測が全て当たっていることにマルフォイは驚きのあまり声も出せなくなっていた。クラッブやゴイルのように頭の悪い二人なら気づかないのも無理はないが、他のスリザリンの生徒達にも自分が課せられた指令については一切悟らせなかった。だというのに、エルメロイII世はほんの僅かな時間で自分が抱えているものを簡単に暴いた。この事実にマルフォイは言葉が出なかった。

 

「なん、で…」

なぜそうしたか(ホワイダニット)。これを考えたにすぎん」

「そんな馬鹿なことがあるはずないだろう⁈誰にも悟らせなかったんだぞ⁈」

 

 叫ぶマルフォイを前に、エルメロイII世は指を口に当てて静かにするように促す。

 

「まだアーガス・フィルチが近くにいるかもしれない。とにかく、君が呼び出そうとしていた必要の部屋に入るとしよう。話はそれからだ」

 

 あまりにも鋭い眼光。あのヴォルデモートとはまた違った、こちらを真っ直ぐに射抜くような瞳に、マルフォイは思わず頷いてしまう。

 そうして流されるように、目的としていた必要の部屋へとエルメロイII世とグレイを入れてしまった。

 

「これは…」

 

 グレイは目の前の光景に、思わず感嘆の息を吐いてしまう。

 そこにあったのは、言うなればガラクタの山。家具、本、銅像のように様々なものが山のように積み上がっており、その山は無数に乱立していた。

 

「この部屋は…」

「…あらゆるものを隠せる部屋を、願った」

「なるほど、恐らくこのガラクタの山は歴代の生徒達が様々なものを隠し続けてきた結果というわけだな。長年積み重なったものの結果がこれというわけだ」

 

 必要の部屋は存在さえ知っていれば誰でも呼び出すことができる。歴代の生徒達が何かしらを隠すためにこの部屋を使い続けてきたのだろう。恐らく生徒が残したものだけでなく、隠すためのカモフラージュとしてガラクタを用意したりもしているのだろうとエルメロイII世は考えた。

 エルメロイII世は隣にいるマルフォイへと目を向ける。マルフォイは怯えたように目を泳がせている。それを見て、エルメロイII世はグレイに目を向けた。

 

「…グレイ、一つ頼まれてくれるか」

「はい」

「今日は予定通り、必要の部屋の調査を行う。フラットとスヴィンをここに連れてきてくれ」

「わかりました」

 

 そう言ってグレイは部屋から出て行った。事情を知らないマルフォイは訝しむような視線をエルメロイII世に向ける。

 

「調査?魔術師が必要の部屋の何を調べるというんだ?」

「君には関係ない…とは、言えないな。だが今この瞬間語るべきではない」

「僕のことは探るのに、あんたのことは話さないんだな」

「私のことを話すかどうかは、君の選択次第だ」

 

 エルメロイII世は近くにあった椅子を二つ取ると、向き合わせるように置く。そしてそのうちの一つにエルメロイII世は腰掛けた。

 

「ミスター・マルフォイ、座ってくれ。君の話を聞かせてほしい」

「……僕に、なんの得があるんだ」

「君の抱えている問題に対して、君が望む方向に進めることができるかもしれない」

 

 エルメロイII世は葉巻を取り出して火をつけ、煙を吐き出す。そんなエルメロイII世に対して、マルフォイは視線を鋭くした。

 

「なんで、僕の使命が…」

「言っただろう。なぜそうしたか(ホワイダニット)。これを考えたんだ」

「なぜ、そうしたか?」

「ああ。昨年度の最後、君の父…ルシウス・マルフォイは神秘部の戦いにより捕縛され、アズカバンに収容された。ルシウス・マルフォイは死喰い人、つまりヴォルデモートの部下だ。予言を確保できなかったことに対して何かしらのペナルティがあることは想像に難くない。今のヴォルデモートなら、アズカバンからルシウスを連れ出すことくらいそう難しくないだろう。そして、ヴォルデモートがルシウスに与えたペナルティは何か…彼本人への拷問?いや、それよりももっと彼に()()罰を与えたのだろう」

 

 エルメロイII世の言葉を聞いて、マルフォイが目を見開く。エルメロイII世は畳み掛けるように続けた。

 

「それは、ルシウスの家族に無理難題の使命を与え、失敗すれば家族を殺すというもの」

「っ!」

「そして君は選ばれ、ヴォルデモートからの使命を与えられた。その使命は…恐らくダンブルドア教授の暗殺と、ホグワーツの陥落。この二つを達成させれば、ヴォルデモートにとっての脅威はポッターのみ。戦況はかなりヴォルデモート優勢に傾くだろうな」

「お前…!」

 

 マルフォイは再び驚いたように息を呑み、エルメロイII世に詰め寄ろうとするものの、諦めたように正面の椅子に倒れ込み、頭を抱えた。

 

「………続けろ」

「今年に入ってから、君は一人でいることが増えたように見える。取り巻きのクラッブとゴイルはともかく、ブレーズ・ザビニ、セオドール・ノットとの会話もほとんどない。家庭のことで何かあるのは先の理由で理解できるが、ここまで他者を拒絶するような生徒ではなかっただろう」

 

 取り巻きのクラッブとゴイルは頭が悪い。故に、マルフォイにとっては友人ではあるものの対等とは言い難い存在ではある。しかしセオドールやブレーズはマルフォイにとって(完全な対等かどうかはともかく)友人とも言える存在であった。そんな二人どころか、スリザリンの生徒ともほとんど会話をしないという話を聞き、エルメロイII世は何かがあるということを敏感に感じ取った。

 

「……お前に、僕の何がわかる」

「少ないながらも、知っていることはある。たった一年程度だったが…君も、紛れもなく私の生徒だったのだから」

 

 エルメロイII世の言葉に、マルフォイは背中を震わせ始めた。怯えたように、そして親を求める子供のように小さくなった姿を見て、エルメロイII世は目を細める。

 

「今言ったこと、そしてこれから言うことは全て私の推測(独り言)だ。正しいか否か答える必要はない。だが、これだけは答えてほしい」

 

 エルメロイII世は一度葉巻の煙を吸い込むと、鋭い視線を向けながら言った。

 

「君は、家族を愛しているか」

 

 エルメロイII世の問いかけに、マルフォイは涙を目に浮かべながらも睨みつけるようにエルメロイII世を見た。

 

「当たり前だ…!父上も母上も、僕の大切な家族だ…!」

 

 恐怖に顔を引き攣らせながらも、これだけは譲らないという強い意志を宿した瞳をマルフォイは向ける。そんな心から大切な家族を苦しめる要因になってしまっている自分と、死ぬ恐怖。全てがマルフォイを苦しめていることをエルメロイII世は理解した。

 

「死ぬのは、怖くないと」

「怖い!怖いに決まってる!でもやらないと…父上と母上が…僕のせいで…」

 

 マルフォイは再び椅子の上で蹲る。その体は恐怖と悲しみに苦しんでおり、震えていた。

 

「僕は…どうすればいいんだ…」

「君ができることは、多くない。家族を守りたいのなら、君はどんな形でも使命を完遂しなければならない。それ以外で家族と君自身を守る術はない」

 

 ヴォルデモートは恐らく、この使命が完遂できないものだとわかった上でマルフォイに与えた。それこそが、ルシウスに最も()()罰だとわかっているから。つまり、初めからマルフォイを殺すつもりであったに等しいということ。達成されれば戦況が好転し、達成されなければルシウスを苦しめられる。どちらでも良かったのだろう。

 だからこそ、エルメロイII世は問わねばならない。

 

「君は、どうしたい」

「どう、したい?」

「君が使命を完遂せねばならないことは、私では変えられない。例え君と家族が逃げ出したとしても、ヴォルデモートは必ず見つけ出す。逃げ出したとて、時間稼ぎにしかならない」

「じゃあ…僕に何を選べと…言うんだ」

「ホグワーツの陥落と、ダンブルドア教授の暗殺。だが、ヴォルデモートにとって重要なのはあくまで後者。それだけ達成できれば、ヴォルデモートにとっては充分なのだろう」

 

 ダンブルドアがいなくなれば、ホグワーツは事実上陥落したようなもの。それだけ達成できれば、恐らくヴォルデモートは満足するだろうとエルメロイII世は考えた。

 

「…僕が、ダンブルドアを…」

「難しいだろうがな。少なくとも、遠回しなやり方ではまず不可能だ」

「…あんたは何も言わないのか?僕が…ダンブルドアを……」

「思わないと言ったら嘘になる。だが言って何か変わるわけでもあるまい」

 

 ダンブルドアには恩がある。そんな彼が殺されると知って、内心穏やかでいられるはずはない。だが、マルフォイの使命がどうなろうとも、ダンブルドアはあと半年もしないうちに呪いで死ぬ。先にその状況を知っていたが故に、エルメロイII世は全く動揺することはなかった。

 それに、ダンブルドアは恐らくこの状況を把握している。敢えてマルフォイを泳がせている可能性が高い。ならば、ここは下手に手を出すべきではないとエルメロイII世は判断した。

 

「話を戻そう。君は、このホグワーツに死喰い人を呼び寄せ、ダンブルドア教授の暗殺を目論んでいる…と、仮定する。死喰い人をホグワーツに入れることは、ハードルが高い。その手段に関係するものがこの部屋にある。違うかね」

「………」

 

 マルフォイは答えないが、この沈黙が肯定であることをエルメロイII世は感じ取る。

 

「姿あらわしで学校内部に入れない以上、魔法道具を頼るしかない。だが空間を跳躍できるような魔法道具はそう多くない。仮に移動(ポート)キーであったとしても、今の結界には侵入できまい。そうなると…屋敷しもべのように人ではない存在が扱う姿あらわしか?それなら結界も…いや不可能だ。今の結界に込められている術式を考えると、侵入はできても察知されないのは無理だ。ならば一体…」

「姿をくらますキャビネットだ」

 

 マルフォイの言葉に、エルメロイII世は視線を上げる。マルフォイはいまだに俯いたままだったが、確かに答えた。

 

「ボージン&バークス…あそこにあるキャビネットと、ここにあるキャビネット…二つを繋いで侵入する手筈だ」

 

 マルフォイは視線を上げる。その瞳はまだ恐怖が色濃く残っているものの、強い決意の光があった。

 

「二つを繋げれば結界なんて関係ない。一度に連れてこられる人数は限られるだろうが、やりようはある」

「なるほど、考えたな。姿をくらますキャビネット単体ならともかく、二つを繋げて道にするならば結界の阻害を受けない。制約はあるだろうが、それでも結界に察知されることもなく侵入できる。しかし、何故急に話す気になったのかね?」

 

 先ほどまではエルメロイII世を拒絶する態度だった。だがここにきてマルフォイは自身の計画を話した。何かきっかけがあったのだろうが、エルメロイII世にはわからなかった。

 

「……もう、ほとんど隠せてないんだ。黙る必要もないだろう。開心術でも使ってるのかってくらい正確に推測されたんだから。それに、お前を…巻き込めば……どうにかなる可能性は上がるだろ」

「どうにかなる、か。それは君がどうしたいのか次第だがな。それと、開心術についてだが…私程度の開心術では君の強固な閉心術を破れるはずかない。どうやって身につけたかは知らないが、それだけの閉心術が使えるならば詳細を悟らせることは不可能だろうな」

 

 エルメロイII世の開心術は大した力を持たない。しかしそんなエルメロイII世でもマルフォイの閉心術が凄まじい精度でできていることはわかった。マルフォイが恐怖に震えているところにこっそりと悟られないレベルの開心術をかけたのだが、それでも読み取れた情報はゼロ。どこで身につけたのかはわからないが、恐怖に支配されてなおエルメロイII世の開心術を完全に遮断したということは、相当な精度を誇る。これほどまでの精度を持つ閉心術は、魔術師の中にもそうそういない。それを六年生の生徒がやっていることには、さすがのエルメロイII世も驚いていた。

 

「僕が、どうしたいか…」

「そうだ。君は何が望みだ。全てを叶えることは無論不可能だが、手助けくらいはできるかもしれない。情報の対価として、私ができることをやると誓おう」

 

 マルフォイはエルメロイII世の目を見る。

 真っ直ぐ見つめてくる目。そこに宿る光は、何かを追い求めているような、それでいてどこか自信がないような不思議な光だった。

 

「……僕は…父上と母上が……無事なら、それでいい」

「何を犠牲にしてもか?この学校の生徒が死んだとしても、君は両親の無事を取ると。それでいいのかね?」

「いいわけないだろう!」

 

 マルフォイは杖を抜いてエルメロイII世に突きつける。その手は震えて、息も上がっている。明らかに動揺したその姿は、今にも魔法を放ってきそうな剣幕だった。

 しかしエルメロイII世は杖を抜くこともなく、ただ真っ直ぐマルフォイを見つめていた。

 

「僕は…別に好きでここにいるわけじゃない!嫌いなやつだって山ほどいる!純血じゃない奴らやマグル生まれの穢れた血だっているような場所なんだからな!」

 

 マルフォイは捲し立てながらも杖を下さない。ただ、その瞳には少しずつ涙が溢れてきていた。

 

「ポッターも…グレンジャーも…ウィーズリーも…嫌いだ。心底気に入らない!そんなやつらばかりだ!そんなやつらが我が物顔で学校を彷徨いて、特別扱いされるような場所を気にいるわけないだろ!でも…」

 

 マルフォイは杖をゆっくりと下ろして、俯いた。

 

「でも…死んでしまえなんて……思ったことはないんだ…」

 

 マルフォイの足元に雫が落ちる。それが何の雫なのか、エルメロイII世には聞くまでもなかった。

 

「嫌いでも、本気で死んでほしいなんて思ったことはないんだ…でもあの人が関わると…本当に、死んでしまう可能性もある…でも、僕は選ばないといけない……選ばないと、どちらも失ってしまう…」

「だから君は、選んだのだな。両親を」

「選ばないと…どちらも、台無しにしてしまう…なら、選ぶしかないだろ!」

 

 その言葉にエルメロイII世は一瞬目を閉じ、すぐにマルフォイをじっと見つめた。

 

「この苦境の中、辛い選択をした君の決断を尊重しよう」

「…そんなものいらない。お前は、僕に何をしてくれるんだ」

「ああ、それなら…」

 

 エルメロイII世が言葉を続けようとした瞬間、扉が開いた。

 

「師匠」

「先生ー!こんばんはー!」

「先生、到着しました」

 

 扉からはグレイの他に、フラットとスヴィンが現れた。グレイ達はエルメロイII世とマルフォイの側まで歩いてくる。

 

「ちょうどいいタイミングだった。今、ミスター・マルフォイと取引をしてな。その内容について、三人にも知っておいてほしかった」

「取引、ですか?」

「その前に…ミスター・マルフォイ。私の生徒を紹介しておく」

 

 エルメロイII世は立ち上がると、グレイ達の前に立つ。

 

「グレイは…知っているかな」

「ああ、昨年いただろう。ほとんど話してはいないだろうが」

「はい。改めて、よろしくお願いしますマルフォイさん」

 

 グレイの学年とマルフォイの学年は異なる。そのため授業で関わることもほとんどなかった。互いに名前と顔、印象を把握している程度だった。

 

「こちらの二人は初対面だな。フラット・エスカルドスとスヴィン・グラシュエートだ」

「フラット・エスカルドスだよ!よろしくねマルフォイくん!」

「スヴィン・グラシュエート、エルメロイ教室の生徒だ。よろしく頼む」

 

 マルフォイはフラットとスヴィンに目を向けると、()()()()二人に手を差し出した。

 

「…ドラコ・マルフォイ。スリザリン生だ」

「よろしく頼む、マルフォイ」

「よろしくねーマルフォイくん!」

 

 スヴィン、フラットと握手を交わしたマルフォイは、杖を懐にしまって目をエルメロイII世に向ける。

 

「それで?お前は取引で、僕に何をしてくれるんだ」

「グレイ達にも説明しておこう。私と彼は取引をしてな。ミスター・マルフォイは私に死喰い人の情報を渡す。そして私は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「えっ」

 

 エルメロイII世の言葉にグレイは思わず声を上げてしまう。今エルメロイII世達はヴォルデモートを倒すために分霊箱を探している。だというのに、ヴォルデモートの部下である死喰い人をホグワーツに侵入させようとしている。あまりにも矛盾した行動に思えてしまい、グレイは混乱してしまった。

 

「先生、それでは僕たちがやっていることと矛盾してしまうのではありませんか?」

「そうでもない。私が手助けするのは、ホグワーツへの侵入まで。そこから先は、取引の範疇外だ」

 

 ニヤリと笑うエルメロイII世に、グレイとマルフォイはドン引きし、フラットとスヴィンは不敵に笑った。

 

「ミスター・マルフォイから聞いた情報は、後でグレイ達にも伝える。だが今は、ミスター・マルフォイの計画について伝えておく」

 

 エルメロイII世はマルフォイの計画である『姿をくらますキャビネット』を繋げて、ダイアゴン横丁からホグワーツへと繋がる道を作ることを話した。

 

「なるほど…確かにその手段なら、ホグワーツの結界も素通りできる。それで、僕たちが必要だと」

「ああ。二人には、姿をくらますキャビネットの修復を手伝ってもらいたい。フラットが解析し、スヴィンと共に術式を修復するのだ」

「俺の出番ですね!まっかせてくださいよ教授!」

「お、おい!手伝ってくれるのはありがたいけど…そんな簡単にできるのか?あのキャビネットに刻まれた術式は、通常のものでも相当高度な術式だ!繋がるとなると、そう簡単にはいかないぞ」

 

 姿をくらますキャビネットはその名の通り、入ることで姿をくらますことができる。刻まれている術式は『姿くらまし』の術式をさらに複雑にし、他の術式と絡み合わせるという高度な術式だった。マルフォイも通常の使い方なら解析まではできるが、繋げるための術式をどう応用すればいいのか試行錯誤を繰り返し、苦戦しているところだった。いきなり出てきた同年代の少年ができるとは、とても思えなかった。

 

「君の心配はわかる。しかし、この二人なら問題ない。少し時間はかかるかもしれんが、君一人でやるよりは遥かに早く、正確に修復できるだろう」

 

 エルメロイII世の言葉にフラットは胸を張り、スヴィンも腕を組んで不敵な笑みを浮かべる。

 フラットの術式解析能力は凄まじい。壊れた術式を解析して元の術式を導き出すことなど、朝飯前だろう。スヴィンも魔法に関する嗅覚は凄まじい。修復についてもフラットのサポートとして素晴らしい動きをしてくれるという確信があった。

 

「術式の修復は任せる。無事にここまで繋がるようであれば、()()()()()()()()()()()()

「了解です教授!」

「じゃあマルフォイ、フラット。早速始めるか?」

「あ、待ってル・シアンくん。ちょっと気になることがあるんだ」

 

 フラットがスヴィンを止める。

 なんだろうと首を傾げたマルフォイに、フラットは歩み寄り、左腕を注視した。

 

「な、なんだよ…」

「…マルフォイくんさ、なんか…変わった術式の魔法が腕にある、よね」

「っ⁈」

 

 フラットの言葉にマルフォイは左腕を隠すように後ろに回し、後ずさる。フラットの言葉にスヴィンはやっぱりかとでもいうように腕を組んだ。

 

「やっぱり左腕からか。妙な匂いが彼の左腕からしていたんだ」

「ル・シアンくんも気づいた?何かあるなーって思ってたんだよ」

「な、なんで…」

「この二人は、魔力や術式に対して非常に卓越した感受性を持っている。隠すことはほぼ不可能だ。君さえ良ければ、見せてもらえるかな」

 

 マルフォイはフラットとスヴィンのことは知らない。だが初対面でこうして見抜かれた以上、自分の知らない何かが二人にはあるのだろうと半ば諦めるようにため息を吐くしかなかった。

 マルフォイは左腕をめくり、エルメロイII世達に見せる。そこにはドクロから蛇が出てきたような不気味な紋章があった。

 

「これは…闇の紋章か?」

「闇の紋章…確か、ヴォルデモート卿が自身のシンボルとして掲げているものですよね」

「ああ。この紋章があるということは、やはり君がヴォルデモートに選ばれたというのは間違いないようだ」

 

 マルフォイは答えない。

 そんなマルフォイに構うことなく、フラットはマルフォイに刻まれた紋章を眺めていた。

 

「…これ、かなり特殊な魔術ですね」

「どうだフラット、何かわかったか」

「はい。まず、この紋章自体に追跡や監視機能はないみたいです。ただ紋章に魔力を通すことで、魔法をかけた術者に何かしらの通知を送ることができるみたいですね。あと、術者以外にこの紋章を剥がすことはできないですね」

干渉(ハッキング)してもか?」

「時間をかければできるかもしれませんけど、剥がすことについてはかなり強固です。この瞬間には無理です」

 

 フラットが干渉しても剥がせないとなると、この場で剥がすことはまず不可能だとエルメロイII世は判断する。そしてフラットの能力を持ってしても剥がせないという事実は、ヴォルデモートが魔法使いとしてとんでもなく高位の存在であることである。

 

「なるほど。仮に剥がせたとしても、ここで剥がすことはしなかったが…やはり一筋縄ではいかんな。一旦、ミスター・マルフォイの計画を進めるとしよう」

「はい教授!」

 

 エルメロイII世は杖を抜いて灯りを灯す。マルフォイもそれに続き、杖に光を宿して道案内を始めた。

 エルメロイII世達はマルフォイの案内に従って必要の部屋を進む。そんな中、スヴィンが周囲を見渡しながら歩いている様を見て、マルフォイは口を開いた。

 

「…スヴィン、と言ったか?お前、さっきからキョロキョロしてるが、そんなに物珍しい光景なのか?」

「……いや、光景はともかく…ここ、匂いが変なんだ」

「臭い?」

 

 スヴィンの言葉の意味がよくわからず、マルフォイは思わず聞き返す。

 

「ああ、僕は魔法の痕跡を臭いで捉えることができるんだ」

「臭いで…なんか、獣みたいな奴だな…」

「それが僕の獣性魔術だからな」

 

 スヴィンは獣性魔術の影響で魔法や魔力の痕跡を匂いで捉えることができる。その精度は凄まじく、アトラス院の兵器である『ロゴスリアクト』ですら捉えることが可能なほど。隠し通せるはずもなかった。

 そんなスヴィンは、部屋に入った時から違和感を感じていた。

 

「それでスヴィン、どこが気になるのかね」

「はい先生。この部屋、臭いが特殊というか…部屋全体から同じ臭いがするんです。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…そんな特殊な臭いです」

「同じ臭いをさせている…部屋全体で、全く同じ臭いだと」

「それも少し違くて…方向によって、同じ臭いの中に少しずつ違う臭いを漂わせている。まるで臭いを隠すみたいに同じ臭いを展開されているような印象です。これだけで、かなり索敵を阻害されています」

「臭いを隠すか」

 

 エルメロイII世は数秒思考すると、マルフォイに目を向けた。

 

「ミスター・マルフォイ。この部屋は、『あらゆるものを隠すことができる部屋』だったな」

「そ、そうだ。偶然部屋を見つけられても、キャビネットそのものが見つけられなかったら問題ない。だからキャビネットを隠せる部屋を願った」

「なるほど、その影響だろう」

 

 エルメロイII世は杖を抜くと、探知魔法を周囲にかける。そして探知魔法から帰ってきた反応を見て、自分の推測が正しいことを悟った。

 

「やはりな。この部屋は、あらゆるものを隠せるということもあり、探知魔法系統全般が阻害されるようにできている。あらゆるものを隠せる、というのは、そのスペースを確保するだけではない。探しにきた誰かが簡単に見つけられるような場所ではないようにする、という意味合いも含まれているんだ」

「それでか!なーんか色んな術式が複雑に絡み合っていると思ったんですよ!面白いものがないか魔力の流れを辿ろうとしても、すぐに流れが見えなくなる感じがあったんです!」

「それも、部屋の妨害によるものだろう。物理的空間まで弄るほど徹底はしていないが、呼び寄せ魔法や探知魔法…このあたりはまずまともに機能しない。そういう術式が部屋全体にかけられているんだ」

 

 エルメロイII世の言葉を聞いてグレイはなるほど、と納得する。確かにあらゆるものを隠せる場所を用意したとて、呼び寄せ魔法などで一息に見つけられてしまっては隠せる場所とは言い難い。訓練する時にも様々なものを用意してくれた必要の部屋なら、そのくらい用意してくれてもおかしくないとグレイは考えた。

 

「木を隠すなら森、とも言う。魔力や術式がこもった魔法道具や礼装を隠すために、部屋自体がダミーの魔法道具も出している。ほとんどただ魔力が宿っているだけ程度のものだろうが、それでも隠すという行為自体にはこの上ない効果だろう」

「……そうですね、特定のものを探すことは不可能ではないにしろ、かなり精度が落ちます」

「お前達は、何かを探しにきたのか?」

 

 マルフォイにはまだ分霊箱の話はしていない。故に、エルメロイII世達の会話に何かを探す、という言葉が多く出てきたことに対して疑問に思い、問いかけた。

 

「そうだ。とある呪いが宿った品でね。ホグワーツに隠されているとの情報があり、仕事ついでにこうして調査しているのだよ。元々、今日は必要の部屋を調査するつもりだったのだ」

「だからあそこにいたのか…」

「そういうことだ。運がなかったな」

「まったくだ。魔術師なんかに僕の使命が見破られて、手を借りなきゃならなくなるなんてな」

 

 憎まれ口を叩いてはいるものの、その声色は弱々しい。やはり彼はこの使命を抱え込むことに対して限界だったのだろう。悔しそうに、そして少しだけ安心したようにマルフォイは左手を握りしめる。その瞬間、フラットとスヴィンが周囲を見渡した。

 

「……今、なにか」

「ああ。臭いが…」

「どうした二人とも。何か、見つけたか」

「マルフォイくん、左腕だして。あの闇の紋章」

「な、なんだよ…あんまり大っぴらにするものじゃないだろ」

 

 マルフォイからすると、この闇の紋章は心への負荷を増やすだけのもの。あまり出したいとはとても思えないため左腕を庇うようにして出し渋っていた。

 

「ミスター・マルフォイ。君の言うことはわかる。だが、この二人が何かを感じたということは、私たちが探すものに近づける可能性がある。二人の言う通りにしてもらえないだろうか」

 

 エルメロイII世の真摯な言葉と真っ直ぐ貫いてくる眼光を見て、マルフォイは何故か少しだけ()()()を覚えた。何故かはわからない。ただ、この人物は信頼に足るということだけはなんとなくわかった。

 

「…わかったよ。好きにしろ」

 

 そう言ってマルフォイは左腕に刻まれた闇の紋章を見せる。フラットとスヴィンは目を見合わせて頷くと、再び紋章の解析に入った。

 まず最初にスヴィンが顔を上げる。

 

「……この紋章からする臭いと、似た臭いが部屋のどこかからする」

「つまり、ヴォルデモートの魔力に関する何かがこの部屋にあると」

 

 エルメロイII世の言葉にスヴィンは頷く。頷いたスヴィンを見て、マルフォイは動揺したように声を上げた。

 

「な、なんでだ⁈確かに例のあの人はホグワーツ出身だけど、あの人に関するものがこの部屋にあるって言うのか⁈」

「我々が探しているものが、奴に関係するものだからだ。もし見つけたら君にも情報を共有する。今は、この手がかりを探りたい。構わないかね」

「……はあ、もういい。好きにしろ。その代わり、ちゃんと情報はよこせ。いいな」

「無論だ」

 

 マルフォイの許可が降りたことを確認したスヴィンは嗅覚をより集中させる。必要の部屋全体から立ち込める臭いの中に存在する、闇の紋章からする臭いと酷似した臭い。それを探るように深く、深く集中していく。

 しかし、漠然とした方向しか掴めない。方角はなんとなく掴めるが、詳細を把握することができない。やはり上手く隠されているようだった。

 

「……漠然とした方向は掴めました。ただ、詳細の位置までは把握しきれません」

「十分だ。方向と漠然とした位置さえ掴めれば、フラットが詰めを担える」

「はいはーい!俺の出番ですね!」

「フラット、スヴィンが示した方向の魔力の流れを辿れ。その中でも、ミスター・マルフォイに刻まれた闇の紋章に近しい魔力を探るんだ」

「了解です教授!」

 

 フラットは杖を抜くと、スヴィンが示した方向に杖を向けた。

 

干渉開始(ゲームセレクト)

 

 フラットが必要の部屋へと干渉していく。必要の部屋全体にかけられている隠蔽の術式が部分的に剥がされていき、それに応じてスヴィンの嗅覚に捉えられていた臭いが少しずつハッキリとしていった。

 

「強力な術式だね。結構強めに干渉してるけど、隠蔽術式の無効化範囲はこれ以上の範囲は広げられそうにないや」

「いや、十分だ。これだけ剥がせていれば…うん、こっちだ」

 

 スヴィンの嗅覚を頼りに、ヴォルデモートの魔力に近しい臭いがする方向へと向かっていく。少し進むと、スヴィンは顔を強く顰めた。同時にフラットも余裕そうな表情を崩し、真剣な顔つきになる。

 

「どうした」

「…鼻が、曲がりそうです。一気に悪臭が立ち込めてきた」

「とてつもなく強力な呪いの気配がします。ここまで強力な呪い…時計塔でもほとんど見られない」

 

 スヴィンの鼻は突き刺さるような悪臭と捉え、フラットは強力な呪いの気配を感じた。ただ、これは二人の特異的な感受性があるからこそ感じ取れたものであり、エルメロイII世とマルフォイには何も感じられなかった。

 

「グレイ、君はどうだ」

「…何か、感じます。霊に近い何かの気配を感じます」

「君がそう感じたとなると、これは当たりの可能性が出てきたな」

「な、なんだよ!なにがあるって言うんだ!」

「当たりだった場合は言う。だがまだ確信がない。何しろ、私も本物を目にするのは初めてだ。下手に情報を出した上で外れだった場合、君を無意味に巻き込むことになりかねないのでね」

 

 分霊箱は非常に特殊な闇の魔法。時計塔の君主であるエルメロイII世でも実物を見たことはない。そもそも作られた事例すら片手で数えられる程度の数しかない以上、魔眼よりも希少さだけならば上。見たことがある人物は、魔術界隈ですらほぼ存在しない。

 そしてそれほどまでに醜悪な魔法である分霊箱のことなど、マルフォイには極力伝えたくないというエルメロイII世の気遣いがあった。ただでさえヴォルデモートのせいで極限まで精神を擦り減らしているというのに、そこへ追い討ちをかけるように分霊箱の秘密を共有させる状況になっては、彼の強固な閉心術ですら揺らぎかねないという懸念があったからだ。しかしここで見つけてしまった場合は、何も知らないということは難しい。

 

「スヴィン、捜索を続けるぞ」

「はい先生」

 

 スヴィンの嗅覚を頼りに進んでいくと、一つの像がグレイの視界に入った。その瞬間、グレイは背筋に氷柱をぶち込まれたかのように冷たい感覚が走り抜ける。

 

「っ⁈」

「グレイ、どうした」

 

 異変に気づいたエルメロイII世がグレイの肩に手を置く。グレイは一度深呼吸をすると、視界に入った像を指差した。

 

「あの像から…とても、嫌な気配がしました…」

 

 グレイが指差したのは、石造の像だった。グレイの故郷にあった黒いマリア像と少し似ているようにも感じるが、グレイはこの像からは嫌な気配しか感じない。可能なら近寄りたくない。そう思えるほど嫌な気配だった。

 

「フラット、スヴィン。お前達が感じている呪いの気配は、どこからきている」

「グレイたんが言った像の方角です。微妙にフラットが干渉している範囲から出ているので確証はありませんが」

「では近寄ろう。グレイ、杖を抜け。念の為、アッドもすぐに出せるようにな」

「はい」

 

 グレイは杖を抜き、エルメロイII世達に続いて像へと近寄る。近寄るにつれて、グレイが感じる嫌な気配は少しずつ強くなっていった。そして目の前に辿り着く頃には、その気配は確実に像から放たれているということを確信した。

 

「先生、グレイたんの言う通りです。僕が感じていた悪臭は、この像からきています」

「スヴィンくんの言う通りです。呪いの気配はこの像から来てます」

「この像が…」

 

 目の前にある像はなんの変哲もないただの石造の像に見える。しかし、グレイ、スヴィン、フラットはこの像から感じる気配が普通ではないことを見抜いていた。

 

「お前達が探していたのは、この像なのか?なんの変哲もない像にしか見えないぞ」

「恐らくだがな。スヴィン、フラット。下手に手を出さないようにしろ。どんな呪いが込められているか解析してからだ」

 

 マルフォイが言うように、確かにこの像は特段変わったところはない。埃を被り、薄らと汚れている以外は特に何も無さそうな女性の像だった。

 これが分霊箱という恐ろしいものなのかとグレイはまじまじと見つめていると、像の頭に何か被せられていることに気づく。埃を被り、なおかつ像と色と同化していたことで気づきにくいが、石造の像とは別の何かであることがわかった。

 

「師匠、この像の頭に何かあります」

「何?どんなものかね」

「なにかこう…頭に乗せる冠…いや、ティアラ、でしょうか」

「ティアラだと…?フラット」

「はい!」

 

 エルメロイII世は呪いの解析兼カウンター役としてフラットを伴いつつ、像に近づく。するとグレイが言っていた通り、像の頭に何かティアラのようなものが乗っていることが確認できた。

 

「あれは…」

 

 その姿を見て、エルメロイII世は何か思い出しそうになる。どこかで見たような、そんな気がしてならないのだ。

 

(あれは……どこで見た?見たのは……随分と前。ホグワーツにあるもので見かけた?それとも時計塔…いや、ホグワーツにあり、ヴォルデモートに関連する品である可能性がある以上、関連は恐らくホグワーツ。なら私がホグワーツに在籍していた時に見たものということになるはずだが…)

 

 記憶を辿っていく。こういう時にペンシーブを上手く使えればいいのだが、あいにくエルメロイII世はそう上手く使えない。

 記憶の海に潜る。魔法史、錬金術、呪文学、防衛術、数占い、魔法薬学など、さまざまな授業を記憶から高速で引っ張り出していくが、どれも違う。

 

(なんだ…?私はどこでこれを…)

 

 ホグワーツの頃の様々な記憶を辿っていきつつ、ティアラを見つめる。

 

(このティアラ…鳥を模しているな。鳥…鷹か?いやこれは…鴉か?鴉といえばグレイの故郷も……いや違う!私が所属していた寮、レイブンクローか!ではまさか、このティアラは…!)

 

 ピースが一つずつ埋まっていく。

 ホグワーツ、レイブンクロー、ティアラ、そしてヴォルデモート。これらが指し示すものが何なのか、エルメロイII世は一つの結論に辿り着く。

 

「まさかこのティアラは、『レイブンクローの失われた髪飾り』か⁈」

「失われた髪飾り?」

 

 マルフォイの言葉にエルメロイII世は頷く。

 

「ああ。ホグワーツ創始者の一人であるロウェナ・レイブンクロー。彼女が身につけていたという髪飾りだ。それをつければ、計り知れないほどの叡智が宿ると言われていたものらしい。だがそれはロウェナが存命時代に失われ、今やただのお伽話に近いものだったはずだ」

「…つまり、ゴドリック・グリフィンドールの剣みたいなものか?」

「そうだ、その認識で正しい」

 

 ロウェナ・レイブンクローの失われた髪飾り。それはロウェナが身につけていたという叡智が宿ると言われていた髪飾りであり、娘であるヘレナによって盗まれ、そして失われてしまったと言われている。レイブンクロー生であったエルメロイII世、もといウェイバー・ベルベットは、この髪飾りの話を知っていた。ホグワーツ内には創始者の記録、肖像画も残されているため、ロウェナの肖像画がこの髪飾りをつけていたことを覚えていたのだ。ただこの話は主にレイブンクロー生の中でしか伝わっていない。故に、スリザリン生であるマルフォイは初耳だった。

 

「ヴォルデモートはホグワーツに対して並々ならぬ執着があった。故に、自身の魂を宿す品物として、ホグワーツに縁のある品物を選ぶであろうとは思っていたが…まさかこの髪飾りを見つけていたとは」

「では先生、これが…」

「ああ」

 

 エルメロイII世は鋭い視線を髪飾りに向けた。

 

「恐らく、これは分霊箱の一つだ」

 

 髪飾りが杖の灯りを受けて怪しく輝いた。

 

 

 

 

 




Q.闇の印って特殊な魔法なの?
A.多分特殊な魔法です。死喰い人を辞めたイゴール・カルカロフは辞めてもなお、闇の印が腕に残り続けました。縁を切ったつもりの死喰い人との繋がりを示すものを残し続ける理由はないため、消さないのではなく消せないと判断し、ヴォルデモート本人が消す以外に消す手段はないことにしました。フラットが見つけたのはこの特殊な魔力です。

Q.ハリーって魔法薬学苦手だったの?
A.主にスネイプのせいで苦手でした。五年生までは相当悪く、六年生時点で受講できないレベルです。半純血のプリンス蔵書により高評価を取得しつつ、さらにスラグホーンが指導することになったことで成績は好転。死の秘宝前には得意科目の一つになりました。

Q.マグダレナ(グレイの母親)は魔法使いだったの?
A.魔法使いでした。ただ、ホグワーツには通っておらず、当然時計塔にも通っていないため、魔法の腕前は物体浮遊と簡易的な結界が張れる程度で、生活ではほとんど魔法を使わない。
グレイが墓守に選ばれた時、自分の杖をグレイに与えた。杖は木材がクマシデ、芯材はユニコーンの鬣。オリバンダーの店から杖を運ぶ特殊な行商人から買ったもので、マグダレナ本人よりグレイの方が相性がよい杖だったりする。この杖は今も母がくれた物として大切に保管している。

Q.学生時代のお辞儀様が第三魔法を知ってたら実現しようとしてた?
A.してたと思います。アインツベルンに接触を試みる可能性もありますが、第四次で切嗣を招いて失敗したアインツベルンがお辞儀様に情報提供するとは思えないので、戦争になって痛み分けで終わります。やり方をミスった場合、お辞儀様は死にます。

Q.型月世界におけるお辞儀様の天敵って誰?
A.普通の手段では死なない人全般です。例えばシエル先輩みたいに殺しても死なない人や、神性を帯びた力でないと傷つけられないアキレウスあたりはまず勝てません。あとは対魔力が強い人も全般的に苦手(獣性魔術を使ってるスヴィンとか)。また、魂が分割されて不安定になっていることもあり、洗礼詠唱が使える代行者とかは苦手かもしれません。ただ洗礼詠唱でお辞儀様を祓っても、分霊箱がある限りは殺せません。

Q.お辞儀様が冬木の聖杯を調べて、汚染されているとわかった場合どうするの?亜種聖杯作るの?
A.亜種聖杯に舵を切ると思いますが、悪に汚染されてもなお制御できる手法を確立しようとするかもしれません。基本的に自分は特別でなんでもできると思い込んでいるタイプの人間なので。ただ危険なことはちゃんと危険だと判断できる理性も最低限あるので、多分亜種聖杯の作製になるのではないかなと思ってます。異論は認めます。

Q.ポッター家襲撃前に埋葬機関が出張ってきてたら、お辞儀様やれてた?
A.分霊箱があるので埋葬機関でも殺し切ることはできませんが、少なくとも撤退くらいはさせられていました。単体の戦闘力ならお辞儀様が優勢な人もいると思いますが、そこに代行者レベルの加勢があれば状況はひっくり返ってお辞儀様劣勢。シエル先輩みたいに死なない人が相手だと、殺せないので勝てません。ただお辞儀様、強いのはもちろんですが逃げ足も相当なものなので普通に逃げると思います。異論は認めます。



ロード・エルメロイII世
しれっとマルフォイの心を開く。昨年はあまり大した関わりはなかったが、昨年の時点である程度信頼は勝ち取っていた。エルメロイII世の開心術は大した強さはないが、意識の表面に出ている情報を読み取るくらいはできる。それを完全にシャットアウトしたマルフォイにちょっと驚いていたりするが、エルメロイII世の閉心術の方がすごかったりする。


グレイ
今回はあまり出番がなかった。霊体への感受性が高すぎるが故に、分霊箱という魂(霊体)が封じ込められた物体の気配も多少感じられる。なお、とある分霊箱とはある程度長い時間を過ごしていたにも関わらず感知できなかったのは、生物に別の魂が宿る(引っかかる)場合は肉体という入れ物が霊体としての気配を覆い隠してしまうから。無機物(物体)に宿った場合は肉体の気配による気配の上書きがないため、感じることができる。


フラット・エスカルドス
問題児。魔力の気配感知はもちろんだが、それ以上に術式への干渉力が凄まじい。あらゆるものを隠す部屋に施された魔力気配を誤魔化す結界も部分的にハッキングするし、闇の紋章の仕組みもほんの少し解析しただけで把握しきる。便利な分、物語への干渉方法が限られる。


スヴィン・グラシュエート
魔法道具や礼装捜索に関しては凄まじい能力。分霊箱の臭いは『鼻に突き刺さるようなトゲトゲしい異臭』。通常の魔法と比べて気配が強いため、距離が近づいたら臭いを察知できる。マルフォイのことは特に何も思っていない。


ドラコ・マルフォイ
完全ではないが、エルメロイII世のことを信頼した。元々少しは信頼できるとは思っていたが、今回の件で半ば諦めに近い形でエルメロイII世達のことを頼るようになる。決め手は『君の選択を尊重する』という言葉。多分、五年生までのマルフォイなら心を開くことはなかった。



杖紹介
ベルサック・ブラックモア
木材:マツ
芯材:不死鳥の尾羽
マツの杖は、必ず自立した個性の強い人物を所有者として選ぶ。一匹狼と思われたり、好奇の目で見られたり、謎めいているという印象を持たれたりすることもある。墓守として村人から距離を置かれているわけではないものの、立場と仕事故に一人で過ごすことの多いベルサックと相性がよい。また、無言呪文との相性もよいため、魔法の扱いが上手く戦闘能力が高いベルサックにとってこれ以上の杖はない。
芯材の不死鳥は特殊な不死鳥から提供されたものだとオリバンダーは言う。その不死鳥はかつて存在した偏執的なまで鳥に執着した魔術師上がりの吸血種(死徒)が育成していた使い魔の一匹だと言う。それ故か、ベルサックの杖は烏の使い魔を操ることと結界を作ることに対しては異様なほどの親和性がある。
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